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幼児期の言語発達における失読症のサイン

ジェニー・ロバーツ
テンプル大学

研究1.失読症児の早期語彙発達について

研究の要旨

本研究は遺伝的に失読症となる可能性が高い子どもの早期語彙発達について、同年齢・同性の健常統制群と比較したものである。失読症を発症する可能性のある子どもとは、片親もしくは両親が失読と診断された子どもであるが、健常統制群の子どもの両親は書字言語において健常範囲の能力を有するものである。対象児は失読症状が明らかになるまで10年以上も追跡調査された。生後7ヶ月から30ヶ月の間に両親の観察した表出語彙の伸びみると、失読症児には2つタイプの発達曲線を示すものがいることが明らかとなった。1つはことばの遅れを示すLate Talker群で、もう1つは健常な語彙発達を示す群であった。

研究の概要

はじめに:

本研究の目的は、失読症を発症する危険性が遺伝的に高い子どもの発達を幼児期から縦断的に調査することである。失読症は音韻障害を主の障害とし(Rack, Snowling, & Olson, 1992)、言語学習障害の1つとして捉えられている。近年の研究では書きことばに障害を持つ子どもと話し言葉に障害を持つ子どもはある程度で重なり合っていると考えられている。(Bishop, 2001; Goulandris et al., 2000)どちらの障害の子どもにしても早期語彙発達は乏しいと報告されている。SLI(特異的言語発達障害)の子どもでは早期語彙発達は健常群に比し遅いと症例報告を通して明らかにされている。話し始めが遅いLate Talkerの子どもの一部はSLIになるということが分かっている。このように乳幼児期のSLIの徴候としては、表出語彙の発達が遅い点が挙げられる。現在、失読症の子どもたちがSLIの子どもと同じような早期語彙発達のプロフィールを示すのか、または、健常の子どもと同じような発達のプロフィールを示すのかどうかは分かっていない。この点は、失読症が音韻障害を持つという言語学的基盤についての理論的検討につながるものである(Wagner et al., 1994)。乏しい音韻表象能力、あるいは音韻的表出の乏しさが脳内辞書の容量の小ささにつながったり、語彙の増加を抑制してしまったりしているのかもしれないのである。読みの障害を呈した子どもたちの中には、過去に遡ってみると話始めが遅かったという場合があり、語彙発達の遅れは後に生ずる様々な言語障害の早期サインであることを示唆している。本研究の目的は後に失読症と診断された子どもの早期語彙発達プロフィールについて同年齢で同じ性別の健常児と比較し調査することである。

対象児と研究の手続き:

失読症を家族にもつ子ども30人と失読症が発生していない家族の子ども30人が縦断的研究に参加した。そのうちの49人は書きことばの評価が可能であった。他の評価としては、両親にthe MacArthur Communicative Development(CDI)(Fenson et al., 1994)を用いて子どもの語彙発達の評価を7ヶ月~30ヶ月の間報告してもらった。20人の失読症発症リスクのある子どもについて96回の観察記録、17人の健常統制群の子どもについては83回の観察記録が収集された。読みの検査としてはthe Gray Oral Reading Test(GORT)(Wiederholt & Bryant, 1992)、 the Woodcock Reading Mastery Test (WRMT) (Woodcock, 1987)、 the Wide Range Achievement Test-Revised (WRAT-R) (Jastak & Wilkinson, 1984)など含めて実施した。

結果と考察:

6つの読みの下位検査のうち少なくとも3つの検査で16パーセンタイル以下の成績の場合を失読症と判断した。この基準をもとにすると、失読症を発症する危険性のある子どものほぼ半分(42,3%)が失読症を発症し、健常統制群では8.6%が失読症を発症した。これらの結果は他の失読症の遺伝的リスクについての研究結果と一致している。(e.g., Scarborough, 1990)表出語彙の発達曲線をみると、健常統制群の子どもの中で一人だけ健常な語彙発達のパターンを示さず、ことばの遅れがある子どもと同じ発達プロフィールを示した。この子どもは失読症を発症した統制群の二人のうちの一人の兄弟であった。書き言葉の検査では問題が見られなかったが、学齢期に音韻情報処理でわずかに弱さが見られた。この例外と言える子ども以外は、統制群の発達曲線は直線的で同質であった。一方、失読症を発症する危険のある子どもの方は、発達曲線に個人差が大きくまちまちであった。語彙の発達を危険因子のサインとしてみた場合、18~19ヶ月では失読症を発症する危険性のある子どもでも健常統制群の子どもでも発達曲線の下方にいる割合が同程度であるが、22~23ヶ月では、失読症を発症する可能性のある子どもが低いパーセンタイルに健常統制群の2倍も含まれるようになる。そして、24~27ヶ月では失読症を発症する可能性のある子どもの2/3が統制群よりも低い成績となる。このように、失読症の一部の子どもは、18ヶ月~27ヶ月の間、遅い語彙発達を示すことが明らかになった。

