音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へナビメニューへ

「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2018年2月号

日本発の全く新しい重度障害者向けインタフェース「サイン」

伊藤史人

「意思」で動くスイッチの誕生

たかがスイッチ、されどスイッチ。スイッチひとつが重度障害者の生活環境を劇的に改善します。ロボットスーツHALで知られるサイバーダイン社が、革新的なスイッチを発表しました。

「Cyin福祉用」(以下、サイン)という、これまでにない仕組みで動作する重度障害者用のコンピュータ入力用機器です。今年1月13日、パシフィコ横浜の会場にてサインが一般公開されました(写真1)。発表者は、サインの開発者でもあるサイバーダイン社のイワノフ・アレクサンデル研究員。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真1はウェブには掲載しておりません。

サイン(写真2)は脳からの生体電位信号を身体各部位で検出して動作するものであり、既存の筋電スイッチとは一線を画すものです。筋電の発生には筋肉の動作が伴いますが、サインは明確な筋肉の動きを必要としません。まさに「意思」で動くとも言えるでしょう。HALの研究開発で培われた最新の技術がふんだんに盛り込まれたものであり、あまり脚光を浴びることのない重度障害者用の支援機器業界にとってたいへん明るいニュースとなりました。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真2はウェブには掲載しておりません。

なお、サインは、AMED(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)の支援を受けて「進行したALS患者等を含む障害者のコミュニケーション支援機器の開発」(2015~2016年)として研究開発されたものです。研究代表者は国立病院機構新潟病院の中島孝院長、私は分担研究者として臨床評価ツールの開発などを担当しました。

重度障害者がスイッチを使ってノーベル賞を受賞するかも!?

ところで、現代のテクノロジーをうまく活用すれば、重度の障害者でも極めて高度な知的活動を維持できます。その代表例は、宇宙物理学者のホーキング博士でしょう。博士はノーベル賞級の研究業績のあるALS患者として知られ、2014年には伝記映画「博士と彼女のセオリー」が好評を博しました。コミュニケーション手段は目尻の数ミリの動きを検出するスイッチとオリジナルの意思伝達装置(写真3)です。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真3はウェブには掲載しておりません。

もし、目尻のスイッチがうまく使えなくなったらホーキング博士はどうなってしまうでしょう?おそらくは、途端に知的活動が大きく制限されるに違いありません。小さなスイッチひとつが、ホーキング博士をホーキング博士として存在させているのです。日本でも、実に多くの重度障害者がスイッチを相棒にして生活しています。

これまでのスイッチとサインとの違い

サインのスイッチとしての特徴は、明確な物理的動作が不要という点に尽きます。つまり、動きがないもしくはほとんどない患者さんでも使えるのです。病気の進行によりコミュニケーションが不能になっても、サインならそれが継続できる可能性があります。さらに、これまで使ってこなかった身体部位で、新たにスイッチ操作が行えるかもしれません。サインには8か所のスイッチが設置できるようになっています。なお、現在よく使われている重度障害者用スイッチには、以下のものがあります。

既存スイッチの作動方式と種類

■物理的な動作が必ず必要

・メカニカル式(押しボタン など)

・センサー式(ピエゾセンサー・空気圧センサー など)

・帯電式(タッチスイッチ など)

■物理的な動作があまり必要ないもしくは不要

・筋電式

・生体現象式(脳血流・脳波 など)

*厳密にはスイッチではない

(参考)東京都障害者IT地域支援センター「展示支援機器(ハード)一覧」 http://www.tokyo-itcenter.com/600setubi/tenji-kiki-10.html

サインは微弱電位を検出する点では筋電式に非常に近いですが、筋電とは異なる信号を使いますので似て非なるものです。一方、その使用方法は、筋電式と比較的似ています。一般的な筋電スイッチは、3つの使い捨て電極を使用部位に貼り付けて筋電を検出します。サインは、繰り返し使える専用センサーを使用部位に巻きつけて信号を取ります(写真4)。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真4はウェブには掲載しておりません。

サインの特徴

サイバーダイン社によると、サインの特徴として、以下の4点が挙げられています。サインのプレス資料(https://www.cyberdyne.jp/wp_uploads/2018/01/180109_news_Cyin.pdf)から引用します。

1.当社のサイバニクス技術により、病状の進行等により自らの意思で身体を全く動かせない方であっても、微弱な生体電位信号を検出することができれば、これを入力信号として活用することで、本製品の本体やパソコン等を出力装置として介する意思伝達や、ナースコールなどさまざまな環境制御機器の操作が可能となります。生体電位信号は、使用者の身体状態に応じて、身体のさまざまな部位から検出することになります。

