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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2015年10月号

差別解消法とコミュニケーション等支援

北野誠一

1 差別解消法におけるコミュニケーション等支援の重要性

障害者差別解消法の施行まで、半年を残すのみとなった。この法がとりわけ重要なのは、障害者本人の市民としての社会参加に必要な合理的配慮の不提供が、差別とされていることである。ただ、基本的に本人が合理的配慮を求める(意思表明する)ことが重要とされており、障害者本人が自身の希望する社会参加・社会的役割に必要とされる合理的配慮が何であるかを理解し、それを何らかの形で意思表明することを支援する仕組みが無ければ、展望は開けない。

そこで、この特集では、コミュニケーション等支援を「広義の情報・体験保障や意思疎通支援と意思決定・表明支援」と捉えその重要性を考察する。

2 条約や法律にみるコミュニケーション等支援の諸規定について

まず障害者権利条約第21条「表現及び意見の自由並びに情報の利用の機会」を見ておこう。

「締約国は、障害者が、第2条に定めるあらゆる形態の意思疎通であって自ら選択するものにより、表現及び意見の自由(他の者との平等を基礎として情報及び考えを求め、受け、及び伝える自由を含む。)についての権利を行使することができることを確保するための全ての適当な措置をとる。」(以下略。政府公定訳2014年1月)

次に、2011年7月に改正された障害者基本法では、基本原則の一つとして「言語(手話を含む。)その他の意思疎通の手段を選択する機会の確保」と「情報を取得又は利用のための手段についての選択の機会の拡大」(第3条の3)が規定され、「国及び地方公共団体は、障害者が円滑に情報を取得し及び利用し、その意思を表示し、並びに他人との意思疎通を図ることができるようにするため」、「障害者の意思疎通を仲介する者の養成及び派遣」(第22条)などを謳(うた)っている。

また、2013年4月施行の障害者総合支援法の「意思疎通支援」についての厚生労働省の説明にはこうある(意思疎通とは、コミュニケーションの日本語訳である)。

「意思疎通支援とは:これまでの障害者自立支援法では、「手話通訳等」を行う者の派遣又は養成という表現を用いていましたが、障害者と障害のない人の意思疎通を支援する手段は、聴覚障害者への手話通訳や要約筆記に限られず、盲ろう者への触手話や指点字、視覚障害者への代読や代筆、知的障害や発達障害のある人とのコミュニケーション、重度の身体障害者に対するコミュニケーションボードによる意思の伝達などもあり、多様に考えられます。そのため、障害者総合支援法では新たに「意思疎通支援」という名称を用いて、概念的に幅広く解釈できるようにしています。」

さらに、2014年4月に施行された改正精神保健福祉法の衆議院附帯決議では、「四 精神障害者の意思決定への支援を強化する観点からも、自発的・非自発的入院を問わず、精神保健福祉士等専門的な多職種連携による支援を推進する施策を講ずること。(以下略)」とある。

そして2011年1月には、全日本ろうあ連盟等6団体が「情報・コミュニケーション法(仮称)」の骨格に関する提言をまとめており、その解説には以下のようにある。

「しかしながら、私たちの提言は、聴覚に障害のある人の範囲にはとどまっていません。視覚障害者や知的障害者など、たくさんの人びとが情報アクセスとコミュニケーションにバリアを抱え支援を必要としています。同時に、情報アクセスとコミュニケーションの権利保障は、その双方向性から、障害者の社会参加の拡大を図るだけでなく、障害者と係わる人々にとってもプラスであり、社会全体にとってプラスとなることを確信しています。」

つまりは、クロスディスアビリティ(多様な障害)なコミュニケーション等支援が、さまざまな形で表明されている。そこで3では、それを、少し整理してみよう。

3 コミュニケーション等支援の全体像について

図1では、これまでさまざまな研究者や障害団体等で乱立しているさまざまな概念の整理の意味合いも含めて、市民としての社会参加に必要なコミュニケーション等支援の方向性を整理してみた(あくまで試案であり、今後修正の要あり)。

