音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

  

「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2015年10月号

高等教育におけるコミュニケーション支援の最前線

伊藤英一

1 はじめに

障害者権利条約の批准に続き、すべての国民が、障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現に向け、障害者差別の解消を推進することを目的とした「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(障害者差別解消法)」が平成25年6月に公布された。この法律により、大学等高等教育機関は「障害を理由とする差別の禁止」や「社会的障壁の除去の実施について必要かつ合理的な配慮」について、第7条により国公立大学等は法的義務を、第8条により私立大学等は努力義務を負うことになる。そして大学等には、キャンパスのバリアフリー化にとどまらず、授業等での情報保障や適切な評価等の実施、入試における受験生への配慮や柔軟な対応、障害学生への受け入れ実績や支援体制等の公開などが求められている1)

一方、全国の自治体において「手話言語条例」の制定が進んでいる。特に、明石市「手話言語を確立するとともに要約筆記・点字・音訳等障害者のコミュニケーション手段の利用を促進する条例」2)は、「手話とともに、要約筆記や点字、音訳等、手話以外の障害者の多様なコミュニケーション手段の促進についても規定し、障害の種別や特性に応じたコミュニケーション手段を利用しやすい環境づくり」を目指したものであり、包括的な条例である点に注目したい。

本稿では、大学等の障害学生に対する情報格差の解消に必要な課題を明確にしながら、大学等における授業支援というインクルーシブ教育に向けた取り組みを中心に、高等教育におけるコミュニーション支援について概説する。

2 大学等における障害学生支援

障害学生に対して大学等ではどのような支援サービスが提供されているのか、日本学生支援機構の実態調査3)がある。聴覚障害への支援としては「ノートテイク」(実施率54.0%)、「教室内座席配慮」(同47.8%)、「注意事項等文書伝達」(同39.1%)が、視覚障害への支援としては「教材の拡大」(同57.5%)、「教室内座席配慮」(同57.0%)、「試験時間延長・別室受験」(同47.5%)が、肢体不自由への支援としては「教室内座席配慮」(同62.1%)、「使用教室配慮」(同52.5%)、「専用机・イス・スペース確保」(同51.1%)であった。支援のほとんどが修学に不可欠であると考えられるサービスであるが、多くても6割程度しか実施されていない。9割近くの大学等が障害学生支援の担当部署を設けており、障害学生の修学に必要な支援サービスをすべての大学等で提供される環境作りが当面の目標だと考えられる。

3 大学等の授業における情報保障

障害者に対する情報保障としては、聴覚障害に対する補装具(補聴器、人工内耳等)・手話(手話通訳、手話合成等)・筆記(筆談、要約筆記等)、視覚障害に対する補装具(拡大鏡、白杖等)・点字(機械点訳、ピンディスプレイ等)・点訳音訳(点字図書、DAISY等)、肢体不自由に対する補装具(コミュニケーションエイド、文字盤等)・情報アクセス(ノートテイク、パソコン操作、ページめくり機、電子図書等)などが一般的である。

大学等における一般的な講義は、教員はテキストや配布資料等を用いながら、スクリーンや黒板に視覚的な情報を提示し、音声(聴覚情報)で解説するという形態が多い。専門的な内容になれば用語を正確に伝えるため、点字や手話ではなく漢字かな混じり文を提示する必要が多くなる。そのため、配布資料等は点字ではなく電子データ化したファイルを配布し、教員の音声は手話ではなく要約筆記(ノートテイク)するなどして情報保障することが多い。そのため、視覚に障害のある学生には拡大表示や音声読上げ機能など障害に応じたPC操作が必要となる。

4 大学等における授業支援の新たな取り組み

近年、学生の主体的・能動的な学びを形成するための双方向型授業(学生参加型、アクティブ・ラーニングなど)に取り組む大学が増えている。これら双方向型授業の中には、SNSを利用して学生のPCやスマートフォンから意見を入力させ、意見集約をはかりながら授業を展開する事例もある。そのため、情報通信技術のアクセシビリティにも十分配慮しながら利用していく必要性がある。

