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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2012年4月号

フォーラム2012

みんなでつくる手話言語法

西滝憲彦

1 各地のフォーラムは満員

いま、全国各地で「手話言語法フォーラム」が開かれています。どの会場も満員です。ろう者や手話を学ぶ市民、教育・福祉関係者、そして盲ろう者などがどっと押し寄せます。討論も活発です。約500人が参加した福岡フォーラムでは「母親から口話で育てられた。母は手話ができない。子どもの頃、親とコミュニケーションがとれず苦しかった。それを母に言ってよいのかどうか…」と心情を吐露する質問に、主催者は「個人の問題でなく、親が手話を使わず喧嘩(けんか)をするのはよくある話ですが、親が悪いわけではありません。また、手話のできない教師が批判されがちですが、教員の養成機関の中に手話のトレーニングをする機会が全くありません。教師個人の問題でなく教員養成方法や研修の保障の問題です。そのための法律が必要です」と分かりやすく答えていました。

長年待ち望んでいたことがこれから始まろうとしているワクワクした気持ちが盛況の理由でしょうか。「手話言語法制定」の全日本ろうあ連盟の訴えがろう者や手話関係者の琴線に触れたのです。そして、ここに来るまでの過程は「手話は基本的人権」の姿勢で一貫して手話を守り発展させてきた全日本ろうあ連盟と関係者の運動の積み重ねにあったのです。

2 障害者権利条約と障害者基本法

ろう者は当たり前のように手話を使用してきましたが、そこには社会からさげすまれ排除され耐え忍ぶ苦難の歴史も背負ってきたのです。自分たちのことを分かってほしいと手話の普及に努め、社会参加をするために手話通訳者の養成・派遣・設置事業を全国で展開してきました。しかし、まだ腰を低くして市民に協力や賛同をお願いする姿勢だったのです。

そんな気持ちが一変するように、障害者権利条約はろう者たちにゆるぎない確信をもたらしました。「言語」に手話が認められたのです。それも国際社会の頂点の国連で加盟国すべての賛成で採択されたのです。言い換えると、世界の国々のろう者の「手話は言語」として認めてほしい強い願いがついに実現したのです。

障害者権利条約は黒船のように日本にも影響を及ぼしました。批准のために障害者制度改革が始まり、障害者基本法の改正作業が内閣府ですすめられました。しかし何としたことでしょう。障がい者制度改革推進会議が第二次意見で提言したのに、改正案には「手話」が入っていなかったのです。障害者権利条約にあることが日本の法律には入っていなかったのです。

障害者基本法改正案の閣議決定まで残された時間はわずかでした。ここで怒涛のような勢いで、全国のろう者・手話関係者が立ち上がり動きました。内閣に関わる政務三役、特に厚生労働省や文部科学省・国土交通省に絞って、議員の選出区の事務所を直接訪問し陳情活動を繰り広げたのです。どの議員も秘書も手話の必要性を認めました。各地から確かな手応えが報告されました。

そして、障害者基本法改正案を決定した閣議の後、枝野官房長官は記者会見で「わが国の法制上、初めて手話を言語として位置づけることになりました」と発表しました。短期間の集中的な運動が実を結んだのです。

3 満を持して「手話言語法」制定推進事業立ち上げ

改正障害者基本法の第3条で、手話は言語に含まれることが明記されました。しかし、この規定だけでは手話に関する諸権利を十分に保障したとは言えません。手話について細かく規定する法律が必要です。手話言語法が求められるゆえんです。改正障害者基本法が施行されるや、間髪を入れずに全日本ろうあ連盟は「手話言語法」制定推進事業を立ち上げました。

まず、言語の定義を確認することが出発点です。世界ろう連盟は「言語」を「物、動き、概念、状態などを表現するために系統的に使用される音声、サイン、書記記号などであり、特定の言語的集団(コミュニティ)のメンバーにより共通に用いられ、共通に理解されるもの」と定義しています。

また、「手話」についても「手話は豊かな統語構造と文法体系を持つ言語であり、単なるコミュニケーション方法あるいはコミュニケーション様式ではない」としています。

また、「ろう者は、その言語に関する権利が保障され、生活のあらゆる場面において、手話及び手話の使用が認められ、尊重されるようになってこそ、すべての権利が享有できたと言える」と基本的人権を保障するそのまた基本が「手話」であることを明確にしています。

「手話言語法」制定推進事業では、以下の5つの権利を保障した法制化が柱になることを確認しました。

(1)手話を獲得する

5つの権利のうち根幹になる部分です。手話に関する十分な情報提供と獲得するための環境(教育の場)が保障されることです。また、ろう児を育てる上で保護者に手話の必要性や情報が十分に提供され、また、相談できる環境を用意することが肝要です。

(2)手話で学ぶ

学校などでろう者が授業や講義を受けるとき、教員が直接手話で授業をすることや、大学等の高等教育機関では必要な場合に手話通訳が用意され、聴こえる学生と同様に学習権を保障することが大切です。

(3)手話を学ぶ

「国語」の学習を通じて日本語を学ぶことができます。同様に「手話」を教科として学べることが、特にろう学校で必要とされています。自らの言語の体系を学ぶことを通して、ろう者が誇りを持って生きていく力を育てることができます。

(4)手話を使う

手話で自由に会話ができ、また、手話通訳を通して社会参加ができればろう者の生活はより豊かになることは間違いありません。現実は、たとえば地域の集まりに参加しても話が分からず孤立してしまいます。職場での会議や研修も手話通訳がないため疎外されます。不自由な現状を解決するためには言語的平等のシステムが何より大切です。

(5)手話を守る

手話も言語として普及・保存・研究されることが必要です。日本語が公的に収集・整理・保存・研究されているように、手話にも同様の体制がつくられることが大切です。

4 学習用パンフレット「みんなでつくる手話言語法」

全日本ろうあ連盟では、ろう者の周りの人に手話言語法が必要なことを知っていただくための冊子「みんなでつくる手話言語法」を発行しました。先に述べた5つの権利をマンガ入りで分かりやすく解説しています。また、国際的な状況、特に憲法で手話を認知しているフィンランドや手話言語法を定めているニュージーランドの情報を詳しく紹介しています。これ一冊で手話言語法が分かると好評をいただいています。

フォーラムでは意見を出し合い、討論し、みんなでより良い法律を考える取り組みを中心にしています。その作業が意見書になり、また、手話言語法案としてまとまっていくのです。

全日本ろうあ連盟が70周年を迎える5年後には花を咲かせることができるように、関係者とともに全力を尽くしていきます。

(にしたきのりひこ 全日本ろうあ連盟理事)