結論:本研究では、失読症と診断された子どものなかには、乳幼児期に語彙発達が遅れる場合があることが明らかになった。つまり、詳細に見てみると失読症には2つのサブタイプがあり、表出語彙の早期発達が遅れてLate Talkerと判断される子どもと、表出語彙には問題が見られない子どもである。今後、同じ対象児に実施した他の評価結果を用いて今回のサブグループ化が妥当なものであるかどうかを検討する。

参考文献

  • Aram, D.M., Ekelman, B.L., & Nation, J.E. (1984). Preschoolers with language disorders: 10 years later. Journal of Speech and Hearing Research, 27, 232-244.
  • Bishop, D.V.M. (2001). Genetic influences on language impairment and literacy problems in children: Same or different? Journal of Child Psychology and Psychiatry and Allied Disciplines, 42 (2). 189-198.
  • Catts, H., & Kamhi, A. (1986). The linguistic basis of reading disorders: Implications for the Speech-Language Pathologist. Language, Speech, and Hearing Services in Schools, 17, 329-341.
  • Fenson, L., Dale, P.S., Reznick, J.S., Bates, E., Thal, D., and Pethick, S. (1994). Variability in early communicative development. Monographs of the Society for Research in Child Development, 59, (5, Serial No. 242).
  • Goulandris, N.K., Snowling, M.J., & Walker, I. (2000). Is dyslexic a form of specific language impairment? A comparison of dyslexic and language impaired children as adolescents. Annals of Dyslexia, 50, 103-120.
  • Jastak, M., & Wilkinson, G. (1984). Wide-Range Achievement Test-Revised. Wilmington, DE:
  • Jastak Associates. Paul, R. (2000). Predicting outcomes of early expressive language delay: Ethical implications. In D.V.M. Bishop & L.B. Leonard (2000)., Speech and language impairments in children: Causes, characteristics, intervention and outcome. Philadelphia, PA: Taylor and Francis.
  • Rack, J., Snowling, M. & Olson, R.K. (1992). The nonword reading deficit in developmental dyslexia: A review. Reading Research Quarterly, 27, 29-53.
  • Rescorla, L. (2002). Language and Reading Outcomes to Age 9 in Late Talking Toddlers, Journal of Speech, Language, and Hearing Research, 45, 360-371.
  • Scarborough, H. (1990). Very early language deficits in dyslexic children. ChildDevelopment, 61, 1728-1743.
  • Trauner, D., Wulfeck, B., Tallal, P., & Hesselink, J. (2000). Neurological and MRI profiles of children with developmental language impairment. Developmental Medicine and Child Neurology, Jul;42(7), p. 470-5.
  • Wagner, R.K.,Torgesen, J.K., & Rashotte, C.A. (1994).The development of reading-related phonological processing abilities: New evidence of bi-directional causality from a latent variable longitudinal study. Developmental Psychology, 30, 73-87.
  • Wagner, R.K., Torgeson, J.K., & Rashotte, C.A. (1999). Comprehensive Test of Phonological Processing. Austin, TX: PRO-ED.
  • Wiederholt J.L, & Bryant B.R. (1992). The Gray Oral Reading Tests - Third edition (GORT-3). Austin,

研究2:失読症児のメタ言語能力や言語短期記憶

研究要旨

本研究は遺伝的に失読症を呈する危険性のある子どもの早期メタ言語能力と言語短期記憶について研究したものである。失読症を発症する可能性のある子どもとは、片親もしくは両親が失読と診断された子どもであるが、統制群の子どもの両親は書字言語において健常範囲の能力を有するものである。対象児は10年以上にわたり追跡調査されている。ライム(似た韻律)からことばを見つける能力、有意味語や非語を復唱する能力を就学前に評価した結果、失読症児は健常児に比してこれらの課題の成績が低かった。

