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イギリスにおける認知症高齢者ケアマネジメント

第3章:認知症高齢者とその介護者の生活を支えるチャリティー団体の活動

1.はじめに

イギリスには多種多様の非営利団体(ボランティアやチャリティー団体)が存在する。イングランドとウェールズでチャリティー団体として登録をしている約18万8千、スコットランドや北アイルランドの団体や、非登録団体、教会等を含めると60万以上とも言われている。地域ケアの推進にはこれらの非営利団体の支援がなくてはならない存在であることを誰もが認めている。何より、福祉サービス提供主体を自治体やNHSの直営から民間や非営利団体に移すことを強く押し進めようとする国の政策も影響している。具体的には、長年社会サービス部で提供してきた介護サービスの種類はどんどん縮小され、現在ではパーソナルケアは(家事援助の全てと身体介護の一部を指す)民間と非営利団体が提供することになっている。そして、認知症高齢者とその介護者の地域生活もこういったチャリティー団体に支えられる場面が多い。現在、ケンブリッジの精神保健トラストが配布している公のパンフレットには、エージコンサーン(Age Concern)、アルツハイマー協会(Alzheimer’s Society)、クロスロード介護者介護(Cross roads caring for carers)の3つのボランティアおよびチャリティー団体が紹介されている。主に、介護者支援の行事、介護サービス(入浴介助・食事援助・買い物・留守番など)、デイサービス、レスパイトケア、権利擁護などを提供している。もう一つの局面として、ケンブリッジでは自治体・PCTとチャリティー団体による共同事業も力を入れており、「ジョイントワーク」「プロジェクト」といったものを耳にする機会が幾度もあった。日本でも、チャリティー団体や民間のサービス提供者が年々増加している。しかし評価は賛否両論であり、まして認知症高齢者向けのサービスは手探りで行われていることが多い。そのため、イギリスのチャリティー団体の活動内容と公(精神保健トラストなど)との連携状況から学べることは多いと思われる。

本章では、認知症高齢者ケアを支えるチャリティー団体として、イギリスで最大かつ歴史も長い「アルツハイマー協会」の活動を中心に紹介する。

2.アルツハイマー協会(Alzheimer’s Society)の概要

アルツハイマー協会は1979年に設立され、現在イギリス全土で250の支局を持つまでに発展。スタッフは約1000人。2005年1月段階で、25,000組もの認知症高齢者および介護者が登録している。

この協会は、認知症の知識の普及や理解を促進すること、認知症高齢者への質の高いケアを追及することを使命とし、認知症(特にアルツハイマー)を専門に活動している唯一の団体としてその名前は広く知られている。大学機関と共同の学術的研究も行っており、毎年定期的にカンファレンス(学術研究会に相当)を開催し報告書も定期的に出している。具体的には、デイサービス・ホームケア・医学的知識の構築・科学的探究(リサーチ)・家族に対する経済的支援(ファイナンシャルサポート)・医療および福祉サービスの探求および一般住民に対する認知症の理解を普及するためのキャンペーン・介護者への専門的なアドバイス(介護方法など)、などを提供している。運営資金は、寄付・サービス提供時の収入・チャリティーショップでの収入などで集め、予算1ポンドに対し90ペンス(収入の9割)を活動に費やしている。また、地域によっては、PCT・自治体からサービス提供委託費用として運営資金の一部が補填されることもある。ケンブリッジ市では、自治体と精神保健トラストが委託費として運営資金の一部を支払っている。

以下、ケンブリッジにおいてアルツハイマー協会が提供しているサービスの内容を紹介する

3.ケンブリッジで展開しているサービス

1)活動内容の概要

ケンブリッジ支局は1997年に設立された。事務所はケンブリッジ市内の中心に位置し、自治体が経営するデイセンターに併設されている。現在、ケンブリッジ市およびサウスケンブリッジシャー内の400組位の家族を支援している。スタッフは上記2名のマネジャーのほかに、委託職員(アウトリーチスタッフと呼ばれる人)とボランティアが20名、パートのスタッフが7名登録し、チャリティー活動や各地域で提供しているサロンの運営を手伝っている。アルツハイマー協会は認知症について専門的な研究も行っていることもあり、スタッフ教育は徹底しており、継続教育のための勉強会も随時開催している。そのため、関わるスタッフの、認知症高齢者の行動障害や薬に対する知識はかなり高いレベルであった。

