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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2018年2月号

当事者の声

ディスレクシア(読字障害)当事者の声

神山忠

私は、文字を音読したり、文字から情報を得たりすることが苦手な52歳です。しかし、ものづくりが得意です。

私は40年前から高額なポケコンやパソコンを手に入れ触っていました。読みに対する補助具というよりも、ものづくりのためのツールとして使っていました。30年ほど前になると、自分の特性に合った「文字の大きさ」「行間・字間」の調整ツールとして使い方が変化していきました。20年ほど前になると、静止画や動画を編集することが多くなるとともにWebにアクセスすることも増えてきました。私はそれが得意だったので、周囲からは一目置かれる存在でした。

10年ほど前になると、誰でも動画や音楽の編集が手軽にでき、機器も手頃な価格になりました。文字の読み上げ機能は格段に良くなり、日常生活では困らないレベルにまで使いこなしやっていけるようになり、現在は、文字の処理に困ることはほぼありません。

「あの人は、事務処理的なことは苦手だけれど、ものづくりに長けている人だ」と言われることもなくなっていきました。多少の寂しさはありますが、今は、デジタルに頼らないものづくりや料理などが楽しくてたまりません。

現在、Web検索すると「ウェブ」「画像」「動画」「地図」「ニュース」などのカテゴリーが出されます。私は「画像」「動画」を見て知りたい情報を得ます。「ウェブ」は読み上げ機能で知ることはできますが、それは私の第一言語ではないのです。それよりも視覚的に理解できる「画像」「動画」から情報を得たいのです。

5年後10年後は、ディスレクシアで困る時代ではなくなっていると思います。誰もが読み上げ機能や音声入力機能を当たり前に使う時代になっているでしょう。半面、危惧するのは、人の在り方が問われるような時代になっている気がします。「苦手があるけど、得意もある」「人間もちつもたれつ」の時代から、技術革新で「苦手がなく、誰でも何でもできる」時代って本当に幸せなのでしょうか。互いに尊敬し合うことができにくい時代になりはしないでしょうか。きっと今よりも「より人の存在意義」「人にしかできないこと」が問われだすでしょう。

その結果として、人為的により人間に優劣をつけたり、格差が生じたりする事態は何としても避けたいです。これが技術の進化で担保してもらいたいことです。そして技術革新により、犯罪や事件のない、憎しみや憎悪という感情が生じないような時代の到来を期待します。それがSDGsの理念だと考えています。

(こうやまただし 岐阜県内公立学校教員)