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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2017年1月号

1000字提言

ゼミで若者の感性に訴える

浅野史郎

私は神奈川大学で、「障害福祉論」というゼミを2年生対象と4年生対象の2コマ開講中である。

2年生の履修者は17人。前学期当初のゼミで障害者のイメージについて話してもらったら、「障害者は何もできない、かわいそう」という反応が多かった。後学期は知的障害、自閉症、精神障害、盲聾(ろう)、脳性マヒ、重症心身障害をもつ人たちが、介助者や親とともに教室にやってきた。ゼミ生6人は、横浜市栄区にある重症心身障害者が通ってくる施設(生活介護事業所)「朋」の視察も敢行した。

これらの経験で学生たちは大きく変わった。重症心身障害の30代の女性Eさんが、母親と介助者2人と一緒に、座位保持装置付車いすで教室にやってきた時のこと。母親の説明のあと、私がEさんに「教室にいる学生の印象はどうですか」と尋ねたら、介助者の手の平に指で文字を書く方法で「みんなかっこいい」と答えた。学生たちの驚く顔が見られた。

これだけではない。盲聾の大学教授が質問に即座に答える、自閉症の市役所職員が学生にインタビューする、脳性マヒの女性がセックスの話をする。学生たちは「障害者は何もできない」という自分たちの先入観がまちがっていたことに気がついた。

ゼミのねらいは、この「気づき」である。ゼミ生は卒業後、企業や役所で仕事をする。彼らを障害者について、職場では最も正しく理解している人材として送り出すのがこのゼミの目的である。

2016年7月に起きた相模原市津久井やまゆり園での重度障害者大量殺傷事件は、障害福祉に関わるものに大きな衝撃を与えた。犯人の植松智には「重度障害者は何もできない、不幸だ、生きていてもしょうがない」という思い込みがあった。そこから殺人に至るのは異常だが、重度障害者について植松のような認識の人はたくさんいる。このままでは、第二、第三の事件が起こる可能性は否定できない。

世の中の人たちを変える第一歩として、目の前の学生たちを変えなければならない。「学生の中にある植松的な思いを払拭するためには、障害者のほんとうの姿を知り、そこから彼ら自身の思想を築かなければならない」と強く思った。ゼミの目的がさらに明確になったのである。

『障害者のリアル×東大生のリアル』(ぶどう社)は、野澤和弘さんが指導する「障害者のリアル」という東大教養学部でのゼミの履修学生が執筆している。最重度の障害者と初めて親しく接した東大生が、障害者の真摯(しんし)に前向きに生きる姿に衝撃を受け、自分の中にある優越感と無力感に真剣に向き合って変わっていく過程が生々しく綴られている。

ここにも、重度の障害者を知ることにより自己変革を遂げていく若者がいる。私が障害福祉論のゼミを続ける理由はここにあると改めて確信する。


【プロフィール】

あさのしろう。神奈川大学特別招聘教授。1948年生まれ。仙台市出身。東京大学法学部卒業後、1970年厚生省(現厚生労働省)入省。児童家庭局障害福祉課長、社会局生活課長などを歴任。93年11月宮城県知事に当選。3期12年務める。06年4月慶応大学総合政策学部教授。13年3月慶応大学を定年退職、13年4月から現職。