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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2017年9月号

知り隊おしえ隊

「美術と手話」

西岡克浩

はじめに

「美術と手話プロジェクト」は、「美術」「美術館」「手話」「聞こえない人・聞こえにくい人」をキーワードに、さまざまな人たちがゆるやかにつながり、誰もが楽しく豊かに鑑賞できる環境づくりを目指しています。

筆者があるユニバーサルミュージアムの研究大会で、「聞こえない人に対してどうしたらいいのか分からない」という美術館学芸員の言葉に衝撃を受けたのをきっかけに「美術と手話プロジェクト」の活動は始まりました。

美術鑑賞において、聞こえない人・聞こえにくい人は、「特に問題はない」と思われがちですが、実は、さまざまな不便を感じています。たとえば、

  • 美術館では、あらゆる場面で、音声でのやりとりになり、困ることが多い。
  • 音声ガイドやギャラリートーク、音の出る作品が、楽しめない。
  • 美術用語の手話が少ない、指文字では意味が分からない。

などがあげられます。

しかし、聞こえない人・聞こえにくい人の美術鑑賞に関する課題は、手話通訳を付けるだけでは解決できません。そこで、美術館をはじめミュージアム全般における聞こえない人・聞こえにくい人への理解や配慮について考える場をつくり、そこから、聞こえない当事者である筆者をはじめ手話通訳士などの有志と、アートをすべての人に開くことを目指しさまざまな鑑賞支援プログラムを実施しているNPO法人エイブル・アート・ジャパンが協働し「美術と手話プロジェクト」が2011年にスタート、聞こえない人・聞こえにくい人の美術鑑賞に関するさまざまな課題に取り組む活動を始めました。

「美術と手話」 聞こえない人の美術鑑賞プロジェクト

これまで、ごく一部を除いて、聞こえない人を対象とした美術鑑賞サービスやプログラムは行われていませんでした。こうした現状を変えようと「美術と手話を考える会議」がスタートし、美術館関係者、研究者、手話通訳士、美術好きな聞こえない人など、さまざまな立場の人が集まりました。

「美術と手話を考える会議」

第1回の会議では、美術館と手話について自由に討論し、現状を共有しました。

第2回で、課題の抽出と改善策の議論をしました。

第3回は、東京国立博物館のご協力をいただき、同館で定期開催されているハイライトツアーに手話通訳を付けた鑑賞を行いました。

第4回では、第3回の鑑賞会の振り返りとディスカッション、今後の取り組みについて議論をしました。

これらの活動をとおして見えてきた課題に取り組むため、2012年1月から12月にかけて、「ファイザープログラム~心とからだのヘルスケアに関する市民活動・市民研究支援」の助成を受けて、新たなプロジェクトを始動させました。プロジェクトの柱は2つです。

  • 聞こえない人が美術鑑賞する際に有用な鑑賞プログラムの作成・提案プロジェクト。
  • 美術用語の手話を作るプロジェクト。

これらのプロジェクトは、聞こえない人、美術・芸術関係者、手話通訳士等でそれぞれチームを立ち上げ、取り組みました。

〇美術鑑賞プログラム開発事業

聞こえない人がギャラリートークを楽しめるように、聞こえない人たちの声をもとに、美術館スタッフや関係者・聞こえない人・手話通訳士らで、聞こえない人のニーズや障害バリアに配慮した鑑賞プログラムの開発を行い、世田谷美術館、東京都現代美術館、横浜美術館の協力を得て、いくつかの鑑賞プログラム(ギャラリートーク)を試みました。

・手話解説付きギャラリートーク

展示物の前で学芸員が解説し、手話通訳を付けるプログラム。

・別室にて事前の手話解説付きレクチャー

展示室に入る前に別室で学芸員による解説を手話通訳付きで聞き、その後、一人で鑑賞するプログラム(図1)
※掲載者注:写真の著作権等の関係で図1はウェブには掲載しておりません。

・感想を出し合いながらの鑑賞

ファシリテーターのもと、聞こえない人同士が手話で自由に感想を出し合いながら鑑賞するプログラム(図2)
※掲載者注:写真の著作権等の関係で図2はウェブには掲載しておりません。

