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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2014年10月号

東北地区大学支援プロジェクトの実施とその後の広がり

磯田恭子・白澤麻弓

1 はじめに

2011年3月11日に発生した東日本大震災では、多くの方々がこれまでに想像したこともない困難に直面しました。聴覚障害のある方々も同様で、ただでさえ情報が不足しているなか、周囲との会話もままならず、不安な日々を過ごしたとの体験を耳にします。

日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(以下、PEPNet-Japan)では、こうした被災地の大学で学ぶ聴覚障害学生に対して、何とかして「安心」を届けたいとさまざまな活動を行なってきました。このうち震災発生直後には、宮城県下の連携大学・機関の要請を受け、被災地域の聴覚障害学生の安否確認に協力してきました。一方、1か月遅れで授業が開始してからは、支援体制の立て直しに時間を要する大学を対象に、遠隔地からインターネットを介して授業の情報保障を行う等の取り組みを行いました。

これらの活動は、現在、被災地支援という枠組みを超えて、地域の大学同士のネットワーク形成支援や遠隔情報保障支援の体制の構築という形で広がりを見せています。本稿では、こうした「東北地区大学支援プロジェクト(以下、プロジェクト)」と震災後の支援に端を発するPEPNet-Japanの活動について紹介することとします。

2 プロジェクトの実施経緯

(1)安否確認への協力と課題

PEPNet-Japanは、筑波技術大学に事務局を置くネットワークで、在籍する聴覚障害学生の支援に積極的な大学・機関同士の連携・協力体制を築いてきています。2011年3月当時は、18大学・機関が加入していて(現在は22大学・機関)、東北地区でも多くの聴覚障害学生を受け入れ先駆的な支援を行なってきた宮城教育大学や、地域の任意団体として、宮城県内の支援体制構築に貢献してきたみやぎDSCなどが加入していました。このため、震災発生直後より各地の関係者から「被災した地域の大学に通う聴覚障害学生のために何か支援をさせてほしい」との声が多数寄せられ、事務局としても対応が求められていました。

このようななか、被災地の大学で、従来より中心的役割を担ってきたみやぎDSC代表の松﨑丈氏(宮城教育大学准教授)から「東北地区の大学で学ぶ聴覚障害学生の安否確認に協力をしてほしい」との依頼を受けました。

みやぎDSCの調べによると、東北地区では7校に計16人の聴覚障害学生が在籍しているとのことで、このうち、大学名と連絡先が把握できている数校については、PEPNet-Japan事務局より連絡を入れ、個々の状況を伺うことができました。また、メーリングリスト等を通して、個別の聴覚障害学生の情報をつかめた例もあり、3月15日には全員の無事が確認されました。

しかし、聴覚障害学生本人の情報については、当事者同士のネットワークによる情報が何倍も早く、日頃からこうした学生間のつながりを作っておくことの重要性を痛感しました。また、大学についても、これまでPEPNet-Japanとつながりのなかった機関については、支援担当者の氏名や連絡先が分からない等、もどかしい場面も多く経験し、地域の個々の大学とのつながりを構築していくことの重要性を感じる結果となりました。

(2)プロジェクトの発案と実施

安否確認への協力と並行して、PEPNet-Japan事務局では、我々にできる支援のあり方について検討を求められました。この結果、やはり授業における情報保障支援で貢献するのが一番だろうと考え、遠隔情報保障技術を用いた授業支援について提案を行うこととなりました。

これは、筑波技術大学が中心となって開発してきた「モバイル型遠隔情報保障システム1)」を用いた支援で、被災地の大学の授業音声を携帯電話の通話を用いて、全国の連携大学・機関に送信し、それぞれの大学で支援を担当できる学生たちがこの音声を聞きながらパソコンノートテイクを行うものです。入力された文字は即座にインターネット上に配信され、被災地で学ぶ聴覚障害学生が持つスマートフォンに表示されます。そのため、聴覚障害学生にとっては、あたかもその場で文字入力をしてもらっているかのような形で授業に参加することができるものです。

当時、被災地の大学では、通常より1か月遅れて、5月から新学期が開始されることになっていましたが、支援を担当する学生もこれをコーディネートする教職員もともに被災しているなか、「新学期の支援体制を立て直すことができるか不安」との声が上がっていました。こうした不安を縮小し、支援に伴う負担を軽減するとともに、全国の連携大学・機関から精一杯のエールを送る活動が本プロジェクトだったというわけです。

(3)プロジェクトの経過と成果

プロジェクト実施の決定を受け、まず行なったのは遠隔情報保障支援を担当することのできる大学の募集でした。本支援では、パソコンノートテイクを用いた情報保障を行うため、日常的にこうした支援を行なっている大学の協力が不可欠でした。そこで、全国の連携大学・機関を中心に協力大学を募ったところ、13校が登録してくださることになりました。しかし、これまでに遠隔情報保障を行なった経験のある大学は3校のみだったため、支援実施までの約1か月半の間にこれら13校を対象とした技術研修会を開催し、実践に耐えうるだけの技術を身につけられるようトレーニングを行いました。

また、当該システムの利用経験があり、他大学に対して技術的なアドバイスが可能な方々については、技術サポーターとして登録をお願いし、各種トラブルに対応していただく体制を構築しました。

一方、支援利用大学については、みやぎDSCを通して必要性を確認いただき、最終的に4校への支援を行うことになりました。4校の大学に在籍する聴覚障害学生は17人で、うち11人の学生が支援を利用する形になりました。

