厚生労働科学研究費補助金(障害者対策総合研究事業)分担研究報告書
障害(児)者の個人避難計画と避難所における配慮ガイドラインの作成
~聴覚障害者の災害準備状況と課題~
研究代表者 北村弥生 国立障害者リハビリテーションセンター研究所 主任研究官
研究協力者 宮澤典子 国立障害者リハビリテーションセンター学院 教官
研究要旨
南関東のA市の聴覚障害者9名、市派遣事業の登録手話通訳者と登録要約筆記者18名に東日本大震災における聴覚障害者と手話通訳者の経験に関する講演を行った後、各自の災害準備について質問紙法による調査を行った。その結果、以下が明らかになった。1)平時における災害準備率は11項目中10項目で聴覚障害者は支援者に比べて有意に低かった。特に、「笛の携帯」と「近所との関係作り」は2割しかいなかった。2)聴覚障害者は避難所での情報確保方法として「筆談」を最も多く回答し、近隣の人から情報を得られると思う者は2割しかいなかった。3)講演で勧めた「避難所でアナウンスを筆記して掲示すること」は支援者では7割が実施すると回答したが、聴覚障害者の3割しか「依頼する」と答えなかった。これらの結果から以下が示唆された。1)「近所との関係作りの方法」と「効果が実感しにくい笛に変わる危険を伝える機器の開発」が平時の準備として有効であること。2)講演で推薦された「アナウンスの筆記と掲示」は体験者には選択されたことから、災害時の対処方法の有効性を実感する機会を提供することが必要であること。
A.はじめに
聴覚障害者は、災害時に避難に関する情報が得にくく生命の危険が大きいこと、避難所など避難生活中にも通常とは違う方法での情報入手が困難で不利益や孤独感を経験することが指摘されている[1]。著者が、平成24年度に南関東のA市で、障害者を対象に行った調査では、身体障害と知的障害の当事者組織には全会員に質問紙を配布したが、聴覚障害者組織では組織から依頼した8名のみから回答を得た。聴覚障害者では、書記日本語による質問紙では内容の理解に齟齬がでることが考えられるため、本研究では、災害時に対する準備状況と課題を明らかにするために、災害時の聴覚障害者支援に関する講演会に参加した聴覚障害者に質問紙法による調査を行った結果を報告する。
B.方法
所沢市社会福祉協議会を介して、通訳者および要約筆記者の派遣を依頼したことのある聴覚障害者、登録手話通訳者、登録要約筆記者合計*名に、「災害時の聴覚障害者支援に関する勉強会」の案内を郵送した。勉強会は、聴覚障害者救援宮城支部で活動した宮沢典子氏(国リハ学院手話通訳学科教官)による講演「聴覚障害者と支援者の災害時の備えー東に本題震災の経験からー」(1時間)の後、休憩時間に、災害への準備状況などに関する質問紙法への記入を依頼し、3つの課題に関する意見交換を行った。講演では、「被災地での聴覚障害者の課題」が紹介され、「避難所では画用紙にアナウンス内容を筆記して掲示するのが実用的」「災害時の支援者の身分保障の必要性」が指摘された(資料11-2)。休憩時間後に質問項目を手話で解説する予定であったが、記入が困難という意見はなかったため、手話による解説は行わなかった。
C.結果
1.参加者の属性
勉強会への参加者は、聴覚障害者9名、支援者18名であり、男性4名、女性23名であった。男性はすべて聴覚障害者で、聴覚障害者の中にはろう者と難聴者がいた。年齢は調査しなかったが、外見から聴覚障害者は30歳代から60歳代と判断された。
2.災害への備え
表1に、聴覚障害者と支援者の災害時の備えに関する回答を、聴覚障害者での比率が多い順に示した。「調査時に、懐中電灯を持っている」以外のすべての項目で、比率は支援者の方が聴覚障害者よりも大きかった。前年度に所沢市社会福祉協議会が聴覚障害者組織及び支援者組織と共に作成したバンダナの調査日の所持率、飲料水の備蓄率、地域防災訓練への参加率、簡易トイレの備蓄率は聴覚障害者では支援者の約半分であり、食糧備蓄率は3分の1であった。バンダナは参加者全員が所有していた。一方、「所沢市ほっとメール」への登録率は聴覚障害者は33%であったのに対し、支援者では0であった。
