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厚生労働科学研究費補助金(障害者対策総合研究事業)分担研究報告書

障害(児)者の個人避難計画と避難所における配慮ガイドラインの作成
~避難所における使用候補であるベッドとマットによる接触圧測定を含む褥創予防プログラムの開発と評~

研究代表者 北村弥生 国立障害者リハビリテーションセンター研究所 主任研究官

研究協力者 広瀬秀行 国立障害者リハビリテーションセンター研究所

研究協力者 高橋 競 国立障害者リハビリテーションセンター研究所

研究要旨

 車椅子利用者は災害時に避難所でベッドの使用を希望したが、褥創の予防に配慮したベッドやマットは、ほとんどの一次避難所には用意されていない。米国では、一般の避難所でキャンプ用のベッドが使われ、わが国では一般の避難所でベッドが使われることは少ない。東日本大震災では間仕切りも兼ねてダンボールベッドが使われ、床から距離ができるために、衛生と保温の利点が報告された。また、震災後に携帯用のエアーマットが一般の防災用品として販売された。しかし、キャンプ用ベッド及び携帯用エアーマットの接触圧及び褥創発生の危険性は知られていない。そこで、本研究では、病院等で使用される一般的な無圧マットと市販されている安価なキャンプ用の携帯ベッドと携帯用マットについて接触圧測定を行った。褥創発生は接触圧だけでは決定されず、対象者の心身の健康状態(ストレスや栄養状態を含む)及び清潔と関係することが知られている。そのため、本研究では、避難所で褥創発生を抑えるベッドやマットを決定することはできないが、褥創予防のために、自助として何を備蓄し、どのような頻度で体位変換を行う必要があるかの基礎知識を提供する教育プログラムとして接触圧の測定を行い、その効果を評価した。
 脊髄損傷男性1名について、2種類のベッドと4種類のマットの組み合わせで6パターンを設定し、3姿勢(背臥位、側臥位、30度側臥位)について接触圧測定を行った。その結果、キャンプ用のベッドと携帯エアーマットの組み合わせが最も最大接触圧値が小さく、無圧マットの40%程度であった。また、30度臥位は3姿勢の中で最も接触圧が低かった。しかし、キャンプ用のベッドと携帯エアーマットは幅が50cm程度で狭いために落下の危険があり、安定性が悪いために通常は自立して移乗する人でも介助を要する課題があった。事後調査では、対象者は、測定への参加を契機に、備蓄の点検をはじめ、個人避難計画が具体化した。
 これらの結果から、避難所での褥創予防のためには幅の広い安価な携帯エアーマットの開発が望まれるとともに、通常は必要としない介助を依頼する方法の事前練習が、災害対策として有効なことが示唆された。また、教育プログラムの効果はあったと考えられた。ただし、褥創には、接触圧のほかに、心身の健康状態及び清潔と関係することが指摘されているため、特定のベッドとマットがあれば褥創予防ができるわけではないことに留意する必要がある。

A.はじめに

 災害時における避難所生活で、車椅子利用者にとっては、車椅子と座高が同じベッドや椅子が求められる[1, 2]。また、車椅子利用者の中でも脊髄損傷者のように感覚が失われた場合には、長時間同じ姿勢で座ったり横になったりした時に褥創が発生しやすく、褥創を予防する物品やケアが求められる。褥創とは、床にあたっている部分の血行が不足してしびれることに、感覚が失われているために気づかずに、圧迫された部位が血行不良となり、皮膚や筋肉などの組織が壊死する状態である。褥創発生には、接触圧、心身の健康、清潔が関係することが知られており[3]、避難所生活では、通常よりは硬い寝具による圧力、心身の消耗、ケア用品の不足、通常に比べた支援者の不足など、褥創発生と悪化の要因は多く、予防対策は必要と考えられる。東日本大震災では、リハビリテーションに関して即効性のある介入に紛失した福祉用具の提供があることが報告さ、宮城県から内閣府に要請した福祉用具の第一陣には、褥創予防クッション500個、褥創予防マットレス200個が含まれていた[2]。
 米国の避難所では、キャンプ用のベッドが使用されるのが普通であり、高齢者にはマットも提供されている[4](参考図1)。ただし、米国では避難所は遠隔地の大規模体育館であり、軍隊が被災者と備品を、そのつど、搬送する。

参考図1 ハリケーン・カトリーナ(2005)の際の避難所。毛布には赤十字のマークがついており、手前の高齢者はマットも使用している。

参考図1

参考図2 ハリケーン・サンディ(2012)の際のニュージャージ州トムス・リバー・ハイスクールにおける赤十字の避難所。キャンプ用ベッドは間隔なく置かれているが、高齢者のところだけ椅子ですわれるスペースの余裕がとられている。

