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結論

サラマンカ宣言が出された年、知的障害やその他の障害のある児童数百万人は、わずか2、3歳だった。過去15年間にこの子どもたちの身に起こったことはすべて、彼らの人生に忘れられない跡を残してきた。

1994年、この子どもたちは、もし子どもを就学前保育プログラムに参加させる機会が親にあったなら、これを始められる年齢だった。そのままいけば、2、3年後には小学校の普通学級に通い、以後、さらに同級生と一緒に中学校へと進級することができたであろう。だがほんの2、3カ月前、中学の卒業証書を取得した子どもはごく少数であったことを私たちは知っている。その子どもたちは、既に有給の仕事についているか、あるいは高等職業訓練学校に通い始め、生涯の友人を作っていることだろう。

悲しいことに、これは2009年に17歳あるいは18歳になった知的障害のある若者たちの大多数に当てはまるシナリオではない。実際には彼らの95%が、1994年の時点で乳幼児のケアおよび教育プログラムに参加することすらできず、ましてやその数年後に小学校へ進むこともできなかった可能性が非常に高く、さらに今年卒業することもかなわなかったのである。彼らの社会的・経済的なインクルージョンと健康、幸福は望めない。

国際育成会連盟は、知的障害者とその家族として、教育に関して、私たちの生活、私たちの将来の可能性、そして私たち1人1人と家族の幸福が危機に瀕していることから、本調査を開始した。私たちにとって教育は、政策でも、制度でも、職業でもない。ほかの誰にとってもそうであるように、基礎教育は、私たち全員が所属し、市民として歓迎される地域社会で良い生活を送れるように、私たちに与えられる数少ない機会の1つなのである。だが私たちの大多数は、その機会をまったく得ることができないでいる。

だからこそ、サラマンカ宣言は私たちにそれを約束してくれたのである。サラマンカ宣言は、インクルーシブ教育を普遍化するための国際基盤と国際基準を提供した。本調査は、「万人のための教育」目標と障害者の権利条約が認めるインクルーシブな制度の下での教育の権利の視点から、サラマンカ宣言以降の進展を振り返るのに役立った。

私たちが再検討した研究や実施した調査、作成したカントリープロフィール、インタビューやフォーカスグループの討議からは、否定できない真実が明らかになった。各国政府、ドナーおよび国際機関は、教育制度のガバナンス、策定、資金調達、実施およびモニタリングの改革に必要な手段をまったく確立してこなかったのである。これは、サラマンカ以降、進展がなかったという意味ではない。実際には進展があり、サラマンカ宣言で設定されたビジョンなくしては、それ以降発生したことを批判的に検討するための基盤は得られなかったであろう。

このような改革手段が実施されてこなかった理由について、調査から何が明らかになったであろうか。事例や知識がなかったわけではない。過去15年間にわたり、知的障害やその他の障害のある児童および青年、親、教師、そして政策立案者が、インクルージョンは成功すると実証してきたことは、調査から明らかである。もっとも重度な障害のある人々が、同級生とともに普通学級に完全に受け入れられ、支援を受けている事例は多い。また、利用可能な法律、政策および実施に関する好事例の知識ベースは拡大しつつある。

政策上のコミットメントがないという理由も考えられない。多くの国において、インクルーシブ教育に関する何らかの政策あるいはコミットメントが存在することがわかった。

サラマンカ以降、欠けていることは2つある。

第一に、壊滅的規模としかいうことのできないほど深刻な排除を継続させている、制度上の障壁に関する分析が共有されてこなかったことがあげられる。この「壊滅的規模」という言葉は、慎重に選択された。知的障害者は何世代にもわたり、教育の権利と機会を否定されてきたが、これは生涯続く影響を与えることになった。私たちの調査は、インクルーシブ教育に対する制度上の障壁について、最近行われた他の複数の国際調査による新たな発見を裏付け、補足するものである。

