音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へナビメニューへ

「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2018年2月号

ワールドナウ

ネパールにおける文字情報サービスに関する支援

瀬谷和彦

1 はじめに

全難聴は、昨年9月1日(金)から3日間、文字情報サービス提供による支援方法を検証するため、ネパールの首都、カトマンズへ国際部要員2名を派遣した。本稿では、文字情報サービス提供をどのような形で支援するべきか検討した経緯、そして具体的な支援戦略策定のために視察した結果、及び今後の方針について説明する。

2 支援検討の経緯と課題

2016年6月、米国ワシントンD.C.で国際難聴者会議が行われた際、現地でネパール難聴者・失聴者協会(SHRUTI)より、ネパール国内で文字通訳者を養成し派遣するシステムの構築を支援してほしいとの要請を受けたのがきっかけとなった。

しかし、ネパールは識字率(65.9%(2011年))が低い国であり、2011年にカースト制度が撤廃されたものの、今でも身分制度の名残がある国でもある。SHRUTIは、過去に支援を受けたJICA(国際協力機構)を紹介してくれたが、文字通訳者養成派遣支援のためにはシステム構築の前に識字率を高めないといけない。また、日本発の支援に関わる助成事業では、難聴者以外の人たちにも恩恵を与えられる内容が求められていた。

当初は有効な支援策を見出せず、ただ単に文字通訳者養成派遣システム構築支援と訴えるだけでは、どこの助成財団も相手にしてくれなかった。

3 課題の克服

全難聴は、4年前からきこえを総合的に支援する「きこえの健康支援構想」(図1)を提案し、実現に向かって活動を進めている。これは、難聴予防も含めて国民レベルで支援するものである。国際部は検討を重ねた結果、6つの支援分野のうち、情報保障支援と補聴環境整備支援から人々の移動環境を文字表記で支援するというアイデアを得た。

図1 全難聴が推進するきこえの健康支援構想の模式図。医療支援と社会支援を統一して、難聴予防も含め、より効率的な支援を行う
図1 全難聴が推進するきこえの健康支援構想の模式図拡大図・テキスト

この方法であれば、文字表記の推進によって識字率向上に貢献することができ、それにより多くの人たちの移動を支援することができる。それでも迷った方々には、案内ガイドが分かりやすく説明する。これを利用すれば、ガイドが難聴者に文字で説明することで、文字通訳者養成派遣システム構築のきっかけにすることができる。

もう一つの課題は、公平に対応できる施設の選定であったが、ネパールの生活事情に詳しい専門家の助言を受け、大きな病院での院内移動支援がベターではないかということになった。そこで、SHRUTIに連絡を取り、病院内で文字表記の充実化による移動支援から文字通訳者養成派遣システム構築に結びつけていく流れを説明した。SHRUTIは我々の意図を受け止め、該当する病院として、カトマンズ市内のトリブバン大学医学部ティーチングホスピタル(大学病院)を紹介していただいた。

これらの検討結果を基に作成した事業プランをJICAに提案、支援の第一歩を踏み出すことができた。

4 現地視察

この支援の実現には、国際部がネパールの現状をしっかり把握した上でより具体的なプランを作成する必要があり、JICAや各専門家の助言に加え、SHRUTIの協力の下で視察をすることとなった。

視察のポイントを1.難聴者の病院に対する意識調査と、2.大学病院内の移動環境の調査の2点に置き、調査を行なった。

1.病院に対する意識調査

調査対象は、真の生活実態を把握できるカトマンズ市郊外に住む難聴者宅を選び、9月2日、SHRUTIスタッフの案内で2軒訪問した。

1軒目は3世代にまたがる大家族で世帯主が元公務員であり、かつ3人の子どもたちも大学まで行った教育レベルの高い家族であった。2番目の妹が中学の時に中耳炎を患い、重い難聴になっていた。

家屋は床がコンクリート、洗濯とシャワーは屋外の同じ場所で行い、トイレも屋外でくみ取りもない状況であった。また、料理用のかまどは使用時に煙が充満してしまうそうで、衛生環境がかなり悪いことが分かった(写真1)。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真1はウェブには掲載しておりません。

病院の対応について聞いたところ、院内に入った後どこに行けばよいか分からない、筆談してくれず、付き添いがいないと診察が受けられないという不満の声があがった。

2軒目は、中耳炎で重い難聴になった7歳の子どもがいる6人家族。衛生環境は1軒目と同様に悪く、子どもの中耳炎も不衛生な環境下で感染によって罹患したそうである。

病院の対応にも不満があり、院内に入った後どこに行けばよいか分からない、いろんなエリア(診療科)へ回された、患者の都合に合わせてくれず、診察を受けられなかったこともあるとのことであった。

さらに、カトマンズ市内に住むSHRUTIスタッフや健聴の関係者からも病院の対応について聞いたところ、一様に「入った後どこに行けばよいか分からない」との声が上がった。

以上の視察結果から、病院内を入り口からスムーズに移動できるシステム作りが重要であることを実感した。また、室内の衛生環境が悪く、中耳炎による難聴予防のために何らかの手を打つ必要があることを認識させられた。

2.大学病院の現状

ネパールは、日本と異なる診療体制をもっており、たとえば診察が終わって治療方針が決まると、治療用注射器や点滴用の薬など治療に必要な器具類を薬局などから自ら購入した上で治療を受ける仕組みになっている。それゆえ、病院内での移動距離がかなり長いことが想定され、なおさら円滑に移動できるシステムの構築が重要な課題となる。

我々は、SHRUTIの取り計らいで、9月3日にトリブバン大学医学部大学病院耳鼻咽喉・頭頚科病棟を訪問し、セミナー室で文字表記による院内移動円滑化の必要性や文字通訳サービスの重要性を訴えた。

また、院内の様子も視察した。大学病院は9棟の病棟を備える大きな施設だが、正門入り口にある案内板が小さくて分かりづらいのが特に目立った(写真2)。また、新患や再来受付、複数ある会計も自分で探さなければならない状況で、右往左往している人たちも多く見られた。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真2はウェブには掲載しておりません。

主要スタッフの先生方との協議では、識字率の低さを指摘されたが、文字表記には記号も含まれ、分かりやすい表示によって文字に対する親近感を高めていくことが大切と説明した。協議の結果、文字表記による移動円滑化支援内容をSHRUTIと相談して策定し、病院側の同意を得てから事業提案書をJICAに提出することになった。

5 おわりに

今後は、今回の結果をJICAに報告し、SHRUTIや大学病院とやりとりをしながらより具体的に事業計画を練ることになる。この支援は長期間に及ぶことが想定され、まず入り口から入りやすい環境を作ることから始め、そこから診察・検査・治療・支払いに至るまで段階を踏んで充実化していく形で計画を練っていく。加えて、ガイドが院内を案内する仕組みを作り、この中に文字による案内を組み入れることで、文字通訳の必要性(需要)を高める契機となればと考える。

日本と異なるネパールの国情・習慣の影響で、計画作成は長期にわたることが想定されるが、一刻でも早く支援態勢を整えて支援を始めていく所存である。

(せやかずひこ 一般社団法人日本難聴者・中途失聴者団体連合会国際部、弘前大学大学院医学研究科)