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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年10月号

文学やアートにおける日本の文化史

ハンセン病問題の啓発を模索する

佐藤健太

ハンセン病問題をめぐる啓発の現状

1996年のらい予防法廃止から98年のらい予防法違憲国家賠償請求訴訟、2001年の原告勝訴と国の控訴断念と、ハンセン病に関わる社会状況はめまぐるしく展開した。それから約15年を経たが、家族訴訟や「特別法廷」問題、瀬戸内三園(長島愛生園、邑久光明園、大島青松園)による世界遺産登録運動など、いまなお世間のハンセン病問題への関心は高い。

またこの間、さまざまな分野の研究者が参入し重要な著作が書かれた。たとえば、病者一人ひとりの経験と語りに着目した社会学の蘭(あららぎ)由岐子1)や坂田勝彦2)、ハンセン病問題と地域社会との関わりを堅実な実証研究から明らかにした歴史学の廣川和花3)や松岡弘之4)、病者たちによって書かれた膨大な文学作品を渉猟(しょうりょう)し分析した荒井裕樹5)らの研究が代表的な成果と言えよう。

このように研究はさまざまな角度から深まりを見せているものの、残念なことにハンセン病問題に関する語り口は予防法廃止以来、ほとんど変化がない。偏見差別の解消、人権問題の重要さ、命の大切さを伝えよう、「負の遺産」の継承等々である。もちろんこれらの視点はとても重要なものであり、語りつづける必要を筆者は十分に認識している。

しかし、先にあげた研究が明らかにしてきたように、ハンセン病者たちの経験は時代や生きてきた療養所・地域等により異なる様相を呈する。こうした多様な歴史は、はたしてこれらの言葉のみによって集約され、伝えられていけばよいものなのだろうか。予防法廃止の頃から療養所へ通い、多くの病者と出会い、彼らの紡ぐ言葉に触れつづけている者としては、若干の違和感を覚えずにはいられない。

これまでハンセン病問題の啓発は、主として、当事者である病者によって担われてきた歴史がある。当事者が語り部をつとめ、人権啓発の講演会で各地を飛び回り、療養所の歴史を伝えるフィールドワークを精力的に行なってきた。しかしここ20年で当事者の高齢化は進み、啓発を担ってきた人たちの多くが鬼籍に入ってしまった。

こうした状況に対応し、近年では各療養所で資料館施設の設置が相次ぎ、ボランティアガイドを養成するなど、非当事者による啓発が必要となってきている。しかし、当事者自身の経験に立脚した聞き手の胸を打つ語りを、非当事者が代わりに語ることは困難である。それゆえ非当事者による語りは、ハンセン病者たちの「被害」のモデルストーリーになりがちとなる。それらはおおよそこれらの要素――発病、お召列車、強制隔離、家族との別れ、療養所での患者労働、所内監房、結婚とそれにともなう断種・堕胎etc――から構成される。このような定型化は、啓発活動を担う非当事者の登場によって、必然的に要請されるものだといっていいだろう。

だが、当事者の語りを直接聞くことが困難な時代になっても、彼らの〈声〉を聞く方法はあるはずだ。筆者がここで着目したのが、療養所で書かれた膨大な文学作品群の存在である。

読書会という営み

筆者は2012年から、ハンセン病者たちが膨大に遺した文学作品を読む読書会を主宰している。国立駿河療養所(静岡県御殿場市。以下、駿河と略記)へ定期的に通う友人たちと、駿河に入所した経験のある病者の書いた短編小説を読む集まりである。現在まで18回開催し、計18作品を読んできた。

療養所で書かれた文学作品には俳句・短歌・詩・随筆・評論・小説など多岐にわたるが、短編小説は遺された作品数も多く、登場人物に感情移入をして読むことができる。なにより執筆当時の作者の生々しい心理が反映されており、読み手によって受け取るものも異なり面白い。読書会の参加者の職業はさまざまで、共通しているのはハンセン病問題に関心を寄せているということだけだ。

読書会の対象作品はすべて筆者が選定し、事前に参加者間で共有し通読してくる。参加の要件はこれだけである。当日は、まず読めなかった漢字や意味のわからなかった言葉を確認することから始める。作品は主に1950年代から70年代に書かれたもので、旧漢字が頻出する作品もある。また、療養所独特の隠語(たとえばハンセン病のことを「本病」と呼ぶ)なども確認が必要である。それらを済ませた後は、各自が感想を言うだけというシンプルな方法を取っている。