  • インクルーシブ教育に関する政治的なリーダーシップとアカウンタビリティが欠けているが、それらなくして教育制度は改革できない。
  • 多くの開発途上国で、障害児は依然として教育制度の中で無視され続けている。出生時に登録されず、乳幼児のケアおよび教育および初等教育などの対象として認識されず、その結果、受け入れられていない。
  • 家族は、障害のあるわが子に高い期待を持てるような支援を受けられず、ほとんどの人にとってインクルーシブ教育は依然として想像がつかないものである。このため、効果的な要求は最小限にとどまっている。
  • ほとんどの場合、教師には研修、リーダーシップ、知識、カリキュラムを改良しインクルーシブな学級を成功させるためのサポートが欠けている。
  • 大多数の事例において、学習者/生徒が学校へ往復するための交通手段の欠如、アクセシブルでない施設、乳幼児のケアおよび教育プログラムや学校を基盤とした障害関連の援助、医療および社会的支援の欠如など、障害のある生徒を対象とした教育の質を大幅に低下させる環境の下で活動が行われている。
  • 活動を進めるためのインクルーシブな政策と実践方法に関する知識が必要な人々(親、教師、学校経営者および政策立案者)が、地域と世界をつなぐ、インクルーシブ教育に関する効果的な知識ネットワークで結ばれていない。
  • ほとんどの場合、インクルーシブな教育制度の「仕組み」(必要なガバナンス、政策、計画・立案、資金調達、実施およびモニタリング)が確立されていない。
  • 最後に、排除の現実と障害児が同級生とともに教育を受ける権利に関して、一般の人々は「結束した拒絶」にとらわれているようである。インクルージョンに関して一般の人々の支援が得られないことは、直面しなければならない最大の障壁の1つである。それは否定的な固定観念を存続させ、政治的リーダーシップを弱める。

第二に、サラマンカ以降欠けていることは、「万人のための教育」の下でのインクルーシブ教育のガバナンス、策定、資金調達、実施およびモニタリングを推進するための、実績を評価するベンチマークと成功指標である。さらに、各国政府、ドナーおよび国際機関が、そのような枠組みに従ってサービスを提供する義務とアカウンタビリティがこれまで欠けていた。

しかし、本調査から明らかになったように、現在ではCRPDが枠組みと義務の両方を提供している。私たちはついに、サラマンカが始めたことを終えるためのロードマップを得たのである。

このロードマップを、サラマンカや「万人のための教育」およびCRPDの構想を達成するために、どのように利用することができるだろうか?なすべき重要なことは4つあると私たちは考えている。

  • インクルーシブ教育のための、強力かつ効果的なガバナンス、政策および計画の確立。これには、インクルーシブ教育のための、政府高官によるリーダーシップと市民社会団体の効果的な参加による連携が必要である。
  • 各国政府、ドナーおよび国際機関は、本調査で概要を述べたインクルーシブ教育計画のさまざまな局面をターゲットとする資金調達の仕組みを創設しなければならない。
  • 取り組みを調整する学区レベルの効果的なサービス制度を確立しなければならない。
  • 最後に、各国政府、ドナーおよび国際機関は、障害者が参加する、CRPDに準拠した、「万人のための教育」のモニタリングと報告の枠組みを開発しなければならない。

現在、就学前教育を始められる年齢にある、まったく新しい世代の知的障害児が存在する。この子どもたちの親は、2,3年後にはわが子が小学校へ通うことができると考えている。

私たちは各国政府、ドナーおよび国際機関に、今度こそ私たちの期待を裏切ることがないよう、強く求める。

付録1 国際調査参加国・参加者リスト

付録1の注

  1. カナダ地域生活協会(Canadian Association for Community Living)『カリブ海諸国におけるインクルーシブ教育の分析(Diagnosis of Inclusive Education in the Caribbean)』世界銀行のために作成された報告書(2005年)参照
  2. カナダ地域生活協会『カリブ海諸国におけるインクルーシブ教育の分析』世界銀行のために作成された報告書(2005年)参照