参考図2

参考図3 メキシコの火山噴火の際の避難所。

参考図3

 日本では、地域の一次避難所の備蓄の寝具には、毛布は必ず含まれているが、ベッドはないのが普通である。日常生活におけるベッド普及率は45.3%であるとはいえ、東日本大震災のような場合には、避難初日には、体育館の床に直接あるいは新聞紙やダンボール、よくても毛布1枚を敷いて寝た例が報告された。災害発生後1か月後には、畳は敷かれても、ベッドは立ち上がりが困難な場合以外には用意されないのが一般であり、椅子の提供も珍しい例であったことが報告された[2]。
 地域の一次避難所の備蓄に、通常は、褥創予防を意識した備品はない。福祉避難所についても、褥創予防の必要がある者が宿泊する場所でなければ、ベッドも褥創予防を意識した備品もないと推測される。障害者や高齢者が宿泊する場所であっても予備のベッドやマットは保管に広さを要するため限定された数であると推測される。避難所生活をした車椅子利用者の中には、自分だけベッドを利用することを遠慮して申し出ずに、2週間、車椅に座ったままですごした例もあった[5]。
 東日本大震災において、大規模運動施設に開設された福祉避難所では、病院などで使用するベッドやダンボールベッドが使用されたことが報告されたが[6]、キャンプ用のベッドを使用した例は見当たらない。ダンボールベッドは床からの距離を作るために、保温効果と衛生面で利点があるほか、間仕切りとしても使用できる点で優れていたが、長期使用によるカビの発生事例もあり、改善が求められている[7]。マットレスの横幅がダンボールベッドの横幅よりも大きく、移乗の際に危険があるためにベッドの修繕を必要としたことも報告されており、避難所における寝具の準備は十分ではない。
 そこで、本研究では、一般的な無圧マットに比べて、市販されている安価なキャンプ用のベッドと携帯用エアーマットによる接触圧がどのように異なるかを示すことにより、褥創予防のために、自助として何を備蓄し、どのような頻度で体位変換を行う必要があるかの基礎知識を提供する教育プログラムを開発し、その効果を評価した。

B.対象と方法

 対象者は脊髄損傷男性1名であった。測定前に、年齢、体重、褥創発生経験、日常生活での寝具と体位交換の頻度と方法、入院や旅行時の寝具、避難生活おける寝具と体位交換の見込み、褥瘡発生の経験を質問紙法により調査した。また、褥創発生の3要因(接触圧、心身の健康、清潔)を説明し、接触圧測定により絶対的に安全な寝具を決定することはできないが、寝具と姿勢による接触圧の差異を知ること、その値を体位交換の頻度を変える参考にすることが、測定の目的であることを口頭で伝えた。
 接触圧測定はFSA((株)タカノ)により行い、40x40cmのシートで合計256点について測定し、最大値、最小値、平均値、変動、標準偏差(以上の単位はmmHg)、偏差係数(%)、水平センター位置(cm)、垂直センター位置(cm)、センシングエリア(cm2)、confort index(%)を得た。計測値は、測定中に*インチ大型モニターに表示して対象者に提示し、数値の解説を行った(図1)。測定姿勢は、原則として、背臥位、側臥位、30度側臥位としたが、寝具によって側臥位をとることができなかった場合もあった。30度側臥位では2枚の座布団で測定値が低くなる姿勢を探した。測定は、一つの寝具で、各姿勢につき2~3分行い、合計で約1時間であった。

図1 測定状況

図1 測定状況

 使用した寝具は、ベッド2種とマット4種で、表1に示す6つ組み合わせを設定した。ベッドは病院で使用中のベッド(*)と市販携帯用キャンプベッド(TOUR HAMMER、アウトドアベッド189×75×47cm)の2種類とし、マットレスは、無圧マットレスとしてクレーターマットレス(パラマウントベッド、KE-761, 191×91×9cm)を、市販携帯用エアークッション(㈱フジ、190x58x5cm)、市販携帯用キャンプマット(BUNDOK、BD-355A、185×54×2.5cm)、防災訓練でよく使われる敷物素材として防音用スポンジマット(㈱リソーネット、RSスポンジマット、49×49×2cm)の合計4種類をとした。スポンジマット8枚で、ベッド面を覆った。エアークッションは携帯用の状態からストローを使って膨らますのに、男性で4分程度、女性で4分半程度を要した。キャンプマットは携帯用の状態から空気送風口に直接に口をつけて膨らますのに、男性で1分半を要した。医療用のエアマットは使用しなかった。日常との比較の意味はあるが、停電時している避難所に搬入し膨らますことは困難なことから、測定の対象とはしなかった。

