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盲ろう者のしおり1998-盲ろう者福祉の理解のために-

第VII章 職員の資質向上のために

第一節 職員研修

一、研修の意義

 研修は、盲老人ホームに勤務する職員が同じ目的、目標の確認とより専門的援助を行うために欠くことのできないものです。盲老人の理解と日常生活上の専門的介護と一口に言っても、個別差が大きく一つの知識、技術をもって全てに対応することは難しく、当面する実践場面に於いて応用できる基礎的な部分を習得することが研修の目的となります。社会福祉施設に従事するものとしての基本的心構えとして、改善、解決へ向けての意欲的な自己研鑚への努力は当然のこととしてトータル的な部分あるいは、より専門的技術を身につけるために研修のねらいがあります。従って寮母の立場で考えると、日常生活援助の上でどうしても必要な専門的知識、介護技術(点字・言葉づかい・受容の方法・歩行介助の方法・痴呆老人の対応・等々他)面での研修をしたいという要望が多く出されてくる訳です。日常業務の中で特に学びたい部分として次の内容が多くあげられます。

一、全般的知識

  1. 施設利用老人の心理
  2. 老人の心理
  3. 盲老人の心理
  4. 各職種間のチームワークづくりの方法
  5. 記録の書き方(ケース記録を中心として)
  6. 老人医学(救急医療・眼疾患・日常特に気をつけなければならない医療的看護)
  7. 寝たきり老人のリハビリテーション・介護
  8. 盲老人の生きがい(施設における“生活”とは何を指すのか)
  9. 個別処遇の意味合いと具体的方法
  10. ホームの専門性とは何か、またそれにかかる専門的技術

二、生活介護

  1. 食事
    • ○ 病弱者の食事介護の方法
    • ○ 嗜好と栄養(本人の希望と栄養面)
    • ○ 楽しい食事の雰囲気づくり
    • ○ 肥満問題(間食・食べ過ぎ・運動不足)
    • ○ 献立説明の方法(時計回りで説明しようとしても時計が判らず困っている)
  2. 入浴
    • ○ 入浴拒否者の対応
    • ○ 特浴設備のないホームの病弱者(全介助・歩行不能等々)に対する入浴介助の方法
    • ○ 入浴時間の設定
  3. 歩行
    • ○ 食堂に行く際の衝突防止
    • ○ 廊下の歩行方法(特に難聴者)
    • ○ 歩行訓練の方法
    • ○ 手引きの方法
    • ○ 盲人が歩行器、車椅子等を使用する場合の方法(自力で)

三、 痴呆老人、精神疾患者

  1. 介護方法、対応の仕方~特に種々の問題行動に対する対応(徘徊、物忘れ、失禁、不潔行為、夜間せん妄)
  2. 盲人でしかも痴呆老人に対する事故防止、コミュニケーションのとり方
  3. 痴呆老人と音楽療法
  4. 痴呆に対する基礎知識
  5. ボケないための生活援助
  6. 被害妄想のある盲老人への対応
  7. 猜疑心が強く、他人を信用しない盲老人への対応
  8. 盲精薄者に対する対応
  9. 精神障害、痴呆老人と他の利用者との調和

四、 クラブ活動、余暇

  1. 自主性のあるクラブ活動づくり
  2. 盲老人にできるクラブ活動、スポーツ、レクリエーションの工夫
  3. グループ・ワークの方法について
  4. クラブに参加しようとしない盲老人への対応
  5. 盲老人と余暇活動(趣味、娯楽等の生かしかた)
  6. 内職作業について

五、 老人の性

  1. 老人の性と恋愛について
  2. 男女関係のあり方(利用者同志の恋愛)

六、 家族関係

  1. 日常生活における家族との関係調整(家庭復帰への期待、面会、外泊依頼、家族と利用者の人間関係の改善)
  2. 盲老人と家族との望ましい関係のあり方
  3. ホームと家族との交流)特に面会回数を増やすために)

七、 ホーム内における人間関係

  1. 同室者、または隣室者間のトラブルの解決方法
  2. 居室替え
  3. 同室者の親睦の深め方
  4. 相部室における人間関係

八、 個別の問題について

  1. トイレの使い方の指導(水を流さない、洋式トイレを使えない)
  2. ナースコールの対応と、ケアーの中での話し言葉
  3. 個人のニードに対応する態度
  4. 集団行動がとれない人への処遇の仕方
  5. 盲老人、一人一人の心理、気持ちを理解した上で接していくための方法
  6. 衛生観念が強い人、逆に全く欠けている人に対しての指導方法について
  7. 言葉づかいについての指導方法
  8. 先天性失明者と後天性失明者の心理上の共通点と相違点について
  9. 居室にとじこもりがちで依頼心の強い利用者への介護と対応の仕方
  10. 病弱者への食事介助の対応について
  11. 利用者とのスキンシップの仕方について
  12. 盲老人の身だしなみについて
  13. 我がままや甘えの傾向がある利用者への対応の仕方について
  14. 無口な人に対する言葉がけの方法(平等な処遇とは)
  15. 盲老人の衛生、身のまわりの整理、整頓について
  16. 盲老人の気質および心配について
  17. 精神面の援助法
  18. 孤独になりがちな盲老人への対応について
  19. 特養対象者への介護方法
  20. 自分だけをみてほしい、手をかけてほしいというような欲求を常に持っている人への処遇の仕方
  21. 寝たきり老人の介護と対応
  22. 失禁者で自尊心が強いため洗濯物を隠そうとする人の処遇について
  23. 人生に対し悲観的な利用者への対応について

九、 職員との関係

  1. 老人と職員とのコミュニケーション(対話、言葉づかい)
  2. 盲老人の心理を十分に理解した上での援助とは
  3. 信頼関係のつくり方(相互信頼)
  4. 寮母間の相互の注意の与え方

十、 行事について

  1. マンネリ化する行事に対する取り組み方
  2. 参加しようとしない盲老人への働きかけ
  3. 盲老人が参加して喜びを感ずる行事とは
  4. 職員はどのような関わりを持つのがベストか

十一、 その他

  1. 外出、外泊について
  2. 起床、消灯時間
  3. 金銭問題
  4. 喫煙について
  5. 施設内での規則の基準について
  6. 防火訓練について
  7. 便所掃除について
  8. 環境整備について
  9. 盲人と自動販売機
  10. 視覚障害者と宗教

十二、 中途失明者の生活全般の介助の仕方

 このように、寮母が研修に期待する内容は非常に多岐に渡りながらも現実的場面での知識、技術習得を希望しています。特に盲老人への援助の中で点字、朗読、歩行介助、心理的理解等が中心となっている点が注目されます。これらは、自己研修、園内研修、園外での研修でくり返し実施されてきている訳ですが、東京都足立老人ホーム松家幸子副ホーム長は、福祉寮母基礎講座の中で、研修に対し次の四点を研修の問題点としてあげています。

  1. 研修しても園の方針で生かされない
  2. 慣習が重視され研修の内容を生かすことが出来ない
  3. 各自の自覚が不十分
  4. 研修とその取り組みに問題がある

 つまり、折角の研修も園の積極的処遇や、個々の意欲と自覚のないところでは生かすことが出来ないということです。この点をふまえて研修の意義をもう一度考えてみると「実践場面~盲老人に対する直接的援助場面~において、必要な知識、技術の習得、情報の交換を通して職員個々の資質を高め盲老人ホームに課せられた社会的使命、個別のニードを充足するため不可欠のもの」と言うことができます。次に各施設でどのような内容の研修を行っているかを見ていきたいと思います。

二、 各ホームに見る研修内容

一、 内部研修
 内部研修は全職員があるいは直接処遇に当る職員が同時に同じ内容を研修し、同じ方向に向かって処遇実践に当ることができるので非常に大切です。研修内容については、各自の希望や処遇課題の中からまた、共通の基礎的郎分等を盛り込んで年度当初に企画することが望ましいことです。決められたテーマに対しては、

各自の希望・処遇課題・前年度の反省  研修委員会・処遇会議・職員会議  テーマの設定・方法の決定

のような手順をふみます。方法の決定というのは、決められたテーマに対し基礎部分、実技等のどの点に焦点を合わせるか、またビデオ、講師、テキストの朗読、話し合い等会議の持ち方をどのようにするか等を決めることです。

  1. テキストを利用した学習会(盲老人処遇に関する資料をもっと出して欲しいとの要望が強い)“盲老人ハンドブック” “盲老人の幸せのために” “老人ホームガイドブック”
  2. 講話、講義(園長、外部講師、宗教関係)
    ○(盲)心理学・痴呆老人の対応・眼疾患の基礎知識・園の方針・就業規則
  3. 実技
    ○点字講習・朗読講習・レクワーク・応急手当・アイマスク訓練・リハビリテーション
  4. 職員が交代で担当
    ○ケース研究・研修報告・行事企画・各自の年間テーマの発表
  5. その他
    ○ビデオを活用した学習会・災害時の誘導・職種別研修・朝礼時の三分間研修・新規職員研修・関連雑誌の回覧等が内部研修の内容です。この中でアイマスクを使用した研修は約半数の施設で取り上げられ実施されています。このアイマスク使用の訓練は、盲老人の不安や日常生活援助においてどのように接していくことが盲老人の立場に立った処遇なのかを自己体験を通して理解するという大切な意味を持っています。この体験を自ら進んで行い必要な技術を習得することが盲老人処遇をより実践的に高めていく重要な要素になるのです。

〈アイマスク使用の訓練〉

  1. 食事―毎日検食者を決め味付け、配膳、調理の方法等を検食簿に記入している。
  2. 歩行訓練―歩行の方法、誘導のされ方を室内、外において実施
  3. 盲人卓球
  4. 年一回寮母が交代で午前中利用者と同じ日課で生活
  5. 車の乗り降り
  6. 身障センターにおいて視覚障害者についての研修を(四日間)受講する
    (アイマスク使用―歩行訓練、果物の皮むき、お茶入れ等日常生活の一部)

三、 全盲老連主催の研修

 現在実施されている各種研修の中でも、最も大事な研修は、全盲老連主催の「各職種別研修会」です。
 これは、全国五十カ所余り(併設特養を含む)の盲老人ホームの職員が、職種別に一堂に会し、施設のもつ、あるいは職員が抱える悩み、問題点をはじめ施設の特色、ユニークな処遇策などの意見交換、紹介などを行うものです。職種別だけに共通認識もあり、しかも比較的少人数での研修ということもあって、能率的ですし、例えば、よりよい援助のためにはどうしたらよいか。娯楽活動のあり方はといったきめ細かな話し合いも可能で成果も高い研修会です。
 現在、世界中でわが国ほど盲老人ホームの連帯感がある国は珍しいといわれています。こうした組織の充実は、盲老人ホームの職種にとって大変心強いことです。
 いま、盲老人ホームは地域盲老人のための核となるべく努力しており、全体的にそうした方向に着実に進んでいます。こうした中で、盲老人ホームが、本当に地域の中に溶け込み、地域センター的な役割を担うためには、やはり、職員自身が専門職としての知識と技術をしっかり身につけ、信頼されることが大切です。このためには、全盲老連が主催する各種の研修会が、いかに重要であるか、改めて認識していただきたいと思います。そして、全ての盲老人ホームの職員の資質向上を一層図り、より多くの成果をあげるよう努力しなければなりません。