ケンブリッジ市では、月平均10名位新しい相談依頼がくる。主に、GPや精神保健トラスト、近隣の人々などから紹介されることが多い。相談対象者の多くが「家族介護者」である。家族自身が認知症の症状に気づいた頃や、専門医から認知症と診断された初期の段階では、「この先どうしたらよいのか?」といった漠然とした相談を受けることが多いようだ。他には、サービス利用に関する相談、経済面(ファイナンシャル)の相談も行っている。新規ケースが多い一方で、十数年に渡って定期的に訪問しているケースもあるようだ。

マネジャー達の一週間のスケジュールは実に多忙である。火曜と金曜の午前中は事務所で相談業務にあたる(二人のマネジャーが交代で開催)。この相談を受けるためには、原則的には事前予約が必要だが、飛び込みの相談にも応じていた。水曜の午前は、地域にあるカレッジで「アートクラブ」を開催している。ここでは、認知症高齢者および介護者が芸術を楽しむことを目的とし、絵画・詩の作成・陶芸など週によってメニューは異なる。スタッフの多くはボランティアで、芸術家も参加して指導にあたっていた。木曜日の午後1時からは、「ミュージッククラブ」を開催。参加対象者はアートクラブと同じである。そして上記以外のあいている曜日・時間に二人のマネジャーは訪問相談や精神保健トラストとの合同カンファレンスや会議に参加し、認知症に関する知識を一般に普及のための講演(様々な団体)に回っている。訪問相談は形式的なものではなく、家族が内緒で会いたい・近所の人に知られたくない・気分転換したいといった希望があれば、パブやスーパーの喫茶コーナーで会い、ビールやお茶を一緒に飲みながら話をする。その理由について「多くのケースは初めて会った人に家族の中に精神疾患を患っている人がいることを話したくない、もしくは話すのに勇気がいるもの。リラックスすることが何より大切。場所や時間などは家族の希望に応じ、フレキシブルな場面を設定するようにしている。」と述べていた。また精神保健トラストの専門家ではなくアルツハイマー教会が相談を受ける意味については「イギリスでは、NHSの敷居は一般の人には高く、全く信頼していない人が多い。まして精神保健トラストのお世話になることにスティグマを感じている人が多い。」と述べられていた。

2)訪問相談の内容 ~3事例の紹介~

アルツハイマー協会のマネジャーと精神保健トラストのケアコーディネーターの訪問相談には異なると思われる点が3点あった。①訪問時間が長いこと、②記録は一切とらないこと、③多種多様なサービスを利用者の状況に合わせて紹介することである。

彼らの一件あたりの訪問時間は長く、1件あたり平均2時間~2時間半かけて話しを聞いていた。また、認知症でありながら社会サービス(自治体が提供するサービス)を紹介することも多かった。その理由は「精神保健トラストは本人だけでなく介護者にも『患者』という認識を持たせてしまう。社会サービス一本の方が利用者を混乱させずに済む場合もある」と述べられており、選択基準は「自己負担額の割合」と「利用者の混乱の有無」とのことであった。

以下は同行訪問した中で特徴的な関わりであると思われた3事例を紹介する。

2-1) ピック病で食事をとらないAさん

3年前にピック病と診断された77歳の男性で主たる介護者の妻と二人暮らし。ピック病と診断をうけるまでに1年以上かかった。通院が困難になり、大学病院の近くで買い物など利便性の良いケンブリッジの中心にある「リタイアメントハウス」に移住してきた。現在のADLはほぼ自立。二人とも混乱期は過ぎ疾患に対する理解は高く、この先どのようなプロセスを経ていくかは理解していた。現在の妻の心配ごとは夫が食事を一切とらないことである。訪問する前に、マネジャーに訪問目的を聞いたところ、「日々のちょっとした変化に耳を傾け共感し、適宜、適切なアドバイスをすること」と言われた。この時点では、「適宜、適切なアドバイス」は当たり前なことで、精神保健トラストの専門職が多く関わっているため、わざわざアルツハイマー教会のマネジャーが定期的に訪問する意味がわからなかった。しかし、同行訪問して彼らの役割を理解することができた。

