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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2015年10月号

意思決定の難しい人へのコミュニケーション支援

柴田洋弥

意思決定支援と意思疎通支援

障害者権利条約第12条は、障害者の法的能力行使における支援を締約国に求めた。2014年の国連障害者権利委員会一般的意見1号「12条:法律の前における平等な承認」は、この支援に「意思決定支援」とともに「コミュニケーション支援」も含めている。また「意思と選好を表明するために非言語型コミュニケーション形式を使用している者にとっては、多様なコミュニケーション方法の開発と承認も支援となり得る」と述べている。

非言語型コミュニケーションとは、言語に翻訳可能な筆記・点字・手話・指文字などと異なり、身振りや表情・行動などのように、言語に置き換えにくいコミュニケーションである。

意思決定の難しい人にとっては、他者との意思疎通を通じて意思が形成される側面が強いため、「意思疎通支援」と「意思決定支援」を明確に分けることはできない。筆者は、「意思決定支援」に「1.意思疎通支援、2.意思形成支援(エンパワメント)、3.意思実現支援」の3要素が含まれていると考えている。

特定の法的行為につき、意思決定支援を受けても必要な意思決定能力に達しないときについて、イギリス意思能力法は法定代理人が意思決定をすると定めている。しかし前記意見書は、個人の意思及び選好に基づいてその意思を補充し、本人に代わって法的行為を行う法定支援者の制度を、「支援付き意思決定制度」として求めていると思われる。

このように「意思決定支援」は、それを受けて本人が法的行為を行う場合と、それでも法定支援者が必要な場合とがある。同様に、「意思疎通支援」についても、言語型コミュニケーションを用いる場合と、非言語型コミュニケーションを用いる場合には大きな差があることに留意すべきである。

人の「意思」は、人間環境との関係の中で形成されるものである。家族や知人、福祉職などの本人をよく知っている人とともに、本人の意思決定を支援する方法として、ニュージーランドの「ファミリーグループカンファレンス」や、オーストラリアでも同様の取り組みが報告されている。また、初期の精神症状に対して、本人・家族や医療スタッフ等との「開かれた対話」により、本人自身の力で症状を軽減するフィンランドの治療方法も注目されている。これらは、言語型コミュニケーションを用いる人が対象であり、非言語型コミュニケーションを用いる人には向かない。

社会福祉審議会障害者部会での検討

2015年9月の社会保障審議会障害者部会で提案された「意思決定支援ガイドライン(案)」は、表1のような「意思決定支援における留意点」を含んでいる。

表1

1意思決定と情報

  • 必要な情報を、本人が十分理解し、実際の決定に活用できるよう提供すること。
  • 本人が自己の意思決定を表出、表現できるよう支援すること。
  • 本人が表明した意思をサービス提供者等に伝えること。
  • 本人の意思だと思われるものを代弁すること。

2情報提供の留意点

  • 本人への情報提供は、支援者の態度・方法・技術によって大きく異なる。
  • できるだけ解(わか)りやすい方法、手段にて情報を伝える(手話、伝達装置、絵文字、コミュニケーションカード、スケジュール等含む)。

(一部略)

障害者部会では、意思疎通支援の在り方も検討されたが、知的障害・発達障害・精神障害等については、文字情報を伝達する際の配慮などを記載するにとどまっている。委員から「重度の知的障害・自閉症等の場合、意思疎通支援は意思決定支援の中核的な要素であり、研究が必要」との意見があった。

分かりやすい情報提供のガイドライン

全日本手をつなぐ育成会連合会は2015年1月に、ある程度の言語的理解力のある人を対象とする「わかりやすい情報提供のガイドライン」を発表した。概要は表2のとおり。

表2

具体的に書く。難しい言葉は使わない。常套語を除いて小学校3年生までの漢字を使い、ルビをふる。比喩や擬人法、二重否定を使わない。1文には1つの内容。文字は12ポイント以上。絵記号や写真で補う。分かち書きする。行間をあける。年齢にふさわしいことばを使う。

(一部略)

