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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2017年6月号

ほんの森

ルポ希望の人びと
ここまできた認知症の当事者発信

生井久美子 著

評者 中橋真紀人

朝日新聞出版
〒104-8011
中央区築地5-3-2
定価1620円(税込み)
TEL 03-5541-8757
http://publications.asahi.com/

福祉の分野で実績を持つ朝日新聞のベテラン記者の著作である。認知症の問題を「当事者発信」の視点から伝える貴重な内容である。30~50代で認知症を発症した人々の苦労と悩み、対外的な活動を克明に追ったもので、当事者、家族、スタッフの言葉で伝え、直面する課題が突き付けられる。「覚えているかと聞かないでください。覚えていることがそんなに大切でしょうか?私は今を、こんなに楽しんでいるのに…」という本人の言葉。夫の発症で苦労する妻の言葉は「不便なことも多いけれど、不幸だとは思わない」――これらの言葉から、我々は何を学び、考えるべきなのか?

この本で感じたエネルギーの原動力は当事者の発信と交流の活動で、カナダ、オーストラリア、日本などでの取り組みから今後の方向が見えてくる。

2004年に京都でDASN(当事者支援国際ネットワーク)の国際会議が開催されインパクトを与え、2014年にJDWG(日本認知症ワーキンググループ)が発足し活発に動いている。背景には1960年代のアメリカの障害者自立生活運動があり、「障害者権利条約」の存在が見えてくる。

同時に意識したのは、医療の姿勢の問題である。不安を抱える受診者への対応が「病名当て」となり、「早期診断=早期絶望」につながるという実態――医師の放つ言葉が本人を打ちのめす、ということをどう考えるか?医療の側に「悪意」はないが、こうした実情が多いようである。

そして「認知症」への2つの偏見が大きいことが分かる。1つは自分=本人が受けてしまうもの――「人生の終わり」という思い込みが、生きる希望を覆い隠すこと。もう1つは「この人は何もできなくなる」という家族や周囲の誤解が、家族をも押しつぶしてしまうということ。その偏見と誤解を解き、解決の方向を見いだしていく姿が、このルポには具体的に書かれている。

この本の重要な指摘は、第9章の精神科病院の問題である。厚労省が2015年に出した「認知症国家戦略(新オレンジプラン)」では、巧妙にも、精神科病院が認知症“患者”の「長期的な」受け皿になり、後方支援ではなく「司令塔機能」という意味が付加されたという驚くべき事実!

“新聞記者はいずれその場を去ってゆく者だ”という切ない思いを抱きながら、各地の取り組みを追った本書は、多いに役立つものだと思う。〔本書の印税は全額、著者により当事者活動に届けられる〕

(なかはしまきと 社団法人障害者映像文化研究所常務理事)


★5月にベテラン佐々部清監督がこの問題の原作にほれ込み7年を掛けた力作『八重子のハミング』が公開される!また英国のサッチャー元首相も認知症になり、映画『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』(2011)では、メリル・ストリープがアカデミー主演女優賞を獲得している。