2.入力ポート/出力ポートを各8個持つため、複数の部位の生体電位信号を同時に利用して、機器の複雑な操作や、複数の機器の操作をすることができます。

3.使用者の身体状況やニーズに応じて、既に使用されているセンサーなどの入力装置や、パソコン等の出力装置と組み合わせるなど、柔軟な機器構成で使用することができます。例えば、音声読み上げ型の出力装置と組み合わせることにより、目を閉じたままでの意思伝達も可能となります。

4.手のひらサイズのコンパクトで軽い本体のため、外出時でもそのまま持ち運び、使用することができます。充電はポンと置くだけのワイヤレス方式でとても簡単です。

ここで、各特徴について既存スイッチとの違いをみていきます。1と3については、動作原理と設置の柔軟性以外は大きな違いはありません。2は複数のスイッチとして動作できることを意味し、既存スイッチは常に1つであることから、大きな違いとなります。4は便利機能が記されています。既存のセンサー式スイッチは、ACアダプターか電池を必要としますが、サインはまるでICカード読取機のような充電器でワイヤレス充電しながら使えます。いちいち電源コンセントに接続したり、電池交換をしなくていいというのは実用上大きなメリットでしょう。

サインができるまでのちょっとしたウラ話

今から遡(さかのぼ)ること5年。サインの「試作機の試作機」を、ある公開イベントにてALS患者さんが操作デモをしたことがありました。有楽町の東京国際フォーラムで2012年12月、無事デモが成功した直後に、日本ALS協会の川口有美子さんが放ったコメントは実に印象的でした。ちなみに、当時は「HALスイッチ」や「サイバニックスイッチ」などと呼んでいました。

私の母はトータルロックトインステート(Total Locked in State)という状況になって、まあTLSですよね。眼球運動も全部無くなって、意志の伝達方法をすべて失った時に、私は母を殺そうと思って、そういうことがあったのが2000年でした。

こんな機械が早く発明されればいいなとずっとずっと思っていました。この瞬間、1年前?今年2月ですよね。ちょうどこの場所で岡部さんが(HALのスイッチ操作が)出来た時に、良かったぁと思って。でも、まだあの時は発表しちゃいけないということで。

今日はテレビカメラも入り報道も入り、みなさんと分かち合えるということは、この瞬間私たちはTLSを追い越したということですよね。だから、意思伝達ができないとか、指が動かないとか、まぶたが動かないということで死ぬなんてことは考えないでいいということなんです。山海先生、中島先生ありがとうございました。

その後、さまざまなイベントで改良されたサインの試作機が使用され、多くの方の期待の星となったのは言うまでもありません。皇居近くの一橋講堂で2013年3月、ALS患者の岡部宏生さん(現日本ALS協会会長)が操作デモをした際、実に多くの方が熱心に見守っていたのを思い出します(写真5)。2015年度に研究班が立ち上がってからは実用化に向けて本格的に開発が開始され、試作機から大幅に改良されたサインが完成しました。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真5はウェブには掲載しておりません。

SMAの子どもでも使えた!

2017年8月、サイン試作機を小児のSMA1型患者さん3人に試用したことがありました。そのうち1人は既存スイッチの練習をしていましたが、その他の2人はまだで、明確なスイッチ動作が確認できない状態でした。微小な動きを検出するのはたいへん難しいものなのです。

みなさん就学前の小さな身体ですから、センサーを巻く位置にも困るくらいでした。まずは、腕や足首に巻いて生体電位信号の確認をしてみました(写真6)。すると、既存スイッチでは不可能だった動作の検出が、サイン試作機ではしっかり信号が検出できました。すぐに能動的な操作とすることは難しくても、訓練すればコミュニケーション手段として活用できる手応えを感じました。既存のスイッチでは、設置に多くの時間を要することがあるので、簡単に設置できるサインは支援者にもたいへん嬉(うれ)しい存在になるでしょう。ALS患者さんなど、大人の場合はもっと簡単に導入できることは確実ですから、サインの潜在能力はたいへん大きなものと言えるでしょう。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真6はウェブには掲載しておりません。

今後のゆくえ

日本発の全く新しい重度障害者用インタフェースであるサイン。否が応でも期待が高まります。ただ、複数のスイッチとして使えるといっても、そのメリットを生かすにはソフト側の対応が不十分です。また、どのような方に最適かという点でも検証がまだまだ必要です。既存のスイッチが使えている方は、しばらくは使用例の情報が共有されるのを待ってもいいかもしれません。

サインの正式な発売開始は2018年春。予定価格は税別60万円とやや高価なこともあり、補装具等の福祉制度を利用した購入が前提になる見込みです。製品の詳細などはサイバーダイン社から徐々に提供されるでしょう。興味のある方は、サイバーダイン社のサイトをチェックしておくことをお勧めします。来年の今頃は、サインのおかげでコミュニケーションが復活した方が何人も出ていることでしょう!

(いとうふみひと 島根大学総合理工学研究科)