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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2013年2月号

インタビュー

国連障害者権利委員会
委員長ロン・マッカラム氏に聞く

聞き手:松井亮輔(法政大学名誉教授)

2012年日本障害フォーラム(JDF)全国フォーラム「障害者権利条約と制度改革」の基調講演(「障害者権利条約の国際的な実施状況と批准に求められるもの」)などで、2012年12月5日(水)から8日(土)まで、ご夫人メリー・クロック・シドニー大学法学部教授(専門は、移民・難民問題)とご一緒に来日された国連障害者権利委員会委員長ロン・マッカラム・シドニー大学名誉教授(64歳)に、オーストラリアの障害者事情や障害者権利委員会の活動状況などについて伺った。

▼これまで日本にいらっしゃったことはありますか。

日本に来たのはこれで3度目です。最初に来たのは1981年で、次が1983年です。いずれも花見忠上智大学法学部教授(現・名誉教授)などと労働法の国際比較研究をするためでした。

▼今回の来日では、どのようなことを期待されていますか。

私たちは障害分野での日本の取り組みから学ぶべきことが多いことをよく知っており、その意味でも、今回JDF全国フォーラムなどに招いていただき、関係者の方々から直接話が伺えるのを非常に光栄に思います。

▼マッカラムさんは出生後まもなく失明され、中学までは盲学校で、高校以降は一般校で教育を受けられたということですが、オーストラリアでは障害学生、特に視覚障害がある学生の高等教育支援は、どのように行われているのでしょうか。

私が高校、大学および大学院で教育を受けた時には、授業についていくための教材や参考資料の朗読などは、家族や友人などの支援に頼らざるをえませんでした。当時は授業などへの公的な支援はありませんでした。

大学院終了後、母校であるモナッシュ(Monash)大学法学部の教員となった時にも秘書が一部補佐をしてくれたとはいえ、公的な支援はなく、家族、友人および学生などの支援に頼らざるをえませんでした。そのため、当時は高等教育を受け、専門分野の仕事に就くことができた視覚障害者は、私以外にはほとんどいなかったと思います。

私の学生時代と比べ、現在は大きく変わりました。高等教育への公的支援が制度化される一方、ITなどが活用できるようになった結果、視覚障害がある学生にとっての学習環境は大きく改善され、高等教育を受けている障害学生数ははるかに増えました。

また、高等教育を終えた障害学生の就職の機会も当時と比べ、大きく増えたとはいえ、一般の学生と比べ、就業率にはかなりの差があることは事実です。その意味では、まだまだ解決すべき課題は少なくありません。

▼シドニー大学法学部で長く教鞭をとられ、その後、法学部部長を務められるとともに、オーストラリア労働法学会初代会長および国際労働法・社会保障学会アジア地域副会長を務めるなど、国際的に活躍されていますが、労働法の専門家の立場から、オーストラリアにおける障害者の労働および雇用の現状をどのように見ておられるのでしょうか。

2010年に経済協力開発機構(OECD)から出された調査報告書(「疾病、障害および労働―障壁の除去」)によれば、2000年代末のオーストラリアの障害者の就業率は調査対象となった29か国中23番目とかなり悪い。せめて12番目以内に入れるよう、その就業率を高める必要があります。政府が2010年に公表した「国家障害戦略2010~2020」では、障害者の雇用機会へのアクセス向上が重点施策の一つとして掲げられています。

オーストラリアには、障害者差別禁止法(DDA)(1992年制定)がありますが、外観では障害の有無が分からない、聴覚障害や知的障害、精神障害のある人たちが職場などで差別的な取り扱いを受けるという事例が少なくありません。また、一般就労できずに授産施設(ワークショップ)で就労する障害者の賃金は最低賃金よりもかなり低いため、障害年金と合わせて何とか生活を維持しているのが実情です。

▼視覚障害団体であるヴィジョン・オーストラリア副理事長や政府の諮問機関である、全国障害者・介助者協議会委員としても活躍されていますが、同協議会はどのような役割を果たしているのでしょうか。

全国障害者・介助者協議会は30人の委員から構成され、その大半は障害当事者やその家族などです。協議会は原則として、年4回開催されることになっていますが、2008~2009年には定例の会議のほか、国家障害戦略を策定するため、障害当事者団体や関係団体などと集中的な協議を行いました。

▼2008年9月の締約国会議で行われた、最初の権利委員会委員(12人。2010年からは18人)の選挙でマッカラムさんは委員に選ばれ、その第1回委員会で委員の互選により委員長に選ばれました。2010年に同委員に再選され、引き続いて委員長を務められています。同委員会では、2012年までに6か国(チュニジア、スペイン、ペルー、中国、アルゼンチンおよびハンガリー)の政府から提出された、権利条約の履行状況に関する報告(第1回報告)の検討が行われたということですが、これらの国で権利条約に沿った施策がどの程度進められていると評価されたのでしょうか。

報告の評価は、国内事情などを踏まえながら各国ごとに行われるため、同条約の履行状況について全体としての評価を下すことはできません。政府からの報告だけでは見えてこない課題、特に障害のある人々の生活実態などを理解するうえで、市民社会団体(CSO)から別途提出される「代替報告(オルタナティブ・レポート)」や障害者権利委員会にオブザーバー参加する各国のCSO、特に障害当事者団体の関係者との対話などは大変役に立ちます。

権利委員会では、各国の報告について各国代表団との「建設的対話」を重ねて検討し、その結論を「総括所見」として取りまとめます。それはインターネット上に公開されていますので、ぜひお読みいただければと思います。

▼2012年12月の国連総会第三委員会で、権利委員会の会期が、現在の3週間(4月1週間、9月2週間)から全体で5週間に延長されるとともに、それに加え、準備のための作業部会が2週間設けられることになったということですが、それによって権利委員会の検討作業はどのように変わるのでしょうか。

2013年までは4月1か国、9月3か国を合わせ年間4か国の報告しか検討できませんでした。2014年からは検討できる国の数は10か国に増やせると思われます。

権利条約批准国は、2012年11月末現在127か国となっています。批准国は批准した2年後に第1回目の報告を、その後は4年ごとに報告を提出することが求められます。今後、日本をはじめ批准国がさらに増えることや第2回報告の提出が始まることを考えれば、たとえ報告の検討数が、年間10か国に増えても十分とはいえません。

▼障害者権利条約の批准と履行について、日本関係者へのメッセージをお願いします。

日本では現在、障害者権利条約批准に向けて、障害者差別禁止法案づくりなどが進められています。各国の関係者は、世界3番目の経済大国であり、アジア太平洋地域を代表する民主国家でもある日本ができるだけ早く同条約を批准することを期待しています。

障害者権利委員会の委員の選挙が2014年に行われますが、それまでに締約国になり、ぜひ日本から委員を出せるようにしていただきたい。それは日本ができる極めて大きな国際貢献といえます。そのためにぜひ、皆様方のお力添えをいただければと思います。


【インタビューを終えて】

今朝来日されたばかりでお疲れにもかかわらず、インタビューをさせていただけたことを心から感謝申し上げます。障害者権利委員会委員長の任期は2013年4月までで、委員の任期は2014年末までということですが、マッカラムさんが、その任期が終わった後も権利条約の世界的履行のため、リーダーシップを取られることを期待いたします。

(2012年12月5日インタビュー)