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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年12月号

ユニバーサルな社会の実現:
障害者権利条約とユニバーサルデザイン

髙橋儀平

1 ユニバーサルデザインとは何か

日本では、1970年代の障害のある人自身による福祉のまちづくり運動から始まって、80年代には高齢社会を見据えたノーマライゼーション理念の浸透やバリアフリー社会の創造に向けた施策が登場した。そして、90年代後半からはハートビル法や交通バリアフリー法の成立を契機に、誰もが安全・安心に暮らせるまちとなるべくユニバーサルデザインの考え方と実践が展開されている。

筆者は、バリアフリーとユニバーサルデザインの違いはどこか、という問いにしばしば出合う。

福祉のまちづくりは「やってやる福祉」そのもので、「人権」や「人間の尊厳」が根底にないのではないか、といわれる。日本人は言葉をことさら意識し、生活や行動を拘束させてしまいやすい。必要なのは呼称による分断ではなく、インクルージョンである。

一方で何となく「ユニバーサルデザイン」を標榜すると、時代の先端が見えるような気がしてしまう。しかし、実態はどうであろう。

2000年代初頭、行政や企業は先頭を争うようにユニバーサルデザインを標榜していた。だが、現実を直視すると、その後徐々に後退し、いま自治体や企業でユニバーサルデザイン施策について自信をもって語っているところは少ない。そこに、東京2020オリンピック・パラリンピックのムーブメントが直撃した。忘れかけていた「ユニバーサルデザイン」に障害のある市民ばかりではなく、多くの市民が強い関心を寄せている。このチャンスをぜひ生かしたい。

2 ロン・メイスが求めたもの

2016年9月、総務省の発表によると、総人口に占める65歳以上の割合は、27.3%である。2025年には団塊世代が後期高齢者となる。日常生活に大きな支障はないものの、心身に何らかの疾病や障害を有する人たちが間違いなく増加する。私たちがかつて展望した、「障害のある人にとって住みやすいまちは誰にとっても住みやすいまちである」という現実が、ようやく不可避になってきた。その社会構造の変革をリードするキーワードの一つが「ユニバーサルデザイン」であり、私たちに再奮起を促している。米国ノースカロライナ州立大学のロナルド・L・メイス教授(1941-1998)がユニバーサルデザインを提唱したのは、30年前であった。氏は次のように述べている。

「ユニバーサルデサインとは、追加的なコストを殆どかけずして、建物や施設の設計が障害の有無に関わらず全ての人々にとって魅力的かつ機能的となるようなデザインのあり方である。(中略)…われわれの社会には、なんらかの障害のある人々が数多く存在するが、建築家や設計者の多くは自らが設計する建築物や製品がそういった人々の生活にどれだけ甚大な影響を及ぼしているのかをほとんど認識していない1)。(傍線筆者)」

この指摘は、今日のことでもある。表面的な建築・環境デザインは洗練され、バリアフリー法を遵守しているようではあるが、むしろ建築設計者の「こころ」には「やってやる福祉」が増幅し、事業者やデザイナーは高齢化する両親や自分自身の問題として捉えていない。つまり、ハード面ソフト面、さらには法制度も一見飛躍的に整備が進んでいるかのようであるが、実態としては、利用者を覆う生活環境のバリアの除去や個別のニーズに向き合う仕組みが今なおできていないといえる。

障害者の権利条約を踏まえて制定された国際パラリンピック委員会(IPC)が発行するIPCガイド(2013版)にも、「アクセスは基本的人権であり、アクセシビリティは先進国といわれている国々でもあらゆる人々が容易に利用できる環境には到達してはいない」と、明確に記している。わが国ばかりではなく、諸外国の現状を正確にとらえている指摘といえる。

3 障害者の権利条約で合意したユニバーサルデザイン

2006年12月に国連で採択された障害者の権利条約は、障害のある市民を取り巻く社会環境の構築に改めて大きな勇気と行動を促している。「社会モデル」といわれる考え方は、日本のノーマライゼーションの生成過程「福祉のまちづくり」の発祥理念とも合致する。