Aさんは「ピック病」ということもあり多種多様の専門家が関わっている。大学病院の神経学博士・食事指導の栄養士・退院支援看護師、そして精神保健トラストでは、CPN(ケアコーディネーターとして)・コンサルタント・心理学者・抗認知症薬のリサーチナース、そして社会サービスからケアマネジャーである。また、疾患の特殊性から研究者・医学生や看護学生の訪問も多く、ひっきりなしに誰かが訪問しているという状況である。現在受けているサービスについて満足・不満な点を聞いてみると、「ありがたいと思う。しかし」と口をにごらせ、「素晴らしいサービス(perfectと表現) を提供してもらっているといわなくてはならないでしょう。それに皆さん本当に親切で、何かあると電話をくれます。でも、私たちが困っていることを彼(アルツハイマー協会のマネジャー)のようには理解していないと思う。例えば、『どのサービスを利用したいか?』と聞かれてたくさんのパンフレットを持ってきてくれるけど、どんなサービスが私たちにあっているか分からない段階では答えられない。まずは、誰かに困難な状況を聞いてもらいたいし話をしたい。」専門家は相談に乗ってくれなかったかを聞いたところ、「相談には乗ってくれる。でも分かるかしら?何を聞けばよいか分からないときに、『大丈夫?どんな支援が必要?』と聞かれても答えられないもの。だって、とっても忙しそうで30分もいられないの。例えばCPNが来ている時に、食事のことで困っていると話したら『分かったわ。医師に相談して栄養士に訪問するよう伝えておくわ。他に困っていることは?』と言われて、翌週栄養士に同じ話をすることになり、『カロリーが足りないからアセスントのために入院が必要ね』と言われたの。結局入院して点滴したの。自分の専門分野についでのアドバイスはくれるの。でも、私たちは家で、私が今できることを、どうしたらできるかを知りたいのよ。その点、アルツハイマー協会の人はゆっくり話を聞いてくれる。その上で誰に、どういう風に伝えればいいか適切にアドバイスしてくれるし、一緒に整理していってくれるの。どうしたらよいか?を考えるには何より理解してもらえている実感が必要だと思わない?専門家の判断はいらないの。分かってもらえるかしら?」と述べてられていた。マネジャーが席をはずした時に彼の存在意義をもう一度聞いてみると、「共に考えてくれるパートナー。私たちにとってはライフラインなのよ。」と述べていた。

 

2-2) 若年性認知症のBさん

1週間前、精神保健トラストの若年認知症支援チーム(young on set dementia team)のマネジャーから、介護者支援の依頼を受けこの日が始めての訪問であった。Bさんは52歳の女性。主たる介護者の母親と二人暮らしで、一人娘はオーストラリアに在住しており、連絡を取ることが困難な状況。物忘れが多いことを職場で指摘され受診した結果、アルツハイマーと診断を受け1ヶ月前に退職し運転免許を変換する。現在は精神保健トラストのアートセラピーを週2回利用している。短期記名力障害が著明で10分前の出来事のほとんどを忘れている。ADLは自立。本人は「仕方ないわね。病気になっちゃったのだから」と疾患に対する受容はできている。一方で主たる介護者の母親は、今後の生活への不安が大きく現状を受容できずにパニックに陥っていた。彼らは持ち家に住んでいるが、10年前に離婚してから仕事についたため年金受給資格および家のローンの問題が残っていた。

Bさん宅には2時間45分も滞在した。まず泣きながら話す母親のとりとめのない話にじっくり耳を傾け、落ち着いたところで誰にどのようにファイナンシャルの相談をすればよいかを指導した。具体的には、銀行から送られてきた公共料金からローンに至るあらゆる明細の一つ一つをチェックし、誰に何を質問するのか、その内容と聞き方を整理し言う台詞の練習までつきあったので驚いた。そして、これらの相談がきちんとできたかを確認するため、1週間後に再度訪問する予定を組んでいた。このケースにおいてマネジャーが述べていた印象的な言葉を紹介する。「もし生活費がとだえたらパニックにならない?そんなときには誰だって病気のことを考える余裕はないもの。だから先ず目の前の問題を一緒に整理してあげることが大切。それが我々の役割。」と述べられていた。

2-3) 在宅の継続が困難になりつつあるCさん

介護者である妻のみを訪問。10年間在宅で主に妻が一人で介護してきたケース。ADLは全介助。認知症が急速に進行し、妻も認識できず夜間の行動障害も著明になったところ、妻自身も関節炎が悪化し在宅介護が困難になったため、コンサルタントの勧めで現在フルボーン病院に入院している。コンサルタントから「もう在宅は限界だから老人ホームに入るように」と勧められているが、「40年も連れ添ってきたのにどうして離れて暮らさなくてはならないの?どうしても一緒にこの家で暮らしたいけど介護に自信が持てない」とパニックになっていた。マネジャーは今の社会資源だけでは在宅介護の継続は厳しいと思っていたようだ。しかし、本人が納得していなかったため、毎日病院に行って夫に会って状況を理解すること、コンサルタントに今の思いをきちんと説明した上で相談することをアドバイスしていた。他方で、在宅介護の継続の可能性を探ることも約束して訪問を終えた。その後車の中ですぐに地域精神保健チームのケアコーディネーターに電話を入れて内容を報告し合レビューミーティングを要請し、日程を調整していた。

