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発達臨床-人間関係の領野から-

NO.10

第7章 「行為描画法」

1.発達臨床における「行為描画法」

(1)「行為描画法」の特色

 「行為描画法」とは、‘ふるまうこと’(行為法・心理劇)と‘描くこと’(描画法・絵画療法)を臨床場面において相互に組合せて用いる技法であり、人とのかかわりや自己の発達を促すことを目的とした発達臨床に有効な臨床技法である。
この技法は、既成の方法としてあったものではなく、筆者がひとりの子どもと出会い、かかわってきた発達臨床の実践において、子どもとの間で共有できるコミュニケーションの方法と内容を作り出しながら、関係を発展させていく過程で整理し、名づけたものである。
「行為描画法」の特色は、「心理劇」と「描画法」の両者を、単に同時に用いるということではない。「心理劇」については前章で詳しく触れたのでここでは割愛する。そもそも「描画法(絵画療法)」とは、“絵画などに表出されたイメージを自己表現とみなし、これを媒介として患者の内的な成長を促進する心理療法の一手段”(石川元、1983)と説明されている。指を動かすと、筆の先から現われ出る描線がみるみるうちに何かの形を紡ぎ出していく。そこに自分が表現したもの、自分のイメージを見い出していくように、‘見ながら描く’過程においては、自分が表していく描画と自分自身との間に対話が進み、気持ちが動いていくのが感じられることがある。そのように「描画法」の‘描く’ということは、カタルシス的側面だけでとらえられるのではない。‘描く’ということは、描画空間に自己の内的な世界をあらわにし、目に見えるように表現することであり、自己との関係において展開するという側面に視点を置くことが大切であると考える。
「行為描画法」は心理劇と描画法の臨床的意義を併せもつ。‘描く’ことが「心理劇」の技法を用いて展開されると、行為を媒介にその人のもつイメージにより近いところで共感が進み、ふるまいながら描きながら具体的・現実的な人間関係の発展の体験として積み重ねていくことができる。そしてそのことがその子どもの日常生活における行為に効果的に反映していくと考えられる。そのことからも、主として自己関係的に発展し得る描画と、主として人間関係的に発展し得る行為法が統合的に用いられることで、描画と行為を媒介に体験が確かめられたり、リハーサルされたり、メッセージとして機能するという意味があるといえる。
次に、「行為描画法」を展開する具体的な手続きを簡単に述べる。
1状況や人とのつながりのとらえにくいまま、自分ひとりの世界の中で絵を描いている子どもに、2臨床者が働きかけ、心理劇の場面を設定し、3描画空間や行為空間において、「ふるまいながら、描きながら、ふるまいながら……」というように‘ふるまう’ことでなされる体験と‘描く’ことでなされる体験がつながりをもつようにして、人との間でさまざまなやりとりが経験される。そしてそのことで、ともに理解し合い、共感し合う関係を作り出し、人間関係の発展を体験をしていくように展開されていく。

(2)子どもの「行為描画法」の適用

 ‘行為’(ふるまうこと)と‘描画’(描くこと)は、ともに非言語的なコミュニケーションの通路や媒体となるため、「行為描画法」の適用は、年少であったり、言語表現が未熟であったり、言語を媒介にして内的体験を表現することの難しい子どもとの臨床活動に有効であると考えられる。その際、子どもの全体的な発達の状態、子どもと臨床者の関係が十分に考慮されることが必要である。
「行為描画法」は、単独で、それのみを目的として活動をすすめていくのではなく、ともにかかわりながらある活動全体の流れのなかに取り入れていく方法である。子どもとの活動で「行為描画法」を用いるとき、子どもの今のあり方を肯定的に受けとめながら、それを生かしていく方向でかかわっていくことが大切である。それは、活動の一場面で、子どもの絵を描く活動を支え、その子どもが自己の内的なイメージを表出することを促していくことであるかもしれない。また、そのような絵をコミュニケーションの通路として位置づけ、イメージを人と共有して発展させることであるかもしれない。さらに、子どもが自分のもつイメージを描画し、そのイメージに即してふるまい、そのなかで人との共有体験が豊かに成立するように心理劇的に場面を設定しながら働きかけていくことでもあろう。
このように、「行為描画法」は、‘ふるまう’こと、‘絵を描く’ことといった子どもの自発的な活動をとらえ、そのようなものとの関係を手がかりとして自己や人との関係を発展させるよう展開するものであるといえる。

