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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2017年1月号

障害者差別解消法の課題と展望

田中伸明

1 はじめに

平成28年4月1日、障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(以下「解消法」という)が施行された。日本においても、障がいのある人もない人も共に生きる社会づくりに向けての第一歩が踏み出されることになったといえる。解消法の課題としては、事業者に課された合理的配慮の提供義務の法的義務化など、多くの課題が指摘されるところであるが、ここでは、間接差別への対応と、各地で進む障害者差別解消条例について、その課題と展望を若干述べることにする。

2 間接差別への対応

解消法では、その第7条1項においては行政機関等に対し、その第8条1項においては事業者に対し、それぞれ「障害を理由として障害者でない者と不当な差別的取扱いをすることにより、障害者の権利利益を侵害してはならない。」と定めている。これは、行政機関等と事業者に対して不当な差別的取扱いの禁止を法的義務として規定したものであるが、どのような行為が「不当な差別的取扱い」に該当するのかについては、文言上明確ではない。

国が公表した「障害を理由とする差別の解消の推進に関する基本方針」によれば、「正当な理由なく、障害を理由として、財・サービスや各種機会の提供を拒否する又は提供に当たって場所・時間帯などを制限する、障害者でない者に対しては付さない条件を付けることなど」として、不当な差別的取扱いについて、一定の具体化を行なっている。これらは、「障害を理由として」という文言が示すように、障害を直接の理由とする差別行為、すなわち直接差別を前提としているものである。このような直接差別を禁止することが重要であることは言うまでもないが、今後は、障害を理由としない基準が立てられた結果、障がいのある人が排除されてしまう場合、いわゆる間接差別に対して、どのように対応していくべきかが課題となろう。

この間接差別は、表面上は障害を直接の理由としない基準が立てられるため、障害者が排除されるという効果を得るために悪用される危険性がある。つまり、障害者を排除しようとする意図(差別的意図)を隠匿するための、いわば「覆被の衣」として用いられる危険性があるのである。たとえば、某会社の募集採用にあたって、業務を行う上で必要としないにもかかわらず、あえて運転免許証の保有を条件とすることで、視覚障害者を排除する効果を得る等である。

障害者権利条約においても、その第2条において、「障害に基づく差別」とは、「全ての人権及び基本的自由を認識し、享有し、又は行使することを害し、又は妨げる目的又は効果を有するものをいう。」と定め、「妨げる…効果を有するもの」を「差別」であると明記している。前記の例で言えば、業務に関係のない運転免許証の保有を募集採用の条件とすることは、視覚障害者の応募する自由(職業選択の自由)を妨げる効果を有するものとして「差別」に該当することになろう。

3 障害者差別解消条例における紛争解決機関の設置

各地方公共団体では、解消法の制定前後において、いわゆる障害者差別解消推進条例の制定が進められている。解消法第14条では、「障害を理由とする差別に関する紛争の防止又は解決を図ることができるよう必要な体制の整備を図るものとする。」と定められているが、これは、解消法が国や地方公共団体に対して、新たな紛争解決機関の設置を義務づけるものではない。どのような体制を整備するのかについては、国や地方公共団体に委ねられているのである。

解消法の趣旨をよりよく実現するためには、障がいのある人が差別を受けた場合や、合理的配慮を提供されなかった場合について、専門の相談窓口が設置されていることは勿論であるが、持ち込んだ相談が相談だけで終わることなく、よりよい方向へ調整されることが重要である。従って、各地方公共団体において、専門の紛争解決機関の設置を行う必要があり、この必要性に応えるために、条例制定が進められることは重要である。ただ、適切な調整を行うためには、紛争解決機関のメンバーとして障がいのある人、あるいは障がい当事者団体関係者が含まれることが必要であるし、調整の前提としての事実認定が適切になされることも必要となる。そして、適切な事実認定のためには、持ち込まれた相談案件について、紛争解決機関が事業者から事実確認のための聴取を行うことが不可欠となるが、事実確認に非協力的な事業者も考えられることから、このような場合に対して紛争解決機関がどこまで踏み込めるのか、言い換えれば、紛争解決機関にどのような調査権限を付与するのかが課題となろう。

解消法第12条では、主務大臣は、事業者に対する差別的取扱いの禁止や、合理的配慮の提供に関して、「特に必要があると認めるときは、対応指針に定める事項について、当該事業者に対し、報告を求め、又は助言、指導若しくは勧告をすることができる。」と定め、第26条では、主務大臣から報告を求められた場合に、事業者が「報告をせず、又は虚偽の報告をした」場合には、「20万円以下の過料に処する。」と定めている。この主務大臣の権限は、非協力的な事業者に対する事実確認を行う上で有用であるが、この権限がより機動的に行使されるためには、解消法第22条を活用し、この主務大臣の権限を「地方公共団体の長その他の執行機関」に政令で大幅に委ねていくことも一つの方策として考えてよいように思われる。

(たなかのぶあき 弁護士)