一、他の研修会との違い
 全盲老連主催の研修会が重要であることを強調しましたが、その理由はというと―
 盲老人ホームの職員は、これまでにも何回か他の、例えば、養護の研修会あるいは特別養護の研修会などに参加しましたが、ここでも確かに全般的な老人処遇問題については参考になります。しかし、具体的に盲老人の援助問題となりますと、あまり参考’勉強にならないというのが、偽らざるところなのです。盲老人ホーム職員の援助対象者は、特殊なハンディを背負った盲老人なのです。ですから全般的、あるいは養護、特別養護における処遇問題での研修を受けても、やや的はずれの感もあり、満たされないものがあるのです。やはり、盲老人の特殊性を考慮した専門的な研修、研究ということなら、全盲老連主催による盲老人ホーム職員の研修会にまさるものはないのです。
 これは、決して盲老人ホームだけは別世界だとか閉鎖的ということではありません。養護や特養とは違った専門性があるという意味からです。
 ただ、ここで反省というか、そのあり方を考えるとき、「他の研修会は参考にならないから参加するのはやめよう」などといった考え方をもってはいけません。むしろ、積極的に参加すべきなのです。そして、盲老人の援助の方法や、盲老人の心理、生きがいなどについて積極的に発言し、理解を求めていくことが必要でしょう。これにより、ホーム以外の在宅盲老人、一般老人ホームや他の福祉施設との連携も深まります。ホーム職員はこうした視点をもって資質向上に努めたいものです。

二、研修会の成果
 各種研究会に参加したことによる成果は着々とあがっています。とくに、全盲老連主催の研修会による成果は顕著なものがあります。
 この研修会は、全国の各盲老人ホームが“持ち回り”方式で開催を担当するシステムを採用しております。他の研修会ではみられないユニークな方法だと思います。研修会開催に際しては全盲老連事務局とタイアップ、その研修のテーマを決めるための準備、勉強を事前にすることになりますので、担当施設の職員にとっては大変勉強になります。また、ときには参加者が施設に宿泊し、施設の一員という形で研修することもありますので、研修に全精力を傾けることができ、大変中味の濃いものになるわけです。
 また、こうしたシステムによる研修では、施設間の理解の増進、各職員の親睦、交流も深まり、連帯感の醸成に大きな成果をみせています。研修では、単なるその場における研修会にとどまらず、研修のたびに感想文集を発行したり、機関紙にその成果を報告したりして、“まとめ”も行っています。これは、次の飛躍へのステップとして大他重要なことなのです。
 このほか、昭和五十四年度からは全国各施設の寮母一~二人が、希望する施設に四~五日の予定で泊り込み、当核施設のいわば“臨時職員”の形で研修するというもので、相当の成果を上げています。
 こうした全盲老連の各職種別研修等により専門職として一層の磨きがかかり、資質の向上をみるなど、その成果は着々と上っています。今後とも、施設内外を問わず積極的に研修の場を活用し、将来、地域盲老人のためのサービスセンターとしての機能を備えたときには、その専門職としての能力をいかんなく発揮して、全ての盲老人の幸せのために援助できる職員になりたいものです。
 なお、別表に各種研修会の基本的な例を示しました。各施設は他にもいろいろな研修方法がありましょうが、参考までに表にしました。

●全盲老連主催研修

昭和六十年度職員研修会日程案内

  • (一) 第十八回総会・第十回施設長研修会
    松風荘(宮城県)
    昭和60年5月21日(火)~5月23日(木)
  • (二) 第五回新任寮母研修会
    聖明福祉協会(東京都)6月25日(火)~6月29日(土)
  • (三) 第七回栄養士調理員研修会
    松ケ丘葵荘(栃木県) 7月11日(木)~7月13日(土)
  • (四) 第十八回寮母研修会
    慈母園・光明園(奈良県)
    9月11日(水)~9月13日(金)
  • (五) 第八回看護婦研修会
    第二光が丘ハウス(福井県)
    10月16日(水)~10月18日(金)
  • (六) 第十四回指導員研修会
    千山荘(兵庫県) 11日6日(水)~11月8日(金)
  • (七) 交換研修
    11月18日(月)~11月23日(土)

四、 その他施設独自の研修会

  • (イ) 地域老人クラブとの交流
  • (ロ) 施設見学(先進地視察)
  • (ハ) 処遇技術研修基礎講座
  • (ニ) 栄養技術・給食研究会・調理研究会
  • (ホ) 防災講話・消防学校体験入学・防火管理資格講習会・危険物取扱い者講習会
  • (ヘ) 規律・接客技術訓練
  • (ト) リハビリテーション実技セミナー
  • (チ) 海外派遣研修

■島根県・湯の川温泉盲老人ホーム

昭和60度 施設内全体職員研修計画

予定月日 テーマ 研修内容 講師・方法等
四月三日 痴呆老人について 理解と介護 ビデオ
五月十五日 人との接し方 あいさつ 講師
六月五日 盲老人の心理について 盲老人に対する理解 講師・○○
七月三日 老人の健康管理と食生活 食事と栄養のバランス ビデオまたは講師・○○(保健所)
八月七日 老人に対する処遇 接し方・話し方 講師またはビデオ
九月四日 寝たきり老人に対する処遇 生きがいの引き出し方 ビデオ
十月二日 老人ホームにおける記録 ケース記録の書き方 講師・○○
十一月六日 盲老人の介護 日常生活援助 ビデオ
十二月四日 地域社会との交流 老人ホームの理解 講師・○○園長
一月二十二日 痴呆老人について 他施設における処遇実態 ビデオ
二月五日 精神障害老人の処遇 理解 講師
三月五日 職員の健康管理 成人病の予防 講師・○○医師

第二節 諸会議の開催状況

 会議は言うまでもなく職員一人ひとりが、意見の交換を通して、処遇上の意志統一を図るために行います。各職種間の意見調整、個々の問題に対する対応の確認、あるいは○○委員会というような委員会制度による代表者会議での企画立案を通して、同じレベル、方向で盲老人の援助に当ります。
《諸会議の種類・内容及び各種委員会》
~各施設の報告より

一、 会議

一、 職員会議
 職員会議は全職員参加を原則として次のような内容で行われます。

  1. 施設運営方針
  2. 業務打合せ
  3. 行事企画立案
  4. 諸規定の検討
  5. 処遇上の問題提起
  6. 各種研修報告
  7. 各職種間の意見交換

二、 運営会議(年三~四回)

  1. 職員人事に関する件 (決定は理事長、施設長)
  2. 事業運営方針の検討、運営上の諸問題
  3. 各パートよりの連絡報告
  4. 各委員よりの連絡、報告
  5. 処遇上の重要課題について審議

三、 主任会議(月一回)

  1. 併設施設の場合は、諸連絡・共通審議事項
  2. 各パート状況説明問題提起
  3. 研修に関すること
  4. 処遇上の問題
  5. 事業計画・処遇方針
  6. 業務内容の検討
  7. 人事関係

四、 処遇会議(週一回)

  1. 処遇方針の決定
  2. 行事計画
  3. ケース検討
  4. 日課表の決定
  5. 利用者のニードの把握
  6. クラブ活動

五、 ケース検討会議

  1. 処遇困難ケースの検討
  2. 個別処遇方針
  3. 利用者のニーズについて
  4. 各パートの援助内容の確認

六、 給食会議(月一回)

  1. 給食改善
  2. 献立検討・反省
  3. 栄養指導打合せ
  4. 利用者のニーズ・嗜好調査
  5. 配膳の方法
  6. 行事食について
  7. 衛生調査
  8. 残食調査
  9. 給食関係予算について

七、 寮母会議(月一~二回)

  1. 介護上の問題
  2. 寮母業務打合せ
  3. 研修

八、 全職員懇談会
 月一回、各居室、グループで話し合われた利用者の意見を、全職員がその対応について協議する。(利用者の要望~行事、生活改善、慰問等々)

二、 各種委員会

  • 一、地域福祉(在宅福祉)委員会
     各種在宅サービス内容の検討、および盲老人ホームと地域福祉とのかかわりについて検討。
  • 二、広報(通信)委員会
     広報、機関紙の作成
  • 三、介護、看護委員会
     介護上、あるいは看護上の諸問題について協議、研修
  • 四、研修委員会
     内部研修計画の作成、外部研修参加計画の作成、研修報告書の作成(研修報告誌)
  • 五、環境整備委員会
     園内諸設備の改善・盲老人ホームに必要な専門設備研究、盲老人ホームの生活、文化環境を考える。
  • 六、防災委員会
     防災に関する事項について検討
  • 七、保健委員会
     利用者の健康管理全般に渡る事項の検討
  • 八、ボランティア委員会
     ボランティアの育成、受入に関する検討
  • 九、行事企画委員会
     園内諸行事の企画、原案の提出

※文中会議の開催回数は平均的なものです。

■宮城県・松風荘(ケース検討会)

一、ケース名    A子  六十九歳

二、生年月日    大正四月八月五日生

三、利用年月日  昭和五十一年八月一日

四、利用理由
 単身生活をしており家庭内での日常生活は殆んど電化してあるので不自由ではないようだが、買物の外出については国道を横断したりするので難聴も手伝って非常に危険な状態にあり、単身で生活させておくことは危険ということで、施設利用は必要であるとの周囲の強い要望と、本人が周囲にこれ以上迷惑をかけられないという意志により利用した。

五、生活歴
 B郡C町にて故D氏、D夫人の五人兄弟の二番目として出生。小学三年の時に失明のため退学。十二~三歳時、角膜ジッシツ炎のため手術したが失敗。(左目)三十歳の時、○○町E家に嫁入り、3年後に夫を炭坑事故で亡くし、実家へ帰る。その後二~三年して○○村のF氏(祈とう師)のもとへ後妻にはいる。昭和四十七年夫を亡くし、以後は単身生活を送っていた。

六、健康状態
 昭和五十五年六月五日、胃潰瘍の為入院。その後診療所より投薬中。タバコは禁止されている。老人の部屋で吸っている。精薄。現在高度の痴呆の為H病院より投薬中。

七、問題点

  1. 理解力に欠け協調性がない為、同室者との些細なトラブルが絶えない。
  2. 理解力に欠けるため、禁止されている筈の煙草を吸っているようである。また、当然守るべき規律を守れない。
  3. 最近、突然大声で笑ったり歌ったり、賑やかな老人である。

八、対策と現状

  1. について
    • ○ 同室者より部屋の分担作業(掃除や当番)を全くしないとのことなので、毎朝玄関(入口)の窓掃除をするように声がけをしている。I老人が「することないよ」と本人に言っている様子。
    • ○ トラブルが起こる度に、両方の言い分を聞き、両方とも注意することにしているが、同室者がいると意地があるのか、聞こえないふりをする。寮母と二人だけのときは素直に聞くこともある。
  2. について
    • ○ 喫煙現場を見かけたときは必ず注意するが、I老人、J老人が隠れて吸わせているようで、いくら注意しても効果はない。
  3. について
    •  去る九月十八日より月に一度(毎月第三火曜日)定期的にH病院の精神科医の診察を受けている。

