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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2014年7月号

地域で暮らす
―やどかりの里の実践から―

増田一世

はじめに

「私は精神病になって、やどかりの里に登録して、病気であることを完全にオープンにして生きられるようになるまでは、『前科者』という烙印(らくいん)を押されたような感覚で生きてきました。(中略)精神病を発病したということは、自分に対する価値判断を低め、自分を惨めにしました。(中略)

私をまっとうに扱ってもらえる社会に、この日本を創り変えていきたい……そういうふうに思っているわけです」1)

やどかりの里のメンバー(やどかりの里のさまざまな活動を利用する人をメンバーと呼ぶ)であり、法人内にあるやどかり研究所の共同代表の一人である堀澄清さんの言葉だ。堀さんの「前科者としての烙印を押されたような感覚で生きてきた」という言葉は重い。

本稿では、やどかりの里の実践から明らかになってきた精神障害のある人の支援課題を踏まえつつ、精神科病院へ社会的入院をしている人たちへの支援について考えていきたい。

1 やどかりの里の活動とメンバーの状況

やどかりの里は、精神科病院のソーシャルワーカーがどうしても退院できなかった人たちに暮らしの場と働く場を提供することからスタートした。1970年、精神衛生法の時代だった。その後、地域の支援拠点としての活動を公的補助金のない中で続けてきたが、1990年に精神保健法に基づく精神障害者社会復帰施設を開設し、その後グループホーム、生活支援センター、働く場である作業所や通所授産施設、福祉工場などを地域に点在させ、本格的に社会的入院患者の地域支援をスタートさせた。現在まで107人の長期入院者が退院し、地域生活を送っている。その中には42年、40年、38年、36年といった超長期入院を経験している人もいる。

2014年3月末現在で336人が法人内のさまざまな事業を利用している。やどかりの里のメンバーの生活状況の特徴をいくつか指摘しておこう。

1.家族同居率

30歳代(80人中67人)、40歳代(114人中65人)が家族と同居しており、50歳代でも49人中17人が家族と同居している。

2.グループホームの高齢化傾向

グループホーム入居者51人のうち、50歳代(11人)、60歳代(18人)、70歳代以上(9人)38人で、高齢化が顕著である。

3.未就労率

30歳代、40歳代、50歳代という稼働世代で、未就労の人が30歳代16%、40歳代23%、50歳代49%となっている。

4.圧倒的な福祉的就労

働いている人は就労継続支援B型事業所で働く人が170人と多く、雇用契約を結び労働者として働く人は28人と少ない。

2 精神障害のある人への支援課題

やどかりの里のメンバーの状況は、決してやどかりの里特有の課題ではない。やどかりの里の現状から、精神障害のある人への支援課題を考えてみたい。

1.高齢障害者への支援、2.家族から独立した生活を送るための支援(家族全体への支援)、3.所得保障、などである。

また、地域で必要な支援につながっていない人も多く、そうした人たちのことも視野に入れて考え、精神障害のある人が地域で暮らしていくために取り組むべきことを3点指摘しておこう。

1.社会的入院患者の1日でも早い退院を進め、安定した地域生活のための支援、2.成人期にある人たちの親からの独立への支援(所得保障の課題も含めて)、3.在宅で社会参加がほとんどできていない、いわゆる無支援状態の人への支援、である。

いずれの問題も看過できないことであり、早急な取り組みが求められるが、本稿では、社会的入院患者への支援の実際について、報告したい。

3 社会的入院患者への支援活動

(1)市内のネットワークづくり

社会的入院を長期間続けている人を地域に迎えるために、やどかりの里が取り組んできたのが、精神科病院などとのネットワークづくりであった。この取り組みが基礎となって、さいたま市の退院支援事業が保健所を中心に進められるようになった。市内6精神科病院、市内10区の生活支援センター、やどかりの里援護寮(現在のサポートステーションやどかり、宿泊型自立訓練、生活介護事業、生活訓練事業、ショートステイなどの多機能の事業所)、さいたま市の関係者が一堂に集まり、退院支援が進められてきた。この事業の中で、当事者の支援員の養成も行われ、当事者支援員が入院患者の外出時の同行支援を行なったり、院内の交流会に参加したり、退院を準備する人たちへ寄り添いながら支援を進めてきた。

しかし、障害者自立支援法(現・障害者総合支援法)により、地域移行支援が個別給付化になったことも影響し、保健所を中心とした退院支援事業が終了し、雇用されていた当事者の支援員の活動も休止となり、退院支援の動きにブレーキがかかった。

その後、さいたま市では、地域自立支援協議会地域生活支援部会の下に地域移行・地域定着支援連絡会を設け、この連絡会を中心に退院支援の活動を再構築している。

(2)あきらめからの出発を支援

長期入院をしている人たちには、退院したいという当たり前の願いがあった。しかし、長年の入院生活でいつかその当たり前の願いをあきらめざるを得なかった。やどかりの里の役割は、あきらめや忘れてしまった願いを思い出し、あきらめから抜け出るための支援であった。地域生活の実際を体験する機会をつくり、生きる希望を取り戻してもらうことが重要なのだ。

(3)安心の保障

長年、医療機関で管理された生活を送ってきた人たちにとって、退院を決意するには時間が必要である。当事者支援員が院内や地域の交流会で共に過ごし、サポートステーションやどかりに体験宿泊を重ねることで、先の見通しを得、見知った人が増えるなかで、退院に向けての準備が進む。○○ができるようになる訓練ではなく、安心の保障こそが求められているのである。

(4)住まいの場の選択

やどかりの里の暮らしの場にはいくつかの選択肢がある。1.サポートステーションやどかりの宿泊型生活訓練事業を利用し、一時期入所し、その間に自分の住まいを決める、2.グループホームに入居する(アパートの数室をグループホームにしており、独立した世帯のグループホームと共同生活型のところがある)、3.アパートなどを借りて、必要な支援を受けながら暮らす、ことなどである。

入院中にどのような暮らし方があるのか、実際の暮らしぶりなどを見聞きし、やどかりの里の支援者と一緒に考えながら選択するのである。

(5)退院後の暮らしづくり

退院までの準備と同様に重要なのが、退院後の暮らしを安定的に送ること、充実した暮らしにしていくことである。

そのためには、日中どう過ごすかを支援者が共に考え、選択することを支援するのである。あるいは、生活する中で必要とされる支援をその人の家に届けていくのである。ニーズに沿った支援のあり方を常に創造していくのである。

冒頭で紹介した堀さんは、いつも支援を受けているだけでは、本当の回復はないと指摘する。仲間と出会い、居場所を見出し、自分が必要とされる実感をもって生きることを支えることが重要である。

おわりに

16年間入院生活を送っていた小宅みち子さんは、入院中の生活について「病棟にいる時は、自分の病室から食堂、トイレへの平坦な移動しかありませんでした。週に2日のお風呂の日に、階段の昇り降りがあるくらいで、景色は真っ白な壁だけ」と語ってくれた。退院後の生活については、「毎日音楽を聴いたり、買い物に行ったり、仲間といっしょにグループ活動に参加することで、自分からも話すようになってきました」と綴っている2)

堀さんが訴える「精神障害のある人をまっとうに扱う社会に創り変える」ことは、小宅さんのような人を一刻も早く地域に迎え入れることであろう。

(ますだかずよ 公益社団法人やどかりの里常務理事)


【文献】

1)堀澄清「70歳を目前にして今、新たな一歩を」やどかり出版、2007年

2)小宅みち子「たくさんの人に出会えてよかった」響き合う街でNo.68、2014年