音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へナビメニューへ

「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2014年8月号

ワールドナウ

ドイツのソーシャル・ファーム

寺島彰

ソーシャル・ファームは、社会的企業の一種であるが、障害者等労働市場において雇用されることに不利がある人々を雇用することを目的としている。就労による社会参加の実現と、企業の活用による社会保障費抑制の手段として世界的に期待がもたれている。昨年のイギリスの調査に引き続き、本年は、ドイツのベルリンを中心としたソーシャル・ファームを調査した。本稿では、印象に残ったソーシャル・ファームを紹介する。

グレンツファールホテル(Hotel Grenzfall)

ソーシャル・ファームが経営するホテルである。部屋数は37室。会議室、レストラン、ビストロもある。小さなビジネスホテルという感じであるが、レストランはしゃれた内装になっており、テーブル数も30程度あり、庭には10程度のテーブルが置かれていて、天気がよければ外で食事もできる。夜はアルコールも提供され、バーカウンターがある。写真1は、ホテルの玄関である。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真1はウェブには掲載しておりません。

従業員数は37人で、そのうち31人が障害程度50%以上の重度障害者である。聴覚障害者7人はベッドメーキングを担当している。視覚障害者(弱視)1人はレセプションで、学習障害者がウェイトレスとして働いている。リネンも内部で行なっている。障害の有無にかかわらず同じ労働契約を結んでいる。ただし、採用の条件として、職業学校を卒業していなければならない。

社会統合局からの補助金をもらっており、人件費の30%をまかなっている。収支はトントンの状態で、収益が出れば従業員に支払うことにしている。利用客の25%はソーシャル・ファームの経営するホテルということで選んでくれている。また、ドイツ鉄道やIBMなどの大企業が出張先のホテルとして契約してくれている。

母体になっているのは宗教団体で、その関連の非営利団体が経営している。この非営利団体は、1880年代に増加した失業者を救済するために創設されたが、現在ではいろいろな福祉事業を実施している。ホテルの建物はその非営利団体の所有で、以前は老人ホームであったものを2010年にホテルとして改装した。

マネジャーの話では、補助金をもらっているとはいえ、一般のホテルであり、ライバルは他の一般のホテルであるとのことであった。チェックアウトの2日後に、eメールで利用客の満足度を確かめており、その平均値は4.5、また、おすすめ度100%で周りのホテルより良い結果になっている。

また、他の職場で障害故に不快な思いを経験している従業員が多いため、障害があっても居心地が良い職場にし、従業員のモチベーションを高めるのを大きな目的にしているとのことである。マネジャーはビジネス出身で、この非営利団体に雇われている。

http://www.hotel-grenzfall.de/

インテグラ(Integra)

非営利有限会社で、パーティー用品のレンタル、清掃サービスを実施している。母体は社会福祉団体で、第二次世界大戦後、戦傷軍人、戦争未亡人、児童を雇用するためにこの会社が設立された。2002年からソーシャル・ファームになっている。

レンタルサービスの顧客はケータリング会社で、食器などを貸し出し、返却されたものを洗浄して再び貸し出すという仕事である。ライバルの一般企業が20社あり、競争が激しい。食器だけでなくテーブル・椅子、家具、AV機器なども貸し出せるように事業内容を見直しているとのことであった。

清掃サービスの清掃要員は早朝、直接清掃場所に行く。企業などの事務所の清掃が多い。清掃要員が事務所の鍵を持っていて、140か所を30人で行なっている。ベルリンには300社の清掃会社があるため仕事の奪い合いになっている。現状では利益がでないため、ビジネスモデルを再考しているところである。

従業員は65人で、半数が障害者である。精神障害者が多く、食器の洗浄、運転手、経理事務などを担当している。総収入における補助金の割合は10~12%であり、人件費の22%になる。マネジャーは、障害の種別程度など彼らに合った仕事を探すのが自分たちの使命であると語っていた。

写真2は、食器などを保管する倉庫で、出し入れにはフォークリフトを用いている。写真3は、コップ洗浄作業場である。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真2・写真3はウェブには掲載しておりません。

(http://www.integra-berlin.de/home/)

エルコテック(elcotec)

26年前に設立された。最初はアンテナを製造していたが、現在は、医療機器の部品、自動車部品などを下請けで生産している。母体は公益法人である。

従業員23人のうち40%が重度障害者で、精神障害者が多い。残りは、障害者ではできない作業を補助する人である。補助金をもらっているが、収入に占める割合は1%以下である。従業員の給料は、同じ仕事をしている人の平均値と同じくらいである。

優先してソーシャル・ファームに仕事をくれる時代は終わり、製品の質が問われている。同社の製品は顧客からは、障害者の作ったものとは分からないほど質の高いものになっている。マネジャーによれば、通常の企業は自動化により人件費を減らそうとするが、ここでは、障害のある従業員が仕事がしやすくなるように機械を導入するとのことであった。

写真4は、電子機器の基盤を生産している部屋の様子である。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真4はウェブには掲載しておりません。

http://www.elkotec.de/

モザイク(mosaik)

モザイクは障害者のための裁縫作業所として、49年前に発足した公益法人である。現在は、庭仕事、クリーニング、家具作り、梱包の下請け、ろうそく作り等さまざまな仕事を行う多くの作業所を運営している。また、作業所以外に、農場やソーシャル・ファームを経営している。職員と利用者を含め全体で約2,400人が働いている。

ソーシャル・ファームであるモザイク・サービスは、飲食店、清掃業、室外室内装飾を行なっている。従業員数は182人で60%が障害者である。精神障害者がほとんどである。清掃部門では、視聴覚障害者も働いている。

今回訪問したのは、モザイク・サービスが運営するカフェである。ベルリンのコンサートハウス(写真5)と同じ建物内にある。コンサートハウスのカフェテリアらしく、コンサートに来た観客が訪れるのに違和感のない雰囲気を演出している。壁にはコンサートの写真が飾られていたり、カフェのメニューには、アダージョ、バッハなど音楽関係の名称が用いられている。料理もそれらしいものが用意されている(写真6)。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真5・写真6はウェブには掲載しておりません。

モザイク・サービスは、このカフェ以外にもコンサートハウスの中のレストランや音楽家専用の飲み物のサービス、また、別の場所にある博物館のレストラン、こども広場のカフェ等も経営している。収入の10%が補助金である。

説明してくれた飲食部門のマネジャーは、カフェ、レストラン、清掃、装飾業などいろいろな事業を行うことでその人の障害に合った仕事を探すことができる。企業経営は簡単ではないが、本当のインクルージョンは人間が人間と認知することであり、まちの中心地に、このようなカフェを開くことが本当のインクルージョンだと考えると述べていた。

http://www.mosaik-berlin.de

まとめ

ドイツのソーシャル・ファームは、原語では統合企業(Integrationsfirma)と呼ばれている。イギリスのソーシャル・ファームとは違い、政府からの補助金を活用していることや、母体に大きな福祉団体が多いことに特徴がある。しかし、経営者が、障害者など労働市場において雇用されることに不利がある人々の雇用を目的としていることを明確に意識していることや、企業としての経営感覚を重視している点は共通している。

(てらしまあきら 浦和大学総合福祉学部教授)


(本調査の報告会を9月17日に行う予定です。関心のある方は、日本障害者リハビリテーション協会のウェブサイトをご覧ください。http://www.jsrpd.jp