2.子どもの「行為描画法」の実際

~動物の絵にあらわれた心の世界~

これから紹介するのは、幼稚園に通う女児(K子)との1年8か月にわたる「行為描画法」を用いた発達臨床の活動経過である。
筆者は、スーパービジョンを受けながら、母子並行面接のうちのK子の担当として活動に参加した。なお、これは、関係学研究第18巻第1号(1989)の「『行為描画法』の関係学的考察」をもとに修正・加筆したものである。

(1)幼稚園に通う女児との相談の事例の概要

1)K子の発達プロフィール
K子は、あやしても笑わない・言葉が出てこないなどという理由で、3歳前より家族に心配され、さまざまな治療機関を訪れていたが、かかわり方の方向が見出されにくく教育方針も混乱し、両親がK子との接し方がわからないということで、K子が3歳10か月のとき、都内の相談機関を訪れ援助を求めてきた。そこで、Mセラピストにより、K子の発達援助および両親のカウンセリングを目的として、特に母子間の基本的愛着関係を育てることを強調し、月1回の発達相談が半年間続けられた。筆者は、K子が4歳4か月時から(ちょうどその頃からK子は地域の幼稚園に少しずつ通いはじめたのだが)、Mセラピストのスーパーバイズを受けながら、K子の担当として発達臨床活動に参加することになった。

2)発達援助の方向
筆者がはじめてK子と出会った頃、K子は人と視線を合わせることが少なく、人に向かって「ピンクのゾウさんは何て鳴くの?」「アオガエルは何色?」など、場面や状況とつながらないような動物や色についての質問を、特に母親に対して頻繁に口にしていた。そして母親が「ピンクのゾウさんは『ピンク、ピンク』って鳴くの」などと言うと納得するようだったが、K子が期待した答えが人から返らないと‘パニック’的行動を起こしてしまうなど、‘直接的な対人関係を回避する傾向’と‘繰り返しの質問ぜめ’が際立って見られた。それは、特に人と差し迫ったコミュニケーションを必要とされるとき、状況の脈絡なく激しくなるように見受けられた。
このようなK子の発達における状態の理解には、太田正己(1979)の述べる“対人関係における距離の障害”の概念が有効であり、K子は人とのかかわりにおいて時間的・空間的・関係的な距離の調節に難しさをもつと考えられた。また、K子の特有の繰り返しの質問は、「距離の障害」の現象面の現れのひとつである‘同一性保持’の状態としてとらえることもできた。しかし、筆者には、その質問の応答が決まりきった言葉のやりとりでありながら、K子が母親に気持ちのつながりを求める精一杯の試みであり、直接的な対人関係はK子にとっては負担であり、避けずにはいられないものである一方で、K子なりになんとかして人に近づきたい気持ちが表れているように感じられ、痛切に人からの援助を求めているように思われた。
また、ある時期から、K子は自分の内からあふれてくるように、また描かずにはいられないように、たくさんの絵を描き続けてきたのであるが、その描画内容ははじめからほぼ動物に限られ、自己像を含む人間の姿が現われたのはかなり後になってからであった。さらに、K子には、次第に‘ごっこ遊び’やイメージによる空想など、いわゆる表象面の発達が豊かに見られるようになってきた。
そこで発達援助の方向として、K子において対人関係における距離が適切に取られることを対人関係の発達ととらえ、それを臨床活動の課題とした。そしてK子が好む‘描画’や‘行為’という表現方法を媒介としてかかわると、相互の理解やコミュニケーションを発展させることから、「心理劇法」と「描画法」を統合した「行為描画法」を導入した。
K子が描かずにはいられないように繰り返し描き続ける絵においても、人とのかかわりを拒むように繰り返す質問においても、その内容は必ず動物であった。そのように表されるK子にとっての‘動物’を仮に「動物イメージ」と名づけるのならば、それはK子の自己と混在してあるようでありながら、K子の心の世界に重要な意味をもつものであると考えられる。そして特に「動物イメージ」の描画上へのあらわれは、K子の絵の発達的特徴であるともいえる。そのような‘動物画’については、一般的には、直接的な人間像の描写には緊張が強いられるため、動物像に自己を投影していると解釈できるが、K子においては、むしろ動物が’物’と‘人’との中間的存在として自己内に位置づきやすく表しやすい対象であるためと考えられた。そのような「動物イメージ」は、「行為描画法」の展開においても重要なテーマとなり、人とのかかわりをすすめる媒介物となっていった。

