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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2012年12月号

新十年に望むこと
―障害女性の活動を通して

臼井久実子・瀬山紀子

はじめに

社会のなかで障害女性が、重複した差別を受け、困難な状況に置かれていること、障害者団体などのグループのなかでも女性のリーダーが少なく、女性たちには研修の機会も限られていること、一般の女性運動が障害女性の課題にはアプローチできていないことは、以前から課題とされてきた。アジア太平洋障害者の十年の最終年に出された行動計画「びわこミレニアム・フレームワーク(2003―12)」、中間年の「びわこプラスファイブ(2007―12)」、この二つの文書は、計画のなかの今後優先すべき課題として、こうした障害女性の課題を明確に位置づけている。ただ、課題が示され解決に向けた計画がつくられながらも、計画を実行すべき政府や運動団体のなかで、課題が共有されてきたとはいえない。

日本においては、障害女性に関する政策は、課題化も実態把握も遅れている。障害者施策においては、内閣府障がい者制度改革推進会議および障害者政策委員会が、障害女性の課題を提言に記述するという前進をみたが、法制度にはいまだ反映されていない。男女共同参画施策においては、国の基本計画で課題化はされるようになったが、地方公共団体を含めて具体的政策はこれからという段階だ。

これから先、障害がない人との平等という目標を達成することは言うまでもないことだが、「障害者」を一括して見るだけでは、障害女性をはじめ複合差別を受けている障害者は看過される。その意味で、インチョン戦略草案が、「多様な障害者グループがエンパワーメントされること」を特筆していることは重要かつ必要なことだ。さらに、大災害に見舞われた日本の立場からは、災害時にはそれまで社会のなかに存在してきたジェンダー格差や差別がいっそう増大するということを訴えていく必要があるだろう。そのためには、平常時から、格差・差別をなくしていく取り組みが不可欠だ。

では、ここから、そうした状況を踏まえた上で、インチョン戦略草案も参照しながら、新十年に具体的に望むことを示していきたい。

1 障害女性に焦点をあてて政策決定への参画を進めること。

第一に挙げたいのは、政治や政策決定への参画を促すということだ。現状は、複合差別が反映して、障害当事者団体等の役職者にも障害女性は少なく、国・地方公共団体の政策決定過程に関与できている障害女性当事者はごくわずかである。そのことは、障害女性たちが抱えざるをえない課題の不可視・等閑視にもつながり、多くの障害女性の困難に輪をかけている。

2010年にDPI日本会議加盟団体(73団体)を対象に、代表者の性別構成等をたずねた調査がある(伊藤[2011])。結果は、障害男性が78.8%、障害女性が15.2%だった。回答率が45.2%と十分ではないが、代表者の圧倒的多数が障害男性であることは日本の障害者団体の状況を表しており、障害女性の意見が少数派となりがちと言えよう。また、内閣府障がい者制度改革推進会議(21人)のうち障害者関係者は過半数という日本初の画期的な構成で、女性は3分の1を占めたが、障害女性はわずか1人だった。障害者政策委員会ではやや改善されたがさらに拡大が必要であり、地方公共団体の審議会などの機関においても障害女性たちの参画を確保することが、障害女性の実態と課題を踏まえた計画策定と政策展開に不可欠である。

2 障害女性の貧困を重点課題に据えて就業状況を改善すること。

日本は障害者ジェンダー統計がきわめて乏しい状態にあるが、入手できる調査報告から、障害女性の極端な貧困、就業率も雇用身分も低いことが明らかになっている。しかし、障害者雇用政策は障害者を一括して扱い、性別格差に対して何の政策も持っていない。男女雇用均等の政策も障害者の雇用については視野にない。国際的にも、障害女性に焦点をあわせなければ、実態、課題が公的に明らかにならず対策もありえないことは明らかだろう。