この読書会の特徴をいくつかあげてみよう。まず単行本、各療養所で発行している機関誌、同人誌などから作品を選定していることだ。駿河療養所では、機関誌『芙蓉(ふよう)』がさまざまな理由から幾度か中断しており、駿河の人たちは他の療養所機関誌に投稿を行なっていた。これらを探すのはそう簡単ではないが、対象となる作品を探すのは、この会を続けていくうえで重要な基礎作業のひとつである。

駿河療養所の入所者が参加していることも議論を活発化させる大きな要素のひとつだ。自治会長も務める小鹿美佐雄(おじかみさお)さんは、すでに故人となった作者を直接知っている唯一の参加者である。小鹿さんから故人のエピソードを聞くこともあり、それが積み重なって参加者それぞれのなかに作者の像が立ち上がってくる。小鹿さんにとっては、他の参加者が純粋に作品を読み、率直な感想を述べているのが新鮮にうつるようだ6)

感想を述べる際に、極力「差別」「偏見」「人権」という言葉を使わないようにしているのも大きな特徴であろう。ハンセン病問題は重大な人権侵害の事例であることはもちろんだが、病者たちは被害者としてのみ生きてきたわけではない。作品には被害のストーリーだけでなく、療養所での暮らしやそれにともなう喜びや悲しみなど、さまざまな心情が織り込まれている。被害の側面にばかり注目して読むと、作品に込められた思いに気づかないことも起こりうる。テキストと誠実に向き合うことがハンセン病問題の深い理解につながってゆくのである。

ハンセン病問題をどう発信するか

読書会をはじめて3年が経ち、会のコアメンバーたちと『ハンセン病文学読書会のすすめ』という冊子を作成した。公益財団法人日本財団、笹川記念保健協力財団から助成金を受けた。会を続ける過程で、ハンセン病問題の理解に読書会は有効であるという手応えを感じていた。そこで、読書会の意義と魅力を伝えるものを作成しようということになった。

この冊子では読書会開催の経緯や方法、各療養所の書き手と発行物を紹介したり、これまで読んだ作品のあらすじや、各参加者による作品にまつわるエッセイなどを収録した。参加者が楽しんで作品を読んでいること、誰でも関心さえあれば開催可能な方法であることなどを伝えることを意識して編集を行なった。冊子づくりは原稿執筆や校正など大変な苦労をともなったが、療養所で同人誌を発行していた人たちの経験を想起するきっかけにもなった。

今年の6月から8月にかけて、紀伊國屋書店新宿南店で「ハンセン病をめぐるブックフェア」を開催し、それに合わせて「ハンセン病を考えるためのブックガイド」(工作舎発行)を作成した7)。ハンセン病に関する書籍はじつは膨大に発行されている。らい予防法廃止以降、さらに発行点数は増えており、何から読めばいいのかわからない人も多いと聞いている。そこで、ブックフェアで展示販売するものを中心として、10のジャンル(医学/文学/歴史/自治会史/手記/社会学/ルポルタージュ等)に分けて150点以上をセレクトし、それぞれの専門家による解説を付けた。

遺された文章を手がかりとして、ハンセン病問題に関心を寄せる人たちが理解を深めていく――この方法も啓発のひとつのあり方として広がることを願っている。

(さとうけんた ハンセン病文学読書会主宰者)


【参考文献】

1)蘭由岐子『「病いの経験」を聞き取る』皓星社、2004年

2)坂田勝彦『ハンセン病者の生活史』青弓社、2012年

3)廣川和花『近代日本のハンセン病問題と地域社会』大阪大学出版会、2011年

4)松岡弘之「ハンセン病回復者の社会復帰と宮城県本吉郡唐桑町」荒武賢一朗編『東北からみえる近世・近現代』岩田書院、2016年ほか

5)荒井裕樹『隔離の文学』書肆アルス、2011年

6)小鹿美佐雄インタビュー「読書会は新しい交流の方法になる」佐藤健太・谷岡聖史編『ハンセン病文学読書会のすすめ』(2015年、非売品)

7)読書会の冊子と同様非売品なので、ご希望の方は筆者(sbenzo.jokyouju@gmail.com)までご連絡いただきたい。