このように、短期間の集中的な準備で開始したプロジェクトでしたが、多少の機器トラブルはあったものの安定して支援を行うことができ、最終的に延べ300コマ程度(前期20コマ/週、後期9コマ/週)の授業に情報保障を行うことができました。支援に関わってくれた学生数は、延べ530人程度となり、実数でも100人近くの学生が協力してくれたことになります。

支援を利用した学生からは「このような情報保障支援が被災した大学だけでなく、全国に広まって定着すればよいことだと感じた」などの感想が得られ、支援学生からも「皆が被災地に出向けるわけではないので、このように自分の技術を活かして支援できるのはとてもうれしい」などの感想が寄せられました。なお、これらの支援実践の成果は対外的にも非常に高く評価されて、2013年12月には、内閣府によるバリアフリー・ユニバーサルデザイン推進功労者表彰において「内閣総理大臣賞」も受賞しています。

3 プロジェクト終了後の取り組み

以上に述べてきたような実践から、PEPNet-Japanでは大きく2つのことを学び取ることができました。

まず1点目は、各地域におけるネットワーク構築の重要性です。これまでPEPNet-Japanでは、地域の拠点となる連携大学・機関との密な関係構築を図ってきました。しかし、災害等で地域全体が協力をしなければいけない事態が生じた場合には、その先の個別大学とのつながりも重要になります。今回は、幸い、みやぎDSCが個々の大学とのネットワーク構築を図ってきた経緯があったため、我々も少なからず貢献することができましたが、これがない状況では為(な)す術(すべ)がなかったのも事実です。そのため、連携大学・機関を軸とした地域ごとのネットワーク構築が今後不可欠の課題になると感じました。

一方、遠隔情報保障技術を用いた支援実践からは、支援学生・利用学生が物理的に離れている場面で情報保障を行う手段が、新たな支援技術として十分活用し得る可能性を持っていることが分かりました。支援に関わった大学からも、このノウハウを絶やすことなく継続していきたいという声が聞かれ、こうした技術に対する期待の高さが伺えました。しかし、今回の実践は有事への対応ということで、謝金の支払い方やトラブル対応など、本来必要なルールを定めることなく運用を進めたため、実際にこうした手段を導入していくためには整理しなければいけない課題もたくさんあることが分かりました。

そこでPEPNet-Japanでは、こうした2つの学びを元に以下の事業を進めてきています。

(1)地域ネットワーク形成支援事業

東日本大震災発生直後の安否確認への協力経験に端を発した事業で、連携大学・機関を中心に、地域ごとの密なネットワーク形成を支援していくものです。これまで、関西地区(主管:同志社大学)、東北地区(主管:宮城教育大学)、北海道地区(主管:札幌学院大学)の3地域で事業を進めてきており、今年度は中部地区(主管:愛知教育大学)におけるネットワーク形成をサポートしています。

いずれの地域でも、主管校を中心に地域の協力大学を募り、これらの大学とともに研修会等の企画を設けることを通して、当該地域で中心的な役割を担う大学同士のつながり作りを支援してきました。また、研修に参加した大学を含め、地域で聴覚障害学生を受け入れている大学に対しては、メーリングリスト等を作成して連絡が取り合える状況を作り、事業終了後も当該地域の中で情報交換等が可能な体制作りをサポートしてきています。

(2)遠隔情報保障事業

遠隔情報保障支援を導入・実施する上で課題となる事項を整理し、モデル事例を構築していくことを目的とした事業で、現在は7大学の協力を得て事例構築を進めています。

これまでに行なった実践のなかでは、いきなり遠隔情報保障を始めるだけではなく、1.同じ教室内で支援学生と利用学生が離れた位置に座り支援を行うことからはじめ、2.二人の支援者のうち、一人が遠隔地にいてパソコンノートテイクを行なったり、3.東北地区大学支援プロジェクトで実施したように、二人とも遠隔地からパソコンノートテイクを行う方法等、さまざまな形態の支援に取り組んできました。

こうした実践例を基に公開したのが、「遠隔情報保障支援ガイドライン」ならびに「遠隔情報保障支援実践マニュアル」です。遠隔情報保障支援は多くの可能性を秘めた技術ではありますが、ともすると「機械さえあれば、無料で支援が受けられる」「他大学が支援をしてくれるので、大学は何もしなくていい」等の誤解も招きがちです。こうした弊害を最小限に抑え、たとえシステムを用いても「人による支援」であることに変わりがないこと、学内の確固たる支援体制がベースにあってこそスムーズな運用がなされるといった知識を伝えていければと考えています。

4 今後の展開

いずれの実践も、現在はまだ草の根的な活動に過ぎませんが、今後こうした取り組みが広がることで、たとえば、地域の拠点大学から他の大学に支援を行なったり、これまで支援に課題を抱えていた専門性の高い授業で、離れた場所にいるスキルの高い支援者から支援を受けるなど、たくさんの広がりが見えてくることでしょう。また、支援者がいながら活動の場がない大学と、支援者が不足している大学が共同でネットワークを構築すれば、現在問題となっている支援リソースの不均衡も解消されるかもしれません。

すべての大学が障害学生支援を実施するそんな時代を目前に、より多くの大学が手を取り合い共同で質の高い支援を提供していく、そんな日も近づいてきているのではないかと思います。

(いそだきょうこ 筑波技術大学障害者高等教育研究支援センター特任助手、しらさわまゆみ 筑波技術大学障害者高等教育研究支援センター准教授)


1)モバイル型遠隔情報保障については、左記サイトを参照のこと。
http://www.tsukuba-tech.ac.jp/ce/mobile1/index.html