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キャロライン・ケイシー

キャロライン・ケイシーカンチ/アイルランド
2006年からアショカ・フェロー

部屋の中のゾウ
アンナ・ギャラガー著

アイルランドの背景

「障害とは人間社会に住む象のようなもの」と、障害と社会の関係の強化をライフワークとしているアイルランド人、キャロライン・ケイシーは言う。キャロラインは、社会起業家で「カンチ」の創業者、兼CEOだ。「カンチ」とは、彼女がインド横断の旅で乗った象の名前に由来している。

世界には障害とともに生き、働いている7億人以上の人々がいる。アイルランドでは、現在、総人口の10%強が障害を持って暮らしている。

「障害は、貧困やエイズのように治したり撲滅したりすることはできない」とキャロライン・ケイシーは説明する。「障害をなくすことが目的ではありません。目的は、障害に対する社会の認識を変えることです。社会が態度を改め、障害者を受け入れ、違いを認めるようにならなければ、障害を負うのは社会です」。

4人に1人のヨーロッパ人は、障害をもつ家族がいると証言している。これは障害者の85%は後天的に障害者になったという事実と相まって、社会の多くの人々に障害との重要な接点を持つことを示している。

「国連障害者の権利条約を除いて、目に見える国際的リーダーシップはありません。ボノやネルソン・マンデラのような人はいません」とキャシーは指摘する。なぜか? 障害は、幅広く複雑な問題です。それは異なるものに対する恐れや知識の欠如、誤解によって遠ざけられている。良薬はないし、向かうべき分かりやすく感銘的な目標を提示していないし、それ故、居心地の悪いトピックとなっている。

メディアの不正確な偏った障害の表現により、このような誤解は誇張され、強調されていく。障害者の正確なイメージが伝わる適切な表現がなければ、世界最大の少数派グループは、見えない存在であり続け、差別は続いていくだろう。

障害者の排除や無視は、雇用の分野でもっとも顕著である。障害者の能力は向上しているにも関わらず、雇用率は驚くほど低いままである。アイルランドの障害者の実に70%は職に就いていない。2006年のアメリカの障害者の雇用率は、労働年齢の非障害者の雇用率が77.9%に比べて、37.7%である。

影響は広範に及ぶので、これらの数字は深刻な問題だ。雇用は、単に仕事だけの問題ではない。自己の価値を高めるものである。もし障害者が無職であり続ければ、国の支援をもっと求めるようになるだろう。これが逆に障害者の自尊心を傷つけ、社会から阻害し、障害者は能力がなく社会の負担であるという考えを強めることにつながる。

カンチのアプローチ

差違は重要で、尊重されなければならないというカンチのビジョンに基づいて、カンチは社会の障害に対する考え方を変えることによって、社会の態度を変えることを目指している。そこには、ポジティブで問題解決型の思考が含まれる。カンチは、障害を国際的にも課題とし、慈善から適切な機会が与えられれば障害者が貢献できることに焦点を移すために、企業やメディアと働いている。事業は2つあり、ひとつはビジネス界で障害者の認識を変える「アビリティ・ビジネス」。もうひとつはメディアと広報、ビジュアルアートを通して変革を推進する「ビザビリティ(可視化)」である。

新しい考え

2004年にカンチは障害者の雇用環境を変えるため、ビジネスリーダーを巻き込んだ「アビリティ・アワード」という革新的な方法を発案した。この賞は、どこでも通用する優良事例、真似できるロールモデル、模範となるリーダーシップの確立を目指す集中的情報キャンペーンとユニークな審査手法を提供している。カンチは、障害者に企業が門戸を開く主たる利点は、市場へのアクセス、才能へのアクセス、スタッフの維持、企業イメージなどであると解釈している。それが障害ビジネスモデルだ。

国際的なビジネス環境が、障害者に関し変化の事例を提供していることは否定できない。技術移転率の減少、継続的な労働力の高齢化、消費者需要の増加、そして市場をめぐる競争の激化等の要素が、障害者を雇用し、才能と可能性を開発し維持する世界的ビジネスの事例を支えている。

アビリティ・アワードは、障害者の雇用とインクルージョンのベスト・プラクティスに対する最初のアイルランド企業賞である。障害者支援の賞ではない。障害者のために社会変革を起こす可能性を示した非常に成功している企業賞制度である。

この賞はアイルランドのみでなく、海外も含め小規模、非営利、法人、社会起業などあらゆるビジネスが対象となる。それぞれがポジティブな変革に影響を与える役割を持っている。

O2アビリティ・アワードは、集中的な7段階の学習プロセスを通して企業をリードしていった。

  1. 興味がある団体による記入済みのオンライン応募用紙の提出
  2. 初期審査:もっとも評価が高い75団体の選出。選ばれた団体に結果を通知
  3. 75団体の1日間のネット上審査。その結果をもとに、審査員による評価レポートの作成
  4. 予備審査委員会が優良事例50団体を選考
  5. 最終審査委員会が、民間企業、公的機関、小規模企業の3部門で勝者を決定
  6. テレビ中継された受賞式で勝者の発表とその後の祝賀会
  7. 改善点に関する団体へのフィードバック

