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イギリスにおける認知症高齢者ケアマネジメント

終章 おわりに

イギリスの地域ケア、中でもケアマネジメントについて日本に紹介されることは多いが、認知症高齢者のケアマネジメントについて報告したものは殆んど見当たらない。また、現場でどのような取り組みがなされているかについて、政策との絡みあい、スタッフや利用者サイドの視点、公(自治体やNHS)以外が提供するサービスも交えて実態を報告したものが少ない。そのため、現状を把握するにあたって、法律や基準が厳しくかつ変化が激しいことで現場にどのような影響をもたらしているのか、公がカバーしきれない「隙間」をどこが支援しているのか、スタッフや利用者はどのように認識しているのか、といった視点から調査することに努めた。

調査期間は5ヶ月あったものの、認知症高齢者のケアマネジメントの全貌を掴むことは不可能であった。その理由は、言葉の壁も最たる理由ではあるが、地域ケアに関する法律やガイドラインが複雑多岐にわたっており、さらに毎年何かしら変更されている。そのため、こういった政策の変化と現場の動きをリンクさせて理解することに、かなりの時間と労力を使った。このことは、現場の職員に質問しても「異なる回答」が帰ってきたことで余計混乱したことも述べておきたい。つまり彼らもかなり混乱しているのである。そのため、本報告書が、認知症高齢者に展開されているケアマネジメントの全てではないことを断っておかねばならない。

このたびの調査で学んだことや考えさせられたことが実にたくさんあった。中でも、チャリティー団体の活動内容、ケアマネジメント効果指標の設定方法、地域ニーズに基づいた開発方法(教育とサービスの両方)の3点が印象的である。地域ケアをボトムで支えているチャリティー団体の活動から学んだことは、じっくりと耳を傾けることで自らの問題解決能力を引き出していく関わりにこそ、認知症高齢者への効果的なケアマネジメントの原点があることを改めて思い知らされた。対人援助サービスは「人」と「人」の関わりで、「人」の内面に何を働きかけられるかが重要だ。これは対人援助の基本中の基本でもある。ケアマネジメント効果指標の設定の在り方についても考えさせられた。NHSでは、早期退院と在宅生活の維持をアウトカムとして重視し、早期退院を実現するために法律が次々に更新している。そのため、社会サービス部のケアマネジャー達は、退院延長に伴う罰金を課せられまいと「退院日を厳守すること」を目標に掲げてサービスをパッケージするのが精一杯であった。しかし、早期退院は実現しても再入院数は増加の一途をたどっている。今後は認知症高齢者のベッドにも適応となると言われている。ケアマジメントのアウトカム指標の設定によっては、個々のQOLへの考慮がどんどん縮小されていくことに危惧をおぼえた。地域ニーズに基づいた教育・サービス開発方法については、地域の利用者やスタッフの声をいかに取り入れて、独自に開発・改善していくことが重要であるかを再認識し、その具体的方法をケンブリッジ精神保健トラストの取り組みから学ぶことができた。特に、日本では「教育」と「現場」の壁が厚く、継続教育に現場のニーズや最新の情報が届いていないと思われる。そのため精神保健トラストの取り組みから教育開発の在り方について示唆を得ることができた。

イギリスの取り組み例を日本にそのままスライドすることは困難と思われるが、今回の調査で得られた学びを試行錯誤しながら日本にあったものに変えながら導入していくことは可能だろう。めくるめく政策の変化の中でも絶えず新しいことにチャレンジし続けている精神保健トラストのスタッフから背中を押される思いである。