権利条約では、障害者の固有の尊厳を尊重し、他の者との平等な環境づくりをベースに、「ユニバーサルデザインとは、調整又は特別な設計を必要とすることなく、最大限可能な範囲で全ての人が使用することのできる製品、環境、計画及びサービスの設計をいう。ユニバーサルデザインは、特定の障害者の集団のための補装具が必要な場合には、これを排除するものではない。」(第2条)と明記され、「障害者に特有のニーズを満たすために必要な調整が可能な限り最小限であり、かつ、当該サービスを満たすために必要な費用が最小限であるべきものについての研究及び開発を実施し、又は促進すること。(中略)基準及び指針を作成するに当たっては、ユニバーサルデザインが当該基準及び指針に含まれることを促進すること。」(第4条)(出典:政府公定訳)と明記されている。

本年4月、障害者差別解消法が施行された。権利条約の履行及び東京2020オリンピック・パラリンピックを見据え、新たな局面に差し掛かっているといえる。9月からは、バリアフリー法建築設計標準や移動等円滑化基準の見直し検討がスタートしている。6月にはIPCガイドを前提とした「TOKYO2020アクセシビリティガイドライン」(暫定版)が取りまとめられたが、その運用に当たっては、改めて権利条約で掲げられた公平性、個人の尊厳、すべての利用者ニーズを満たす機能性が重視される必要がある(表)。

表 バリアフリー、ユニバーサルデザインを取り巻く2016の動き

2016.2 ユニバーサルデザイン2020関係府省等連絡会議(内閣官房)

2016.4 障害者差別解消法施行

2016.5 観光ビジョン実現プログラム2016(観光庁)

2016.6 Tokyo2020アクセシビリティ・ガイドライン暫定版(オリパラ組織委員会他:未公表)

2016.7 2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会を見据えた公共交通機関のバリアフリーのあり方(国交省:報告書公表)

2016.8 ユニバーサルデザイン2020中間とりまとめ(内閣官房)

2016.8 駅ホームにおける安全性向上のための検討会(国交省)

2016.9 高齢者、障害者の円滑な移動等に配慮した建築設計検討委員会(国交省)

2016.9 バリアフリー基本構想作成ガイドブックの改訂(国交省:公表)

2016.10 移動等円滑化のための旅客施設、車両等の構造及び設備基準等検討委員会(国交省)

2016.11 ハンドル型電動車椅子の公共交通利用等調査検討委員会(国交省)

4 権利条約の履行とユニバーサルデザインの課題

今後の課題として次の2点を提案したい。

一つは、自明の理である市民、利用者の参画である。とりわけ、ユニバーサルデザインにはスパイラルアップやPDCAが強調されている。筆者は可能な限り早い段階で、国や地方公共団体が行う今後の「ユニバーサルデザイン」業務の検証と評価を障害者団体に業務委任できる制度構築が必要であると認識する。韓国では、2015年バリアフリー法の適合検査業務を障害者団体に委任できる法改正が行われた2)。ユニバーサルデザインが世界で最も進んでいる国の一つとして認められている日本でそのような制度が創れない理由はない。

もう一つは、「合理的配慮」に依存しない環境デザインの創造である。バリアフリー法に基づく「事前的改善」策を最大限に拡充して、合理的配慮の行為を可能な限り軽減する方向を求めるべきである、と思われる。

海外から押し寄せる多くの人々に本当のユニバーサルデザインとは何か、改めて発信するチャンスである。

(たかはしぎへい 東洋大学教授)


1)Ronald L.Mace, AIA“Universal Design”, Designers West Nov.1985,147-152
ADA§36.401では、障害者にとって容易にアクセスできない施設を設計したり、建設することは差別と規定している。

2)韓国では、法により5年ごとにバリアフリー施設の全国実態調査を実施、その反省を踏まえて2015年法改正が行われた。同年7月、バリアフリーの高水準を示す認証制度が公共施設に義務化され、同時に法の適合検査が障害者団体に業務委任できるようになった。