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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2012年2月号

フォーラム2012

早期対応が求められる小児高次脳機能障害への理解と支援

馬屋原誠司

はじめに

高次脳機能障害者は見た目には普通に見えていても、社会的行動障害などにより社会適応に著しい困難を来す場合が多い。特に自分で自分の困難な状況を訴えることが難しい小児の高次脳機能障害への理解と支援の必要性は高い。しかし、子どもが復帰する学校の現場では、小児高次脳機能障害を抱える子どもが存在するという情報が、把握されないまま見過ごされている現状がある。なぜ情報が共有され、適切な対応が進まないのか?問題点や対応方法などを、学校のスクールカウンセラーの立場から紹介する。

1 現状

小児高次脳機能障害の児童・生徒の現状についての実態調査は希少である。ここでは、注目される小児高次脳機能障害に関する実態調査の報告を2つ紹介する。

栗原(2010)1)は、A市の小学6年生児童を対象に養護教諭が記載するアンケート調査を行い、小児高次脳機能障害の実態調査を行った。対象となった1、375人の児童のなかで後天性脳損傷後の高次脳機能障害(後天性)がある例は4人、生まれつきの高次脳機能障害(先天性)がある例は18人、後天性か先天性か不明な例は53人であった。この結果から推計される後天性高次脳機能障害をもつ小児の最低数は、神奈川県で3,491人、全国で49,920人と報告している。

また、千葉リハビリテーションセンターが実施した「小児高次脳機能障害の生活支援ニーズ・障害実態調査(第2報)」(廣瀬綾奈ら、2011)2)によると、小児高次脳機能障害の「受傷発症年齢」は、未就学が56%と大半を占め、低年齢からの対応の必要性を示している。また「授業への参加」では、経過年数からみると、3年未満60%、3~5年21%、5年以上27%と学校への復帰時と比べて経過年数が進むほど授業への参加が難しくなっている。

以上、実態調査の報告から、小児高次脳機能障害の児童・生徒が、学校に復帰した後も、困難な状況を抱えていることが明らかである。学校に在籍する小児高次脳機能障害の児童・生徒数の実態把握には、データが不足しており、早急に実態の調査が必要である。

2 問題点

(1)進まない情報共有

1.家族:子どもの状況について医療機関から説明を受けて診断名等を覚えていても、高次脳機能障害への理解が不十分なため、学校生活への影響について想像することが難しい。あるいは、退院後に学校に復帰してほぼ「治った」という気持ちの中で、目前の問題行動が高次脳機能障害の影響であることに結び付かない状況がある。

2.教員:保護者との懇談や家庭訪問の際に、「交通事故による脳外傷で入院した」などの情報を得ていても、その情報の重要性への認識が浅い。そのため、担任教員が個人で情報を保管し、組織的な情報共有につながっていかないことに問題がある。

3.学校:各担任が保護者から聞き取った小児高次脳機能障害に関する情報を、記録として残し、共有するための組織的な指導・指示が出されていない。また学校において、小児高次脳機能障害について説明できる人材が不足しているので、校内研修会等が行われていない。従って学ぶ機会が不足しているために、その対応の緊急性が知らされていない。

4.医療機関:医療領域と学校領域との橋渡し的な働き掛けや人材(コーディネーター)が不足しているために、連携が進みにくい(縦割社会と組織の硬直化)。また、高次脳機能障害と発達障害の両面から対応できる人材が不足している。

(2)対症療法的な対応の限界

学校では、教室を飛び出す、集団行動に参加しない等問題行動が発生すると、その問題行動に対する指導が教育的に行われる。しかし、高次脳機能障害を抱える当事者の子どもに、コントロールできないことを指導しても、改善は進まない。指導を繰り返すことで、自尊感情を低下させる負の循環が進み、二次障害としての感情障害(うつ病等)を形成する恐れがある。