キャロラインキャロライン

ベスト・プラクティスは6つの分野で審査される。

  • リーダーシップ
  • 環境面のアクセシビリティー
  • 顧客サービス
  • 採用活動と選考
  • 学習、開発と革新性
  • 持続性と健全性

アビリティ・アワードは集中的情報キャンペーンを採用している。

  • アイルランドの日刊紙アイリッシュ・タイムズでの特集記事
  • アイルランドの主要テレビ局RTEによるゴールデン・アワーの表彰式のテレビ生中継
  • 広範なラジオ放送

アビリティ・アワードは、企業に変革の方法を提供することを模索してきたが、彼らはより大きなものも目指している。それは、ビジネスを通して、障害者のために社会自体を変えること。もし障害者が、消費者として、顧客として、従業員として捉えられるようになれば、障害者を排除する意識は組織から消えて行くだろう。企業が障害によってもたらされるメリットに気づけば、必然的に社会全体の意識も変わっていくのだ。

進捗と成果

アビリティ・アワードを通して、カンチはこれまでにない方法でビジネス・リーダーシップに関わっている。アビリティ・アワードは、ビジネス用語を用いて、障害者をビジネスに巻き込む事例を作って、彼らを施しや寄付に依存させない、機会を提供するビジネスを扇動している。アビリティ・アワードは、ビジネスリーダーの行動に影響を与えたので、今度は彼らが真の変革に影響を与えるであろう。

現在アイルランドには、100以上の「アビリティ企業」、つまり100以上の変革の勇者がいる。これによって、立派な慈善事業としてではなく、堅実なビジネス・ベンチャーとして、ビジネス界で障害を際立たせている。この変革は、単に企業の社会的責任(CSR)、または人材育成、多様なイニシャティブに関するものだけでなく、戦略的構造改革に関するものであり、障害をビジネスのあらゆる場面に浸透させる方法を、リーダーたちに理解させることでもあった。

以下に注目すれば、賞の成功の全体像が分かる

  • 事業開始後3年間で、労働人口の15%が賞の影響を受けた。
  • 賞に関わった団体の65%で、障害者雇用に対する活動、方針、採用プロセスが変わったという証拠がある。
  • アビリティ・アワードのテレビ放映の視聴率は27%で、巨大な啓発媒体となって、社会情勢を変えるのに貢献した。表彰式はアイルランド大統領、首相、主要なメディア出演者がホストとなり、ポップバンド、ザ・コアーズのアンドレア・コアーやサッカー選手のロイ・キーンなどの有名人が参加した。
  • アビリティ・アワードの受賞企業は、他のアイルランドの障害支援活動に自主的に参画している。
  • 2008年に「アビリティのビジネス(The Business of Ability)」と題した本を製作し国内・海外向けに配布した。(ビジネスの成功例と事例研究をまとめた指南書である)

カンチのビジネス手法としての成功は、アビリティ・アワードが海外にも進出していることでも証明されている。O2の親会社であるテレフォニカを通して、カンチはこの賞をスペインでも展開する予定である。テレフォニカは通信・情報・娯楽ソリューションを提供する電話通信分野の世界有数の通信統合管理会社である。2億4,500万人以上の顧客を持ち、世界37カ国で展開している。 

キャロライン・ケイシーが2006年の世界経済フォーラムで「ヤング・グローバル・リーダー」に選ばれた時、カンチの夢は膨らんだ。それ以来、彼女は毎年ダボス会議に招かれ、障害にまつわる様々な問題について発言してきた。この国際的経験は、キャロラインが2006年にアイルランド人として初めてアショカ・フェローに選ばれ、2007年にはアイゼンハワー・フェローにも選ばれたことと相まって、彼女にアイルランドを出て、海外で障害者がどう扱われているかを見る機会を提供した。この経験は、彼女にカンチのアプローチがいかにユニークかも教えてくれた。また、キャロラインは障害が国際的なアジェンダから漏れていることを痛感し、カンチのやり方と理想をもってこれを変えるために努力することを決意した。テレフォニカとともに、スペインがO2アビリティ・アワードを認可したことは、この夢の達成の第一歩である。

得た教訓

社会起業家になるには、ありとあらゆる課題に対処できなければ、とキャロラインは信じている。失敗を恐れてはいけない-それは過程の一段階にすぎない。「失敗にどう対処するかが問題なのよ」と彼女は言う。

他の人権問題と同じように、障害の世界を変えようとすると、その世界独特の複雑に絡み合った問題と直面する。「企業や財団に『我々は障害者支援はやりません』と簡単に言われるとすごく落ち込みます」と彼女は認める。十分な時間、資源、資金源を見つけることは常に戦いである。自分の団体を持続的に発展させ拡大していくこともまた難しい。

アイデアを国内のプラットフォームからグローバルに展開できたことは、カンチのこれまでの最大の成功であると同時に最大のチャレンジでもあると、キャロラインは認めている。

