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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2018年2月号

支援機器における先端技術への期待

山内繁

本号は先端技術の進歩と生活支援機器の特集号である。同様な特集はこれまでも繰り返されてきた。何らかの意味で先端技術が脚光を浴びた頃であった。今回の特集企画も、最近の先端技術への期待を背景としている。自動車の自動運転、人工知能、音声認識、ロボット介護機器などの新たな展開が話題になっている。インターネット関連では、B2B、B2Cから、IoT、IoHなどの新語が氾濫している

支援機器の立場からも、先端技術の技術移転は望ましいものであるが、必ずしも平坦なものではない。今後の展望のために、これまでの技術移転を振り返ってみよう。先端技術の普及とともに普及の進んだ例として補聴器の進歩を、技術的には可能であっても普及が困難であった例としてロボット機器の例を取り上げる。

先端技術と補聴器

先端技術が基本的な技術として開発されてから、その他の分野にまで波及するにはある期間が必要である。その期間をリードタイムと呼ぶが、補聴器の場合は10~15年程度であった。

[電話機と電気式補聴器]

グラハム・ベルの電話機に関する特許取得は1876年であるが、同年交換機が発明され、1879年のエジソンのカーボンマイクの発明によって普及が始まった。当時の先端技術である電話機の技術を導入した補聴器は1898年に卓上型電話機の発明につながり、1902年にカーボンマイクを使った実用的な補聴器の発売につながった。

[真空管と真空管補聴器]

エジソンの発見した白熱電球のエジソン効果に基づいて、二極真空管が1904年、三極真空管が1905年に発明された。三極真空管が電話網の増幅に採用されたのは1914年、最初の三極真空管を使った補聴器は1921年に発売されたが、実用的な真空管補聴器は1930年代半ばまで待たねばならなかった。1931年に開発された五極真空管の小型化によって可能となったものである。

[半導体技術とトランジスタ補聴器]

ショックレイらによるトランジスタの発明は1947年、シリコントランジスタの発明は1954年であった。トランジスタラジオがソニーから発売されたのは1955年である。トランジスタは消費電力も小さいので携帯用に便利であるため、1952年には最初のトランジスタ補聴器が発売され、1955年にはすべての回路を本体に格納した耳穴式補聴器が発売された。

[集積回路とデジタル補聴器]

テキサス・インスツルメンツが集積回路を発明したのは1958年、マイコンは1971年に開発された。最初のデジタル補聴器は1983年に試作、1986年に発売された。プログラム可能なデジタル補聴器は1998年に発売されている。現在、わが国で販売されている補聴器はほとんどがデジタル補聴器である。

ロボットの支援機器への導入

ロボット技術による支援機器の開発は実は長いリードタイムを持っている。その実用化は遅々として進まず、困難を極めてきたといってよい。代表的な3つのロボットについて紹介する。

[マイスプーン]

図1に示すマイスプーンは、セコムが2002年に実用レベルの最初のロボットとして発売したもので、石井純夫氏が10年近くにわたって開発し、38万円で発売したものである。現在は市町村によっては日常生活用具として給付されているほか、5年契約によるレンタル販売も行なっている。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で図1はウェブには掲載しておりません。

[アイ・アーム]

市販された最初の障害者用ロボットアームは、実は1991年に発売された図2に示すエグザクト・ダイナミックス社のアイ・アームである。しかし、発売時は非常に高価(2000年のHCRに出展した時、350万円であった)であった。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で図2はウェブには掲載しておりません。

このロボットは、もともとは原子炉のメンテナンス用に開発されたロボット技術を四肢マヒ者支援のロボットに転用するために1975年に開始されたスパルタカス・プロジェクトであった。この成果をオランダの福祉用具研究所が受け継ぎ、実用化してエグザクト・ダイナミックス社で商品化したものである。その後、オランダ政府、EU政府の支援を受けて開発を進め、現在、わが国ではテクノツール社からおよそ150万円で販売されている。

[アイボット]

セグウェイの発明で有名なディーン・カーメンによって発明され、1995年からジョンソン・アンド・ジョンソン社と共同開発、インディペンデンス・テクノロジー社から発売されたのが図3のアイボットである。2000年のHCRに出展し、400万円という価格とともに二輪で立ち上がるバランス機能、階段昇降機能、遠隔操作機能など、ロボット車椅子ともいうべき機能に驚嘆したものである。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で図3はウェブには掲載しておりません。

しかし、補装具の給付品目に入らないため日本からは2003年に撤退、2006年メディケアの対象品目から却下され、2008年に受注中止、2013年にはメンテナンスも終了した。支援機器の世界に衝撃を与えたアイボットであったが、公的給付制度の支援を得られず、市場からの撤退を余儀なくされた。

先端技術の技術移転

先端技術の技術移転の典型的な例として、補聴器とロボットの開発、商品化を対比してみた。補聴器はリードタイムが10~15年程度で商品化、低価格化、小型化を進めて普及が進められた。ロボットはスパルタカス・プロジェクトから数えても40年以上を経過している。産業用ロボットが普及し始めたのが1990年代としても、30年以上を経過している。

このようにリードタイムに大きい差があることは、先端技術を支援機器に技術移転するための一般的なガイドラインを我々は手にしていないことを示している。支援機器は多品種少量生産であり、市場が大きくないからとするのが最も普通の説明である。公的給付制度による支援が普及を促進するとの説もある。しかし、介護保険福祉用具貸与の対象になっても普及が全く進まない製品もある。オランダの公費による給付もアイ・アームの普及を加速したとは言い難い。

ここで紹介したロボットと補聴器との相違は、市場の大きさ(潜在的なユーザの数)の差であるとの解釈も可能である。しかし、マイスプーンとアイ・アームの相違を考えると、価格の程度も問題であろう。

障害者のための支援機器の特性に即して考えると、基本的には個人向けの消費財であるために、医療機器とは違って、個人の専用となってしまう。医療機器の場合は、ダヴィンチのように高額な手術ロボットも、多くの患者のために使うことによって一人あたりのコストは比較的低額に抑えることができる。

先端技術の支援機器分野への技術移転に関しては、当面はそれぞれの技術、課題ごとの試行錯誤を継続せざるを得ないであろう。技術的可能性、機能性、安全性、価格などについてはこれまでも追求されてきたが、インフラとしての給付制度や流通における位置付けに関しては開発段階ではほとんど考慮されてこなかった。今後の技術移転においては、これらに対する配慮も欠かせないであろう。

(やまうちしげる NPO法人支援技術開発機構理事長)