表1 圧測定に用いたベッドとマットレスの組み合わせ

設定ベッドマットレス
1病院クレーター
2病院RSスポンジ
3病院エアークッション
RSスポンジ
4病院インフレータブル
RSスポンジ
5アウトドアなし
6アウトドアエアークッション

 表1で示した第一の設定は、褥創予防の典型例を模した。第二の設定は、体育館の床に、敷物が敷かれた場合と考えた。第三の設定は、体育館の床に敷物が敷かれた上に、避難者が持参の携帯用エアーマットを敷いた場合と考えた。第四の設定は、体育館の床に敷物が敷かれた上にキャンプ用マットを敷いた場合と考えた。第五の設定は、キャンプ用ベッドのみの場合、第六の設定はキャンプ用ベッドに避難者が持参の携帯用エアーマットを敷いた場合と考えた。測定ではいずれの場合も枕を使用した。
 測定後に、結果の概要と東日本大震災における褥創発生と対応事例の紹介をした。さらに、測定後*日目に、表1、図1~6と解説の記録を郵送し、事後調査の質問紙への記入と返送を依頼した。事後調査の内容は災害時の避難場所、体育館に避難した場合に希望する寝具、褥瘡に関する理解の変化、地域生活・災害準備の変化、近所の人への安否確認の依頼状況、避難生活おける寝具と体位交換の見込みであった。

C.結果

1.事前調査

 対象者は、年齢60歳代、体重75Kgであった。受傷年齢は30歳代で、褥創発生は3回経験していた。日常生活では、電動ベッドと医療用エアーマットを使用していた。移動は単独で手動車椅子と自家用車を利用していた。旅行で宿泊する際には、車椅子用のクッションをベッドの上に敷いていた。対象者は、通常は、背臥位で就寝し、体位交換は自分で4時間に1回程度行っていた。また、車椅子利用時には、ギャッチアップを15分に1回程度行うようにしていると回答した。
 避難生活では、選択肢の中からキャンプ用ベッドと携帯用エアーマットを使用したいと希望し、避難生活中の体位交換は日常生活と同頻度と記入した。

2.接触圧測定

 表2に、6つの寝具パターンについて、3姿勢の測定値の最大を示した。3姿勢いずれについても、最大接触圧値はキャンプ用ベッドと携帯用エアークッションの組み合わせで最も小さかった。また、6つの寝具パターン全てについて、最大接触圧値は30°臥位で最も小さかった。

表2 ベッドとマットの組み合わせ及び就寝姿勢による接触圧測定値の変化(mmHg)

設定背臥位側臥位30°臥位
1107.94200.0081.28
2200.00姿勢保持不可200.00
3124.0962.9360.05
4200.00200.00106.35
5118.75200.0099.26
636.40姿勢保持不可36.40

 図2~7に6つの寝具パターンと接触圧測定結果表示を示した。ここでは、測定値の代表として最大値を比較した。図2~4では、ベッドの表面を示すために防音マットを敷きつめていないが、測定時には、ベッド上面に防音マットを敷き詰めた。
 対象者はベッドへの移乗は単独でできたが、キャンプ用ベッドへの移乗では、1名ないし2名の介助を必要とした。また、キャンプ用ベッドの幅は、対象者の身体幅にほぼ一致しており、自力で体位交換をするのは困難であった。

3.事後調査

 計測後に、対象者は備蓄の点検を行い、同じ避難所を使う地域内に住む知己のある車いす利用者2名、杖歩行者1名、視覚障害者3名に声をかけ、防災に関する勉強会を1か月後に開始した。

図2 クレーターマットレス(パラマウントベッド、KE-716)と接触圧測定値

クレーターマットレス(パラマウントベッド、KE-716)

クレーターマットレス側臥

クレーターマットレス側臥

クレーターマットレス背臥

クレーターマットレス背臥

クレーターマットレス30°臥

クレーターマットレス30°臥

図3 防音マット(RSスポンジマット、㈱リソーネット)と接触圧測定値

防音マット(RSスポンジマット、㈱リソーネット)

RSスポンジ側臥

RSスポンジ背臥

RSスポンジ背臥

RSスポンジマット30°臥

RSスポンジ30°臥

図4 防音マット及び携帯用エアークッション(㈱フジ)と接触圧測定値

防音マット及び携帯用エアークッション(㈱フジ)