図1 市民としての社会参加に必要なコミュニケーション等支援の方向性
図1 市民としての社会参加に必要なコミュニケーション等支援の方向性拡大図・テキスト

Aは、本人は一定の意思決定・選択は可能であるが、それを他者に伝達するのに何らかの支援を必要とする。

Bは、本人は意思決定を選択する際に、その体験や各種の情報を自分のものとして消化するのに何らかの支援を必要とする。

Cは、本人はその対象と状況にマッチした関係の形成が困難であり、何らかの双方向の支援を必要とする。

Dは、本人はその意思決定・選択にあたって、市民生活に必要な体験や情報を本人にフィットした形で提供される支援を必要とする。

次にその支援の方向性の組み合わせと交点を、障害別に少し見ておこう。

1.知的障害者が必要とするコミュニケ―ション等支援

知的障害児・者が、その人生の中のある時点での社会参加において抱える困難について、必要となる合理的配慮について考える際に、ここではその方向性を二つのベクトルの交点として考えた。つまりは、「B.意思決定・選択支援」と「D.情報・体験保障支援」との交点である。

しかし、知的障害者Mさんはむしろ「C.双方向コミュニケーション支援」が重要だとすれば、Mさんは発達障害でもあるということで、大切なことは、本人を知的障害や発達障害や精神障害と診断することではなく、必要な支援を導き出す概念として、ある種の診断やアセスメントが一応必要であるに過ぎない。

2.聴覚障害と視覚障害

私は、聴覚障害について、語る関係性と経験に欠ける。ただ先天性の聴覚障害者が日常生活するにあたって、言語としての手話が最重要であることは、私のような非聴覚障害者にも了解できる。

聴覚障害者と非聴覚障害者の間のコミュニケ―ション支援としての手話通訳は、意思表明・伝達支援と双方向コミュニケーション支援として位置付けたが、それは、双方の文化・言語の相違をお互いに繋(つな)げる双方向の支援を必要とすると思われるからである。

一方、視覚障害者の支援については、意思表明・伝達支援と情報・体験保障支援の交点として位置付けたが、それは、視覚障害者の点訳や音声情報の必要性と、その活動・体験制約に対する支援をメインの支援ニーズとして捉えたからである。

3.ライフサイクルの軸との交差

図1を個人に適応する場合には、3次元の軸として、本人のライフサイクルの軸との交差が考えられる。つまりは、その個人の人生のいかなる時点でのコミュニケーション等の困難なのかによって、支援ニーズも異なるからである。たとえば、人生の中途で聴覚や視覚に障害をもった個人が、手話や点字を身に付けるのか、あるいは要約筆記や朗読支援等を必要とするのかは、その年齢・気力・体力等のレディネス(準備性)だけでなく、興味関心と関係情況等のモチべーション(動機性)が大きく作用する。

4 残された課題

残された課題はさまざまあるが、たとえば、ネットで「コミュニケーション支援」を検索すれば、多くの自治体の「重度障害者等入院時コミュニケーション支援」にヒットするはずだ。

これに関しては、問題が2つある。

1.厚労省通達においては、「その機関の看護要員により適切に看護を行い、支援者の付き添いを入院の要件としたり、看護の代替行為を求めてはならない。」とされているが、そもそも全介助の障害者等が入院する場合に、現状の医療機関の基準看護体制では、適切な介助ができない事情があり、2.さらに、多くの自治体がその対象として、ALS等の意思伝達装置を使用している者のみならず、コミュニケーション支援を必要とする知的障害者・発達障害者・精神障害者等を含めているのは、まさにここで概念化した広義のコミュニケーション等支援を必要とする障害者の支援ニーズを、現状の医療機関は、ネグレクトせざるを得ないからである。

本人の生き様とニーズに寄り添って支援している介助支援者(パーソナル・アシスタント)等の重要性の認知を怠ると、合理的配慮が法的に義務づけられている公立病院等は、法律違反の可能性を孕(はら)むこととなろう。

(きたのせいいち NPO法人おおさか地域生活支援ネットワーク理事長)