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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2012年12月号

ワールドナウ

障害者の権利条約の国際的実施の現状
―第5回締約国会議と第8回障害者の権利委員会

長瀬修

障害者の権利条約の批准状況

障害者の権利条約の国際的実施は進展を遂げている。本稿執筆時点(2012年11月9日)で、条約の批准数は126、署名数は154、選択的議定書の批准数は90、署名数は76に上る。193の国連全加盟国のうち、ほぼ3分の2が条約を批准した状態にある。

批准と実施の関係では、批准してから国内措置を進める国々と、日本のように主要な国内措置を実施してから批准する国々に分かれるが、日本は現在の障害者制度改革を推進し、とりわけ障害者差別禁止法の制定を行なっての批准が待たれる。

本稿では条約の国際的実施の二つの柱である、締約国会議と障害者の権利委員会の動向を報告する。筆者は、締約国会議は12日と13日、権利委員会は全期間(公開部分)、それぞれ出席した。

第5回障害者の権利条約締約国会議(9月12日―14日:国連本部・ニューヨーク)

(1)テーマと各国の権利条約実施状況

政府以外の150以上の市民社会組織から600人を超す参加があり、30以上もの数多くのサイドイベントが開催されるなど、締約国会議は年に一度の障害分野の重要な情報交換の場となっている。なお、今回からサイドイベントの情報保障として筆記・文字通訳(CART)提供は国連事務局から義務付けられた。

議長を務めるスウェーデン大使は冒頭で、良好な批准状況について触れて、近い将来の「すべての国連加盟国による批准」(universal ratification)を目指すとし、今回の締約国会議は「障害者の権利条約を女性と子どもにとって価値あるものに」をメインテーマとし、サブテーマは技術とアクセシビリティ、障害児、障害女性であると発言した。

こうしたテーマに沿って、アクセシビリティと技術に関するラウンドテーブルが開催され、日本からはデイジー・コンソーシアムの河村宏理事(前会長)がパネリストとして参加した。また、障害児に関するラウンドテーブル、障害女性に関する非公式セッションが開かれた。国連システムによる条約の実施に関する双方向の対話も行われた。

ともすれば自画自賛になりがちな各国の報告の中で注目されたのは、知的障害児ホームでの虐待事件に関するヨルダン大使の発言(ステートメント)だった。この事件の反省から、知的障害のあるすべてのヨルダン人を入所施設から出す必要があるという認識を政府は新たにしたと同大使は発言した。

昨年の締約国会議で「障害者の権利条約の規定の多くは、ドイツにおいて過去10年間に達成されている」と政府代表が発言したドイツ(たまたま隣にドイツ人である国際育成会連盟会長がいたため、「おめでとう」と冗談交じりに声をかけると、「嘘っぱちだ」という声が返ってきたのは面白かった)から今年は、2011年9月22日に連邦労働社会省が出したバリアフリー情報技術に関する省令によって、連邦政府機関は基本的情報をドイツ手話と知的障害者向けの分かりやすい言葉での提供を義務付けたという興味深い報告があった。

日本政府は昨年に引き続いて署名国としてステートメント(発言)を行い、1.2011年7月の障害者基本法の改正と2012年5月の同法に基づく障害者政策委員会の発足、2.法定障害者雇用率の引き上げ、3.インクルーシブ教育システムと就学先の選択、4.国際協力、5.ICTに関する国連専門家会議の東京開催(2012年4月)等について触れた。

(2)障害と開発のハイレベル会合(2013年9月23日:国連本部・ニューヨーク)

現在の国際社会の障害分野の主要な関心は、2015年までに達成が目指されているミレニアム開発目標(MDGs)の次の開発目標にいかに障害、障害者の問題を含むかにある。今回の締約国会議全体の底流として、「障害と開発」という問題意識を強く感じた。

その具体的なステップとして位置づけられているのが、2013年9月23日に国連総会の一部として、国家元首級の出席を想定して開催される、障害と開発に関するハイレベル会合(HLMD)である。「前進:2015年を超え、障害の視点を踏まえたインクルーシブな開発アジェンダ」をテーマとするHLMDは、簡潔で行動に主眼を置いた成果文書をまとめる予定であり、締約国会議でも多くの言及があった。

