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カトマンズ市内に居住する精神遅滞児への発達支援(1)

山内信重
(財)日本障害者リハビリテーション協会

登録する文献の種類:B.報告書(学会発表)

情報の分野:d.教育学、 i.心理学、 l.保健学

主題: カトマンズ市内に居住する精神遅滞児への発達支援(1)

著者名・研究者名: 山内信重 (財団法人 日本障害者リハビリテーション協会)

キーワード:
1.国際協力
2.農村部
3.ネパール

要約:
 後発途上国に居住する精神遅滞児への発達支援について、現在その系統的な体制を確認することは難しい。著者は、バリ島に居住する広汎性発達障害が疑われる小児について考察を行い、農村部の精神遅滞児に対する発達支援の重要性を確認し、既に報告を行った1)。今回は、一事例を通してネパール王国のカトマンズ市内に居住する精神遅滞児への発達支援の方策に関して検討を行い、2~3の知見を得たので報告する。

文献に関する問い合わせ先:
〒162 東京都新宿区戸山1-22-1
財団法人 日本障害者リハビリテーション協会
Phone: 03-5273-0601
Fax: 03-5273-1523

カトマンズ市内に居住する精神遅滞児への発達支援(1)

はじめに

 後発途上国に居住する精神遅滞児への発達支援について、現在その系統的な体制を確認することは難しい。著者は、バリ島に居住する広汎性発達障害が疑われる小児について考察を行い、農村部の精神遅滞児に対する発達支援の重要性を確認し、既に報告を行った1) 。今回は、一事例を通してネパール王国のカトマンズ市内に居住する精神遅滞児への発達支援の方策に関して検討を行い、2~3の知見を得たので報告する。

対象および方法
 対象は、カトマンズ市内のバグ・バザール地区に居住する男児である。その概略については、表1に示した。WHO国際障害分類(ICIDH)を用いてimpairment levelの分類を行ったところ、「簡単な疎通性、基礎的な保健及び保安の習慣及び単純な手先の技能は学習可能であるが、実用的な読書及び計算の学習をし得ない者」となり、"category 12"の中度精神遅滞に該当する。

表1 対 象

氏 名

R.S.

性 別

誕生日

1990年4月15日

生活年齢

6歳11ヶ月

家族構成

父(32歳)、母(25歳)、本児、弟(3歳)の4人家族

妊娠中

健康状態は良好

出生時

吸引分娩と鉗子分娩を行い、最終的に帝王切開を実施仮死状態(+)、チアノーゼ(+)痙攣(-)、ひきつけ(-)体重約3,500g、ICU17日間

乳児期

母乳、哺乳力(+)、涕泣(+)

 また、disability levelにおける社会性、身辺自立等の各発達領域に関しては、両親や親類、知人などとの面接を行いながら、Portage Guide To Early Education Checklistと、Denver Developmental Screening Test、Evaluation of  a Child's Level of Mental and Social Developmentを用いて現状の把握を行った。 さらに、居住地区における周辺状況の調査も行った。これは、CBRの理念に基づいた地域の資源活用を探るためである。居住地から半径約1km以内のバグ・バザール地区を対象とした。方法は、一週間のdoor-to-door surveyを用いて、必要な場合には、訪問先での面接を行った。診療所、学校等の地図上に記載済みの大規模施設は、事前に確認を行っていた。調査は、8ブロックに分割して実施した。