(2)経過

 以下に1年8か月34回にわたるセッションの内容を、「行為描画法」の展開と対人関係の発達的変化に焦点をあて、6段階に区分して報告する。なお、それぞれの段階は、1 K子の人とのかかわり方・自己のあり方の特徴、2 行為と描画の関係の仕方、3 この段階の活動の特色と臨床者のかかわり方の視点、の三つの観点から整理して述べた。
なお発達臨床活動の形態は、K子の対人関係の発達の課題の変化に対応して、第1、2段階はK子母子と臨床者チーム(母親相談担当のMセラピストと子ども担当の筆者、以下Sとする)が合同で活動を行い、その後第3段階以降は、K子とSの個別の活動は、Mセラピストによる母親相談と別室において並行して行われた。

第1段階 「行為描画法」へのウォーミングアップ期(1)
~人との関係の基盤を形成する時期~

1.K子の人とのかかわり方・自己のあり方の特徴

 K子は緊張や不安が高い様子で、人と視線を合わせず、人から直接的な働きかけや必要以上の接近をされたり、物の状態がK子のつもりと少しでも合わなくなると、‘パニック’のように泣き出したり怒り出すことが頻繁に見られた。そして「黒色の犬さんは何て鳴くの」などと動物や色についての問いかけを、早口の聞き取りにくい独特な言い回しで繰り返し口にし、母に「黒い色の犬さんはワンワンて鳴くの」などと答えさせる。K子は精一杯自分を守るかのように、決まり切ったやりとり以外は受け入れることができず、人との通じ合えなさに苛立っている様子が感じられ、Sも何ができるのかと途方にくれてしまった。
そのうちに、K子はSに対して「緑色のキツネさんの指人形作ってよぉ」などとさまざまな色と種類の動物の名前を挙げては、家で母が作ってあげているのと同じようにして、紙に描いて切り抜いて製作する指人形を作ること要求してきた。K子にとっては、Sの側からの直接的で不用意な働きかけは自分を侵されるように感じられて受け入れがたかったのであろう。しかし、K子の要求に必死に応じようとしているSは、直接K子自身に向ってくることがない分だけ、少しは近づきやすい存在になったのか、絶え間なく要求を繰り返しながらも、Sの膝にスッと座りにくるなど、K子なりの方法で人とのかかわりを求め、試そうとしているかのようであった。それでも、Sには相変わらずK子のとらえどころのなさが強く感じられた。

 この時期のK子の自己のあり方の特徴としては、自己が自己のもつ「動物イメージ」と未分化であり、混ざり合っている状態にあるといえる。

2.行為と描画の関係の仕方:

