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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2015年12月号

ほんの森

不可能を可能に
点字の世界を駆けぬける

田中徹二著

評者 星川安之

岩波書店
〒101-8002
千代田区一ツ橋2-5-5
定価(本体780円+税)
TEL 03-5210-4000(代)
http://www.iwanami.co.jp/hensyu/sin/index.html

この本を執筆した田中徹二氏は、75年の歴史ある日本点字図書館の二代目理事長である。書籍のタイトルどおり「不可能を可能に」するために、視覚障害者の生活を安全で楽しくするという軸をぶらすことなく、大きな力と時間を使ってきた人である。

前半ではご自身が全盲になった経緯から、リハビリテーションを行い、東京都心身障害者福祉センターの指導者となりその後、日本点字図書館の館長そして現職の理事長に至るまでを、多くの人との出会いをその交流とともにえがいている。

中盤では、日本点字図書館創立者である本間一夫さんの功績及び多くの人に支えられて進んでいる同図書館の事業を紹介。創業者から受け継いだ二代目の多くは、経営理念とともに事業一つ一つもなぞる場合が多い。しかし社会は常に変化し、技術も日進月歩で進化している。この二代目は、偉大な創業者の理念は継承しつつ、事業は視覚障害者のニーズと、最新の技術とをどうつなげるかを常に考え実行している。副題に「点字の世界を駆けぬける」と付けたように、点字へのこだわりが強い反面、日々進化するIT技術は、より多くの視覚障害者の生活を豊かにすると信じ、サピエ図書館という全国の点字図書館が連携し、日本中の視覚障害者が、時間差なく多くの書物を「読める」システムを完成させた。

後半では、バリアフリーの意義と経過を紹介し、さらには、その国際化の重要性を自らの実践を通して語っている。

著者が考えるバリアフリーの原点は、駅のホームから転落し命を落とした複数の視覚障害者。その中には、都のセンターのリハビリの教官時代に指導した人、親しい知人も多く含まれている。晴眼者のように見て気を付けられることも、視覚障害者にとってはいくら気を付けても無理なことをデータで示し、点字ブロック、そしてホームドアの設置を加速させたことも、軸がぶれていないからこそできたことである。

田中さんは、私が所属する共用品推進機構の発足以来評議員を務めており、アドバイスはいつも的確である。そのアドバイスは、視覚障害者の安全と楽しみだけにとどまらず、他の障害へも広がり社会を変える大きな原動力になっている。以前田中さんに、「今の仕事以外だったら、何になりたかったか?」と聞いたところ、即座に「ジャーナリスト」という返事が返ってきた。

組織を任された立場の人の多くは、自分の組織や事業を客観視できないことが多々ある。田中さんの本は、「責任ある立場でも、常に客観視することが大切」と、縦の軸が明確に伝えてくれている。

(ほしかわやすゆき 公益財団法人共用品推進機構専務理事)