所沢市の防災ガイドブックは市内全世帯に配布されており、「読んでいない理由」には記載がなかったが、「防災ガイドブックについて手話での説明会があれば参加する」と聴覚障害者全員が回答した。
表1 聴覚障害者と支援者の災害準備状況
聴覚障害者 | 支援者 | |
---|---|---|
最寄の避難所の場所を知っている | 88.9 | 100.0 |
所沢市の「防災ガイドブック」を読んだことがある | 66.7 | 85.7 |
調査時に懐中電灯を持っている | 55.6 | 28.6 |
調査時に、バンダナを持っている | 44.4 | 85.7 |
調査時に、NTT手帳を持っている | 44.4 | 0.0 |
地域の防災訓練に参加したことがある | 44.4 | 71.4 |
飲料水を備蓄している | 44.4 | 85.7 |
所沢市のほっとメールに登録 | 33.3 | 0.0 |
食料を備蓄している | 33.3 | 100 |
調査時に、笛(または笛に代わるもの)を持っている | 22.2 | 28.6 |
簡易トイレを備蓄している | 11.1 | 28.6 |
3.災害時における支援要請
表2に、聴覚障害者と支援者の災害時における支援要請に関する回答を、聴覚障害者での比率が多い順に示した。聴覚障害者の66.7%は「避難所で近くの人に筆談を依頼できる」と回答したが、「避難所の受付で、アナウンスを文字表示して提示する依頼ができる」は、その半数の33.3%であった。しかし、勉強会から23日後の地域の防災訓練でアナウンスの筆記と掲示を経験した聴覚障害者3名は「依頼できる」に回答を変更した。
また、「災害時に、近隣の人から情報を得られると思う」は、さらに低く22.2%であった。
表2 聴覚障害者と支援者の災害時の支援要請に関する予測
聴覚障害者 | 支援者 | |
---|---|---|
避難所で近くの人に筆談を依頼できる | 66.7 | 57.1 |
最寄の避難所に、知り合いの支援者/聴覚障害者はいる | 44.4 | 14.3 |
災害時に不安がある | 44.4 | 28.6 |
避難所の受付で、アナウンスを文字表示して提示する依頼ができる | 33.3 | 71.4 |
災害時に、近隣の人から情報を得られると思う | 22.2 | 42.9 |
「聴覚障害者の避難所は一次避難所と別にあるとよい」と答えた者は聴覚障害者55.6%、支援者57.1%、「わからない」と無回答をあわせて、それぞれ、33.3%、42.9%であった。
「災害時に不安がある」と44.4%の聴覚障害者が回答し、その内容は、**であった。
4.今後の準備
表3に、勉強会に参加して準備しようと思ったことを、聴覚障害者での比率が多い順に示した。懐中電灯の携帯は66.7%で最も多く、避難所運営組織への依頼、家具の固定、笛の携帯、近所への依頼は少なかった。「調査時に、懐中電灯を携帯」は55%であり、「今後、準備する」66.7%との和は100%を超えたが、両者に重複した回答は4名であった。一方、「笛の携帯」については重複しなかった。
表3 講演後に準備しようと考えたこと
聞こえない | 聞こえる | |
---|---|---|
懐中電灯の携帯 | 6 | 2 |
バンダナの携帯 | 5 | 1 |
食糧の備蓄 | 4 | 1 |
飲料水の備蓄 | 4 | 1 |
地域防災訓練への参加 | 4 | 3 |
簡易トイレ | 3 | 3 |
家族内の連絡方法の確認 | 3 | 4 |
笛の携帯 | 2 | 1 |
NTT手帳の携帯 | 2 | 2 |
近所への依頼 | 2 | 0 |
無回答 | 2 | 1 |
家具の固定 | 1 | 0 |
避難所運営組織への依頼 | 0 | 0 |
その他 | 0 | 1 |
計 | 38 | 20 |
D.考察
1.平時における災の害準備情報の伝達不足
