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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2012年7月号

難病患者支援の現状と課題

福永秀敏

はじめに~難病に対する考え方の変化~

21世紀になり超高齢社会が進行していく中で、難病に対する考え方も次第に変化してきている。

日本の難病対策は昭和47年の「難病対策要綱」に始まるが、くしくも私はこの年に医学部を卒業した。振り返ってみれば医師になって40年近く、(神経)難病医療と向き合うこととなった。「なぜそんなに長く」と問われても一言では言い尽くせないが、患者や家族との「共感」が一番大きかったのではないだろうか。

当時は難病というと原因や治療法もわからず、健常者とは全く異質の「とんでもない病気」というイメージが強かった。ところが高齢者が激増し、何らかの病気を抱えながら生活している人が増えてきたことや、病気の原因が次第にわかってくる(遺伝子工学の進歩で、人間はちょっとした遺伝子の気まぐれで、重大な病気になることもある)と、病気と健康は連続したもので明確に線引きできないこともわかった。今日は健康と思っていても、ある日突然、難病の仲間入りをしないとも限らないのである。

また一方では、介護保険制度など地域での医療や福祉サービスの整備により、療養形態も一変されようとしている。長期入院の困難さや在宅医療技術の進歩、またQOLの向上を求める声とも相まって、施設入院から在宅療養へと、希望と不安を抱きながら踏み出す患者が多くなっている。

在宅での人工呼吸管理も一般的となり、呼吸器を付けた後でも生きがいを持って暮らしていける物心両面の体制整備が問われている。今年(2012)4月、ALS(筋萎縮性側索硬化症)を患う男性2人が、和歌山市に24時間体制の介護サービスを求めた訴訟で、地裁は現行の1日約12時間から21時間以上への拡大を義務付ける判決を下している。

国の難病対策も前項(厚労省疾病対策課)のように多岐にわたっており、私も委員として参加している厚生科学審議会難病対策委員会でもさまざまな支援が検討されている。

ここでは、医療体制の整備と医療費助成、レスパイト入院、難病相談・支援センター、医療・保健・福祉の統合、尊厳死問題について触れてみた。

■難病の医療体制の整備と医療費助成

一口に難病といっても、ALSやパーキンソン病のような神経系の難病から、潰瘍性大腸炎のような消化器系の難病、そしてSLEのような膠原病まで、人間のあらゆる臓器や器官の傷害が対象になる。また年齢もさまざまだし、病期も一過性のものから進行性で難治性のものまで多岐にわたる。

とりわけ神経系では長期の療養を必要とする難病が多く、入院も長期化する。ところが入院病床の確保となると、現在の医療制度では急性期医療が中心になり長期の入院を必要とする慢性の病気は敬遠されがちとなる。そこで、国も重症難病患者入院施設確保事業という施策のもと、拠点病院や協力病院等の医療連携のもと、各県に配置されている難病医療専門員が中心となり入院病床の確保に努めている。

ところで長期療養を必要とする難病患者の入院を受け入れる病棟としては、一般病棟と特殊疾患病棟(入院料では投薬、注射、検査、処置等が包括)、そして障害者施設(たとえば旧筋ジストロフィー病棟等で、入院料以外の投薬や処置料は出来高)がある。

当院の場合を提示すると、ALS患者は一般病棟(7対1看護での入院料)と障害者施設(療養介護病棟1)に入院することになるが、患者の自己負担は微妙に違ってくる。一般病棟では重症認定を受けると所得に関係なく、医療費(食費も含む)は全額公費補助であり、それ以外の患者は所得に応じて月額限度額(食費も含む)が設定される。

ところが療養介護病棟(ALSの場合には、気管切開を行い人工呼吸器を装着した障害程度区分6が対象)に入院すると、医療費の入院料は請求される(償還払いで、福祉医療費受給者証の重度や、身障手帳2級以上を取得している場合には全額が償還される)。一方、福祉サービス費は、本人や配偶者の所得割合で決定されるが実質的には自己負担はない。ただ食費の負担があり、日用品費は実質的には病院の負担となっている。

ちなみに在宅に移行すると、外来での医療費は所得により月額限度額が定められている(重症難病は全額公費負担)。訪問看護には自己負担はなく、訪問リハビリも訪問看護の枠内で処理できることもある。介護費用は1割負担となる。

このように療養する場所により自己負担額が異なること、また重症認定を受けると食費を含めて全額無料というのは、公平性や病棟運営の立場からも検討が必要である。またここでは詳しく触れなかったが、高額療養費の自己負担限度額も、高価な治療薬が開発されていく時代にあって議論しておく必要がある。

■レスパイト入院

限られた医療資源を有効にそして公平に活用するとなると、長期の入院患者でも一定の落ち着いた状態では、在宅医療に移行することも求められる。ただ介護力等の厳しい条件で難しい事例も多いが、地域医療連携室が中心になって「レスパイト入院」に向けて新たな取り組みも始まっている。

当初は介護者の病気や休養、冠婚葬祭、災害時等の一時入院を目的としていたが、最近では人工呼吸管理や吸引、経腸栄養等医療依存度の高い療養を受け持っている介護者の精神的ストレスの軽減にも役立っている。さらに、患者・家族の交流や日頃の悩みや不安を病棟スタッフと共有する機会にも利用されている。