2012年11月2日に、アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)第2次アジア太平洋障害者の十年最終レビュー・ハイレベル政府間会合が採択した「インチョン戦略」はアジア太平洋地域からのHLMDへの具体的な貢献という位置づけもある。

(3)障害者の権利委員会委員の選挙

12日に、障害者の権利条約の国際的モニタリングを担う障害者の権利委員会の委員の選挙が行われた。本年末で任期が切れる9人の枠に20人の立候補があった。締約国による投票の結果、モンティエン・ブンタン(タイ:初)、マリア・ソレダッド・システナス・レイス(チリ:再)、ラズロ・ガボー・ロバシー(ハンガリー:初)、ダイアン・ムリガン(英国:初)、サファック・パヴェイ(トルコ:初)、アナ・ペレーズ・ナルヴァエズ(スペイン:再)、シルヴィア・ユーディス・クァン・チャン(グアテマラ:再)、マーティン・ムウェシグワ・バブー(ウガンダ:初)、モハメド・アル=タラウネ(ヨルダン:再)がそれぞれ4年の任期で個人の専門家として選出された。カッコ内の「初」は初当選を、「再」は再選をそれぞれ示す。2014年末までの任期を持つ残り9人を加えた全18人の委員のうち、17人までが障害者であるとロン・マッカラム委員長は語っている。 条約交渉においてアジア太平洋障害者地域からの「バンコク提案」を最も積極的に支持するなど、大きな貢献を果たしながら、4年前には意外にも惜敗したタイのブンタン上院議員がトップ当選したのは、何よりもうれしかった。残念ながら、各候補者の識見だけではなく、出身国による選挙活動や政府間の票の貸し借りで当落が左右される現実がある。

(4)市民社会フォーラム(9月11日:国連本部・ニューヨーク)

締約国会議の前日、11日に国際障害同盟(IDA)が主催し、国連事務局の経済社会部(DESA)が協力して、今年も市民社会フォーラムが開催された。筆者は条約批准に向けての日本の制度改革について、日本の障害者運動は2009年3月になぜ条約批准に反対したのかというテーマで報告を行なった。

第8回障害者の権利委員会(9月17日―21日:国連人権高等弁務官事務所・ジュネーブ)

中国、アルゼンチン、ハンガリー3か国の報告の検討が行われ、勧告である総括所見がまとめられた。

以下、総括所見の内容ではなく、委員会の機能強化の必要について絞って述べる。委員会冒頭で事務局を務める国連人権高等弁務官事務所からこれまでに35の報告の提出があったという説明があった。第8回会期で3か国の審査を終えた時点で、積み残しは29となる。また、2012年末までには本来提出されるべき報告数が58に及ぶという状況も報告された。

現在の年2回、合計3週間という審査体制では、年間に4か国の審査しか可能ではなく、すでに提出された29の報告の審査を終えるのに8年もかかるという危機的状況が明らかになっている。さらに、選択的議定書の個人通報制度に基づくスウェーデンの事例に対して、本年5月に見解を示すなど、締約国の報告の検討以外の活動も本格化しているので、体制強化の必要は明白である。

そのため、2週間の会期を追加し、年間5週間の委員会と会期前作業部会を設定する旨の決議案が現国連総会に提出されている。これが実現すれば、年間に10の報告を検討できる体制を確立する。しかし、日本政府はこの提案に強硬に反対しているという情報があった。倍以上の会期を確保している他の条約の委員会と比較しても、現在の障害者の権利委員会の期間延長は緊急性が高い。

その意味で、風間直樹外務大臣政務官が、来日中のシュアイブ・チャルクレン国連障害特別報告者と、同行した日本障害フォーラム(JDF)メンバーに対して11月6日午後に外務省において、日本政府として合理的配慮の必要性を考慮し、会期延長を支持すると発言したのは心強い。

(ながせおさむ 立命館大学生存学研究センター特別招聘教授)