「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2013年2月号
松本ハウスは障害をどう笑うか?
松本キック
統合失調症の当事者であるハウス加賀谷は、自らの病気について隠すことなく人前で語ってきました。それは、駆け出しの頃から今も、二十数年何も変わっていません。病気をちゃかすのではなく、自身の症状も笑い話の一つと位置付けてきました。
「ボクが体験したことって面白いんですよ。見たことも、聞いたこともないでしょ」と、加賀谷が体験談を話せば、観客は前のめりになり耳を澄ませます。そして、落ちの瞬間、堰(せき)を切ったようにドッと笑い声が押し寄せます。
マイナスイメージと捉われているものは、笑いにおいて、立派な武器となりうるのです。加賀谷自身、人前で話してみるまでは怖かったと思います。しかし、お客さんが笑うことで心の壁も砕かれていきました。
2人のネタは僕が書いていますが、漫才に症状を取り入れることも珍しくありません。
毎月出演しているお笑いライブでは、お約束のギャグなども用意しています。会場の上の階が総合病院になっているのですが、冒頭で加賀谷がボケた後、こんなやり取りが続きます。
キック「お前、上の病院へ連れて行ったろか!」
加賀谷「ダメですよ! 上の病院には、ボクの行くべき精神科がないんですから!?」
キック「そこがダメなのか!」
客席は爆笑に包まれます。加賀谷本人が病気を受け入れているので、観ているお客さんも安心して笑ってくれます。「笑ってもいいの?」から「笑っていいんだ」と分かるんです。その笑いは同情からくるものではなく、純粋に面白いものは面白いという笑いです。また、統合失調症を知ってもらうことにもつながりますし、笑いによって心が解放されているので、お客さんの頭に素直に入っていきます。
もちろん、なかには心ない意見もありますが、そんなことはどこへ行っても同じです。
ある漫才コンテストで、審査委員長から「障害者を舞台にあげていいのか?」と誹(そし)られたこともあります。テレビ局にネタを見せに行って「もっと表情や動きを抑えないと無理だね。電話かかってきちゃうから」と、障害がある人間をテレビに出演させると、まるで抗議があるかのようにあしらわれたこともあります。
でも、すべてがそうではありません。先のコンテストでは、お客さんからの指示は一番で「観客賞」もいただきました。テレビの世界では、加賀谷の表現に注目し「面白いね、もっとやってよ」と言ってくれたスタッフさんもいました。
芸人は特殊な仕事である反面、最も社会通念を反映されやすい職業ともいえます。テレビ番組で同じ統合失調症のことを話したとしても、場によって内容は別の物となってしまいます。
NHKさんの福祉バラエティー「バリバラ」では、もともとの主旨が「障害を知ってもらおう」ということもあり、病名や症状までしっかりとオンエアされます。が、民放さんではきちんとオンエアされません。
たとえば、「統合失調症という精神の病なんですけど」と収録で言ったのに、オンエアされた番組を見ると「精神の病なんですけど」と、病名の部分がカットされてしまいます。なんという病気なのか、症状はどんなものなのかはぼやかされ、正しく伝わらないのが現状です。
どう扱っていいのか分からない、もし何かあったらどうしよう、問題が起こるくらいなら深く触らないに越したことはない、そういった風潮が感じられます。
だからといって、ぼくたちは批判をする気も恨む気もまったくありません。民放さんにはスポンサーや、さまざまな事情もあるので仕方がないということも分かります。マネージャーが仕事を取りにテレビ局を回っても、何人かの方が統合失調症を気にして同じことを言うそうです。
「ハウス加賀谷は本当に大丈夫なの?」
何がどう大丈夫なのか、基準はさっぱり分かりません。でも、この民放さんの発想こそが、現代社会の縮図であるとともに、民の感覚を写しているのです。
そして、ぼくたちはその社会の中で生きています。そのコミュニティーで仕事をしています。生きるため、与えられた仕事は一生懸命やらせてもらっています。
では、何が大切なのでしょう?
それはこちら側の意識ではないでしょうか。加賀谷本人が、感情をコントロールするために繰り返す言葉があります。
「言いたい人には、言わせておけばいいんです」
正直、悪意のある人はほとんどいません。ただ、批判的な声というのは、たとえ小さくとも、心には大きなダメージを与えます。だからまともに受け取らず、軽く流して笑っておくのが一番だと加賀谷は言っています。
現在、ぼくたち松本ハウスは、統合失調症の当事者や、ご家族の方に呼ばれ、講演会活動をしています。全国に統合失調症の当事者がたくさんいらっしゃることを、目で見て、耳で聞いて、肌で感じています。そこでぼくたち松本ハウスがやることは一つです。笑いを提供すること。ハウス加賀谷が、同じ当事者として笑いを提供することなのです。
症状を取り入れたネタも披露し、笑いも交えながら、加賀谷が過去の体験を話します。重かった時の症状や、閉鎖病棟に入院していた時のこと、薬の副作用や今の生活のこと。真剣で切実な話もする一方、笑えることは笑いながら話しています。面白いものは、障害のあるなしに関係なく面白いし、障害があるから笑ってはいけないなんて、誰も決めてはいないのです。
笑うことで、良い空気が流れ、良い関係が築けます。良い関係はお互いに明るさをもたらし、前を向いて進もうという活力を生み出します。
講演が終わると、当事者やご家族のみなさんが笑顔で話しかけてくださいます。時間があればその後も、一緒にお茶をしながら話をするのですが、そこでもまた笑いが起こります。
「ボクなんて、失敗ばかりですよ」
加賀谷は、本当に失敗ばかりです。
「ボクは、あきらめなかっただけです」
かっこいいことも言います。
「あきらめなかったら復帰もできました。だけど、また失敗ばかりです」
かっこ悪いです。かっこ悪いことも、加賀谷は素直にさらけ出します。共に笑うことで場はなごみ、みんなが明るくなります。笑いには大きな可能性と、希望があると僕は感じています。
最近、障害を笑いにしていく人たちが多く出てきましたが、良いことだと思います。障害を笑いに変えることで、また別の世界が見えるはずですから。笑いは周囲も巻き込みます。自分自身も巻き込みます。「笑ってもらえなかったらどうしよう」なんてことは考える必要はありません。自分が面白いと思ったことを発信することが笑いになるのです。どんどん主張してほしいですね。
今後の松本ハウスとしては、障害を少し離れて見ている方々との距離も詰めていきたいと思っています。理解してもらうのではなく、理解させてあげるという作業をしたいですね。「知らない人は損しますよ」というスタンスで。挑戦というと大それてますが、笑いというドリルを武器に、社会通念に小さな穴ぐらいは開けたいです。
○松本ハウスブログ「松本ハウスの不思議な冒険」
http://projectjinrui.jugem.jp/
○最近の講演会
・藤沢市保健所 2月16日(土)14時10分~
・かつしかシンフォニーヒルズ 3月1日(金)18時30分~