レスパイト入院を定期的に利用しているALS患者は、入院中も在宅と同様な介護が受けられるように、吸引のやり方などを図式化し、壁に貼るなどの工夫をしている。

ただレスパイト入院を受け入れてくれる病院は限られており、その拡大にも努める必要がある。当院では、レスパイト入院用のクリティカルパスを作成したり、胃瘻(いろう)の交換等を考慮しながら年間の入院計画も作成している。

■難病相談・支援センター

・「歩き方がおかしい」と周りに言われたので専門医を受診したらALSという診断だった。家に帰ってインターネットで調べると「治療法がない難病」だという。頭の中が真っ白くなり茫然自失の状態である。

・多発性硬化症という病気で歩き方がぎこちなくなり、職場を辞めた。現在は回復し座った状態での仕事ならできるのだが、職安にも行ったが適当な仕事が見つからない。

・線維筋痛症と診断されたが、どのような病気かわからない。同じような病気の人がいたら、話を聞きたい。

私は2011年10月に発足した鹿児島県難病相談・支援センターの所長(非常勤)に就任したが、前記は医療相談の一部である。このような時に電話一本で、抱えるさまざま悩みに相談に乗り、確かな道しるべを示してくれる機関があったらと誰しも思うだろう。そのような場所が、「難病相談・支援センター」である。

国も総合的な難病対策の一つとして、患者に身近で重要な施設として位置づけ、法的な整備も検討している。従来、各県に1か所ずつ、このようなセンターの設立が定められていたが、多くは患者団体や病院に委託されているものが多い。

鹿児島県では県当局の英断と患者団体からの要望に応えて、2011年10月から県直営のセンターとして船出した。業務内容としては、地域で生活する難病患者等の相談・支援、地域交流活動の促進、そして日常生活での悩みや不安にきめ細かに対応することを主目的としている。1人歩きをはじめたばかりで試行錯誤の最中であるが、職員は豊かな専門的知識を持ち、悩める人のために役立ちたいという社会的使命感に溢れている(なお、鹿児島県難病相談・支援センターの詳細については、今号の列島縦断ネットワーキングも参照)。

■点から線、そして面へ(医療・保健・福祉の統合)

保健・医療・福祉のネットワーク形成の過程は、連絡から連携、そして統合の3段階に整理される(前田信雄『保健医療福祉の統合』勁草書房、1990)。

私はこの3段階は、時とともに統合へと進化していくものと考えている。たとえば、病気になると多くの患者は地域の開業医を受診し、そこで紹介状をもらって専門医を訪ねる。これは点と点の関係で、単なる「連絡」である。ところがALSのような難病の患者が地域で療養するとなると、医療や福祉関係者を含む多くの職種が関わりを持つことになる。効率的にうまく事を運ぶには、相互を結びつけるような線の関係、すなわち「定期的に連携(学習会や調整会議)をとる」ことが必要となる。連携とは「異なった分野が一つの目的に向かって一緒に仕事すること。別々の組織に属しながら、違った職種間でとる定期的な協力関係」とされている。

当院では、ALSなどの密度の高いケアを必要とする患者が退院するときは、市町村保健師が中心になり、訪問看護師やヘルパーも一緒にベッドサイドに集まって、これからの看護や介護の分担について話し合っていた。また定期的に調整会議(事例検討会)が開かれて、刻一刻と変化していく状況への現状把握とケアの調整を図っていた。ただ介護保険が導入されて以降、このような体制も変わってきている。

ところが線の関係を全県的に行うとなると、恒常的な組織と面としてのシステム化が必要とされる。今後「難病相談・支援センター」が果たす役割は、この辺りにあるのではないだろうか。

■尊厳死問題の議論

死に逝(ゆ)く患者に接する機会の多い医師にとって、できることなら「安らかな死」を望むのは「あたり前のこと」だろう。ところがこの「あたり前のこと」が、意外に難しいことなのである。特に生命維持に直接関係してくる人工呼吸器や、胃瘻などの医学の進歩が問題を複雑にしている。

2003年に厚労省が行った意識調査では、延命治療を望むか否か事前に書面で意思表示を行う「事前指示」に賛成の人が半数を超えたという。超高齢社会となり、また患者本人の意思に反する形で全身に管が取り付けられるような濃厚医療が続けられている現実に、「尊厳死」に対する国民の意識も変わりつつあるようである。

日本病院会は2012年4月に倫理綱領を改訂したが、「我々は人の自然な死に思いをいたし、緩和医療を推進し、誰もが受容しうる終末期医療を目指す」と定めた。まだ終末期の定義も不明確だし、一方では尊厳死の法制化は、現在ALSなどで呼吸器を装着して療養を続けている人の心の負担になるのではないかとの懸念もある。多くの人の合意が得られるまで困難な議論が続くが、避けては通れない課題である。

おわりに~治療法の開発と療養体制の整備を~

1972年に難病対策要綱が制定されて40年が経つ。要綱制定の発端となったスモン対策では華々しい成果が上げられたが、その後の多くの難病では、原因究明と治療法の解決という点で困難に直面している。多種多様な難病の範囲、障害の認定、福祉サービスの種類等々、今後それぞれにきめ細かな対策が求められる。いずれにせよ、患者の「一日も早く」との思いに答えられるように、みんなで叡知を結集していかなければならない。

(ふくながひでとし 独立行政法人国立病院機構南九州病院院長、鹿児島県難病相談・支援センター所長)