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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2015年10月号

就労におけるコミュニケーション支援の最前線

朝日雅也

障害のある人にとっても就労は極めて重要な営みである。しかしながら、職場で同僚や上司とのコミュニケーションがうまくいかず、人間関係の構築・維持が難しくなり、結果的に退職に至る事例も少なくない。そこで、就労における障害のある人のコミュニケーション支援の実情と、就労支援の場面におけるコミュニケーションに関する訓練等の動向を紹介する。障害者の就労場面は多岐にわたるが、本稿では一般企業等における就労を中心に、コミュニケーションの重要性と、そのための支援の取り組みの課題を探りたい。

1 就労場面におけるコミュニケーションの重要性と意義

職場におけるコミュニケーションには、業務上の指示やその理解を中心としたものと、勤務時間外の交流等も含んだ職場の人間関係を中心としたものがある。従来、特に前者については、聴覚障害や視覚障害等の感覚機能の障害のある人に対する情報の保障を中心に努力が重ねられてきた。たとえば、聴覚障害者に対しては、音声言語によるコミュニケーションに依らない方法として、手話や口話等の活用の重要性がうたわれ、実際に、聴覚障害者が勤務する職場では、同僚が簡単な手話を学んで意思を伝え合うことや、朝礼等のミーティングの場面などで、ノートテイクやパソコン要約筆記等が行われてきた。視覚障害者の場合には、視覚情報を音声情報や触覚情報に転換することで、コミュニケーション環境を整える取り組みが行われ、ICT技術が活用されてきた。

最近では、発達障害者や高次脳機能障害者の就労希望者が増加し、その障害特性から従来の感覚機能障害に対するコミュニケーション支援の方法では、対応が困難になってきている。特に、勤務時間中の業務上のやり取りばかりでなく、勤務前後や休憩時間も含む、職場での良好な人間関係の構築に課題が生じる場合も少なくない。

こうした職場でのコミュニケーション不全は、時に、職場定着に大きな影響を与え、ひいては離職の要因にもなりかねない。厚生労働省の平成25年度障害者雇用実態調査によれば、調査対象となった精神障害者のうち、現在の職場への転職直前に離職した理由は個人的理由が56.5%と高いが、その理由(複数回答)のうち、職場の雰囲気や人間関係が33.6%と一番多くなっていた。ここからも、障害のある人の就労、特に職場定着を確実にしていくためのコミュニケーションの重要性が浮き上がってくる。

2 コミュニケーション課題の変化

前述のとおり、最近のハローワークにおける障害者の新規求職申込者のうち、増加が顕著なのが発達障害や高次脳機能障害あるいは難病である1)

職場においてコミュニケーションは双方向性を持ち、「報(報告)・連(連絡)・相(相談)」のスローガンにも示されるように、職場における雇用管理の重要な側面でもある。特定の技術については、障害のある人個人の努力で獲得できるかもしれないが、コミュニケーションはどんなに準備を尽くしたとしても、一方通行ではその成果が認識されない。特に、その障害特性から、個人差はもちろんあるが、職場におけるコミュニケーションにおいて課題が多いとされるのが、これらの障害である。具体的には、「聞き間違えや捉え違い」、「場面にそぐわない発言」、「挨拶や謝罪が苦手」、「報・連・相が苦手」といったコミュニケーション上の課題が知られている。

平成25年6月の改正障害者雇用促進法では、すべての事業主に対して、平成28年4月から障害を理由とした差別の禁止と合理的配慮の提供が義務付けられる。それに先立って、国から「指針」2)が示されているが、たとえば、発達障害については、採用後の合理的配慮として、「業務指導や相談に関し、担当者を定めること」、「業務指示やスケジュールを明確にし、指示を一つずつ出す、作業手順について図等を活用したマニュアルを作成する等の対応を行うこと」があげられている。

3 コミュニケーション支援向上のための取り組み

前記の問題意識に基づき、職業リハビリテーション機関や障害者総合支援法に基づく就労系の福祉サービス事業所でも、従来の対応に加え、発達障害等の障害特性を踏まえたコミュニケーション支援が取り組まれている。