・言葉に頼らない鑑賞プログラム

作品を見た人が、他の人にどのような作品だったか身振りで表現するプログラム

〇美術用語の手話化事業

「美術の専門用語を表す手話が少ない」、「美術用語をまとめた手話用語集がない」という課題が議論を重ねる中から明らかになってきました。「美術と手話を考える会議」メンバーに、学芸員や手話通訳士などの専門家が加わり、現在の日本の美術館でギャラリートークを行う時、あると便利な美術用語約80語を手話化してみました(図3)。手話化することで、伝え、共有することができたらと考えています。それは聞こえない人にとって、美術に親しむきっかけになるだけでなく、多くの人に美術館や美術のあり方に対する新しい発見をもたらすことができると考えています。試作した手話を多くの方に見て使っていただき、改良を重ね、将来的にいくつかの手話が普及していけばと考えています。また、手話は立体的なものであり、その感じが分かるよう、試作した手話は静止画(絵)ではなく動画で「美術と手話プロジェクト」HPに掲載しました(図4)。
http://art-sign.ableart.org
※掲載者注:写真の著作権等の関係で図3、図4はウェブには掲載しておりません。

美術館と連携したさまざまな活動

すべての人にとって、美術や美術館がより身近で開かれたものとなるように聞こえない人・聞こえにくい人と共に楽しむ「新たな鑑賞」を、積極的に行なっています。東京国立博物館、世田谷美術館、東京都現代美術館、横浜美術館、徳島県立近代美術館、川口市立アートギャラリー・アトリア、東京国立近代美術館工芸館、東京都庭園美術館、宮城県美術館など、全国各地の美術館で、講演会やガイドツアーに手話通訳を付けるというシンプルなものから、美術館の学芸員と打ち合わせを重ねて、聞こえない人をはじめいろいろな人が楽しめる鑑賞企画を行なったりしています。

鑑賞企画の主な例として、2016年1月に東京都庭園美術館にて開催された展覧会「ガレの庭 花々と声なきものたちの言葉」関連プログラム、『手話とトーク「もしもガレがガラス職人に手話で指示したとしたら」』に企画協力したものがあります。100年以上前のガレがガラス制作に使った技法、「アプリカッション」、「マルケットリー」、「アンテルカレール」、この3つの専門用語について、「話し言葉」で説明を聞いてもなかなかそれをイメージすることができなかったりします。それを、手話で技法を表現しつつ伝えることができたら聞こえる人にも分かりやすそう!という、美術館学芸員の提案を元に連携した鑑賞プログラムをつくりました。手話は、手の動きだけでなく、表情、動きの向き、力の加減などによって、イメージを豊かに伝えることができるのではないか、と学芸員が考えたからです。

そして、企画では、普段手話で会話している人から手話を全く知らない人まで30人以上の参加者が集まりました。参加者を2つのグループに分けて、学芸員と手話通訳士によるガイドの解説を聞き、みんなで共に談笑しながら作品鑑賞を行いました(図5)。その後、3つの専門用語の手話をグループ内で話し合って作成しました(図6)。「溶けたガラスをどんな感じで本体に貼ってなじませるのか」、「装飾をどのようにはめこむのか」、「はめるパーツの大きさ」など、手話で表現するには、作り方の具体的な表現が必要になります。手話ができる、できないに関係なくみんなでアイデアを出し合い、一つ一つ確認しながら表現を考えていき、最後に、各グループがそれぞれ発表を行いました。参加者たちは、ガレの技法を体で表現することで知ることができました。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で図5、図6はウェブには掲載しておりません。

この詳細は、東京都庭園美術館の以下のサイトにて報告されています。
http://www.teien-art-museum.ne.jp/exhibition/160123_galle_handsign.html

おわりに

美術館は誰にでも開かれたところです。そして、年齢、障害の有無、手話や言語の違いに関係なく誰にでもウェルカムという考えのもと、言語、文化の違いによって起こる問題を解決するためには、さまざまな人が集まり、それぞれの認識の違いを、理解しあった上で共に考えていくことがとても大切です。

そして、「美術と手話プロジェクト」は、美術館の個性を大事にしつつ、美術館学芸員と連携を図った企画を行うことが主な特徴です。これまでの活動でできた、いろいろな人とのつながりによって継続して活動ができています。これまでのつながりを大切に育みながら、さらにいろいろな美術館と連携し、より多くの聞こえない人やすべての人にとって「美術」がより身近になるように輪を広げていけたら、と考えています。

(にしおかかつひろ 「美術と手話プロジェクト」代表)