エアークッション+RS側臥

エアークッション+RS側臥

エアークッション+RS背臥

エアークッション+RS背臥

エアークッション+RS30°臥

エアークッション+RS30°臥

図5 キャンプ用形態インフレータブルマット(BUNDOK BD-355A)+RSスポンジと接触圧測定

キャンプ用形態インフレータブルマット(BUNDOK BD-355A)

インフレータブル+RSスポンジ側臥

インフレータブル+RSスポンジ側臥

インフレータブル+RSスポンジ背臥

インフレータブル+RSスポンジ背臥

インフレータブル+RSスポンジ30°臥

インフレータブル+RSスポンジ30°臥

図6 アウトドアベッド(TOUR HAMMER)と接触圧測定

アウトドアベッド(TOUR HAMMER)

アウトドア側臥

アウトドア側臥

アウトドア背臥

アウトドア背臥

アウトドア30°臥

アウトドア30°臥

幅が狭く動く余地はない、高さは車いすからの移乗には適切

幅が狭く動く余地はない、高さは車いすからの移乗には適切

図7 アウトドアベッド + エアークッション

アウトドアベッド(TOUR HAMMER)

アウトドア+エアー側臥

アウトドア+エアー背臥

アウトドア+エアー背臥

アウトドア+エアー30°臥

アウトドア+エアー30°臥

D.考察

1.備蓄品としてのキャンプ用ベッドと携帯エアーマットの有効性と課題

 キャンプ用ベッドと携帯エアーマットは、わが国の防災備品としては一般ではないが、本研究では、キャンプ用ベッドと携帯エアーマットの組み合わせの最大接触圧は測定した6設定の中で最小で、標準的な無圧マットの35%~45%であった。このことから、脊髄損傷者は、避難所生活などをする場合に備えて、キャンプ用ベッドと携帯エアーマットを自助として準備したり、避難所運営者に早い段階で要望を出すことは、褥創予防のための選択肢の一つと考えられる。携帯用備品は、大型のマットレスを運搬することが困難な場合には有利である。
 ただし、キャンプ用ベッドと携帯エアーマットには難点もある。第一に、キャンプ用ベッドも携帯エアーマットも、どの程度の耐久性があるかは未調査である。米国ではハリケーンでの使用例であり使用期間は1週間程度と推測される。これに対し、日本における甚大震災で3か月から5か月の使用中に、ベッドやマットが損傷する可能性はあるため、保守にも注意は必要である。特に、エアーマットは細かい砂などで穴があく可能性がある。また、キャンプ用ベッドも携帯エアーマットも吸湿性は乏しそうであり、清潔を保持するために乾燥やシーツ交換に配慮が必要と推測される。
 第二に、キャンプ用ベッドも携帯エアーマットも幅は50cm以下であり、携帯性には優れるが、就寝中の落下の危険がある。幅が広いタイプのキャンプ用ベッド(EURWKA、Camp Bed King size, 幅106.7インチ)は海外から通信販売で購入することはできる。しかし、幅が広い携帯エアーマットは見当たらないため、開発価値があると考える。避難所における一人当たりの占有面積は2m2、要援護者では4m2といわれていることから、要援護者に関しては、ベッドとマットの幅を広くすることは合理的であると考える。ただし、エアーマットがベッドよりも大きい場合には、移乗の際に、転倒の原因になるため、備品の選択は総合的に考える必要がある。

参考図4

参考図4

 第三に、キャンプ用ベッドは軽量であるため安定性には欠け、通常は移乗が自立している場合でも介助を必要とする。通常必要としないことを依頼することへの心理的負担と、経験のないことを依頼する技術的な困難が予想され、事前に移乗介助の頼み方を練習することが有効と考えられる。

2.避難計画作成

 圧測定を行い、防災対策について話す機会を持つことにより、対象者は、防災対策を具体的に開始したと考えられる。備蓄の点検とともに、近隣の障害者同士のネットワークを防災の視点から持ったからである。今後のネットワークの発展に期待がもたれる。

文献

1.樫本修. 宮城県リハ科医からの震災レポート

2.日本褥創学会.褥創予防・管理ガイドライン. 照林社, 東京、2009.

3.日本障害者フォーラム. 逃げ遅れた人々. 2013. (DVD)

謝辞

 ベッドは国立障害者リハビリテーションセンター病院から、クレーターマットは同自立支援局総合支援課から借用した。手配には、大槻看護部長、溝口看護副部長、山中看護師長、小田島自立訓練部長、小松原総合相談課長、渡辺主任、峯野様、土門様にご尽力いただいた。ここに感謝します。