独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構の実践や研究の取り組みの中でも、発達障害のある人の職場でのコミュニケーションの向上に関する訓練プログラムが開発・実践されている。たとえば、国立職業リハビリテーションセンターでは、障害状況に合わせた業務の進め方に関する知識や技能の習得や適応支援を行う「職域開発系」では、発達障害のある人には、対人スキル、社会適応訓練(就労ゼミ)などが行われている。また、在職の発達障害者に対する雇用継続支援技法として、就業状況について、本人及び事業主の捉え方を可視化するツールとして「在職者のための情報整理シート」が開発されるなど、職業リハビリテーションの対象者の拡大に対応する取り組みが活発化している。

また、発達障害に特化した就労移行支援事業所等も見受けられ、職場において求められるコミュニケーションのスキルを獲得する取り組みなどが見られる。そうした事業所も参加している、横浜市発達障害者支援開発(モデル)事業3)では、発達障害のある人々のコミュニケーションに関して、従来から特徴として見られてきた困難性を解決する興味深い考え方が示されている。具体的には、難しいと思われがちなグループダイナミクスが、実は、その活用により、成果を出していることである。

プログラムの実施状況からみた成功の要素は、1.目的志向のグループであること、2.同じ活動場面、活動内容に同じ立場(訓練生)として身を置くこと、3.求められる対人コミュニケーションの内容は、グループの目的に沿っていること、4.支援者が介入する際には、グループの目的に沿った評価を示すこと、の4点によるところが大きいとされる。「誤解や勘違いが多い」、「仕事が我流になり、修正できない」、「会社の要求水準に合わせられない」といった就労上の課題も、本人に「なぜ相手の要求水準に合わせなければならないのか」といった本質的な理解があればより容易に課題解決ができるという結果である。その考え方に立って、シンプルな目的の設定があり、その達成のために上司や同僚との報告、連絡、相談のリアルな職業体験ができれば、想像力の課題を補い、職場でのコミュニケーションの必要性を実感できるのではないかとしているが、こうした視点もまた、訓練場面や職場での発達障害の特性理解に変化をもたらすものと期待される。

同時に、障害当事者のトレーニングだけでなく、環境整備や障害のない従業員への働きかけなどで、コミュニケーション問題を解決する事業所も増えている。前出の高齢・障害・求職者雇用支援機構の障害者雇用レファレンスサービス4)では、発達障害の雇用事例が次々と加えられている。ある事業所では、コミュニケーションのタイプを把握することで、同僚が使用する言葉や伝え方を統一し、たとえば、「急ぎましょう」ではなく、「~分までにしましょう」と曖昧(あいまい)さをなくすコミュニケーションによって、業務時の意思疎通が円滑化した例が報告されている。

4 今後の課題(まとめとして)

前述の職場における合理的配慮の提供について、事業主は、すべての従業員に対して障害に対する理解を啓発することが重要と指針でも示されている。その際には、コミュニケーションにおける合理的配慮を気兼ねなく申し出ることができる職場の環境が必要である。職場における障害のある人と障害のない人とのコミュニケーションを図る上で大切なことは、どちらか一方に無理や負担を強いないということである。コミュニケーションが円滑であることを前提に形成されてきた職場では、直ちに受け入れられにくいかもしれないが、障害のある人に対する特別なコミュニケーション方法があるのではなく、そもそもコミュニケーションの持つ基本的な意義を見つめ直す上での絶好の機会かもしれない。障害のある人のコミュニケーションに配慮した職場は、誰にとってもコミュニケーション豊かで、情報が行き交う職場でもある。

(あさひまさや 埼玉県立大学教授)


【引用・参考文献】

1)厚生労働省『平成26年度 障害者の職業紹介状況等』平成27年5月

2)厚生労働省『合理的配慮指針』平成27年3月

3)横浜市発達障害者支援開発事業企画・推進委員会・横浜市発達障害者支援センター『横浜市発達障害者支援開発(モデル)事業平成25年度報告書』

4)(独)高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者雇用レファレンスサービス
http://www.ref.jeed.or.jp/