〈経過〉

九月十八日
 かなりの難聴の為、会話不能との診断。補聴器をつけるようにとの指示有。しかし本人頭痛がするからと拒むので現在は使用していない。生活面の指示と投薬はなし。

十月十六日

  • ○痴呆と診断。痴呆に効くという薬を投薬。日常生活の行動観察をすることの指示有。
  • ○投薬後、笑いや歌は以前にも増してひどくなっている。
  • ○粉薬のため入歯をはずして服用するので同室者に迷惑をかけている。現在はオブラートに包んで服用。
十一月二十日
 投薬後の経過を話し、診察してもらう。薬を替えるとの指示があった。以前よりも強い薬になるので、ふらつきに注意することとの指示があった。

以上が現状です。今後のよりよい処遇方法を御検討および御指導よろしくお願いします。

第VIII章 寮母業務

一、寮母業務内容

 盲老人ホームにおいて直接処遇職種としての中心は生活指導員と寮母といってもよいでしょう。生活指導員が盲老人に対する直接的援助は各種のソーシャルワークを軸とした個別援助が中心です。また直接介護に当たる場面も生じてきますがその業務の多様性と人的関係から継続的にということでは課題が残っています。しかし盲老人ホームにとって今後どうしても専門化していかなければならない分野において専門的分野の指導員を必要とすることも考えられます。
 歩行訓練、P・T、点字、朗読、音楽、デイケアー等や在宅盲老人に対する相談、援助等がその分野になって来るのかも知れません。これに対して盲老人ホームの寮母としての業務内容はどのようなものといえるでしょうか。
 また、寮母の業務の専門性が盲老人の生活の中で実際にどのような形で機能していくべきかを考えておく必要が有ります。

〈主たる業務〉

一、個別状況の把握

  1. ○生活歴 ○職歴(失明前、失明後) ○家族構成
    (関係) ○年金 ○健康保険 ○ホーム利用前の生活状況
  2. ○既応症 ○現症 ○通院 ○治寮状況 ○失明年令 ○原因
  3. ○視力障害の程度 ○視力障害によりもたらされる生活への影響 ○自立の程度 ○自立に影響を及ぼす素因 ○視覚障害に対する受けとめ(盲老人自身の)○盲学校、職業歩行訓練等の課程を経験しているか否か ○失明前、後の生活の違い
  4. ○趣味 ○余暇利用 ○友人関係
  5. ○性格 ○精神状況 ○家族の理解協力の度合い

二、介護関係

 自立への方策を模索しながら、介護の内容を個別に考える。

  1. 日常生活が自立している盲老人に対して~個々の自立の度合に応じ視力障害によりどうしても補いきれない部分に対する援助
    ○代筆、代読 ○外出(買い物、通院、帰省等々)○散歩 ○洗濯、補修 ○その他難かしいまたは危険と思われる機械、器具類の操作(講音、高速ダビング、アイロン、トースター、アンカ、湯タンポ、洗濯機、レンジ等々)
  2. 部分介助を要する盲老人に対して~部分介助が介護の方法により自立の方向へ持っていけるかどうかの判断(原因の理解と個別の目標の策定により)
    ○寝具の上げ下げ ○洗面 ○入浴 ○衣類の着脱 ○私物の整理 ○排尿、排便 ○整容 ○配膳 ○リハビリテーション ○方向、場所の確認 ○居室掃除○その他(1)に該当する項目
  3. 寝たきりの状態にある盲老人に対して~一過性のものであるか、継続的なものであるかの判断
    ○言語によるコミュニケーションの持続(定期的)○ベッド離床 ○体位変換 ○良好姿位の保持 ○水分保給 ○身辺自立訓練 ○ベッドメイク ○家族連絡 ○季節感の認知 ○清拭、洗髪 ○車椅子での散歩、日光浴 ○その他(1)、(2)に該当する項目
  4. 痴呆老人に対して~日常生活全般に対する介護とともに安全面での管理が要求されます。
    ○排尿、排便に関する介護(誘導方法、ポータブルトイレ、オムツ、尿器、誘導ロープ等々) ○居室管理全般 ○身体の清潔保持 ○衝突、転倒等の事故防止 ○特定の行動に対する介護 ○その他1、2、3に該当する項目

三、日課関係

 個別に対応する場面、全体的な働きかけを必要とする場面があります。

  1. 掃除関係
    ○居室(要介護者、手の届かない部分) ○トイレ ○廊下 ○玄関 ○その他必要に応じ
  2. 健康体操、散歩、運動等毎日の日課の中での健康管理
  3. クラブ、余暇活動に対する指導、援助、介護
  4. 入浴、理髪等の介助
  5. 食品、食器類等の衛生管理
  6. 衣類の補修、清潔保持、私物の整理等
  7. 金品の出し入れ確認~金品受渡し等に関すること
  8. 行事企画、準備、実施
  9. 各種打合せ、会議

四、相談助言

(1) 日常業務の中での話し合い、相談

  • ○身近の欲求―物品購入、外出・通院、身体上の訴え、居室内の対人関係
  • ○自己の内的苦脳―失明への不安、家庭復帰への期待、疾病を苦にしての悩み、病的な対人関係の悪化、死への恐怖等々への相談助言
  • ○痴呆老人、精神障害者等の訴えの受理―被害妄想、妄想等の訴えに対する受理
  • ○その他金銭管理に関すること、家族連絡、対人関係の調整等

五、記録

(1)ケース記録 (2)経過観察記録 (3)寮母日誌 (4)夜勤日誌 (2)金銭管理簿 (6)各種クラブ日誌 (7)各種連絡(食事変更届、体温の測定、外出、外泊簿) (8)私物預り品台帳 (9)日用品支給台帳 (10)出納帳(個別)

六、その他

  1. 研修に関すること―○内外研修会への出席 ○自己研鑚(盲老人ホームに勤める職員として)
  2. 他のパートとの関連業務―配膳、配食 ○通院入院等の介護等
  3. ホーム利用者個々の個別的理解

二、専門性の探究

 これが主たる業務内容として言えると思いますが、盲老人ホームである以上は、視力障害に対する理解が第一条件であることはいう迄もありません。盲老人にとっては同じ視力障害ということは、自己の内にある悩みの軽減と、安心感ということでの盲老人ホームの存在は大きな価値があると思います。しかしそこに働く職員、特に寮母は、このホームを利用するに至る個々の生活のプロセスを理解することは忘れてはならないことだと思います。その上で日常の生活援助を通じて、盲老人個々の自己実現を図ることが専門性につながって来るのではないでしょうか。老齢→失明→病弱→死という現実を寮母自らが、真剣に悩み始めた時に寮母自身も自己変革の一ステップを歩み、老人との真の交流ができてくると思います。

三、残された問題

 前章迄ほとんどの課題については、処遇および例について述べてきました。ここでは残された寮母業務の中で、担当の問題、居室管理、寝たきり老人に対する対応、相談業務の四点について考えてみたいと思います。

一、担当の役割

 居室担当は同一居室について年に一~二回というのが平均のようです。担当替についても各種の論議がありますが、全体を把握するという点においては年に一~二回の居室変更も必要になって来ると思われます。担当として特に利用者の援助上留意すべき事は次の諸点です。

  1. 利用者個々のプライバシーの確保
     例え集団の居室、とりわけ寝たきりの居室、また開放中の居室であってもノック、挨拶等は必ず行います。
  2. 居室に入った時は例え来室の目的が一個人であっても全員に声をかけるようにします。
  3. 担当として最も心を傾ける点は、利用者との人間交流であり、信頼を得ることです。交流は互に会話、スキンシップを通し、相手の人間性に触れ合える努力をすることが大切です。職員対老人という観念が盲老人にとって負担となるようでは寮母として何も期待することが出来ません。
  4. 問題の派生に当って
     問題の理解、派生時の利用者の置かれていた状況、周囲の反応を考慮に入れいたずらに騒いで問題を大きくすることを避けます。また他の老人の前での会話を慎しみます。利用者が興奮状態に有るときは、落ち着いて話しを聞く事に集中します。寮母の声の大きさや、なだめようと説得にかかることは再び興奮状態を呼び起こす原因となります。
  5. 担当の役割は上述の如き人間的援助とともに居室環境の整備があげられます。プライバシーの保たれた、部屋としての落ち着きと清潔さを常に提供します。
  6. 他居室老人との交流
     盲老人は他の晴眼老人に比し、生活空間が狭まりがちです。友人関係、異性との交流、散歩、クラブ活動等への参加を担当が主体となり積極的に働きかけます。ただし、強制的と受け取められる対応は寮母自身の言葉づかいや態度に原因があるので、盲老人にとってて苦痛を生じることがないよう留意します。(自発性をうながす動機づけ)

二、担当の作業分担―居室管理を中心として―

  1. 居室の整理、清掃
     居室は自己のプライバシーを確保できる唯一の空間です。盲老人が利用し易い工夫をともにします。清潔さ、利用しやすさ、安全さが要求されます。自立している盲老人にとっても、戸や障子の棧やタンス、下駄箱、テレビ、蛍光灯、押し入れ等手届かない場所の掃除はともにやるようにします。また静養室等ベッドの使用している居室では、ベッドの下部にほこりがたまりやすいので定期的に清掃にあたります。さらに床頭台は毎日点検します。
  2. 私物の管理
    • (イ) 床頭台および食器棚
       盲老人の生活する場所であるところから食品の管理、食器類の清潔保持は毎日の業務に必ず取り入れたいものです。また床頭台等のお金を入れてある場合もありますので、特にもの忘れの激しい老人等は、金額についても確認しておくことが必要です。
    • (ロ) 衣類の管理
       衣類は必ず名前をつけます。押入れタンス等は相談の上下着、上着、寝具タオル類等整理して収納するようにします。また季節により使用しない衣類の預りは、保管台帳を作成、保管庫に預ります。洗濯等外部業者への発注を依頼された場合は、名前の確認、ポケットの確認を行い、ノート等台帳に記入の上、伝票をつけ発注します。利用者には返納の際は、金額を知らせ、例え金銭の預り者であっても引き出しの際は連絡を怠たらないようにします。
  3. 温湿度の調節
     室内の温度、湿度は常時最適の状態を維持するよう工夫します。特に寒さのきびしい地方にあっては暖房のため空気が乾燥しがちで脱水、風邪の原因となりますので、特に湿度の調節に留意します。
     換気は一日二~三回は必要です。一般に寒暖ともに抵抗力が弱い老人の体質を知らず知らず寮母が助長していることのないようにします。
  4. 寝具類の日光消毒
     寝具類は目に見えない挨、ダニ等がつきやすく、湿疹等の原因にもなります。常に乾燥させるようにしておきます。
  5. 喫煙者に対する注意
     喫煙は指定された廊下、集会室等の使用が一般的ですが、居室で喫煙する盲老人についてはホーロー等の洗面器に灰皿を置きさらに水や湿気を含んだ小石等を敷き使用します。また夜間の喫煙については火災予防の観点から理解を求め特定の場所以外では喫煙を中止します。さらにタバコのすいがらは、各居室毎に吸い殼入れを置き定期的に回収します。
  6. 居室内での老人との話し合い(定期的または日課の中で)および援助手順例
    • (イ) 朝の挨拶
    • (ロ) 居室掃除
    • (ハ) 日課の説明(一日の日課の確認)
    • (ニ) 担当居室内の一日の要求、依頼等を聞き、実行の時間、内容等を相談する
    • (ホ) 健康体操、棒体操、竹踏み等盲老人とともに実施
    • (ヘ) リハビリ訓練者、クラブ参加者、外出者等の着替え
    • (ト) 代筆、家族連絡
       これらは作業(掃除等)のあい間、作業をしながら連絡できるもの、一緒にやらなければならないものまた盲老人が自分で出来ること等を判断、能率よく計画的に行う。
    • (チ) 病弱者に対して
      • ○ベッドメイギング(食品の食べかす、汚れ、シーツのしわ、バイリンシーツの点検、ポータブルトイレ洗浄)
      • ○排尿便表の記入、検温、清拭、体位変換、水分補給、洗面、義歯洗浄
      • ○室内換気、トイレ誘導、散歩