また教員の視点からでは、授業中に問題が発生しなければ見過ごされることが多い。あるいは学校や病院での行動観察が良好であれば、家庭において問題行動が発生していても、家族への甘えのためと見過ごされる場合が多い。小児高次脳機能障害では、評価者の目前では問題行動が現れず、家庭で問題行動が現れることが多い。このことが評価を見誤る要因となっている。従って問題行動を把握し、それを引き起こしている要因をしっかり分析した上での支援・指導が重要となる。

3 神経心理学を活用した高次脳機能障害の理解

1.進まない情報共有、2.対症療法的な対応の限界、という問題を克服する上で、脳の構造から人の高次的な精神活動を研究する神経心理学の活用が有効である。神経心理学を活用した高次脳機能障害の理解・対応とは、どのようなものなのか、その一端を紹介する。

たとえば注意力が低下し、会話の聞き取りが難しくなった人は、無意識的に低下した機能や偏りのある働きを補って行動している。このように高次脳機能の低下や偏りを補いながら生活することは、「脳」に過剰な興奮を強いることになっている。過剰な興奮は、身体の緊張を生じさせ疲れさせる。過剰な興奮と緊張が続けば、疲れは慢性化し、抑制力を低下させる。脳損傷は、直接的・間接的に社会的行動障害を引き起こすようなさまざまな心理反応を誘発する基盤を形成するのである。そして、当事者のこれまでのストレスへの対処方法がより先鋭化して心理反応として現れる、または新たな対処方法が現れる場合もある。

これらの心理反応は、耐えきれなくなったストレスの発散行為である。その心理反応の背景にある先行要因(注意力、記憶力、視力聴力の低下等)や後続要因(失敗を怒られることや頑張れと言われる指導等)を特定し、発生要因を低減することや適応的な行動を手助けすることで、感情の不安定さや問題行動を低減することができる。学校では、当事者への課題の質と量を個別に検討して負荷を軽くすることで、慢性疲労を予防し、さらに成功体験を引き出すことで取り組みへの動機づけを高めることに活用できる。

4 今後の課題

(1)連携(情報共有)

子どもが受傷・発症した際には脳外科などで治療を受けた後に、高次脳機能障害についての検査評価を受けるために、リハビリテーション病院を受診することが重要である。また低年齢のため検査できない場合には、施行が可能となる年齢を待って実施することが必要である。脳外傷において、気を失うことのない脳震盪(しんとう)であっても、高次脳機能障害の発生が多数報告されている。頭部に強い衝撃を受けた子どもに対しては、十分な経過観察や面接などによるフォローが必要である。

文部科学省では、平成20年3月28日に中学校学習指導要領の改訂を告示し、平成24年度の中学校保健体育から武道・ダンスを必修とする予定である。22年度までの柔道事故で28年間の死者は114人を数え、2010年3月以降も全国で9人の子どもが死亡している。今春4月に備えて学校教育において、頭部への衝撃がもたらす影響と対策に基づいて、教員が授業や部活動を指導する体制が構築される必要がある。このようなネットワークを形成するために、医療機関、行政・福祉機関、教育機関において、小児高次脳機能障害に関する啓発研修を、早急に実施することが重要である。

(2)実態調査の実施

小児高次脳機能障害に対する学校での情報共有が進んでいない状況を紹介した。従って学校長に調査用紙を配布する調査方法では、その実態を適切に把握することは困難である。現状の把握のためには、学校の各学年の担任の中から数人に回答をお願いする形式で調査を実施することが必要である。小児高次脳機能障害の児童・生徒への支援が動き出すためにも、現状を反映した実態調査を早急に実施することが必要である。

(まやはらせいじ 臨床発達心理士、近畿大学・九州短期大学保育科)


【参考文献】

1)栗原まな:小児高次脳機能障害の実態調査、小児科診療、診断と治療社73(9)、1622―1627頁、2010年

2)廣瀬綾奈ら:小児高次脳機能障害の生活支援ニーズ・障害実態調査(第2報)、第35回日本高次脳機能障害学会学術総会プログラム・講演抄録、口演発表1A3―3、149頁、2011年