企業との連携は社会変革をもたらすのにとても重要である。「社会起業家として私個人にとってもっとも大切なことは、人々の信頼を得ることです」とキャロラインは説明する。

  • ドリーン・マクネルニー氏、コミュニコープ・グループの創始者であるデニス・オブライアン氏、テレフォニカO2アイルランドの総責任者であるダヌタ・グレー氏、ロンドン市空港とバルバドス・サンディー・レーン・ホテルの出資者であるデルモット・デスモンド氏は、カンチの活動に強い影響を与えてきた。
  • カンチは参与や顧問委員会を設けることで弱点を補っている。「成長に従って、私たちが持っていないスキルや影響力を持った人たちに近づき、ともに働く必要がある」
  • 障害を持っているか、もしくは障害に密接に関わる人たちによって構成されたご意見番が、カンチの活動や計画についての助言を行う。
  • 障害分野は、非常に政治的であり、まとめることが難しい。より大きな効果を生み出せるよう、カンチはパートナーシップの創出を通して、障害分野でまとめ役となるよう努めている。
  • カンチのスタッフは、成功になくてはならないチームだ。

キャロラインの物語

キャロラインの社会起業家としての成功は、「カンチ」という名のゾウに乗ってインド国内をトレッキングしたことに始まるが、彼女の団体の哲学や文化は、彼女のユニークな生い立ちに由来する。子どもの頃、彼女は自分のことをちょっと鈍いだけで学校に通う他の子たちと同じように普通だと思っていた。17歳の誕生日に、自分の目が法律上、障害者と認定されるまで視力が落ちている治らない病気であることを知った。

 

普通の幼少時代を過ごして欲しいと願って、両親は視力のことを彼女には告げないことを選んでいた。車のレーサーになることが夢だった彼女にとって、眼科医が「それは不可能だ」と宣告したときの衝撃がとても大きかったことは想像できるだろう。彼女の辞書には「不可能」という文字はなかった。「いつでも方法はある」と彼女は説明する。

キャロラインは自分の視覚障害をできるだけ無視することを選んで、ユニバーシティ・カレッジ・ダブリンで考古学の学位を取った。続いて、マイケル・スムールフィット経営大学院で経営学の学位と、組織的ヒューマン・パーフォーマンス・デザインの修士号を取得した。そしてアクセンチュアで経営コンサルタントとしてキャリアをスタートさせた。しかし、自分の視覚障害を会社にきちんと伝えることはなかった。

仕事を始めて2年後、28歳の時、彼女は壁に直面した。過重な仕事により、彼女の視力は一時的に酷く悪化した。だから、彼女は遂に自分の目は良くないという事実を受入れざるを得なかった。何か人生で他のことをやらねばならなかった。

マーク・シャナンドの『象に乗って旅をする』に影響されて、キャロラインは子どもの頃の夢を思い出し、本物の象使いになりたくて、象に乗ってインドを横断する旅を計画した。これは西欧の女性がこれまでやったことのない特別なことだった。

この冒険がファンドレイジングの可能性を秘めていることに気づき、彼女が障害者支援団体のために募った25万アイルランドポンド(訳注:約3,650万円)を活用する機関として、アイスリング財団(カンチの前身となる財団)を2000年に設立した。

キャロラインキャロライン

キャロラインは、自身の職場での経験によって、障害や障害の捉え方に対するユニークな視点を得た。障害は全く誤解されている。目に見えにくいもので、人々を不安にさせ、同情を誘う。これこそキャロラインが変えたいと願ったものであり、これこそ今日カンチが行っていることである。

「時々思うの。もしもっと早くから自分の障害が素晴らしい財産だと気付いてさえいれば、どんなに多くのものを得ることができたか」と、彼女は言う。「私は、世界中の誰でも何処にいる人でも、障害があるからといって、また異なるからといって、見向きもされず、阻害され、取り残されて欲しくない。私は、だれもが同じチャンスと機会をもって欲しい。そうなるように、我々は、障害者は人間であるとまず理解しなければならない」。

「カンチの成功は、重要なリーダーシップを得るため、障害を異なる視点で見るため、彼らのユニークな能力によって達成された。必要とされる抜本的な改革をもたらすには、このような複雑な問題に創造的な起業家精神を持ち込めるカンチのような独創的な団体が必要なのです。

O2アビリティ・アワードの実施を通し、ビジネスと障害の連携を進める最初で唯一の指標をつくったカンチのおかげで、アイルランドは世界の注目を集めるようになりました。

境界を広げ、社会的通念に疑問を呈し、志を追い続けるカンチに私は幸運を祈っています。我々は皆、考え方を変える時に来ているのです」。

ブライアン・コーワン(アイルランド首相)


キャロライン・ケイシーは、2007年にアイルランドで初めてのアショカ・フェロー、ならびにアイゼンハウワー・フェローとなった。社会起業家であり冒険家でもある彼女は、カンチの創設者兼CEOとして、障害に対する社会の考え方を変えることを訴えている。アビリティ・アワードの創始者であるキャロラインは視覚障害を持つ37歳。さらに、世界経済フォーラムのヤング・グローバル・リーダーも務めている。

Kanchi
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