三、寝たきり老人に対する働きかけ

(一) 特別養護老人ホームの利用者に対する援助の目的はただ単に老人の保護という消極的なものではない。保護的ということは、

  • (イ) 身辺処理、基本的介護に、自立心を無視、職員サイドで援助を全て行ってしまうこと。
  • (ロ) 老人の意欲を管理的に規制すること。
  • (ハ) 何もさせないこと
  • (ニ) 極端に安全を考え過ぎる場合
  • (ホ) 職員意識~相手の人間性の真の理解

またこれを社会的枠の中で考えると

  • (イ) 老人の放置―家族意識
  • (ロ) 心身の退行―介護知識
  • (ハ) 心理的負担―栖山=老人ホーム
  • (ニ) 保護的性格―問題の本質からの逃避=老人ホームの量産

 これらが戦後、高度成長後の旧家族形態の崩壊となり、「立て前の福祉と収容保護性格の施設が現存している」ことになるのです。次に寝たきりになる原因を色々な角度から考慮しながら、特養においての援助の方法を恵明園の資料をもとに検討してみたいと思います。

  • (イ) 医療内容によると考えられるもの
     医師の治療内容が特定の疾患の治療に傾き、精神面また常時臥床状態が老人にとって、重大な廃失とみなしていない場合
  • (ロ) 介護、看護上の理由
     介護者が疾病に対する介護方法に知識がない場合
    (運動不足、常時臥床者に対する間違がえた同情等々)
  • (ハ) 常時臥床者の意欲の喪失~性格、疾患の内容、長期臥床
  • (ニ) 病気による者―骨折、重症者

 以上のように寝たきりになる原因は援助内容、方法によるものが圧倒的であり、特養利用時寝たきり者の家族に聞くとそのほとんどが病院に入院させたり、また在宅者は“全く手がかかりわがままで私ども家族の方がまいっているんです。本当に助かりました”と介護内容に関係なく自立への努力を怠っている。
 利用時既に機能廃疾を余儀なくされてきている訳である。多少なりとも理解有る病院で療養された老人は、車椅子自動位の程度は維持していることが多い。
 施設内の常時臥床者を考えてみよう。自立可能な老人と比べ知能(知的言動、行動)対人関係、意志の発動、生活意欲、生活空間、いずれをとっても劣る。しかしながら情報的固執、甘え、依存(心理的)、おむつへの固執から痴呆的状態は明確になっていることを真剣に考えている介護者がどれ位いるか……。
 一人の老人の援助を心身にわたり本当の援助出来る職員は今の特養には存在し得ない。自然に呆気ていく老人、おむつ老人皆自然の事と受け止めているところに特養の存在が疑問視される原因があるのであろう。
 老人ホーム利用後の寝たきりになる原因は先に述べた運動量の不足と、そのきっかけとしての尿、便の失禁である。

  • (イ) 介護者の接触の方法に重大な誤りがあり、介護者がそれに気付かない場合。常時失禁する訳ではないが時々失敗する場合、周囲の苦情や寮母の消極的な考えからまずおむつを当て、さらに失禁を言葉で老人に納得させようと無理に説得した場合。老人は“失禁”を感情的に“申し訳ない”“情けない”という気持からおむつへと移行する。
  • (ロ) 介護の努力不足
     おむつの当て方は熟知している介護者も尿、便器の自立への方向性を完全に心得ている人は少ない。相当の介護経験者程おむつに固執、自己の職業上の経験、プライドでしか物事の判断が出来ない傾向がある。尿、便器の使用は対象者、介護者とも相当の努力を要す。物に重篤な病の場合はやむを得ないとして、おむつ使用後間もない老人に“いいよおむつをしてあるんだから心配ないよ”と安心を強調しながら老人の呆ほう化を知らず知らず助長している場合がある。
  • (ハ) 個々の失禁者の性格状態などへの研究分析不足
     老人ホーム利用後手路の変形、拘縮が運動不足のため起ることがある。また拘縮の初期~中期にかけ疹痛を伴う場合が多い。特に脳卒中後遺症等の予後の不良体位、適度の訓練、運動不足などから放置されたケースにおいては、ほぼ全患者に見られる。これが心身の介護面での専門的職員集団の中でさえ見られることに、現在のホーム・ケアの貧困さがあると指摘されてもやむを得ない。
     失禁者(おむつ使用者)が皆同一の状態にある訳ではない。おむつ使用、寝たきりになればやむを得ないと判定する職員の意識的甘えの構造が老人の“死”へと直結している事に気付かなければならない。

(ニ) 常時臥床の状態より、何が失われるか。
 “寝たきり老人”という言葉についても是非論はあるが、直接介護に当る者として考えなければならない事はそのほとんどが前述の如く、人為的な要因が大きいところに問題がある。

  • (イ) 望ましい人間関係のバランス・コミュニケーションの崩壊
     常時臥床の状態は現在の居室編成上の問題もあるが、隣のベッドの老人とすら会話がない。全く他人が同居室に居住空間を同一にすることの問題は、
    • ○ 生活レベルの違い(生活感)
    • ○ 性格の違い
    • ○ 共通の話題の不足(他動による情報収集しか希望できない)
    • ○ 職員の関与方法
    • ○ 家族の面会回数
       など個々に相違があり、誰かが、主体的にならなければ話題がでてこない人間関係は、集団の中の心理的孤立という最も悪い状態であることを知らなければならない。
  • (ロ) 家庭との交流が受身になること
     寝たきりの状態での外泊、外出はまず望まれない。過去二~三の例はあるが、家族の余程の理解(ホーム利用前の家族関係が極めて良好、また配偶者が実権を握っている場合―過去の例はいずれも妻が居室で実権を有していたケースである。)がなければ実現しない。
  • (ハ) 楽しみを与える物に対する主体的(自力)認知
     例えば、春雪溶けを話に聞くことはできるが自分の意志で認知することができない。
  • (ニ) 身体の機能上の不完全さ(コンプレックス)
  • (ホ) レクリエーションを楽しむ場合
  • (ヘ) 人間としての独立性(条件整備が成されれば自立が部分的に可能)
  • (ト) 老人ホームにおける社会死(社会的期待がゼロになり、負担となってくる)
     社会的役割を介護者、周囲とも期待しなくなる。また最新臥床により意欲(特に生活面)、個性の消失が促進される。職員の対応も重要な課題となる。個性の強い老人、自己主張の強い老人に職員は均一化された適応性を求めていないかという疑問
  • (チ) 自己表出能力の衰退
     自己主張したい場合がありながら家族、職員に負担のかかることを考慮することにより、自己保身を図る。

 以上如くこの“失われるもの”がそのまま老人ホームでの処遇上の課題であるにもかかわらず、反対にその状態(失われていく)を促進している要素があるところに問題がある。この問題の解決に当って老人ホームは何をどのように志向していかなければならないかを考えていく。

(三) 常時臥床者に対する日常的援助

  • (イ) 老人個々の状態を分析、食事と食事の間一日二回位時間を決め、必ずベッドより起こしてやること。この際目的がなければならない。おやつ、趣味、音楽、離床等本人とよく話し合いの上決めること。
  • (ロ) 体位交換
  • (ハ) 臥床時の良好姿位に対する研究
     手足の拘縮などは先に述べたように人為的なものである。一日も早く臥床状態から脱するためには、臥床になった直後の良好姿位の保持が最も大切である。
     長期臥床が人間的全能力を喪失し、痴呆化していく過程を見過ごしてはならない。
  • (ニ) ビーズパットの使用、円座、バックレスト等の使用方法の習得
  • (ホ) 水分の補給
     老人ホームの看護の中で以外に見過ごされているのが水分補給である。担当に限らず居室に入った介護者は、吸呑の水補給に気を配ること。
  • (ヘ) 自立心を持たせる(自分でできることは自分でさせる)
     現在常時臥床者のほとんどが日常生活のほぼ全部分を介助に頼っている。その原因として考えられるのが、自分でやろうとする意欲を失わせる状態を長期間続けてきたことであろう。その状態というのは過保護でせっかくの残存機能、能力を退化させてきてしまったことに対する反省である。時間がかかる、見ているとイライラする、また後で直さなければならない等の理由でつい手を出しまう。家族や見学者はこれ程有難い所はないと言うが、対象者にとっては意欲の喪失機能衰退から”死期”を早めているにすぎないのである。“死”の手助けを意識なく行っているのである。毎日の介護の一つ一つが”生”への直接的援助であることを忘れてはならない。まず大切なことは動機付けである。
  • (ト) 身の回りの動作の実用的訓練(方法については別項)
     実用的訓練は主として身体面(動作面)のみを重視しがちであるが、頭を使うことも同時に考えなければならない。頭を使うというのは悩みを多く持つという事ではなく、単に刺激、激励を与え自立に向け自ら工夫するということです。低い実現可能な目標を常に持たせともに前進する姿勢を持つことが大切である。
  • (チ) 言語によるコミュニケーション
     言語による意志の交流は人間社会でも基本的な手段である。しかし常時臥床状態になると、受動的状態でしかのコミュニケーションを得られない。言語、特に発語、会話内容と心身の機能減退との相関は明らかである。その意味において介護上次の点を実施すること。
    • ○ 意志の発露を促すこと
       介護者の話しかけはとくに連絡のみに終始することが多い。例えば朝の放送の連絡事項なども個々の意見を確認すること、など会話の主体、客体、介護者としての職務上の自覚が必要である。
    • ○ 個々が何を欲しているかを理解すること
       従来言われていたことであるが、担当の個人的理解であってはいけない。家族のこと、日常のこと、毎日何を望んでいるかを把握すること。
    • ○ 身近な事(同室者の話題、行事、季節等々)に対する興味、関心の材料を常に整えておくこと
  • (リ) 行事参加
     行事等への参加は常に前もって連絡し、常時臥床者にとってどのような形態での参加が望ましいのかをともに考える。
    • ○ 常時臥床者主体の誕生会を本年度一回開催すること
    • ○ お好み食(居室単位)の実施
  • (ヌ) 趣味の活用
     常に(適度な)刺激を与えるために個々の欲求を把握するが、問題はその実行方法である。
    例・・法話テープを聞きたい等の欲求に対し担当が準備、担当が他の作業に従事している間はその居室に入る他の介護者に引き継ぎをする。
  • (ル) 生活に変化をもたせる
     単調な生活からの脱出は他力に依存する。食事、散歩等生活に変化をもたせる。
  • (ヲ) 家族連絡
    • ○ 文通 (返信依頼)
    • ○ 電話 (散歩時等々)
    • ○ 面会への要請
    • ○ 外出、外泊の相談
  • (ワ) 季節感覚の認知
     時期、時期のものを実際に連れていったり、もってきたり認知させること。
  • (カ) 自己の身体上のハンディ、あきらめ、落ちこみなどから意欲をもたせる動機付
  • (ヨ) 身辺自立程度の把握
     現在日常生活において介護を受けている状態に自力行動の可能性が全くないのか、またどの部分に真の介護が必要なのかを分析する。分析された結果は担当のみでなく全職員が同一レベルで介護に当れるように明示すること。
  • (タ) いずれにしても常時臥床者が老人ホームで終生収容を余儀なくされていることに社会的問題があり、ホームの介護は彼らが現在置かれている状況、心情に介護者はどれだけ近づけるかという真剣さにかかる。職場は自己(介護者)のためのものではなく、対象者(老人)の”生”への最後の砦となっている現実に着目しなければならない。

