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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2012年4月号

またもや挫折!?
―複合差別からのレッスンを生かせ―

加納恵子

残念の一言。新法の厚生労働省案は、「障がい者制度改革推進会議」の画期的な骨格提言をみごとに骨抜きにした残骸法案としか評することができない。また、障害者自立支援法違憲訴訟原告団と厚生労働省との和解により締結された基本合意文書が全く反映されず、これでは悪名高い「障害者自立支援法の一部改正による存続」を目論(もくろ)む背信行為としか受け取れないではないか。TVやYouTubeの配信動画を見て、どれだけの人が憤りに震えただろう。まだ、憤るエネルギーがあるうちはいい。多くの介護事業所は自転車操業のような運営状況に疲弊し、当事者たちも介護人確保にあくせくしている。介護する側も受ける側も、生活を回すことで精一杯、何のための自立だったのか…、家や施設を出た次の自立物語が紡げないままの宙づり状態で、どれだけ持ちこたえられるのか…。

しかし、思い起こせば、いやな兆候はあった。私は、これまで「障害とジェンダー」のクロスする視点から「女性障害者問題」を当事者の端くれとして、また地域福祉の立場から論究してきた1)が、推進会議構成員の勝又幸子が本誌2月号で「障害者基本法改正における挫折」2)と厳しく評した通り、「女性障害者の被っている複合差別への理解」を求めた意見具申は完全に黙殺され、「何、これ!?」と、厚顔な厚生官僚の顔を思い浮かべながら苦々しく思っていた。

本稿では、「改正案」の具体的な論点批判もさることながら、障害者権利条約の批准に向けて気合の入れ直しという意味で、自分の立ち位置の原点に戻って「障害とジェンダー」のクロスする領域、つまり「複合差別からのレッスン」に関して2点ほど言及したい。

第1に、勝又の主張する「複合差別の実態」が、政策立案者側だけでなく、実は運動全般において十分なコンセンサスを得られていないのではないかとの懸念である。障害者の権利条約の前文や第6条では「女性障害者」に焦点を当て、その人権と基本的自由の完全な享有を促進するためにジェンダーの視点を組み込んだ適切な措置の必要性を述べている。このことは、女性障害者の特別扱いを求めているのではなく、彼女たちが置かれた「複合差別」の状況が深刻な人権侵害の問題として社会的に承認される重要性を訴えたのである。

ちなみに、男女共同参画基本法では第3次基本計画において、女性障害者の課題への言及が増え、複合的に困難な状況に置かれている集団の課題が明示されるようになった。たとえば、女性障害者のDV被害など、これまで隠蔽(いんぺい)されてきたハードコアな問題に向き合うことで性差別社会の病巣を照射し、ようやく政策次元においても実効性を伴う制度化が講じられていくのである。

同様にして、本法案においても障害と性差別の掛け算が、想像を絶する深刻な事態を招いているという現実へのタフな認識を共有しない限り、政策次元との温度差は埋まるまい。今後の課題として、自戒を込めて、より精緻なジェンダー統計や事例からの差別・排除の実態把握と政策提言が急がれる。

2点目は、「介護保障」の問題についてである。障害者が施設から地域移行し自立生活を営む上でライフラインとなる「介護保障」の問題は、同時に「介護」を生業とする介護者の「生活保障」の問題であり、コインの表裏のごとくセットで整備される必要がある。この当然の要求がなぜ十分に行われてこなかったのだろう。

介護の意義は高く評価されるのに賃金評価が低いことの背景には必ず「ジェンダー問題」が横たわっている。すなわち、ケアの性別役割分業意識という社会規範が暗黙のうちに女性ケアラーを想定させ、母であれ妻であれ娘であれ、そして施設職員であれヘルパーであれボランティアであれ、シャドーワーク(私的領域のただ働きの含み資産)かピンクレイバー(女性労働故に低賃金になるという意味)に囲い込まれてきた歴史的経過がある3)

ところが、現実には、自立生活運動の進展において多くの男性介護者が運動の担い手として、あるいは共感するボランティアとして介護を担ってきた。支援費制度以降は「職業」として選択する男たちも増えた…が、ケアワークでは食えないのである。彼らの存在が男性障害者の自立生活に大きく貢献し「同性介護」を前進させた功績はもっと評価されてしかるべきであるのに、「労働」としての雇用形態や賃金評価は低いままであった。なぜか。それは社会的に「女性労働」とみなされたからである。

この問題は、かつて障害者運動の「介護料要求運動」として取り組まれた経緯があるが、運動における「当事者-介護者」関係の議論は、「手足論」や「共感論」など複雑な紆余曲折をたどって今日でも十分に整理されていない4)。ともあれ、ここでは「介護料」設定に不当なジェンダーバイアスを是正して介護者の生活保障の観点をもっと強く入れることを求めたい。わが国の障害者福祉予算はOECD加盟国の平均の半分程度であるが、せめて平均並みに倍増させて充実を図るべきであろう。さらに、一般市民もきれいごとではない「シビアな共生」を一人ひとりが覚悟し、納税者としてその福祉施策の立案執行過程にも関心を持ち目を光らせるコミットメントが求められる。

(かのうけいこ 関西大学)


1)加納恵子「女性障害者問題を読み解く―女性身体規範をめぐって―」林千代編著『女性福祉とは何か』ミネルヴァ書房、2004

2)勝又幸子「障害者基本法改正と女性障害者」『ノーマライゼーション2月号』32巻2号日本障害者リハビリテーション協会、2012

3)加納恵子「地域福祉とケアの思想~ケアの社会化の意味するもの~」右田紀久恵・上野谷加代子・牧里毎治編著『21世紀への架け橋―社会福祉のめざすもの―2巻:福祉の地域化と自立支援』中央法規出版、2002

4)渡邉琢『介助者たちは、どう生きていくのか―障害者の地域自立生活と介助という営み』生活書院、2011