選挙権行使における意思疎通支援

2013年の成年被後見人の選挙権回復による公職選挙法改正に当たって、総務省は、代理投票の補助者に、投票者本人の意思の確認方法について、家族や付添人等と打ち合わせて、きめ細かく対応するよう通知を出した。

2014年12月の衆議院選挙の際に、東京都港区の投票所で、字を書けず口頭での意思表示も難しい自閉症者について、付き添った母親が区職員による代理投票を依頼したところ「意思確認ができない」と投票を拒否された。日本自閉症協会が選挙管理委員会と交渉した結果、候補者の名前を書いたカードを候補者全員について家族が作り、それを投票所に持って行き、投票補助者(区職員)が任意に並べた中から本人がカード1枚を選び、補助者がそれを代筆するという方法で、投票できた。

普段は、非言語型コミュニケーションを用いている人でも選挙権行使ができたことは、意思疎通支援という点からも注目すべきである。

障害福祉サービスにおける意思疎通支援

1996年に全国社会福祉協議会が発表した「障害者活動センターについて…重度・重複・重症障害者の地域生活のために」では、「援助の基本姿勢」を表3のように述べた。「援助」を「支援」に読み替えると、現在でも有効である。

表3

1)安心感と自己決定の尊重

どんなに障害が重くても希望や意思があり、それは尊重されるべきである。活動の場や職員に対して絶対的な安心感と信頼感を持てること、理解力に応じて情報を伝え、経験を増やしてよりよい自己決定ができるように援助することが必要である。

2)コミュニケーションの工夫

重度知的障害者については、絵カードや文字カード、現物を見せる事、簡単な手話や身振り等、分かりやすいコミュニケーション方法を開発する。意思表現の少ない人も、表情や行動から意思を読み取り職員が応じる事によって徐々に明確な表現をとれるようになる。

3)個性と長所の尊重

どんなに障害の重い人でも何かすばらしい面をもっている。職員はその個性・長所に共感しつつ、それがもっと光り輝くように援助する。

(一部略)

意思疎通支援の課題

東田直樹氏(1992年生まれ)の著書『自閉症の僕が飛びはねる理由』が、20か国以上で翻訳出版されている。彼の講演を間近で聴いたが、様子は重度知的障害のある自閉症者と同じように見えた。ヘルパーと手をつないで、室外に出て行ったり、窓から道路の自動車を眺めたり、きちんと閉まっていないドアを閉め直したり。ところが壇上では、文字盤を指しながら人間への深い洞察に基づく講演話をした。

東田氏は、児童期より、会話ができず、文字も書けず、中学生時代は知的障害児の特別支援学校に通ったが、現在は執筆・講演活動を続けている。意思疎通手段を獲得した経過を自ら表4のように説明している。

表4

重度の自閉症者である僕が、内面を表出するために行った方法が、筆談、指筆談、そして文字盤ポインティングです。筆談は、援助者に手の甲を握ってもらい、一緒に文字を書く方法です。同じようなやり方で援助者の手のひらに書くのが指筆談です。僕は現在、手を持つなどの介助を受けず、文字盤ポインティングという方法で、自分の気持ちや考え方を伝えています。画用紙に書かれたアルファベットをローマ字打ちで、1文字ずつ指す方法です。今では、指すと同時に読むこともできるようになりました。創作の際にはパソコンを使用しています。

(一部略)

1990年代に、自閉症者へのファシリテイティッド・コミュニケーションがアメリカから伝わってきた。本人の手に支援者が手を添えて、文字を書いたりキーボードに入力する方法である。やがて、肘を支えるだけ、肩に触れるだけでも、本人は書けるようになる。その後、これは支援者の意思を表現していると批判された。しかし東田氏は、この方法をきっかけに、意思疎通ができ、明快な意思を持つに至ったのである。

重度知的障害とされている自閉症者の中にも、東田氏のような人がいるのではないかと思われる。非言語型コミュニケーションを用いる人の意思疎通支援と意思決定支援については、今後十分な検討が必要である。

(しばたひろや 日本自閉症協会常任理事)