四、相談業務

 相談業務は介護者の中でも最も大切なそして難しい仕事である。
 相談業務と一口に言っても内容により判断、対応が異なる。即ち、病的(ノイローゼ、精神病、痴呆等、また一般状態の悪化に付随して起きるソウ、ウツ症、神経症―いわゆる心因性)な人の治療的領域、問題解決に困っている人の相談を受ける領域が有り、助言、援助方法が違うことを念頭に入れる。次に相談の受け方を示す。

  1. 相手を尊重すること。相談を受ける時は対象者の程度がどうであろうと、対等の人間として対すること。心から相談にのるという態度を保持すること。”また愚痴が始まった””困った”とかいう観念を持つことは既に相談にのる資格を失っていることを知らなければならない。
  2. 受容的態度
     相手の言うことに批判を加えない。例えば「自分が今のようになったのは自分の親のせいです」「そうだ!!貴方は何も悪くない。全て親が悪い」とか、「自分のことを棚にあげ、親のせいにするのはおかしいんではないか」等返答がでることが批判的ということで「貴方は親が悪いと思っているのですね」と相手の言うことをそのまま返すとか、自己の次の思考を客観的なものにする。人は誰でも自己保持のための合理化(逃避)を行おうとする。それをさらに手助けする結果になることを慎まなければならない。
  3. 共感的理解(相手の置かれている立場になって理解すること。相談は受ける側の思考を相手の側がどう自分で決定することができるかという為の援助である。結論を相手の意志と無関係に出すことを控えることが大切。
  4. ラポートの確立
     ラポートとは相互の親近感を示す。一般の企業、病院などのケース・ワーカー、カウンセラーと収容施設である老人ホームとはおのずからラポートの取り方が異なる。前者はその場の雰囲気、表情、居室の広さ、配色、机の場所、秘密の保持などに重点が置かれ、後者は日常生活の介護の中で自分を選択されてラポートを確立、相談を得るのである。即ち自己の勤務状況、人間性を観察されていることに気付かなければならない。
  5. 反復(山ビコ法)
     技術的な内容に触れていくと山彦法というような会話の技術がある。「全く○○さんは生意気だ」というような相談を受けるとつい「何が、一体どうしたのですか?」と問いたくなるが「○○さんは生意気ですか?」と同じ言葉を使って問い返す。相手に強制感を与えず、相手の発言を確認しつつ共感、理解を得、自己を見つめる機会を与え、しかも、問いを発している。
  6. 内容の確認と明確化
     相談者は色々と話をしているうちに話がまったく違う方向に進んでいたり、先の話とちぐはぐになってくることがある。痴呆、呆けのある対象者にとっては尚更のことである。話をしている本人が既に混乱してきているのであり、このような場合は、内容を理解して相手の気持(感情)を明確にしてやること。例えば、「今のまま薬を飲んでいれば私は良くないのですか」というのは、良くならないのではないかとの不安を逆に表わした言葉であることに気付く。このような際に「良くならないと思うような気持もある訳ですね」と相手の気持を明らかにしてやることである。
  7. 感情の把握
     相手の話の内容の理解と同時に話をするに至った動機、感情の流れをつかむことはさらに重要である。例えば、ある著名な心理学者が、小学校低学年の子供とキャンプに行った時、クラスの一少女が学者の所へ来て”先生札幌ってどちらですか?”とたずねた。先生は”札幌はあの山の向こうだよ”と答えた。その少女は”ふーん”といって引率の先生のところへ行き同じ質問をした。引率の先生は”○子ちゃん、お母さんのところへ帰りたくなったんだね”というと、その少女は先生にしがみついた。というように感情の動きをその状況により洞察を加え、言葉の意味をくみとることが大切だということである。
  8. 相手の話の筋を変えたり言葉尻をとらない。
  9. 関係のない質問をしない。
  10. 返答に困った時は、”私も返答に困っているんです”と真実を伝えること。ごまかし、その場限りの返答が不信感を招く。自己の立場を明示することにより、さらに相手の思考が進む。
  11. 時間の制限
     時間の制限は、相手に話の要点をまとめさせるのに役立つ。一時に長時間の面接より、回数を多くすることが有効。
  12. 沈黙の時間
     相談業務に無知な職員程沈黙をきらい、何とか相手から話を聞こうと、自己勝手な考えで一生懸命話をする。相手は話をする意欲を失い、聞き手に回る。相談者は、自分の話し方が良かったので相手は納得したと思い込み、無知の上塗りをする。沈黙は思考中ということを肝に命ずるべし。
  13. 秘密保持
     よく廊下等で、老人のことを話している職員がいる。老人がいても話をするということは、いかに相手の人間性を無視しているかの表われであり、職員として不適格である。信頼と人間愛なくして人対人の援助はあり得ない。例え同僚であっても個々人の秘密保持に常に気を配る。ケース・レコードに記載されていることは、口外を慎むこと。
  14. 各パートとの連絡
     相談内容の判断は、必ず上司に相談、それぞれのパートで処理すべきことはすみやかに連絡すること。他のパートへの連絡は必ずその責任者を通すこと。またそれらの内容については必ず記録をとること。
  15. 相談内容の実施に当って
     相手の気持を十分に組み入れているかどうかを考えてみること。全体の和を考えること。
     職員サイドの意志が強すぎないか検討にあたること。

 以上の事柄を理解できない限り問題解決の正しい方向は見出せない。

第IX章 処遇困難事例から

〈痴呆老人に対する対応〉

一、痴呆とぼけ

 最近、全国の老人ホームのみならず病院、あるいは在宅で生活するお年寄にこの問題が大きく取り上げられています。ぼけと痴呆との表現についても統一された見解はまだ明確ではないようです。
 明確にぼけと痴呆とを区別した考え方では、ぼけとは身近に誰にでも起こりうる現象で、中には治療の対象となる状態も表出することもありますが、治療や環境の調整等でかなりの改善を見込めるケースもあるとしています。これに対して痴呆とは、主に脳の器質的病変により生じる全搬性の知能低下で不可逆的(元に戻らない)なものとしています。またぼけと痴呆とを同義語として専門的には「ぼけ」を痴呆というとしている文献もあります。ここでは専門的に「ぼけ」あるいは「痴呆」についての理論性を追求することが主目的ではないので、「痴呆」として統一して考えていきたいと思います。

二、痴呆の原因疾患~老年期の精神疾患

 老年期の精神疾患は主に表9-1のように分類されています。
 しかし、これらの精神疾患の全てが痴呆症状の誘因となるとは限りません。ここではよく言われている老人痴呆と脳血管性痴呆について簡単にその特徴をまとめてみました。

表9-1 老年期にみられる主な精神疾患

A.器質性精神疾患 老年痴呆
脳血管性精神障害 脳血管性痴呆など
いわゆる初老期痴呆 アルツハイマー病,ピック病
クロイツフェルド・ヤコブ病など
進行麻痺
その他 頭部外傷,中毒,脳炎,脳腫瘍,
アルコール痴呆などによる精神障害のほか
ハンチントン舞踊病,クレペリン病,
進行性皮質下グリオーシス,
小脳変性疾患などの稀な疾患がある
B.機能性精神疾患 躁病
うつ病
分裂病および分裂病様疾患
神経症および心因反応
その他 薬物やアルコール依存,症状精神病など

注)柄澤 昭秀 『老人のぼけの臨床』医学書院

一、老年痴呆

 六十五歳以降に出現する痴呆で脳の萎縮の進行過程に起因するといわれています。脳の萎縮は、一度そのような状態になると再生することはなく原因についても不明です。痴呆状態の出現はゆるやかに進み、周囲の人々が気づいた時は相当進行した状況になっていることも多くあります。
 老年期の痴呆とは、「一度成熟した成人脳が、脳の器質的病変を基礎にして精神機能が低下した状態」~ぼけと上手に接する方法(長谷川和夫監修 英和出版一九八三)~とされていますが、その臨床的特徴は全般的な知的機能の低下です。その症状は、初期の段階では知的機能の低下よりも、前と何となく性格が変わってきたかなあと思えるような性格変化や、いらいらしたり、急にぼんやりする、あきっぽくなる等の情緒面での障害が多く見受けられます。さらに状態が進行すると徘徊や不眠、妄想、弄便等が起きてくるようになり家庭での介護も限界に近づいた状態となります。また知的な低下としては、記憶、記銘力の障害が生じ、もの忘れ、(置き忘れ、しまい忘れ)や身近におきた最近の出来事を忘れる、一度記憶したことを思い出せない等の状態が徐々に強まってきます。自分の居場所が分からなくなったり、外出すると家に帰れなくなったりする見当識障害ということも起ってきます。この先見当というのは、場所に限らず、時の錯誤や人物誤認等にも表われてくることがあります。
 表は、老人性痴呆と仮性痴呆に見られる症状の違いです。仮性痴呆というのは、老人のうつ病等により自己の抑制症状、気力減退や注意の保持が困難なために、動作や思考の程度が鈍くなり知的能力の減退が表われてくる状態でうつ病等の軽快により回復する一過性のものです。(老年期の臨床心理学~井上勝也 一九八三)

表9-2 痴呆と仮性痴呆の臨床的相違[Wells & Duncan,1980]

