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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年6月号

解説・障害者差別解消法 第1回

熱い期待を載せていよいよスタート

藤井克徳

■懸念される周知度、熟知度

「もしかしたらこの国の風景が変わるのでは」、そんな関係者の熱い期待を載せて、今春4月1日より障害を理由とした差別の解消の推進に関する法律(以下、障害者差別解消法)ならびに同趣旨の条項を盛り込んだ障害者雇用促進法の一部改正法がスタートした。障害のある人にとっての共通する最大のテーマの一つが、言われなき差別や偏見からの解放であり、「障害を理由とした差別の禁止」はすべての障害関連政策の基底に据えられなければならない。関連政策だけではなく、官民の各種事業の利用や運用に際しても差別的な取り扱いは許されまい。今般の障害者差別解消法ならびに改正障害者雇用促進法がこれらにどこまで肉薄できるのか、大いに注目したい。

ただし、期待の大きさと比べて市民社会への周知度は非常に低い。周知以前に、障害分野に携わる者の間での熟知度が気になるところだが、こちらの方もまだまだという感じである。そこで、月刊『ノーマライゼーション』では、今月号より新たな連載企画として、さまざまな視点と書き手によって障害者差別解消法を解説することとした。

具体的には、まずは障害者差別解消法の全体像や重要条項の解説に力を入れたい。これにあたってはできる限り事例を掲げるようにする。また、法律の効力を高めていくための仕掛けとして、「相談及び紛争の防止等のための体制の整備」や「障害者差別解消支援地域協議会」などが法律に明示されているが、これらについては先進例を交えながらの実践的な紹介としたい。さらには、「合理的配慮」などの新たな中核概念についても、具体例をあげながら分かりやすさに留意していきたい。

■活用しながら育てること

実は、障害者差別解消法は、もともとの考え方からすればだいぶトーンダウンしてしまったのである。「もともとの考え方」とは、内閣府の障がい者制度改革推進会議が取りまとめた「『障害を理由とする差別の禁止に関する法制』についての差別禁止部会の意見」(2012年9月14日)である。

最も象徴的なのは法律の名称である。同意見書では「差別禁止」とあったのに対して、最終的には「差別解消」で落ち着いた。「禁止」と「解消」とでは全く意を異にするものであり、法律の基本性格とも関わる重要な問題である。また、「差別解消法」でありながら、「定義」の条項に、肝心の差別の定義が明示されていないことも弱点と言わざるを得ない。他にも、合理的配慮が民間事業者に義務付けられていないことや相談機関での第三者性の欠如など、随所にトーンダウンがみられる。

しかし、ともあれ障害者差別解消法がスタートを切ったことは間違いない。日本の法体系にあって、差別の禁止と事後の対応策をうたった実体法は初めてであり、完成度に難があるにせよ、育んでいくことが肝要である。育むとは、法律の本質と条文を正確に押さえた上で最大限に活用することに他ならない。あるいは活用を支えることである。本連載企画が、この「最大限に活用」の一助になれば幸いである。

なお、障害者差別解消法の附則には、いわゆる3年後見直し規定がある。気が早いと思われるかもしれないが、それほど先の話ではない。序盤から問題意識を堅持して臨むことは、3年後見直しへの備えにもつながろう。その際に参考になるのが、前掲の意見書であり、加えて衆議院及び参議院での障害者差別解消法成立時の附帯決議をあげておきたい。

■権利条約や条例とも関連づけながら

ここで、もう2点付け加えておく。これらは、障害者差別解消法をより正確に理解するために、また法律の力を増幅させていく上で欠いてはならないように思う。一つは、障害者差別解消法と障害者権利条約(以下、権利条約)との関係を押さえることである。一言で表すならば、権利条約を抜きに障害者差別解消法の誕生はあり得なかったということである。権利条約の批准を満たすための最大の要件は障害者差別解消法の成立であり、現実にも障害者差別解消法の成立を確認した上で、国会承認を含む批准手続きが進められていったのである。

こうした手続き面と合わせて、さらに大事なのが内容面での影響である。権利条約は、「障害者差別禁止条約」と言い換えてもいいくらい、全体の基調に、または多くの条文に「他の者との平等を基礎として」という形で差別禁止の視点を織り込んでいる。また、「障害に基づく差別」や「合理的配慮」などについても定義している。十分ではないにしろ、障害者差別解消法は、基本的には権利条約をベースとするものであり、具体的な書きぶりでも重なる点が少なくない。

いま一つは、自治体で進められている「障害者差別禁止条例」と関連づけていくことである。前述のとおり、完成度が十分ではない障害者差別解消法にあって、自治体の法律とされている関連条例と補完し合うことは有効と考えられる。まだまだ条例の制定は31自治体に留(とど)まり(2016年4月現在)、その水準も落差が大きい。条例の制定促進と水準のレベルアップは、障害者差別解消法の実質化を図る上からも見逃せない。

次号からの解説記事を通して、さまざまな角度から障害者差別解消法を深めていただきたい。

(ふじいかつのり 日本障害フォーラム幹事会議長)