付録2 UNESCO「万人のための教育」グローバルモニタリングレポートに見られる障害への言及

UNESCO「万人のための教育」グローバルモニタリングレポート 障害児のインクルージョン
2009年『格差の克服:ガバナンスはなぜ重要か(Overcoming inequality: why governance matters)』
  • 障害は、児童労働および病気とともに、初等教育の完全普及の達成を阻む、3つのおもな障壁の1つである。
  • 障害児・青年のための「万人のための教育」目標の達成には、このような人々が直面する組織的な障壁(交通手段の欠如、アクセシブルでない学校、研修を受けた教員の不足、障害に対する社会の人々の否定的な態度など)を解決する政策・投資への、セクターを越えたアプローチが必要である。
  • 各国政府は、障害児のように社会から取り残されている人々が直面する障壁に関して、適切なアカウンタビリティを果たしていない。
2008年『「すべての人に教育を」2015年までに達成できるか(Education for All by 2015: Will we make it?)』
  • CRPDは「万人のための教育」目標に関連する国際人権法として認識されているが、各国政府はインクルーシブな政策を促進する必要がある。
  • 教育を受ける障害児の数は増加しているが、研修を受けた教員が不足しているため、その教育の質は非常に低い。
2007年『ゆるぎない基盤:乳幼児のケアおよび教育(Strong foundations: Early childhood care and education)』
  • 「万人のための教育」目標はすべての児童を対象として策定されたが、障害児の多くは就学しておらず、社会から取り残され続けている。
  • 7700万人の不就学児童のうち、3分の1以上が障害児であると推定される。アフリカでは、障害児のうち就学しているのは10%未満であると推定される。
2006年『生活のための識字(Literacy for Life)』
  • レポートでは、「普通」教育と「特殊」教育をめぐる議論を認めているが、障壁に関する総合的な分析は行っていない。
  • レポートでは、学校から排除される障害児の割合が高いことを、識字率が低いおもな理由としている。より適切なカリキュラムが必要であるが、排除に対処するためのガイドラインは限られている。
  • 障害については、9つの「万人のための教育」フラッグシッププログラムで言及されている。またOECDは、障害を3つの種類に分類した。
2005年『万人のための教育:質向上の急務(Education for All: The Quality Imperative)』
  • インクルーシブ教育は、学習者にとって最善の環境を重視した、「すべての人のためのよりよい教育」の手段である。実施の拡大には、最善のアプローチと不平等の現状について学ぶ必要がある。
  • 「万人のための教育」目標を達成するためには、障害児など、多数の不利な条件を抱えている子どもたちを対象とした改革の取り組みに一層注目しなければならないことを認める。
2003/2004年『ジェンダーと万人のための教育:平等への飛躍(Gender and Education for All: The leap to equality)』
  • 障害のある少女は、教育からの排除に直面する割合が高い。
  • 家族は主要な支援者であるが、家族に対する外部からの支援は限られており、子どもの障害を理由とするスティグマにも直面している。
  • 障害と貧困とは相互に結びつき悪循環をなしており、教育における障害児のインクルージョンを計画する際には、これを考慮しなければならない。
  • 障害者の教育に対する権利:インクルージョンに向けて-「万人のための教育」フラッグシップイニシアティブとして2002年に開始
2002年『万人のための教育-世界で順調に進められているか?(Education for All- Is the world on track?)』 「万人のための教育」フラッグシップイニシアティブ
  • ダカール目標の達成に関して「議論された論点の中で」障害児の問題も取り上げられた。
  • 障害に注目を集めるため、9つの「万人のための教育」フラッグシッププログラムの1つに障害が取り入れられた。(「万人のための教育」と障害者の権利:インクルージョンに向けて」)
  • 自由を拡大する根拠として、アマルティア・セン(Amartya Sen)による、発達に対する「潜在能力」アプローチの価値を認める。このアプローチでは、教育への投資は、その人が抱える障害の影響を受ける固有の潜在能力を含む、人々の潜在能力の開発を目的としなければならないと考える。これは、人々のニーズと、発達の可能性を最大にするために必要なことに基づいて、リソースを割り当てるという意味である。