痴呆 仮性痴呆
1.発症は緩徐であり,持続的。 1.比較的急性あるいは亜急性の発症で長期持続しない。
2.もの忘れを訴えることは少ない。 2.忘れっぽくなったことを強く訴える。
3.もの忘れの程度や状態を詳細にいえないことが多い。 3.ぼけてきたことを細かく訴えることが多い。
4.不関的態度 4.いかにもつらそうに訴えてくる。
5.遠隔記憶よりも近接記憶の障害のほうが目立つ。 5.両方同程度に障害されている。
6.健忘は全般性。 6.一定の時期だけの健忘がよくみられる。
7.注意力や集中力は不完全。 7.注意力や集中力は保たれている。
8.いわゆる”near miss”応答が目立つ。 8.いわゆる”don’t know”という応答が多い。
9.ぼけてきたことをかくしたがる。 9.ぼけてきたことを強調する。
10.懸命に作業や問題にとりくむ。 10.単純な作業でもはじめから投げだしてしまいやすい。
11.少しでも問題や作業ができた時には喜ぶことが多い。 11.失敗を強調する。
12.もの忘れに対してカレンダーやメモを使うことが多い。 12.もの忘れを補おうとする態度はみられない。
13.同程度の作業であれば,そのでき具合いは一定していることが多い。 13.同程度の作業であってもでき具合いにバラツキがみられる。
14.情動は不安定となり狭小化する。 14.気分の変化はみられるが狭小化されることはない。
15.日常生活は一見保たれていることが多い。 15.早朝から日常生活への不適応が目立つ。
16.見当識のテストではふだん見慣れないものを日常見慣れているものとまちがえる。 16.いわゆる”don't know”応答がみられることが多い。
17.行動とぼけの程度が一致。 17.行動とぼけの程度が不一致。
18.夜間症状が悪化することが多い。 18.夜間症状が悪化することは少ない。
19.精神疾患の既往は少ない。 19.精神疾患の既往があることが多い。

二、脳血管性痴呆

表9-3 脳血管性痴呆と老年痴呆の比較

脳血管性痴呆 老年痴呆
性差 男性に多い 女性に多い
経過 階段状進行 症状動揺 直線的進行
痴呆 斑状痴呆(まだら痴呆) 全般的痴呆
病識 初期にあり 乏しいか欠如
人格 初期にはよく保たれる 早期より障害されやすい
身体症状 しばしば頭痛,めまい,高血圧,脳虚血発作,卒中発作,神経学的症状など 少ない
脳局所症状 しばしばあり 明瞭でない
脳波 局所異常波出現しやすい 全般的徐波化
CT 大脳表面萎縮および脳室拡大程度ないし中等度低吸収域を認めることあり 大脳表面萎縮および脳室拡大高度

西村健,播口之郎,―痴呆をめぐって―(大阪大医学部,臨床のあゆみ別刷 1984)

(脳動脈硬化性痴呆多発性脳梗塞性痴呆)
 脳梗塞や、脳血栓等のように脳の血管の障害により生じ、比較的男性に多いとされています。症状は、一度に進行することはなく階段的経過をたどります。よく入院患者が退院時に迎えに来た家族に貴方はどちらさんですか?
のがこれにあてはまります。血管の一部の損傷により障害を受けた部分の症状が表出してくる訳で、しびれや頭痛、めまい等を伴うこともあります。
 脳卒中の老人にあっては、失語、片麻痺等によりA・D・L(日常生活動作能力)の全般的機能が損なわれることが多いものです。できるだけ機能の回復につとめ、あきらめや失望による二次的なぼけを引き起こすことのないように最大の注意を払います。

表9-4 痴呆

重度 中度 軽度
ア.記憶障害 自分の名前がわからない寸前のことも忘れる 最近の出来事がわからない 物忘れ,置き忘れが目立つ
イ.失見当 自分の部屋がわからない 時々自分の部屋がどこにあるのかわからない 異った環境におかれると一時的にどこにいるのかわからなくなる

表9-5 痴呆の程度 前掲大阪大医学部臨床のあゆみ別刷より

精神機能 軽症 中等症 重症
記憶 最近の出来事をしばしば忘れる。古い記憶はほぼ正常。 最近の出来事の記憶困難。
古い記憶の部分的脱落。
新しい出来事は全く記憶できない。古い記憶の残存もわずか。
見当識 軽度の見当識障害。年月日が不正確。場所,人物は大体わかる。 かなりの見当識障害。年月日,時間がわからない。場所,人物が不正確。 高度の失見当識。年月日,時間,場所,人物のすべてがわからない。
会話 通常の日常会話はほぼ可能。複雑な内容の会話は困難。 簡単な会話がかろうじて可能。 簡単な会話も困難。
日常生活 興味の減退,注意力減退,
複雑な家事や整理が不完全。
日常生活でしばしば部分的介助を要する。
しばしば失禁。
日常生活で全面的介助を要する。
常時失禁。

表9-6 老人「ぼけ」の程度の臨床的判定基準(柄澤昭秀)

*原則として,悪い症状を重視して判定する

(-) :活発な精神活動(知的活動)のあることが認め得た場合(±)
(±) : ●日常生活における,通常の会話が可能
●ぼけの徴候,たとえば失見当,粗大な記憶障害,関心の低下,不潔などは認められていない
●手助けを必要とする程度の知的衰退がない
(+1):●軽度のぼけ
日常会話や理解は大体可能だが,内容に乏しく,あるいは不完全
社会的な出来事等への興味や関心の低下
生活指導,ときに介助を必要とする程度の知的衰退
(+2):●中度のぼけ 簡単な日常会話がどうやら可能
なれない環境での一時的失見当
しばしば介助が必要,金銭の管理,投薬の管理が必要なことが多い
(+3):●高度のぼけ 簡単な日常会話すら困難
施設内での失見当,さっき食事をしたことすら忘れる。
常時手助けが必要
(+4):●非常に高度のぼけ 自分の名前すら忘れる。
寸前のことも忘れる。
自分の部屋がわからない。
身近な家族のこともわからない。

三、痴呆の程度と判定

一、昭和五十九年九月、厚生省社会局長通知、社老第百七号「老人ホームの利用判定について」

 老人の痴呆の程度は、進行の度合や症状によりその都度チェックし確めることが必要です。盲老人ホームにおいてもその程度が直接処遇にすぐ役立つということはないでしょうが、専門医に相談する際には貴重な資料となります。
 さらに次のような内容をより理解しておくことは痴呆老人と日常会話をしたり交流を保持していく上で基本的なことといえます。

  1. 生活史
    職業(若い頃の仕事、働きぶり)退職後の生活。趣味。学歴。
  2. 家族構成
    同居していた家族。最も頼りにしたり心配していた家族。家族の関係。
  3. 性格
    若い頃の性格。最近の性格。
  4. 現症
    主に当面困っている問題や気付いている点。
  5. 経過
     いつ頃から始まったか。急におかしな言動が始まったか。どのような言動が始めであったか。考えられる原因は。急に環境が変わったか。
  6. 会話の中で
     つじつまのあわないことがあるか。生年月日等(古い記憶)は覚えているが新しい記憶(年齢)は忘れている。など

 これらは、痴呆老人をどう処遇するかというおごった気持ではなくまず理解し、暖かくつつみこむという最初の原則を忘れないためにも是非頭にいれておきたいものです。

表9-7 簡易知的機能評価スケール(長谷川式)

No. 質問内容 配点
1. 今日は何日? 何月何日 何曜日 0,3
2. ここはどこですか? 0,2.5
3. 年齢は?(3~4年以内は正) 0,2
4. 最近おこった出来事(ケースによって特別なこと,周囲の人々から予め聞いておく)から,何年(何カ月)くらいたちましたか? あるいは,いつごろでしたか? 0,2.5
5. 生まれたのはどこですか?(出生地) 0,2
6. 大東亜戦争が終わった(または関東大震災があった)のはいつですか?(3~4年以内は正) 0,3.5
7. 1年は何日?(または1時間は何分?) 0,2.5
8. 日本の総理大臣は? 0,3
9. 100から7を順に引いて下さい。100-7=93,93-7=86 0,2,4
10. 数字の逆唱 例えば6-8-2,3-5-2-9逆にいって下さい 0,2,4
0,0.5
11. 5つの物品テスト 例:たばこ,マッチ,鍵,時計,ペンを一つずついわせて,それらをかくし,何があったかを問う 1.5,2.5
3.5

二、視力および聴力の障害

 長谷川和夫監修「ボケと上手に接する方法」の中でこの問題にふれ、「ぼけ」の老人は「ぼけ」のない老人に比較すると、一般に視力、聴力の障害を多く持っています、と述べています。視力や聴力のおとろえによりしばしば被害的になり妄想をきたすことはよく知られています。外部からの情報や目前での出来事、物の認知等を適切に判断することが困難なために、自分独自の状況の判断を下してしまうこともあります。しかし、傾向としてということで、その因果関係については明確ではなくむしろこの点については後述するように介護上の問題として考えていかなければならないと思います。

中島紀恵子ほか,「呆気老人をかかえる家族の実態」

表9-8 介護上の困難 (複数回答)

介護上の困難項目 総数(658名)
大変なこと 用便の世話をすること 334(50.8%)
入浴(清拭を含む)の世話をすること 298(45.3%)
夜,老人の世話で眠れないこと 278(42.2%)
着がえの世話をすること 225(34.2%)
食事の世話をすること 184(28.0%)
老人の話を聞くこと 171(26.0%)
移動,歩行の世話をすること 148(22.5%)
その他 96(14.6%)
困っていること 世話をすることを助けてくれる人がいないこと 281(42.7%)
外に出るのをとめること 266(40.4%)
同じことを何度も聞かれること 260(39.5%)
興奮をしずめること 199(30.2%)
罪をきせられ責められること 120(18.2%)
介護者が病弱なこと 113(17.2%)
暴力をふるわれたり攻撃されること 97(14.7%)
その他 128(19.5%)

四、痴呆老人の介護

一、本論の「盲老人ホームにおける痴呆老人の処遇」に入る前に、日常、一般家庭において痴呆老人をかかえる家族が介護上どのような困難を感じているかをみてみました。一人の痴呆老人が全ての要因をかかえている訳ではありませんが主に困っていることを考えてみますと、物質的な援助や肉体的援助ではカバーできない問題ばかりです。しかも同じ状態がほとんど昼夜の区別なく継続的に起きてくる訳です。家族は肉体的にも精神的にも大きな負担をしいられています。昭和五十九年に厚生省から通達のあった痴呆老人ホーム利用についての基準も、家族が負担は軽減されたいが病院へは……という心の抵抗を鑑み、より人間的処遇を求めるという背景があるように思われます。
 盲人養護老人ホームでは本来そのような老人は特養へということですので利用対象とはいえないのですが、実際には長年盲老人ホームで生活しているうちに痴呆の症状が出現してきたという盲老人が多いというのが実情のようです。

