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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2013年7月号

知的障害者等の選挙権行使を支援しよう

柴田洋弥

被後見人選挙権の経過と意義

国会議員選挙権は1889年の大日本帝国憲法制定により25歳以上の男性高額納税者に付与されて以来、1925年に納税制限が撤廃され、1945年の日本国憲法制定により20歳以上の男女に付与されたが、禁治産者は対象外とされてきた。2000年に禁治産制度から成年後見制度に移行したが、公職選挙法により被後見人の選挙権は認められなかった。

2011年2月に知的障害のある名兒耶(なごや)匠さんが、被後見人となったために失った選挙権の回復を求めて国を提訴した。その後、埼玉・京都・北海道でも同様の提訴があり、2013年3月14日に、東京地裁は「選挙権は民主主義の根幹であり、よほどの理由がない限り制限できない。選挙の能力を定めることは否定しないが、主に財産管理のための成年後見制度を流用することは憲法違反」との判決を下した。

これを受け、与野党8党の共同提案で公職選挙法改正案が5月17日に国会に提出され、10日後の27日に成立した。違憲判決からわずか2か月半の快挙である。議員間には「選挙に参加できる能力を定めるべき」との意見もあったが、実質的に困難との判断から「能力制限」の新設を見送った。

先進各国にも能力により選挙権を制限する制度があるが、1987年にオーストリアが、2006年にイギリスが、選挙権制限を撤廃した。ドイツ・フランス・アメリカでは、まだ一部制限がある。「選挙能力」という新たな差別を避けた今回の公選法改正は、国際的にも高く評価されよう。

この改正により、約13万6千人の被後見人が公職選挙に投票できることとなった。選挙権を認めるということは、権利の主体者として認めるということである。勇気を持って提訴された原告とそのご家族、関係弁護士・裁判官・学識者・マスコミ・国会議員、熱心に支援された皆様に敬意を表したい。なお、残念だが国は現在も控訴を取り下げていない。

国立市・滝乃川学園での投票支援

重度の知的障害者が公職選挙に参加している事例は各地にあるが、おそらく最初の組織的な投票支援を実践した滝乃川学園の事例を紹介したい。

東京都国立市にある滝乃川学園は、日本で最初に開設された知的障害児教育生活施設として約120年の歴史を持ち、戦後は精神薄弱児施設として運営されていたが、1970年に精神薄弱者更生施設「滝乃川学園成人部」(定員重度者40人、中軽度者20人)を併設した。筆者は1972年から11年間、同成人部の指導員として勤務し、職員集団として施設利用者の選挙権行使の支援に取り組んだ。1971年に国連で「精神遅滞者権利宣言」が採択され、知的障害者の人権に対する関心が高まった頃である。

1974年、参議院選挙に当たって国立市選挙管理委員会と協議し、知的障害者にも選挙権があること、文字を書けない人には市職員2人が補助者として付いて代筆すること、さらに話せない人についても、候補者一覧表から一人を指せばそれを代筆すること等を確認し、施設内で投票練習をして、まず13人の施設利用者が投票した。

1976年の衆議院選挙からは、行きたくない人を除いて、最重度の人を含めて選挙権のある人は全員が投票に参加するようになった。また、候補者を顔写真で判別する人もいるので、投票所では選挙公報紙(顔写真入り)を示して指さし投票することとなった。そのとき偶然に指すかもしれないので、指さし後に公報紙を閉じ、再び広げて指さす方法がとられた。2回目の候補者が1回目と異なる場合や、誰も指さない場合は、白紙投票となった。その後、選挙公報紙が複数ページになると最初のページの候補者を指す傾向があるので、選挙公報紙を縮小コピーして、一度に全候補者を見ることができるように改められた。

さらに、施設利用者が自分の意思で候補者を選べるように、職員は自分の支持政党を表明せず公平に説明するように努めるとともに、地域の掲示板を見に行ったり、候補者宣伝カーに施設内庭に来てもらう方法などを試みたが、候補者が利用者に直接に語りかけることが最適との結論に達し、市選管と協議を重ねた。

