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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2012年12月号

アジア太平洋地域の知的障害のある人の共生社会

袖山啓子

誰(だれ)がクッキーを買ってくれるのか

「もし私たちがクッキーやパンを作ったとしても、誰も買ってくれない」。これは、第2次アジア太平洋障害者の十年の後半5年の期間中、APCD(アジア太平洋障害者センター)とJICA(国際協力機構)を通じて実施された知的障害のある人と家族のワークショップで発せられた一言である。「日本では知的障害のある人の作るクッキーを買ってくれるのか」と聞かれ、「もちろん買ってくれる」と返事をしたが、そのあとに返ってきた悲しい現実を表すこの一言には胸をえぐられた。

知的障害のある人にとっての障壁

この発言から見えてくるのは、知的障害のある人が直面する障壁である。前記の発言はタイの本人からのものであったが、現在のわが国においても全くあり得ないとは言いきれない。スロープは設置されると、階段という障壁が取り除かれるだけでなく、階段を利用できる人も、そのスロープを目にするたびに、階段を使えない人に思いをはせる。

知的障害は、単に障害が目に見えにくいだけでなく、障害故に直面する障壁にも、気づかれにくく、その結果としてニーズも理解されにくい。

共生社会

私たちが求めている暮らしは、“必要な支援を得て地域生活を享受する”というものであることを考えると、その“必要な支援”を提供できる“支援者”が、スロープ代わりということになるのではないだろうか。

多くの当事者たちは、情報を正しく受け取ること、自分自身のことを表現すること、などに困難を抱えている。

当会が、1.知的障害のある人、2.その家族、そして3.支援者や専門家、という三つの立場にある人々を尊重して活動してきている理由はそこにある。この三者の関係性が、共に生きるという姿勢を基本としたものであることが、共生社会の構築に欠かせない。

現実には“必要な支援”の見極めの難しさ故に、“必要以上の支援”が提供され、当事者の自尊心や自律が損なわれたり、反対にさまざまな資源不足のために支援を提供できない状況になったりする。失敗や成功の経験をそれぞれが積み重ね、関係性を継続していくプロセスそのものが、共生社会の実現につながるのである。

全日本手をつなぐ育成会の取り組み

全日本手をつなぐ育成会は、APCDと協力機関協定を締結し、マレーシア、タイ、ベトナム、ミャンマーへ知的障害のある人と支援者、家族の派遣を行なってきた。

各国では、知的障害のある人、家族、そして支援者や専門家が一堂に会し、研修やワークショップを行なった。親は、セルフ・ヘルプ・グループの立ち上げ、地域ネットワークの形成、全国的な連携、政策立案に資する団体としての責任などを伝えた。知的障害のある人自身の活動として行われている本人活動については、当事者がその方法について、具体的な講義を行なった。支援者は、派遣が決まったその時から、当事者への支援を開始し、派遣先においては、支援を行うとともに、セルフ・ヘルプ・グループについて、講義を行なった。

これまでの派遣活動の成果としては、2009年3月にタイで初となる本人の会「ダオルアン」(タイ語でマリーゴールドの意)の設立、2010年2月にはミャンマー初の本人の会「ユニティー」の設立が挙げられる。さらにタイの本人グループの支援で、2011年11月にはカンボジア初の本人の会「ローズ」も誕生している。

地域における課題

しかし、この三つの会に共通する課題として、1.資金、2.技術的支援、3.支援者の能力、4.家族の参加、5.知的障害者との協力や経験、6.製品のマーケティング技術、7.知的障害者の主体性、の不足が指摘されている。*1

ベトナムでは、教育の保障、就労、余暇、生活の場など、すべての点において課題が認識されていた。*2

タイにおいては、当事者同士のネットワークづくりや、その中で周囲(地域・行政・企業・政治家など)との関係を築くことが必要と指摘されている。*3

これからに期待すること

こうしてみてくると、この地域の障害者のエンパワメントとバリアフリー社会の実現には、すべての面で不足があげられており、継続的取り組みが不可欠であることが改めて認識される。

国連の障害者の権利条約の中に「国際協力」が謳われているとおり、各国が地域の現状を把握できるように援助すること、その上で関係各国が協力要請を行えるような仕組み作りを支援すること、そして関連の技術協力を行うこと、などに日本政府が積極的に貢献することが期待される。そのためには、現在行われている内閣府の障害者政策委員会において、これまでわが国が積み上げてきた国際協力の成果をさらに深化させられるような議論がなされ、アジア太平洋地域の一員として、当会および国際育成会連盟がその責任を果たしていくことにつながる結論を得られることを強く望むものである。

(そでやまけいこ 全日本手をつなぐ育成会)


【脚注】

*1 長瀬修「ミャンマーの知的障害者本人活動の動き」季刊福祉労働136号、P.102―103

*2 袖山啓子「アジア太平洋障害者センターの働き」手をつなぐ2008年12月号、P.46―47

*3 樺沢浩「タイにおける本人活動支援と家族の役割」手をつなぐ2009年7月号、P.44―45