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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2015年9月号

条約履行における当事者団体の役割
―全難聴として

新谷友良

障害者権利条約は、国際的な条約履行の仕組みとして第34条から第40条の詳細な規定を設けており、「条約に基づく義務を履行するためにとった措置及びこれらの措置によりもたらされた進歩に関する包括的な報告」を締約国の中核的義務としている(第35条)。この規定に沿って、日本も批准後2年(2016年1月)内に第1回の報告が必要とされており、障害者政策委員会での政府報告案に対する議論を経て、報告のとりまとめに入ることが予定されている。また、報告の作成に当たっては、第3次障害者基本計画の実施状況に関する障害者政策委員会の意見を反映させることとされている。

第1回報告に続く4年ごとの定期報告が、当該報告期間に生じた状況や施策の変化に焦点を置くのに対して、第1回報告は条約のすべての条文に関する締約国の条約履行に対する取り組みに言及することを求められる。それゆえ、第1回報告は、わが国の障害者権利条約の履行に関する基準点・リフェレンスとされるべきもので、その評価は別として、記述のすべてが検証可能なものとして作成される必要がある。

権利条約第35条4によれば、「締約国は、委員会に対する報告を作成するに当たり、公開され、かつ、透明性のある過程において作成することを検討し、及び第4条3の規定に十分な考慮を払う」とされている。第4条3の規定とは「締約国は、この条約を実施するための法令及び政策の作成及び実施において、並びに障害者に関する問題についての他の意思決定過程において、障害者を代表する団体を通じ、障害者と緊密に協議し、及び障害者を積極的に関与させる」という、当事者参加の原則規定である。したがって、政府報告への当事者参加は当然で、障害者政策委員会の関与は必須であり、さまざまなチャンネルを通じた障害者・障害者団体の政府報告への関与も積極的に行われなければならない。

条約の規定によれば、国連事務総長に提出された政府報告は、「障害者権利委員会」に付託され、「報告について、適当と認める提案及び一般的な性格を有する勧告を行うもの」とされている。そして、障害者権利委員会の審査は、1.事前質問書(List of Issue)の作成、2.書面による政府回答、3.委員会・締約国間の協議、4.総合所見のプロセスを経て、締約国の勧告実施に結び付けられる。このような審査プロセスを前提に、障害者団体の政府報告への関与を考えた場合、ひとつの立場として「障害者団体は提供される情報やそれが提供される方法に、同意する場合もあれば同意しない場合もありうる。したがって、報告草案作成に参加したり、締約国の代わりに報告を書いたりすることはせず、報告の作成においては国に助言や情報を提供する立場に止まるほうが望ましい」という考えがある。

障害者団体は、締約国の報告が提出された時点で、パラレルレポートを提出することにより、その独立性を保ち、制約されることなく独自のモニタリングの役割を果たすべきと考えるわけである。このような立場に立てば、障害当事者団体のパラレルレポート作成は政府報告の一定程度のまとまりを前提として、政府報告にコメントを加えていく流れが想定される。

ただ、政府報告がどのようなものになろうとも、報告の基本的な構造についての議論は報告のまとまりを待たなくても可能であり、むしろ骨組みの議論は今のタイミングを逸すると手遅れになると考えることもできる。パラレルレポートにおいて、政府報告の骨組みを問題とせざるを得ないようでは、到底政府報告とパラレルレポートとの間の建設的対話は期待し得ない。小論では、報告の骨組みとして押さえるべき以下の2点を指摘しておきたい。

(1)施策の報告・評価をデータに基づくものとすること

内閣府が障害者政策委員会に提出した「障害者権利条約第1回政府報告の留意点及び骨子」は、「過去4年以上にわたる,各年ベースで比較可能な,性,年齢,障害の種類別(身体的,感覚的,知的,精神的),種族的な出身,都市/地方人口その他の関連するカテゴリーによって分類された,条約上の各権利の実現に関する統計データを示す。」となっている。

また、障害者権利条約の報告書作成ガイドライン(CRPD/C/2/83)は「これらの情報は障害を持たない人に対する施策・法制との比較に於いて提供されるべき」としている。従来の政府調査データは、障害者手帳を持っている障害者の分析に止(とど)まるものが多い。政府報告における一般市民と障害者のデータ比較は、障害者施策のメインストリームの必須条件と考える。

(2)条約第1条(目的)、第2条(定義)の障害者概念をどのように国内法に展開したかを報告に含めること

前述の報告書作成ガイドラインは、国内法が条約第1条、第2条の障害者概念をどのように国内法に展開したかの報告とともに、データを収集、分析するにあたって使用した「障害」の定義に関する報告を求めている。条約第1条は、障害に関する社会モデルを宣明した「目的」規定であるが、障害者基本法・障害者差別解消法と障害者総合支援法・身体障害者福祉法の障害者規定に著しい相違があるのは周知の事実である。

政府報告においては、各種データ・資料にどのような障害または障害者の定義が使用されたのかを明示するとともに、施策の前提として、条約第1条と異なる障害・障害者の定義を使用するのであれば、その正当性の十分な説明が求められる。

(しんたにともよし 一般社団法人全日本難聴者・中途失聴者団体連合会理事長)