研究の概要

はじめに:

本研究の目的は、遺伝的に失読症を発症する可能性のある子どもの発達を早期から縦断的に調査することである。失読症が遺伝する確立は高く(Defries et al., 1991)、主に音韻障害によるものであることが分かってきた(Rack, Snowling & Olson, 1992)。失読症が遺伝すると示唆してきたこれまでの双子の研究や遺伝的な連関性についての研究が、認知や言語の問題が失読症が発症する前に現れるのではないかという新たな研究視点を生むことになった。幼児期後期に見られる音韻意識の習得の問題は、後に読みの障害を呈する子どもの問題の早期サインのひとつである(c.f., Wagner et al., 1994)。特に、メタ言語能力と言語短期記憶はともに後の読みの能力の発達の指標となる。失読症を発症する危険性のある子どもの早期の言語発達の調査の中で、この2つの異なる音韻情報処理能力を調べるために3-5歳の子どもに2つの人形を使った課題を開発した。その結果、これらの課題の成績が後に失読と診断される子どもを予測できることが分かった。

対象と手続き

失読症の家族を持つ子ども30名と失読症が家族にいない子ども30名が縦断的研究に参加した。そのうちの49名は書きことばの評価が可能であった。他の評価方法として、月齢が36~60ヶ月の間、対象児には6ヶ月ごとに韻律発見課題や言語短期記憶課題(VSTM)を実施した。これらの詳細を下記に示す。韻律発見課題は、子どもが2回のセッションで続けて完全にできるまで実施した。また、VSTM課題は5歳まで毎回行った。読みの検査課題は、Gray Oral Reading Test (GORT) (Wiederholt & Bryant, 1992)、Woodcock Reading Mastery Test (WRMT) (Woodcock, 1987)のサブテストから選択した課題、the Wide Range Achievement Test -Revised (WRAT-R) (Jastak & Wilkinson, 1984)などを含め、他にもここには記載していない課題を用いて実施した。

本研究の韻律同定課題(Rhyme Identification Task)は、これまでの音韻意識の課題では子どもへの負担が大きすぎ正確には測れていないので、子どもの情報処理能力に負担をかけないように工夫されており、可能な限り早い段階でのことばの構造についての子どもの直感を測定できるように作成された。この課題はライアン・ライオンという人形が中心となるが、ライアンは音(韻律)が似た物が好きであるという設定である。ライアンの好きなものの1つである絵(例えば、bat:バット:こうもり)がライアンのひざの上に置かれ、名前が言われる。そして、子どもは2つの絵(cat:キャット:猫, fork:フォーク)のうち、(似た音が好きという前提で)どちらがライアン・ライオンは好きかと聞かれる。16回試行して基準は13/16 (81%)が正答の場合とした。

言語短期記憶はやはり人形課題(“Pete”:ピートと “Repeat”:リピート)を用いて調査した。子どもに2、3、4つの有意味語や非語の連なりを聞かせた。子どもには “Pete”が言ったことは全て復唱する“Repeat”の役割を取らせる。“Pete”(検査者)が言ったらすぐに語を復唱する。課題語を正確に復唱できた割合が評価点となる。課題語が正確に発音され、系列の始めから、または、後ろから連続して復唱することができた場合を正解とした。

結果と考察:

1. 読みの結果
書き言葉の評価を受けた49人の中で、6つの下位検査のうち少なくとも3つの下位検査の成績が16パーセンタイル以下の場合に失読症であると判断した。この基準をもとにすると、失読症を発症する危険性のある子どものほぼ半分(42,3%)が失読症を発症し、健常統制群では8.6%が失読症を発症した。これらの結果は他の失読症の遺伝的リスクについての研究結果と一致している。(e.g., Scarborough, 1990)
2.言語短期記憶(Verbal Short-Term Memory: VSTM 課題)
全部で5回のVSTM課題の実施を行った。全ての回で失読症群の方か健常統制群より有意味語・非語の両課題とも成績が低かったが、統計的な有意差が見られたのは、57ヶ月時の第4回目のみであった。従って、この言語短期記憶で失読症と健常を識別できるのは特定の時期に限られるかもしれない。読みの成績(WRATとWRMTの結果)と言語短期記憶の結果には相関関係がある。特に非語の音読、韻律の同定、言語短期記憶の3つの間には中程度の関係がある。
3.韻律の同定
縦断的な発達過程を調査するために、対象児のほとんどに韻律同定課題を1~3回実施した。48名の対象児は少なくとも1回のセッションを受けており、多くの対象児は2~5回のセッションを受けている。年齢だけでグループ分けをして分析すると、やはり失読を呈する子どもは韻律同定がおよそ3歳6ヶ月から低くなることが明らかとなった。健常統制群の子どもでは、4歳までに65%、4歳6ヶ月までに75%が基準に達し、5歳までに100%が基準に達した。一方、失読症児の場合は、4歳の時点で基準に達したのは14%であり、4歳6ヶ月では43%、5歳では50%であった。 このように、韻律同定は、遺伝的な素質をもつ子どもがいずれ失読を発症するかどうかについての有効な予測指標となる。