また、双方向型授業ではリアルタイム性や偶発性を重要視することが多い。そのため、点字や電子化した資料をあらかじめ配布することが困難であり、タイムラグ(時間の遅れ)のある要約筆記だけでは平等な情報保障とは言い難い面もある。

この要約筆記におけるタイムラグを低減する方策のひとつとして、音声認識技術を用いた取り組み4)5)6)がある。ただし、日本語での音声認識には誤変換が多いという課題があるため、修正作業を減らすために訓練された話者が復唱し変換率を高めたり5)、リアルタイムでは修正せず復習に利用するための事後処理の効率化4)であったり等が主たる目的であり、双方向型授業に適した方策とは言い難いのが現状である。

最近では、スマートフォンを利用する手軽な音声認識サービス6)もある。筆者の所属する大学でもグループワークに利用されはじめ、複数人での利用場面での使い勝手など、今後の動向に注目したい。ただし、音声認識の場合、話したすべての内容を文字化するため文章量が多くなってしまう。人が介在する要約筆記とは別のサービスと位置付けるべきであり、要約筆記の代用手段にはなり得ないことを補足しておく。

5 まとめ

近年、双方向型授業が研究され始めたこともあり、一方通行型の講義は少なくなりつつある。そのため、配布資料を点字化したり、教員の音声を要約筆記したりするだけでは不十分な状況になってきた。また、一般的な講義においても、板書をし終わってから解説を始めるような教授法は少なくなり、スクリーンにスライドを提示すると同時に教員は解説を始めることが多い。そのため、学生はスクリーンを見ながら教員の解説を聞く必要があるが、聴覚障害学生の場合はスクリーンを見ながら同時に要約筆記の内容(=教員の解説)をも見る必要がある。しかしながら、人は同時に2つのチャンネルからの視覚情報を同時に見ることはできないため、どちらかの情報が欠落する。一般的な講義においても、要約筆記に追加すべき支援の研究が必要となる。

今後、大学等における障害学生の数はさらに増加していくことになる。そのため障害学生を含む多様な学生がひとつの教室で学修するという状況となるため、インクルーシブ教育を大学でも実施していくことになる。障害学生支援において「これをやれば良い」という解決策はなく、また同じ障害であってもそれぞれの学生には個性や嗜好が異なり、学生一人ひとりに合った支援プログラムを作成することが必要となる。それらを推進するためにも障害学生支援の担当部署を設置するとともに、個々の学生に適切な合理的な配慮を提供しうる専門の教職員を配置することも重要である。

大学等は教育機関であるばかりでなく研究機関としても位置付けられている。法的規制を根拠とした支援の提供にとどまらず、それぞれが支援を展開しつつもその状況に甘んじることなく、各大学に適した格差是正の方策を研究していくことが我々に求められていることを自覚しなければならない。そして、ロービジョンの学生にも見えやすく、難聴の学生にも聞き取りやすい授業とは、すべての学生にとってわかりやすいはずである。特別なことをするのではなく、普段の授業での持続可能な取り組みこそ有効なのである。

(いとうえいいち 長野大学社会福祉学部教授)


【参考文献】

1)渡辺正実:我が国の障害者施策の動向と大学等における今後の対応、平成25年度高等教育における障害学生支援に関するシンポジウム資料(平成25年10月24日)

2)明石市:手話言語を確立するとともに要約筆記・点字・音訳等障害者のコミュニケーション手段の利用を促進する条例
https://www.city.akashi.lg.jp/fukushi/fu_soumu_ka/syuwa/jyoreisakutei.html

3)独立行政法人日本学生支援機構:平成26年度(2014年度)大学、短期大学及び高等専門学校における障害のある学生の修学支援に関する実態調査結果報告書(平成27年3月)

4)伊藤英一、石原剛志、旭洋一郎、根岸則子、宮本晃太郎、荒川健一:高等教育における障害学生のための授業支援、第20回リハビリテーション工学協会、p.342-343、2005

5)黒木速人、井野秀一、中野聡子、堀耕太郎、伊福部達:聴覚障害者のための音声同時字幕システムの遠隔地運用の結果とその評価、ヒューマンインターフェース学会論文誌8(2)、p.255-262、2006

6)UDトーク:http://udtalk.jp