3 災害の備えおよび対応にジェンダー平等とインクルージョンを保障すること。

日本では、1995年の阪神・淡路大震災を機に、女性のニーズを踏まえた避難所の運営、物資の供給、女性による女性のための支援の必要性が言われ、昨年の東日本大震災時には、少なくともそうした課題への対応の必要性が国によっても伝えられた。しかし、障害のある女性には、まだそれらの取り組みが及んでいない。東日本大震災と原発事故においては、被災地の障害者の安否調査ができた地域は一部で、障害女性の状況に焦点をあてた調査は行われておらず、実態が不明なままである。親族の扶養下で、ネグレクトを受け、教育も福祉サービスも受けることのない在宅生活を送ってきて、災害後に初めて他人の介助を得ながら避難先で暮らし始めた障害女性もいる。

一般に、災害時には、一層、家族等のケア役割が主に女性の肩にかかりやすいこと、DVや失業も増大することが明らかになっており、それは障害がある女性にもあてはまる。「女性だから」と家事や家族ケアをするのは当然とされるなかで、心身を傷めたり、家事等ができないという理由で暴力の対象にされることもある。現状で障害女性ゆえにかかっているリスクと負荷を認識して、情報やサービスを手にでき、人のつながりを得ていけるような地域社会をつくっていくことが必要だ。

4 性別クロス集計などの基礎データを整備・公表すること。

性別集計が皆無の統計もあるほどの基礎資料の不備が、障害女性の複合的な困難が課題化されない大きな要因になっている(臼井・瀬山・吉田〔2012〕)。実態に基づいた政策、計画、工程表を持つためには基礎データが欠かせない。地方公共団体や関係機関による実態把握の際にも、障害女性・障害男性の置かれている現状が把握できる情報の蓄積が重要である。そのためには、実態把握のための統計データ作成の際に、当初からジェンダーと障害の視点からの情報収集を行なっていくことが必要となる。障害者に関するジェンダー統計の作成は、国際的な潮流を受けて国内でも課題とされながら不十分な取り組みにとどまっている。既存の調査の大部分は調査票では性別を聞いており、性別クロス集計を出そうとすればできる。調査票で性別を不問にしてきたものについては、当然、新規の調査から性別を項目に加えて集計をとるべきである。

5 ジェンダー戦略と女性のエンパワーメントを保障すること。

インチョン戦略草案が「障害のある少女および女性は、重複した形で不利益に直面している。扶養者への依存によってさらに深まる孤立のせいで、女性たちは多様な形態の搾取、暴力、および虐待にきわめてさらされやすい」と述べていることは、日本においても全くそのとおりである。ターゲットや主要目標に挙げられていることも日本の課題と重なる。

筆者らも関わっているDPI女性障害者ネットワークが2011年に行なった障害女性に関する複合差別調査では、3人に1人が性的被害の経験を述べており、回答した障害女性たちの多くが虐待やハラスメントを経験していることが明らかになった。都道府県の政策を調べた調査結果をみても、相談窓口や必要な支援にたどりつくことができていないこと、情報やサービスにアクセスできていないことがうかがえた。情報アクセスの保障、人権とセルフアドボカシーのための教育、それと切り離せない性教育を、どこで学ぶ子どもも、大人になった障害者も、得られるようにすることが第一歩だろう。

DPIアフリカ大会の分科会で、障害女性たちから、活動や事業のための助成金の申請書類を書くことに協力を必要としているという声が上がっていた。重層的な差別のもとで教育から遠ざけられ、貧困と日々の生活に追われるなかで力を発揮しにくいということは、日本の障害女性たちにも似たり寄ったりの状況がある。そうしたごく基本的なことに始まる支援、エンパワーメントが必要とされている。

(うすいくみこ・せやまのりこ DPI女性障害者ネットワーク)


【参考文献】

・伊藤智佳子「「当事者団体におけるジェンダーバランスに関する実態調査」結果と今後の課題」『DPIわれら自身の声』26(4)(2011年4月号)、DPI日本会議[40-43]

・臼井久実子・瀬山紀子・吉田仁美「障害者ジェンダー統計(その1):日本の障害者ジェンダー統計の整備状況」『NWECジェンダー統計ニュースレター』Vol.10(2012年10月25日号)、国立女性教育会館

・DPI女性障害者ネットワーク編『障害のある女性の生活の困難―複合差別実態調査 報告書』2012年 お問合せ:dpiwomen@gmail.com