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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2014年1月号

障害者権利条約
―条約を守らせる仕組みを中心に

山崎公士

はじめに

2013年12月4日、参議院本会議で障害者の権利に関する条約(以下、障害者権利条約または条約)の批准が全会一致で承認された。政府は2014年はじめにも条約の批准を閣議決定し、国連に批准書を寄託すると伝えられる。その後、天皇による条約の公布(憲法7条1号)を経て、外務大臣が告示で指定する発効日から、条約は正式な日本法となる。日本では、条約は憲法の下だが法律より上に位置づけられるので、この条約が日本の法制度に組み込まれる意義は大きい。

障害者権利条約は、2006年12月の第61回国連総会で採択され、2008年5月に発効した。条約は国連における7番目の人権条約で、現在の締約国数は、2013年11月末現在で138か国・機関(EUを含む)である。世界中の障害当事者・障害者団体は条約の起草過程の初期から積極的に参画し、条約の成立に大いに貢献した。

条約の一般原則

障害者が受ける社会的不利の原因は、本人の機能障害を考慮しない社会のしくみ(社会的障壁)にあるとする「障害の社会モデル」を条約は採用する(前文(k)、1条)。

条約は、a.固有の尊厳、個人の自律(自ら選択する自由を含む。)及び人の自立の尊重、b.非差別、c.社会への完全かつ効果的な参加及びインクルージョン、d.差異の尊重、並びに人間の多様性の一環及び人類の一員としての障害のある人の受容、e.機会の平等、f.アクセシビリティ、g.男女の平等、h.障害のある子どもの発達しつつある能力の尊重、及び障害のある子どもがそのアイデンティティを保持する権利の尊重、を一般原則とする。(川島=長瀬仮訳)

締約国の法的義務

条約は障害者の権利を包括的に規定するはじめての人権条約である。前文、本文50か条と末文から成る。締約国の主要な法的義務は次のようなものである。

*障害に基づくいかなる差別もなしに、すべての障害者のあらゆる人権及び基本的自由を完全に実現するようにすること。このため、条約上認められる権利の実現のため、すべての適当な立法措置、行政措置その他の措置をとること(4条1項(a))。

*条約を実施するための法令・政策の作成・実施等や障害者問題に関する意思決定過程で、障害者(障害児を含む)を代表する団体を通じ、障害者と緊密に協議し、障害者を積極的に関与させること(4条3項)。

*すべての者が法律の前に平等であることを認めること。障害に基づくあらゆる差別を禁止し、障害者差別撤廃のため、合理的配慮が提供されるよう適当な措置をとること(5条)。

*すべての障害者が他の者と平等の選択の機会をもって地域社会で生活する平等の権利を有することを認め、障害者が地域社会に完全に受け入れられ、及び参加することを容易にするための効果的かつ適当な措置をとること(19条)。

*教育についての障害のある人の権利を認めること。この権利を差別なしにかつ機会の平等を基礎として実現するため、あらゆる段階におけるインクルーシブな教育制度及び生涯学習を確保すること(24条)。

*障害者が労働についての権利を有することを認めること(27条)。

*障害者に対して政治的権利を保障すること(29条)。

*国際協力が重要であることを認識し、国家間、国際的・地域的機関、市民社会(特に障害者の組織)と連携して、適当かつ効果的な措置をとること(32条)。

締約国に条約を守らせる仕組み

条約によって約束した以上のような法的義務を締約国に守らせるため、条約は国内的実施と国際的実施の仕組みを備えている。後者は他の人権諸条約にも見られるが、前者は他の人権諸条約に例を見ない、この条約独自のものである。

(1)国際的実施の仕組み

a.障害者権利委員会

締約国による条約の実施を監視する仕組みとして最も重要なのは、障害者権利委員会(以下、委員会)である。委員会は条約34条に基づき設置され、締約国が条約上の義務を守っているかを国際的に監視する。委員会は当初は12人の独立した専門家で構成されていたが、締約国が60以上となった現在は18人から成る(同1項)。委員会は、次に説明する1.国家報告制度、2.個人通報制度と3.調査制度を通じて、締約国による条約の国内実施を監視している。