4.イーリー支局の活動

ケンブリッジから北に30マイル離れたイーリー村にケンブリッジのサテライト拠点がある。イーリー支局の活動内容も、ケンブリッジ市で行われていることと類似しているため、ここではイーリー村独自に行っている、認知症高齢者とその介護者へのサービスを中心に紹介する。

1)金曜クラブ(Friday club)

毎週金曜日10時~11時半、イーリー大聖堂のすぐ隣の教会で金曜クラブ(デイサービスに似た内容)を開催している。参加費用は一人50ペンス(約100円)で、お茶代にあてている。

対象はイーリーに住む認知症高齢者とその介護者で、老人ホームに入所している認知症高齢者も参加可能な点、重度の認知症高齢者が多いことが特徴である。

筆者が参加した日は、認知症高齢者22名(その内老人ホーム入所者5名)、介護者3名であった。スタッフは老人ホームのスタッフ、ボランティア、アルツハイマー協会の職員(ボランティアも含む)11名であった。朝10時に各々の車、もしくは移動サービスを利用して集まってくる*)。まず、お茶を飲みながらこの1週間の出来事や体調などをスタッフが聞いていく。その後は好きなテーブルについて、クロスワード・貼り絵・塗り絵などを行い、もう一度お茶とお菓子の時間になる。そして、最後にダンスをすることが恒例になっている。まず、スタッフと利用者が大きな和を作ってフォークダンスを踊り、曲が進むにつれてスタッフが少しずつ抜けていき、利用者同士のチークダンスで終わる。責任者は「ダンスをすることには意味がある。色々試したけど利用者が一番楽しそうにしているし、何より利用者同士が手を取り合うことでいい関係が作れる」と述べていた。

上記と同じ内容のサービスを水曜日にも開催している。こちらは主催が民間老人ホームのオーナーに変わり水曜クラブ(Wednesday club)と呼ばれている。このようにして、民間老人ホームとボランティア団体が協力しあい、イーリーにいる認知症高齢者の社交場を作り出す努力をしている。

*)移動サービスを利用するには、往復3ポンド(約600円)の自己負担がある。

2)その他の活動

イーリーはケンブリッジ市と異なり自治体からの資金援助はない。そのため活動資金を作り出すために、コンサートやバザーなど、様々なチャリティー事業を開催している。毎月「イーリー新聞」という情報紙も発行し、介護者向けに様々なイベント紹介や情報提供を行っている。この新聞は、認知症を広く一般に理解してもらうために地域住民にも配達している。インターネットによる介護相談も行っており、現在では140人からの相談をメールで24時間対応している。その他には、訪問相談や老人ホームで働くケアワーカーへの指導(認知症高齢者への対応方法)を行っている。イーリー支局の何よりの特徴は、利用者の希望を即事業に反映することであり、責任者の柔軟な考え方と活動の幅広さに驚かされた。

4.おわりに

精神保健トラストや自治体などの「公」が提供するサービスと、ボランティアやチャリティー団体が提供するサービスとの違いを端的に述べるとしたら、前者は「国の基準および専門的視点から援助が必要と判断された『対象』に対する標準的サービス」であり、後者は、「生活する上で援助の必要な『人』(家族を含む)へのサービス」と思われた。チャリティー団体の活動状況が盛んなことは広く知られているが、認知症高齢者が地域で生活する為になくてはならない存在であることを理解することができた。ケンブリッジではお互いの役割と限界を認識しあい、共同することで認知症高齢者とその介護者を地域で支え得る「可能性」を模索していた。盛んに耳にしてきた「ジョイントワーク」の意味と意義を、アルツハイマー協会への調査を通して伺い知ることができた。

イーリー大聖堂
イーリー村のランドマーク 
金曜クラブでのダンス風景
踊っているのは、重度認知症高齢者とスタッフである。曲が進むに連れて、小さな輪になり、最後はチークダンスを行うことが恒例になっている。
イーリー大聖堂
金曜クラブでのダンス風景