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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2015年8月号

知らないから、伝えたい
~被ばくろう者の体験~

大橋ひろえ

被ばくろう者をテーマにした作品上演のきっかけ

私が被ばくろう者の体験を知ったのは、2013年に友人から1冊の本を勧められて読んだことがきっかけです。広島で被ばくしたろう者の証言集『生きて愛して』(仲川文江著)という本です。その本を読んだ時、とてもショックを受けました。それは、自分がこのようなことがあったことを知らなかったことに対するショックでした。

被ばくして親もいない、学校にも行けない…。そのような状況の中で、自分の力で生きていかなければならなかった。彼らは自分の力で今まで生きている。生命力が溢れていると本を読んで感じました。私は、本を読んだだけで終わりにしたくない、こんなことがあったんだということを他の人に知ってほしい、と思いました。そして、私は役者なので劇として上演することにしました。

作品を上演するにあたり、証言集をまとめた仲川文江さんに会いに行き、お話を伺いました。

被ばく体験をしたろう者は、当時、情報が入ってこないために、戦争が終わったことを知ったのがその年の暮れだったこと。教育も十分に受けることができなかったために語彙(ごい)数が少なく、自分が経験したことをきちんと伝えることができないこと。また、自分が体験したことを話していいのかどうか分からず、ずっと心の中にしまい込んでいて、やっと話してもいいと分かったのは、戦後随分経ってからだったそうです。その間の気持ちを考えると何とも言えない気持ちになりました。

そして、その年に「目で聴いた、あの夏」という手話朗読劇を上演しました。この時は、証言集に書かれていたことをそのまま手話と音声で朗読して、聴こえる人も聴こえない人も分かるようにしました。とにかく聴こえない人に伝えたかった。そして内容を手話で表現したい、そこがスタートになっています。

手話朗読劇から舞台劇「残夏(ざんげ)―1945―」へ

今回上演する「残夏―1945―」は劇で、広島と長崎のろう者の被ばく体験と家族の物語になっています。被ばく体験は証言集から一部取り入れています。主人公の母親の被ばく体験を聞くことをきっかけに親子関係、そして家族の大切さを発見する作品です。

主人公の夏実は雑誌記者として働いているシングルマザー。離婚した夫との間に生まれた耳の聴こえない娘の結と2人暮らし。戦後70年記念で記事を書くことになったが、考えた企画はすべてボツに。その時、自分の母親がろう者で長崎の原爆の被ばく者であることを思い出す。広島で被ばく体験をしたろう者に話を聞くために広島へ向かう。語られた内容は壮絶なものだった。ふと長崎にいる母のことを思い、その母に会うために何十年かぶりに帰郷。母が語ってくれたことは…。そして、新しい親子関係が生まれていく…。

次世代につないでいくことが、私たちの役割

戦争はタブーが多い。でも、戦争を知らない世代だからこそタブーに触れることができるのではないか。大変な思いをして今まで生きてこられた被ばくろう者の方々の体験や思いを、次の世代につないでいくことが私たちの役割だと思っています。舞台を見て、命とは何か、生きるとは何か、を考えるきっかけにしてほしいと考えています。

私は今回、この作品を上演することがきっかけで、親に戦争の話を聞きました。すると、思っていた以上にいろいろな話をしてくれたので驚きました。親の話を聞いていて、なぜか最近の話のように感じました。戦争の時の話を聞くことで、親がこれまでどのように暮らしてきたのか、その時代背景などが見えてきました。私たち若い世代は、それを知る必要があるのではないかと思います。私は、親が元気なうちにそういう話を聞くことができてとても幸せだと感じました。

舞台の中で、昭和20年ころの話が出てきます。そのころ、障害者は地域や家族の中でどうだったのだろうと考えました。当時は隣組があり、みんなお互いに支え合っていたと聞きました。障害者差別はあったと思うのですが、弱い人たちをみんなで支えていく、仲のいい地域社会だったようです。それまでみんな普通に幸せに暮らしていたのに、戦争が全部奪ってしまいました。生きる権利も女性の権利も。ほんの一瞬で奪ってしまった。戦争の後も苦しみは続いています。

これからの活動

サインアートプロジェクト.アジアンは、もともとミュージカルから始まった団体ですが、10年の間に徐々に幅広い作品を取り上げるようになってきました。今回の作品は、これまでの作品と違って、責任感とプレッシャーがあります。戦争は実際に起こったことで、戦争で亡くなっている方が大勢います。1ページ、1ページめくるように丁寧に取り組んでいきたいと思っています。この機会を大切にして、今後も息の長い活動をしていきたいと考えています。

(おおはしひろえ サインアートプロジェクト.アジアン代表)