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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2012年6月号

フォーラム2012

大阪弁護士会:障害のある被疑者に障害の知識をもつ弁護士派遣制度がスタート

辻川圭乃

1 はじめに

知的な障害のある人を弁護することについて注意しなければいけないことが、二つあります。一つは、知的な障害のある人の供述特性です。知的な障害のある人は、誘導に弱く迎合性があることから、本当はやっていないのにやったと言ったり、質問の意味をよく分かっていなくてもすべて「はい」と答える傾向があります。そのため、自白があるとしてもそれが客観的な事実かどうか、誘導されたものでないかを特に意識する必要があります。実際、過去に冤罪であった事件で、被疑者・被告人に知的障害があった場合は少なくありません。また、冤罪とまでは言えなくても、知的な障害のある人は、自分を守る力が弱く、自分の言いたいことをうまく伝えられないところがあるために、動機や反省といった内面をうまく語れず、結果として重い量刑となってしまうことが多くあります。たとえば、万引きをした理由は、本当は金銭搾取に遭っていてお金がなかったからなのに、そのことは言えず、ただお腹が減ったからとだけ述べたとすると、利己的な理由とされてしまいます。反省の気持ちをうまく表せないために、反省もせずに再犯の恐れが高いとみなされることもあります。そんな場合は、知的な障害のある人の供述特性を理解した弁護士ができるだけ早く弁護人となり、障害に配慮した弁護をして代弁をすることが必要です。障害のせいでやってもいない無実の罪を着せられたり、不当に重く罰せられることはなんとしても防がなければなりません。

もう一つは、障害のある人はいろいろな被害に遭っており、その被害の延長線上として、結果的に犯罪となってしまっている場合が非常に多いということです。虐待を受けているのに、被害を訴えられず、ストレスが高じ問題行動として突き飛ばしてしまったり、火をつけてしまったりといったことがあります。そのような場合、問題行動のみに着目して本人に反省を求めても解決にはなりません。逆に、問題行動の原因をつきとめ、その原因を除去することで問題行動は治まります。その場合、知的な障害のある人に真に必要なのは刑事的な処罰ではなく、福祉的な環境を整えることなのです。

2 弁護士派遣制度を導入した経緯

大阪弁護士会では、前記のような考え方から、『知的障害者刑事弁護マニュアル』(平成18年Sプランニング)を編集し、会員に対して障害を理解した弁護活動のための研修を行ってきました。そして、研修に参加し、障害に関する知識をもつ弁護士の数が一定程度確保できるようになってきました。

他方、平成23(2011)年は、障害のある人に対する刑事手続きに関して、大きな動きがありました。一つは、障害者基本法の改正により、司法手続における配慮等の規定が新設されました。二つは、検察庁における知的障害のある被疑者に対する可視化(取調における録音・録画)が開始されました。三つは、日本弁護士連合会でも刑事弁護キャラバンで障害者刑事弁護を取り上げたり、弁護人がいち早く被疑者の障害に気づくためのチラシを作成するなどの取り組みを始めました。このように、平成23年度は特に知的障害のある被疑者を取り巻く状況が急速に変化した年でした。

そこで、大阪弁護士会では、障害をよく理解した弁護士を派遣する制度を実施する機運が高まったとして、昨年9月、大阪地方裁判所、大阪地方検察庁および大阪府警本部に対して、障害のある人が逮捕・勾留された場合に、障害に詳しい弁護士を派遣したいから、障害があることを知らせてほしいと申入れをしました。そして、障害については知的障害に限らないこととして、少なくとも療育手帳や精神保健福祉手帳を有している場合は、その旨情報提供してもらいたいと申し入れたのです。

すると、まず裁判所が趣旨に賛同していただき、11月24日の第1号派遣を皮切りに本制度がスタートしました。警察署についても、本年4月から協力をしてくれることとなりました。

3 制度の内容

逮捕された人は、だれでも弁護士を呼ぶことができます。知っている弁護士がいない場合は、警察や検察あるいは裁判所の人に当番弁護士を呼んでくれと言えば、弁護士会に連絡が行き、その日当番で待機している弁護士が直ちに接見に行きます(当番弁護士制度)。初回の接見は無料です。また、勾留後は、被疑事実(疑われている罪状)によりますが、国選弁護人を付けてくれるよう裁判所に請求することもできます(被疑者国選制度)。