二、盲老人ホームにおける痴呆老人

 盲老人ホームで生活している痴呆症状を呈する盲老人に対する介護で最も特徴的なことはいうまでもなく視覚障害という二重の障害を有することです。精神的には正常な盲老人でさえ時として場所の認知や方向を間違える訳ですから、自分の行動を意識的にコントロールすることの困難な盲老人にとっては晴眼の痴呆症老人にとってはなんでもない状況であっても事故につながったり、行動の規制も一部やむを得ないという場面も出てきます。基本的には同じ心構え、知識が必要ですが、日常の援助の中ではやはり特別なプログラムを組まざるを得ない場面も生じてくると思います。ここでは各ホームが実際に直面している痴呆老人の処遇上困難なケースを項目別に取り上げてみます。

(一) 徘徊―どこともなく歩き回る状態をいいます。
 介護する側にとっては最も困る行動で日中、夜間を問わず歩き回るため目が離されません。一度外出すると先見当と重なり行方不明になり、時として事故に結びつくので注意が必要です。時に盲人の場合は転倒、衝突、転落等の防止に万全の措置を講ずると同時に、自由性を確保していくことも必要になります。これらのことを基本として各ホームの現況を見てみます。

〈各ホームの対応例〉

  1. 日中はできるだけ自由にする。
    • ○行動のパターンを注意深く観察、安全を確保しながら見守る。廊下、居室等に危険な物は置かれていないかチェック、廊下の角等はケガの防止のためのクッション等取りつけ。
    • ○必要な行動範囲に誘導ロープを使用(トイレ、洗面所等)
    • ○職員が一名後をついて行き、疲れた時を見計らってつれて帰る。
    • ○弱視者と同室にして、外へ出た時連絡してもらう。
  2. 日中出来るだけ規則正しい生活を過ごすようにしている。
    • ○クラブ活動、行事等への参加
    • ○痴呆老人のみゲームや唄、散歩等毎日プログラムを組み職員が交代で介護に当っている。
    • ○話し合いを中心に昔話し等をしている。
    • ○家族に協力を御願いして毎日一回電話による交流を行っている。
    • ○本人の希望する場所にできるだけつれていくようにしている。
    • ○夜間十分な睡眠が得られるよう日中適度な運動をさせている。
    • ○一日を通しリズムのある生活をさせるよう日課の中で配慮している。(歯みがき、洗面、体操、日光浴、散歩、クラブ等)
  3. 夜間の俳徊
    • ○巡回の強化
    • ○夜間は居室から廊下まで誘導ロープ使用。
    • ○夜間のみ施錠、ポータブルトイレ使用。
    • ○スリッパに鈴をつける。
    • ○夜間のみ自由に歩き回れる場所をきめている。(ホール、特定の棟等)

アンケートにはこのような内容が主として出てきていますが、実際の場面ではさらに数々の創意工夫がなされていると思います。特に俳徊は、幻覚等を伴い本人がその場所に落ちついていれない心境になっているので、ある程度本人にとって納得のすむ行動をさせる事も必要です。昼夜を問わず職員の都合で居室に施錠してある等の抑制は逆効果で興奮等の原因になりかねないことも配慮に入れておきます。

(二) 物忘れ
 視覚障害のために目の前に探し物があってもしまいこんだと思い込んだり、盗まれたと騒ぐことも度々見受けられることです。時に出現するのであればさほど心配はいらないのですが常同的になるとやはり問題です。このような場合には次のような点に留意して介護に当ってみましょう。

  1. 置き忘れ、しまい込む
     一緒に探す。自分の目的とする物が見当らないとイ
    ライラしたり、他人のせいにしたりしがちです。この
    ような場合は一諸に探してあげるのはむろんですが、
    貴重品はヒモをつけるとか、しまい込むタンス類や整
    理箱は少めにして迷わないようにします。また他人に
    迷惑のかかる回数の多い盲老人の物には、見えやすい
    ところに名前を書いておくようにします。また持ち物
    の一覧表を作っておくようにします。
  2. 食事等を忘れる
    • ○一度の摂取量を少なめにし、間におにぎりやパン等を出すようにしている。
    • ○夜間は暖かい牛乳を飲ませると比較的落ちつく。
    • ○他の興味のあることへ誘導するが、“さっき食べたでしょう”とはいわないようにする。
    • ○毎食後、今日は何を食べ、何がおいしかったかを話し合い確認する。

(三) 排泄に関する諸問題

  1. 失禁
    • ○日中は定期的にトイレ誘導(排尿、便時間の調査にもとずき)
    • ○夜間はポータブルトイレ使用+定時オムツ交換。
    • ○時間をきめトイレへ誘導するが失敗した場合も騒がず、衣類交換、シャワーにての清拭を行っている。
    • ○失禁しても衣類の交換を拒否する際は、他の汚物で汚れたと説明、失禁については触れないようにする。
    • ○自分で衣類やオムツをはずしてしまう盲老人には、特殊寝巻きを使用する場合もある。
    • ○視覚障害が主たる原因で、トイレやポータブルトイレの位置が分からず失禁する場合はロープを使用して誘導する。
  2. 不潔行為
     痴呆老人の問題の一つに弄便があります。トイレの中で用を足した後、自分の便をいじったり、寝たきりの老人が自分の便をつかんで投げたり、衣類、ベットにこすりつけたりすることもあります。人格の崩壊がかなり進んだ時に起きるとされていますが、時として急激な環境の変化による錯乱や、自分で始末出来ない焦燥等の心因的要因により引きおこされることもあります。
    • ○失禁した状態にして長い時間、間を置かないこと。
    • ○トイレに行った後は必ず確認すること。
    • ○つなぎ等の特殊衣料はやむを得ない状況の時以外は使用しないこと。
    • ○食事、水分摂取、間食等は出来るだけ記録し排尿、便等との時間関係、傾向を調べておくこと等。
    • ○トイレの場所の認知ができない場合や、居室、廊下等で用を足してしまう場合もありますが、これらは根気づよく前述のような対応をくり返すことが大切です。またどうしても洋式トイレに対する違和感から便器を汚したり、また排便等が出来ないケースもあり、それぞれの対応に工夫が望まれます。

表9-9観察のチェックリスト―その1(1ヵ月単位)

はい 時々 いいえ
1.排尿回数は5~6回程度ですか
2.トイレに行く時間はほぼ決まっていますか
3.排便は1~2日毎に1度はありますか
4.夜はよく眠っていますか

観察のチェックリスト その2(1ヵ月単位)

はい 時々 いいえ
1.トイレに行こうとする意志がみられますか
2.言葉をつかってトイレに行きたいといえますか
3.日中のトイレの往復は間違いなくできますか
4.夜間のトイレの往復は間違いなくできますか
5.着衣をさげる,またはぬぐことができますか
6.着衣をきる,またはあげることができますか
7.便器へ上手にからだをもっていくことができますか
8.水を流すことができますか
(水洗でない場合は「はい」に○印)
9.排泄後紙をつかってふくことができますか
10.紙を便器にすてることができますか

 介護上、痴呆老人の失禁については基本的なことがらがいくつかありますので紹介しておきます。(中島紀恵子 ぼけ~理解と看護より―時事通信社、S五十八―)

〈上手な対応〉

  • ○敬意のこもったことばをつかう。
  • ○「あれ」「これ」といった指示語を使わない。
  • ○互に見えるところで言葉を交す。
  • ○簡潔かつ具体的に。
  • ○ゆっくり、やさしい声で。
  • ○やさしいボディタッチで。
  • ○合理的誘導を。
  • ○やり終えた時は喜びあう。

〈下手な対応〉

  • ○叱る
  • ○激励する
  • ○つきはなす
  • ○がっかりした言動をする。
  • ○訂正する
  • ○無視する
  • ○ことばや行動の先取り
  • ○潔ぺき
  • ○失敗に大騒ぎ

 さらに同じ資料から、失禁の観察チェックについて参考資料を掲示します。チェック表1の回数、2の時間、3の排便時間が「はい」の○印でしたら規則的に誘導して下さい。時々失敗しても自力でするように介助します。4が「いいえ」で夜間頻繁にトイレに行くようでしたら保温、水分、食事等が適切かどうかを確認して下さい。またその上に「夜騒ぐ」「寝ない」などの状態が続いているようでしたら専門医に受診が必要です。チェックリストその二は排泄動作の観察ポイントで、○印のついた項目が老人の持っている能力で「はい」に○印がついた項目以外はそれぞれの創意で介護の方法を考えていく必要があるという訳です。いずれにしても、トイレの失敗を老人の心の負担とさせない努力が一番大切です。
(四) 昼夜の区別がつかない、夜間騒ぐ、大声を上げる等
 視覚障害等で夜中に目が覚めると昼と夜の区別がつかない場合もあります。単なる感違いですませられる場合もありますが継続的に表われたり、幻覚や興奮を伴う場合はやはりきちんとした対応が必要になってきています。心配事がある時や、視力が徐々におとろえていく不安等による一過性のものから、身体的要因によるものまで原因はさまざまです。その対応として各施設では次のような工夫がされています。

  1. 日中の活動を規則正しくする。(クラブ、行事、作業など)
  2. 夜間に大声を出す場合は、一人部屋等で話を終わるのをまったり、寮母室で話を聞く等しているところもあります。
  3. 設備的に防音居室の整備
  4. 興奮状態の時は話を制止せずに、家族のことを中心に話を聞く。
  5. 精神科医に相談、定期的に投薬
  6. スキンシップを行い、一諸に寝る。
  7. 夜間弱視で方向が分からず不安な場合はトイレ、居室等の電気は消さずに置く。
  8. 不眠の状態が続くことは、心臓等に与える負担も大きくなるので医師に相談する。

三、その他

  1. 方向を間違えたり、居室が分からない場合は入口等に大きな目印を最も触れ易い場所に置きます。
  2. 拒食については、被害妄想等から起きる場合もありますが痴呆状態の中でうつ症的な状態からなることもあります。このような場合は、家族とも連絡を取り、家族に持参してもらったものを摂食させたり、本人の嗜好に合わせた食事を多く取るようにする等も必要です。
  3. 昼夜逆転
     血管性障害者等で、血液の流れが不十分なために生じることもあり、朝になると改善されていることもあります。本人の記憶にはほとんど残っていません。このような場合に本人に注意したり、抑制するだけのホームは既に痴呆老人を扱う資格はないと言えるでしょう。また夜勤者から日勤者への引き継ぎは、「夕べから夜中にかけてほとんど寝ていません」だけの引き継ぎでは何もなりません。やはりどのような状況で何を話していたか等を具体的に申し送り、介護や対応の結果について皆で検討することが必要でしょう。
  4. 興奮
     老人が何かをしてもらいたい時は、特に毎日習慣になっていることなどは忘れると興奮の材料になることがあります。要は興奮するきっかけを老人の作動観察から作らないようにすることです。
  5. 妄想
     本人にとって害にならない妄想と入院加療等で改善が見込める妄想との違いも知っておく必要があります。例えば死んだ夫や妻が来て主と対応している様子での幻聴や独語はとりとめるよりもむしろ一諸にいてあげることが必要ですが、被害妄想や、魂覚(悩み、苦しみ、おびえ)がある場合は専門医に治療をゆだねる必要があります。
     妄想は投薬により改善が見込まれることが多いといわれていますが、若年者と違い老人の場合は解毒作用が低下しているので主治医と相談し、極度に日常生活全般に機能低下を起こさないよう配慮します。特に寮母は日常この観察を怠らないよう留意します。よく動きの激しい行動的痴呆老人を介護して“いっそ寝たきりなら”と思うこともあるかも知れませんが、それは老人を死に追いやることにもなりかねないということを理解して下さい。
  6. 合併症、身体状況の改善
     痴呆老人は一般に身体症状が悪い場合が多く起きてきます。特に失禁等は初期に水分の制限等の自己コントロールをしてしまうことがあります。これは恥ずかしいという気持と他人に迷惑をかけたくないという気持が重なって生じるものでしょうが、時として脱水状態になることもありますので、介護する側が老人の心に負担のかからないような接し方を研究しなければなりません。