本調査では、聴覚障害者では、災害時だけでなく平時における災害準備情報の伝達が不十分であることが示唆された。災害時における聴覚障害者の困難の第一として、避難勧告や避難指示が伝達されないために避難の必要性を知ることができないこと指摘されている。本調査でも、「災害時に、近隣の人から情報を得られると思う」は22.2%で低率で、「災害時の不安」にも上げられた。しかし、その対策として、災害時にすべての人に重要であると言われている「近所への事前の依頼」を、今後、準備すると回答した者は22.2%で低率であった。最も効果があるといわれている「近所への事前の依頼」は、障害の有無に関わらず重要であるが、障害があるために平時から近所づきあいに抵抗を持つ場合があることも指摘されている。
第二の困難として、聴覚障害者は、発声できないため閉じ込められた場合に救助の必要を伝えられないことも指摘されている。しかし、同程度の大きさの「懐中電灯の携帯」が50%を超えるのに対して、発声できないことを代替する「笛の携帯」は22.2%しか実行されておらず、今後準備すると回答した者も22.2%で低率であった。音の効果は聴覚障害者には認識しにくいために、笛の携帯は進まない可能性が考えられる。これに対して、懐中電灯は、停電した場合に、筆談や手話が読めないことの不便が認識しやすいために高い所持率になったと考えられる。
いずれの物品も備蓄率が障害者では支援者の半数であったことも特徴的な結果であった。聴覚障害者の全員が「防災ハンドブックを手話で説明すること」を希望したことからも、事前の情報提供にも不足があることが示唆された。
これらの結果から、聴覚障害者は発災後だけでなく、災害に対して平時に準備するべきことについての具体的な方法が未知であったり、必要性を認識しにくいために、準備が実行されていないと考えられた。近所に事前の依頼をする方法を探索すること、および、効果を音でなく視覚あるいは触覚でも同時に示すことで有用性を聴覚障害者が自覚できる笛あるいはスマートフォンのアプリケーションの開発も有効であると考える。また、防災ハンドブックなどの手話版や手話による説明会を聴覚障害者や支援者が行政等に要請したり、企画したり、災害準備に関する一般的なセミナーや講習会などに手話通訳者や要約筆記者の派遣を得て参加することが有効であると考える。
2.避難所でのアナウンス
勉強会のはじめに行った講演では、東日本大震災では、被災地に手話通訳者が公的に派遣されたのは5月になってからであったこと、発災直後の避難所では手話通訳者の派遣を期待することはできないために、アナウンスを画用紙に筆記して掲示する方法が現実的であることを伝えた。にもかかわらず、その後に行った調査で、「受付でアナウンスを筆記して掲示することを依頼ができるか」の回答は、支援者で71%であったのに対して聴覚障害者で33.3%であったことは注目される。筆記と掲示は勉強会参加者のすべてが経験したことはなく、その後に著者らが地域の防災訓練で試行し有効性と課題を示した(*)。この勉強会の参加者のうち3名が試行を利用し、その後の調査で「受付でアナウンスを筆記して掲示することを依頼ができる」と回答を変更していたことから、実際に有効性を体験することで、配慮を依頼することが期待される。試行結果からは、防災訓練は模擬避難訓練ではないために、アナウンスは筆記だけでは十分に内容を伝えられず、聴覚障害者は各自で手話通訳者または要約筆記者の派遣を受けたほうがよいことが指摘された。しかし、防災訓練においても、勉強会に参加した支援者のようにアナウンスの筆記の有効性を認識した者に、デモンストレーションあるいは練習として筆記と掲示を実施することを依頼することで、この筆記と掲示を普及することが考えられる。
3.本研究の課題
本研究の対象者は少ないため、地域性、平日の昼間に講演会に出席できる条件を備えた場合に結果が偏っている可能性はあり、例数を増やすことは必要である。
また、調査時には手話通訳者を配備したが、質問紙の記載内容に関する疑問は出なかった。「懐中電灯の携帯」67%と「勉強会に参加して懐中電灯を携帯しようと思った」55%の合計は100%を超えた。4名44%が両者に「はい」と回答したことは、「今後」に関する質問の趣旨が正しく伝わっていなかったためと考えられる。