結 果
 それぞれの評価によって得られた各発達領域の現況は、図1の通りである。
 本児の一日の行動パターンは、朝7時頃起床し、夜9時の就寝時間まで、殆どを家の中で過ごす。両親の外出時は、一緒に付いて行くことが多い。ネパールには、精神遅滞児の養護学校が存在しないため、就学はしていない。国内NGOが週に一回開講している精神遅滞児のための療育指導教室に通っている。
 本児は、一人遊びが可能であった。対人関係は良好ではないが、攻撃行動、自傷行為は認められない。また、有意味語はなく、食事の時に、"au"と発するのみである。2~3語の言語理解能力は確認されたが、表出能力は認められなかった。身辺自立は、衣服の着脱、食事、洗面、排泄を両親の全介助により行っている。しかし、食事、排泄の動作は実施可能であった。また、記憶、模倣の能力は確認された。形の弁別、数概念は未確立である。運動面は、粗大運動においては、独歩可能だが歩行時のバランスが悪く、微細運動は、手指の動きが発達途上である。なお、筋・骨格系の障害は認められない。
 一方、door-to-door surveyによって居住地区の周辺状況を調査した結果、調査対象となった大規模施設は、総数34カ所であった。調査地域内には、診療所2カ所、養護施設1カ所、寺院5カ所、教会1カ所、小学校1カ所があった。また、定住をしている204世帯のみを対象に調査を行ったところ、18歳未満の精神遅滞児は、本児を含めて7名であった。なお、調査地域外約1km西方の場所に、精神遅滞児へのサービスの提供を目的として昨年7月に発足した全国精神遅滞児協会が存在した。

図1 各発達領域の状況

考 察
 カトマンズ市内に居住する精神遅滞児への発達支援の方策を検討するにあたり、まず、本児への介入方法について考察を行った。
 本児の状態は、impairment levelに比して、disability levelの活動が低値である。これは、食事や衣服の着脱の際、両親が全介助を施し、自らがもつ能力を活用できない、という実態からも明らかとなった。両親が本児の能力を過小評価し、さらに言葉かけのないまま接する時間が長いことも確認された。両親に、本児と接する上での基本的留意事項を提示し、その後、指導計画を作成した。(1)たくさんほめる、(2)たくさんしゃべる、(3)本児に係わる行動を言語化する、(4)身辺処理を自分で行わせる、以上四項目を図絵入りで示した。
 そして、「道路の段差を一人で上り下りする」という指導から開始した。これは、成果の確認が容易であり、両親も自らの指導に対して自信を持つことができるからである。
 本児に限らず、後発途上国の精神遅滞児に対する発達支援は、場面を設定した中で経済的に負担のかかる指導を行うのではなく、西洋の理論は取り入れるが、現地の風土習慣に合わせ、且つ日常生活場面の中で、簡便に実施できる方法を考案することが重要である。
 次に、以下の2点についても注意深く留意することとした。
 まず第1に、専門家にサービスの提供を求めることは、人材不足の現状から考えれば不可能であるということである。そこで、両親や親類、知人らを中心に発達支援を行ってもらうことになるが、毎日の多忙な生活の中で、いかにして両親らに負担をかけずに継続可能な方策を検討するかがポイントとなる。
 第2に、家庭での療育指導を目的に米国で開発されたポーテージ早期教育プログラムが、約10年前に英国人夫妻によってカトマンズ周辺に紹介されたことである。このプログラムは、door-to-door surveyで確認された全国精神遅滞児協会のソーシャルワーカーが保管していたが、前述のように親指導を行う専門家が存在しない。
 以上の点を踏まえて、カトマンズ市内に居住する精神遅滞児への発達支援の方策を検討した結果、今まで活用されていなかったポーテージプログラムをネパール人のソーシャルワーカー、教師の資格を持つ母親、著者ら3名によって有効活用していくことにした。
 また、これまでの調査で、ネパールやラオス等の後発途上国を含めた各国の首都及びその周辺であれば、一般に普及している発達支援の方法など、世界共通の情報が国際機関やNGOを経由して入手可能な状況にあることが明らかになっている。従って、各国間での精神遅滞児に対する発達支援の相違について原因を求めるのならば、それは、子ども達を取り巻く環境の違いに起因するとも考えられる。UNICEF2)では、小児保健学の立場から同様の分析を行っており、公衆衛生学的な取り組みにより、子どもを取り巻く環境を整備することが望ましいと報告している。
 今後、カトマンズ市内に居住する精神遅滞児に対して、ポーテージプログラムを中心とした発達支援の方法を戦略的に計画するとともに、精神遅滞児を取り巻く環境を客観的に分析し、公衆衛生学的手法を用いて環境整備を行うことが急務であると考えられた。

1)Yamauchi N. "A study of a child with Pervasive Developmental Disorder in rural Bali" , Journal of International Health. 11: 104. 1996.

2)UNICEF. "The State of the World's Children 1996", Oxford University Press. 1996.