被疑者から当番弁護士を呼んでくれと言われた警察官や検察官、あるいは裁判官は、大阪弁護士会に、当番弁護士を派遣してくれるよう要請します。被疑者国選の場合は、裁判官から日本司法支援センター大阪(法テラス大阪)に国選弁護人の推薦依頼がなされます。

本制度では、療育手帳や精神保健福祉手帳を有しているなどして被疑者に障害があることが分かっている場合は、大阪弁護士会や法テラス大阪に連絡する際に、その旨付記して情報提供してもらうことになりました。

そして、その情報提供を受けた場合に、一定数の研修を受けて障害者刑事弁護人名簿に登載された弁護士の中から、当番弁護士の派遣や国選弁護人の推薦をする仕組みになっています。

4 制度導入による成果

昨年11月下旬から本制度は始まりましたが、当初は裁判官からの情報提供だけでした。本年3月末までに、被疑者国選の推薦依頼および当番派遣依頼があった件数は29件です。本年4月からは、警察署からの当番派遣依頼の際の情報提供が加わりましたので、本年度、5月11日現在の派遣件数は合計12件となっています。

まだ、制度が始まってから日が浅いこともあり、具体的な成果に対する検証はできていませんが、少なくとも、派遣依頼の段階でこれまでほとんど意識されてこなかった被疑者の障害の有無について、裁判官や検察官、警察官等が確認することになった意義は大きいと思われます。もちろん、早い段階で障害を理解した弁護士が接見に行くことで、可視化申入れは言うまでもなく障害特性に配慮した捜査の申し入れを行うことができますし、福祉関係者との連携が積極的に行われることも期待されます。

なお、大阪弁護士会では、当制度に先立ち、一昨年の11月から「障害者刑事弁護サポートセンター」を立ち上げています。同センターでは、障害のある被疑者・被告人を弁護する弁護士に対して、情報を提供したり、助言をするなどの支援を行っています。当派遣制度で派遣された弁護士に対しても同センターを活用してもらうことで、より一層障害のある被疑者に対する適正な刑事弁護活動が可能となるはずです。

5 今後の課題

当番派遣や被疑者国選の推薦依頼の数が、当初の予想を上回るペースで来ていますので、現状の名簿登載者では、それぞれの負担が大きくなることが危惧されます。障害者刑事弁護人名簿の登載者を増やすことが急務です。

また、手帳を所持している等で、当番派遣や被疑者国選の推薦依頼の時に障害があることが分かっていたり、特別支援学校を卒業しているとか、病院の通院歴があるとかで当初から障害があることが疑われる場合は、本制度により研修を受けて障害を理解した弁護士を派遣することができますが、事件を起こすまで本人も周囲も障害があることに気づいていないという場合には対処できません。そして、この場合こそ、障害をよく理解した弁護人ができるだけ早い段階から付く必要性が高いのです。実際は、この場合は結構多いと思われます。

通常の当番派遣名簿に登載されている弁護士すべてが障害者刑事弁護に関する研修を受けて、障害の知識を有するようになれば、本派遣制度は必要なくなります。将来的にはそうなることを目指して、研修の機会を増やしていきたいと思っています。

6 知的な障害のある被疑者用パンフレット

知的障害のある被疑者の場合、難しい法律用語が理解できず、先を見通すことも不得意なことから、逮捕されると、とても不安な状況に置かれます。

そこで、「弁護士ってどんなことをする人?」とか、「これからあなたはどうなるのでしょうか?」などを、分かりやすくイラスト入りで説明した小冊子を作成しました。最初の接見時に差し入れることで、理解が深まり、先の見通しをつけやすくなることで、知的な障害のある被疑者にとって、少しでも不安が和らぐ一助になればと思っています。

(つじかわたまの 大阪弁護士会高齢者・障害者総合支援センター運営委員会副委員長、弁護士)