五、終わりに

一、痴呆老人への配慮

 いままでに各ホームが実践されている内容を総合して考えてみると、介護者側の注意は次のような点に要約されてくると思います。

  • ○痴呆老人のテンポに合わせる―介護する側が、動作の緩慢さや失敗にいらいらすると相手とその感情を敏感にキャッチし、問題行動の改善は望めません。
  • ○人格の尊重―視覚障害を有するためにぼけと間違えられるような行動をとることもありますが、痴呆はそれ自体本人がなりたくてなった訳ではありません。接する側は盲老人ホームの中での手のかかる老人というかかわりをもつことなく心から自分の肉親に接するように敬意をこめて接します。
  • ○生活リズムを持たせる~痴呆老人の生活を規則正しい生活リズムにのせます。全ての人格や知能の崩壊が起きている訳ではありません。従って日常生活の一定のリズムは自己の生活の安定に非常に有効とされています。老人ホームに入っている老人の心に淋しさや、家族の問題がぬぐいされない事実である以上その対策は必要です。毎日定期的に電話の交流をしたり、家族の訪問を受けることも老人の気持を柔げます。孤独な状態にせずに常に人間的交流の機会をつくってあげましょう。
  • ○老人とのコミュニケーション―抽象的なことばや、指示的ごとば使いはさけます。
  • ○地方の方言やなまりのある人が、日常の会話で常用語として使う場合は、本人に合わせることも理解を早めます。会話はできるだけ簡潔に、かつ具体的に話すように努めたいものです。

二、高度難聴・聾

 高度難聴老人は話しを理解しているようで、完全に理解していないまたは勘違いをすることが多く、間違った情報を他利用者に広げ、それがもとでトラブルが起きるケースがあります。そのような老人コミュニケーションをとる時に特に留意することはなるべく例え話しをしないように、伝えたいことだけを簡潔に話した方がより誤解が少ないし、十分理解したかどうか確認することが大事です。
 聾老人は弱視あるいは全盲の老人が耳が聞こえないのですから、まずコミュニケーションのとり方に一番悩むと思います。なんとか伝わっても思い違いをしやすい面があり、何よりもスキンシップにより精神の安定を計っていくべきでしょう。
 また、音による迷惑行為に対しても工夫が必要です。聾老人は音については無頓着ですので、例えば夜中に居室やトイレの戸を強く閉めることや洗面所の水を必要以上に多く出すことにより他利用者の訴えがあることがあります。そういう時は戸に隙間用のテープを張ったり、蛇口にホースをつける等少しでも音を小さくする様職員は対応が必要です。
 それから時間感覚がない老人が多いのも特徴です。いつの食事なのかよく確認しながら食事してもらい、食事時間を知らせるにも居室内にランプを点灯させる等の工夫もいいでしょう。

三、全盲者と弱視者のトラブル

 盲老人ホーム利用の基準は、視覚に障害があって身体障害者手帳を保持している者ということが原則となっています。ですから、盲老人ホームといっても、そこには全盲の者から可成の視力がある、いわゆる弱視者までがいっしょに生活をしています。
 一般の老人ホームに暮らす盲老人の惨めさを解消するために、盲老人のためのホームが出来たわけですが、その中にも、全盲者と弱視者がいますから、そのことが基でトラブルが起こることがあるわけです。
 具体的には、弱視者の全盲者への無理解やお節介、また逆に、全盲者から弱視者への引け目や猜疑心などが背景となってトラブルが発生することが多いようです。このことについてはどのように調整したらよいのでしょうか。
 言うまでもありませんが、盲老人ホームは視覚に障害を持つ人全員のものです。そこに生活する者は皆平等です。視力の有る者が一段上になって世話を焼き、見えないからといって引け目を感じるのでは盲老人のためのホームとは言えません。
 全盲者と弱視者がいっしょに暮していれば、生活の上で優位に立つのは弱視者の方です。ですから、弱視者にはよく盲老人ホームの目的を説明し、理解してもらう必要があります。盲老人ホームの趣旨にそって生活できる弱視者であって、はじめて利用が許されるべきでしょう。このためには、利用時のオリエンテーション等を通しての話し合いが最も大事なこととなります。利用時によく説明しておけば、時によって守られていないと思われる場合にも注意がしやすいものです。
 このことは、道路においての人と車の関係に似ています。人と車では、車の方が圧倒的に優位です。そこで、優位の側の車を運転する者にしっかりと教育をほどこし、違反する者のために罪則まで定めて、歩行者を保護しているわけです。
 また、全盲者側の引け目や猜疑心には、「弱視者は少しは見えるといっても、同じ障害者である」ことを話し、誤解を解くためによく説明をすることが必要です。
 しかし、実際の盲老人ホームの生活の場では、全盲者と弱視者はトラブルとして問題になるよりは、お互いに協力し、助けあって暮しているケースの方がずっと多いものです。

附録

全盲老連の歴史と事業

一、盲老人ホームの誕生

 老人福祉法制定二年前の昭和三十六年、奈良県に盲人養老院慈母園が誕生、続いて昭和三十九年に軽費盲老人ホーム聖明園が東京に、さらに、昭和四十年に第二聖明園が養護盲老人ホームとして開園、四十一年には広島県三原市に白滝園が開園し、これら三法人四施設が盲老人の専門施設として事業を行い、黎明期の盲老人ホームとして、特殊性にのっとった処遇の確立へ向って、ひたすら情熱と努力を傾けてきました。

二、全盲老連の誕生

 盲老人専門の施設として、濃厚な介護を必要とする特殊性に鑑み、これら四施設で折にふれて協議を重ねていましたが、行政当局や一般社会に対して、専門ホームとしての理解を求め、その必要性を訴えるため、昭和四十三年四月五日に、全盲老連を組織しました。
 設立と同時に在所者実態調査を行い、機関紙発行とともに一行政当局ならびに専門家に資料を示して専門性を訴え、職員配置等について一般施設と異った点を示し、その結果、特別基準という形で職員配置の増加が認められ、大きな成果を収めました。その後、寮母、生活指導員、看護婦など職員増配置が徐々に認められ、昭和四十七年からは国庫負担金交付基準の中で正式に盲老人ホームとして位置づけられました。
 盲老人ホームの数は、昭和四十六年から五十年までの五年間に二十一施設の増加をみるほどに伸び、現在、全国に養護盲老人ホームは四十二、盲老人を主として受け入れている特別養護老人ホームは十一、来春には養護が二カ所、特養が一カ所開設される予定ですが、盲老人ホーム未設置の県はこれで九県となり、「各県に一カ所の盲老人ホームを」、と望んでいる本会の目的も、徐々に実現の方向に向っています。

三、事業概要

一、研修事業
 盲老人処遇という専門的知識と技術を身につけ、盲老人の真の意味での幸せのために働く職員の資質向上は本会の大きな目標であります。
 昭和四十三年設立と同時に寮母研修を実施し、その後、施設長、生活指導員、看護婦、栄養士、調理員、事務員と職種別研修会を増やし、現在では六職種の研修会を加盟施設が交替で当番を引き受け、全国各地で開催しています。これらの研修会には年間約二百名が参加し、このほかに、実習を中心とした一週間の交換研修を実施し、年間約五十名が研修に参加しています。
 また、海外における盲老人福祉の実情の視察や研修も実施され、日本の盲老人福祉向上のため、大きな成果をあげています。

二、
調査研究および報告書、ハンドブックなどの発行
 これまでに、盲老人ホーム在所者実態調査を四回、全国の老人ホームに在所する盲老人数の調査三回を行い、それぞれ報告書を発行し、盲老人福祉の貴重な資料として関係方面に高く評価されています。
 また、盲老人ホーム専門性研究委員会が計画して、「盲老人福祉ハンドブック」の出版を行い、盲老人ホーム職員のみでなく、一般老人ホームやボランティアにも広く利用されておりますが、各方面の要望に答えて、今回この「盲老人の豊かな生活を求めて」の発行の運びとなりました。

三、
その他の事業
 以上のほか、次の事業を行っております。

  1. 機関紙の発行
  2. 職員、ボランティアによる写真コンクールの実施
  3. 利用者向けのテープ誌「ともしび」の発行
  4. 韓国やブラジルにいる邦人の恵まれない老人達のための募金活動

全盲老連出版物一覧

名称 発行日 備考
機関紙「全盲老連」 年3回 創刊S45.9.15
第1回盲老人ホーム在所者実態調査報告 S43.6.20
全国老人ホームに在所中の盲老人実態調査報告書(I) S45.1.20
黎明期の盲老人ホームについて S45.4.23
全盲老連施設指導員寮母研修感想文集(I) S47.12.10
盲老人白書(第2回全国盲老人ホーム在所者実態調査)
森幹郎著
S49.3.10
全盲老連施設指導員寮母研修感想文集(II) S50.3.8
全国老人ホームに在所中の盲老人実態調査報告書(II) S50.5.31
目に太陽は見えなくとも ―10年のあゆみ― S51.4.5
欧米の盲老人福祉施設を訪ねて S51.4.5
盲老人の幸せのために
―第3回全国盲老人ホーム実態調査―
S53.6.1 定価1,000円
第11回寮母研修会感想文集 S53.12.1
盲老人の豊かな老後
(昭和53年全国老人福祉施設研究大会報告)
S54.3.21
第5回アジア盲人福祉会議と香港の盲老人福祉を訪ねて S54.5.1
ICSW第6回アジア西太平洋地域会議とオーストラリア,ニュージーランドの旅 S55.4.1
盲老人福祉ハンドブック S55.9.15 定価1,000円
全国老人ホームに在所中の盲老人実態調査報告書(III) S57.4.1
盲老人の幸せのために(II)
―第4回全国盲老人ホーム在所者実態調査―
S59.12.15 定価1,300円
盲老人の豊かな生活を求めて
―援助の手引―
S61.6.1 定価2,000円

主題:
盲老人の豊かな生活を求めて No.4
203頁~257頁

発行者:
全国盲老人福祉施設連絡協議会 

発行年月:
1986年6月1日 

文献に関する問い合わせ先:
全国盲老人福祉施設連絡協議会
〒198 東京都青梅市根ヶ布2-722
TEL(0428)24-5700