結論:

読み書きを習得する年齢になる以前に、読み書き障害を予防するためには失読症の早期発見は必須である。早期の読みの発達が遅い子どもは健常児に追いつくことができず(Torgeson and Burgess, 1998)、学業に深刻な問題を生じる。本研究で用いたようなメタ言語(韻律同定)課題や言語短期記憶課題を用いて早期に失読症児を発見することは、幼児期に適切な指導を受けることを可能にし、問題の予防につながる。

参考文献

  • Bradley, L. & Bryant, P. (1983). Categorizing sounds and learning to read: A causal connection. Nature, 301, 419-421.
  • DeFries, J.C., et al. (1991). Colorado Reading Project: An update. In D.D. Gray (Eds.), The Reading Brain: The Biological Basis of Dyslexia. Parkton, MD: York Press.
  • Jastak, M., & Wilkinson, G. (1984). Wide-Range Achievement Test-Revised. Wilmington, DE:
  • Jastak Associates. Locke, J. L., et al. (1997). The development of developmental dyslexia. In
  • Hulme,C., & Snowling, M. (Eds.). Dyslexia: Biology, cognition and intervention. London:Whurr Publishers. p. 72-96.
  • Rack, J. et al. (1992). The nonword reading deficit in developmental dyslexia: A review. Reading Research Quarterly, 27, 29-53.
  • Scarborough, H. (1990). Very early language deficits in dyslexic children. ChildDevelopment, 61, 1728-1743.
  • Torgeson, J.K. & Burgess, S.R. (1998). Consistency of reading-related phonological processes throughout early childhood: Evidence from longitudinal correlational and instructional studies. In J. Metsala & L. Ehri (Eds.), Word Recognition in Beginning Reading. Hillsdale, NJ: Lawrence Erlbaum.
  • Torgeson, J.K., et al. (1994). Longitudinal studies of phonological processing and reading. Journal of Learning Disabilities, 27, 276-286.
  • Wagner, R.K.,et al. (1994).The development of reading-related phonological processing abilities: New evidence of bi-directional causality from a latent variable longitudinal study. Developmental Psychology, 30, 73-87.
  • Wiederholt J.L, & Bryant B.R. (1992). The Gray Oral Reading Tests - Third edition (GORT-3). Austin,

プロフィール

ジェニー・ロバーツ博士.は、現在米国テンプル大学コミュニケーション障害学部の助教授である。ボストン大学の心理学部でPh.D.を取得した後、マサチューセッツ・ジェネラル病院でSLP(Speech-Language Pathology)の資格を得た。研究のテーマは、言語発達障害のリスクのある子どもの早期発見・早期指導である。これまで、John Locke博士が主任研究者である研究グループで、失読症を親に持つ、つまり、生物学的に失読症のリスクを持つ子どもを追跡調査することで、早期の言語サインを見つけようという研究に携わってきている。また、Helen Tager-Fluseberg 博士とともに、自閉症児が特異的言語発達障害(Specific Language Impairment: SLI)の子どもと同様に形態素の省略といった文法の問題を持つのかどうかを研究している。さらに、乳幼児の最初の50語に含まれる音韻や語彙が後続の言語発達を予測しうるのかどうかについても研究している。これらの研究に加え、Adele Gerber氏 やEvelyn Klein氏 とともに、読みの問題を持つ、或いはそのリスクを持つ子どもへのプレリテラシー段階での指導法として、Sound-Story-Bookを開発している。