1981年、都議会議員選挙を控え、園内食堂にて「候補者を直接見、どんな人かを語ってもらう会」を開催し、候補者5人が来園して利用者に話しかけた。利用者からは「ジャイアンツ、好き?」「好きな食べ物はなんですか?」というような質問もあったが、話の内容よりも候補者の話し方に共感したり反発したりしているようだった。

以後、この会は「選挙のお話を聞く会」として現在まで30年以上継続され、国会・都議会・市議会の議員選挙、市長・都知事の選挙のたびに開催されている。候補者全員に案内状を出し、利用者が聞きやすいように発表は1人数分以内としている。市長選や市議選では候補者のほぼ全員が参加するが、国会議員選挙では、代理の市議会議員が来園して説明することの方が多い。

滝乃川学園では当時の成人入所者の約半数が地域移行して、今ではグループホーム、通所、訪問系、相談支援等の総合支援法人になっており、「選挙のお話を聞く会」には、これら地域の利用者や市内他法人利用者も参加する。また国立市は、市長・市議会議員の全員が知的障害者にアピールした経験を持っており、その意義は大きい。

なお2003年以後、成年被後見人となった人が1割程度おり、選挙権を失ったが、今回の公職選挙法改正により、今後は投票できることとなる。

代理投票補助における配慮

改正公選法によると、投票用紙に記入できない選挙人には、2人の代理投票補助者がついて代筆する。この補助者は不正防止のために投票所の事務従事者(実際は市町村職員)に限定されるが、次のような対策が必要である。

(1)代理投票補助者に、障害者との意思疎通の研修を行うこと。

(2)意思疎通が難しい障害者には、家族や支援者が、介助者として同席するか、代理投票補助者との意思疎通を支援できるようにすること。

(3)話せない人には、候補者の写真等も掲載された選挙公報紙(縮小一覧表)等を示して指さしてもらうこと。

(4)指さし特定の場合には、指さしを2回行なって確認すること(ただし、今後スイッチを押す等の投票方法が導入されるなら、2回目は不要であろう)。

(5)その2回目で別の候補者を指したり、候補者を特定できない場合には白紙投票とすること。

(6)代筆した、あるいは白紙の投票用紙は、できる限り選挙人本人が投票箱に投入するよう支援すること。

(7)選挙人が、投票所に候補者名を書いた紙片を持ち込むことは、他者による誘導の危険性があるため、禁止すること。

候補者選択のための意思決定支援

知的障害者等が自ら候補者や政党を選択しやすいように、候補者や政党が直接語りかける機会を、各地域で設ける必要がある。選挙公報紙を活用するため選挙期間内となるので、選挙管理委員会の理解がないと実施できない。

また、公共放送で知的障害者等に分かりやすい政見放送を行うことや、選挙公報紙の「分かりやすい版」を作ることなどの配慮も必要である。

不正防止のための制度見直し

不在者投票ができる病院や高齢者・障害者の指定施設では、施設長等が不在者投票管理者であり、施設職員が事務従事者として代理投票補助者となる可能性が高く、特定の候補者に誘導するという不正が生じやすい。

今回の公選法改正により、選挙管理委員会の選定した者等の立ち会いが努力義務とされたが、代理投票補助者を選管職員(市町村職員)等に限定すべきではないか。また、指定施設が滝乃川学園のような意思決定支援を行えるように、行政からの情報提供や支援が必要である。

最後に

知的障害者等への選挙権行使の支援について述べてきたが、このような支援は、障害者基本法等に定める知的障害者等への意思決定支援であり、障害者差別解消法に定める合理的配慮でもあることを指摘しておきたい。

また、成年後見制度については、特に後見類型において、被後見人の法律行為を著しく制限しており、障害者権利条約にも抵触している。国際的には「本人への意思決定支援を尽くした後に、代行決定を認める」という改正が進んでいる。今回の公職選挙法改正を機に、成年後見制度そのものを根本的に見直す機運が生じるよう祈りたい。

(しばたひろや 日本自閉症協会政策委員)