1.国家報告制度

締約国は、条約に基づく義務を履行するためにとった措置とそれによる進歩に関する国家報告を、自国で発効した後2年以内に、その後は4年ごとに、障害者権利委員会に提出しなければならない。委員会は、各報告を検討し、その報告について、適当と認める提案や一般的な勧告を提示する(35条)。

日本は2014年はじめに条約を批准する予定で、2016年中には最初の国家報告を提出することになる。国家報告には、条約に基づく義務の履行の程度に影響を及ぼす要因と困難を記載することができる(同条5項)とされている。最初の国家報告には、条約上の義務履行についての「進歩」とともに、履行を妨げる「困難」も記載し、日本の現状をありのままに報告するのが望ましい。

2013年9月の第10会期までに13か国の国家報告が検討され、チュニジア、パラグアイ、オーストラリア、オーストリア、エルサルバドルついては国家報告に関する委員会の最終所見が採択された。

2.個人通報制度

障害者権利条約とともに同条約の選択議定書という別の条約を批准した国では、その国の領域内で起きた障害者権利条約の侵害行為について、個人が障害者権利委員会に苦情を申立て、同委員会がこれを検討して個人の権利救済を図る個人通報制度(選択議定書1条1項)が活用できる。選択議定書批准国内で起きた事柄であれば、条約が定める権利を侵されたと考える者は国籍を問わず、この制度を活用できる。ただし、その国で利用可能な行政・司法救済手段をすべて使い尽くした後でなければ、個人通報制度は活用できない。

3.調査制度

障害者権利委員会は、重大で制度的な条約規定侵害について、関係締約国の協力の下に調査を行う、調査制度(選択議定書6条1項)も用意している。個人通報制度と調査制度は、条約選択議定書の締約国に関しては、条約の国際的実施の仕組みといえる。ただし、日本は選択議定書を批准していないので、日本では両制度を活用できない。

b.締約国会議

この条約の実施に関するあらゆる事案を審議するため、定期的に締約国会議が開催される(40条1項)。締約国会議を常設し、あらゆる事案に関し審議できる包括的な権限を付与する例は他の人権諸条約には見られず、この条約独自の仕組みである。2008年11月に締約国会議第1会期が開催され、以降2013年7月の第6会期まで毎年1回開催されている。第6会期では、「インクルーシブ社会に向けた共同体に根ざしたリハビリテーションとハビリテーション」などのテーマで締約国が協議した。

(2)国内的実施の仕組み

国内的実施措置に関しては33条が規定する。同条は締約国に中央連絡先の指定を求める(1項前段)。また、異なる部門および段階における条約の実施に関連する活動を容易にするため、政府内における調整のための仕組みの設置または指定を締約国は奨励される(1項後段)。さらに、締約国は条約実施を監視する枠組みの維持・強化・指定・設置を義務づけられている(2項)。この枠組みの維持等にあたっては、国内人権機関の地位に関する国連パリ原則を考慮に入れることとされている。

なお、市民社会、特に、障害者および障害者を代表する団体は、監視の過程に完全に関与し、かつ、参加できるようにすべきことが明文で規定されている(3項)。

国内的実施に関するこうした詳細な規定は対人地雷禁止条約(1997年)等にもみられるが、人権条約に盛り込まれたのは初めてである。

結びにかえて

障がい者制度改革を通じて、障害者基本法が改正され、障害者差別解消法や各地の障害者差別禁止条例などが制定された。これらの制度改革は、「私たち抜きに、私たちのことを決めないで。」を標語とする障害者権利条約が存在しなければ、達成できなかったと思われる。障害者の権利を保護し、促進するため、障害者権利条約は今後もわれわれに勇気と力を与え続けることになろう。

(やまざきこうし 神奈川大学教授)