 この段階の行為の展開としては、Sの側から、K子が身体を大きく使って人にしてもらう活動を楽しめるように、意識して働きかけた。K子は、抱き上げられて揺すってもらうように身体を大きく動かすかかわりをされると、最初は身を固くしていたが、次第にSの首に手を回して自分から求めてきたり、「大きい波やる?」の問いかけに「やる」と応じるようになってきた。また、K子は、自分に向けて魔女の指人形が近づいたり、遠のいたりしておもしろそうに動かされると、最初顔を強ばらせて母の後に隠れるが、次第におっかなびっくりながら人形の近くに寄って来ることがある。さらに、K子の方からトラ人形を差し出し、人が大げさに怖がって逃げると、K子がおもしろそうに追いかけてくることがあった。
描画の展開においては、この時期のK子は、まだ自分の身体にむやみに描いたり、「何色で描くの?」と言いながらひとりで円錯画のように描くこと、身体中にむやみに描くことが見られた。人に手を取られて一緒に描くことは嫌がった。そのうちに、K子は次第に盛んに絵を描くようになり、描画内容も動物の顔などが見られるように変化してきた。

 そのようにこの段階では、ふるまうことと描くことは、まだそれぞれに展開していた。

3.この段階の活動の特色と臨床者のかかわり方の視点:
次第に、K子は、侵入的でなくK子にかかわるSという人と一緒にいることが、さほど負担ではなくなってきたようだった。さらに、人から働きかけられ、自分にも応じることができる状況が作られると、うれしそうに人に応えようとすることが見られるようになってきた。
Sからは、K子が人との関係において‘安心できた’‘受け入れられた’という経験が多く成立するように、K子の情緒・行動・要求を受容するかかわりを第一に考え、無理のない働きかけを心がけた。特に感覚運動的に身体を用いた遊びをSの側から働きかけていくことで、K子に人と一緒にいることが楽しい体験を育てていった。さらに、K子が自己のイメージを目に見えるものとして対象化することを促すため、K子の要求に応じて指人形を描いて作ったり、K子に手を添えて一緒に描くなどの活動をK子と一緒に行ったりしていった。

第2段階 「行為描画法」へのウォーミングアップ期(2)
~人との関係を基盤とした活動が展開しはじめた時期~

1. K子の人とのかかわり方、自己のあり方の特徴:

 この頃、K子はすでに幼稚園に通いはじめていたが、K子と集団をつなぐ役割がないところでは、集団の状況に気づきにくいままでいて、大きな集団内で行動することが困難で、人とのかかわりもなかなかもちにくい状態であった。また、そのため、K子は人とのかかわりに失敗感と困惑をもちながらいることが多く、幼稚園での体験は、K子の中に位置づいていきにくいように思われた。
一方、臨床場面においては、K子は、K子とふたりで一組であるようにふるまうSと一緒ならぱ、安定してその場所にいられるようになってきた。

 この時期のK子の自己のあり方の特徴としては、自分の中に混在してある「動物イメージ」が、人形や描画などの形で目に見えるものとして外の世界に実際に存在させられることによって、対象化されてきているといえる。

2.行為と描画の関係の仕方: 

この時期の行為の展開において、K子はまだ自分自身がふるまうことは難しいが、K子が好んだ人形を介在させた行為ならば少しずつ受けとめることができ、人と一緒に人形を操作することが見られはじめてきた。たとえば、K子が動物人形を出してくるので、Sは動物のお家・すべり台などの場面を設定し、動物を連れてくる、動物を滑らせるなどの活動をK子の気持ちに即して一緒にする。そのような場面設定がなされると、K子は動物人形などのものを操作して‘してあげる’ことを好んで繰り返すようになった。また簡単なルールに従って遊ぶ‘マラソンごっこ’‘象さんのあくび体操’のように人と一緒に楽しめる体験が徐々に増えていった。
描画の展開においては、K子は一人では場面とのつながりがとらえにくいまま、人からの働きかけを拒むようにして絵を描いていることが多かった。そこで、Sは、K子と一緒にいて、K子のおにぎりなどの描いている絵を切り抜き、衝立てに張って‘お店屋さん’の場面設定をするなど、K子の活動が場面のなかにコーナーとして位置づくように働きかけた。そこでは、K子が描く絵は、Sによってお弁当の注文書としてみたてて使われることによって、おにぎり屋ごっことして展開していくきっかけとなり、K子はお客さんの役割を取っているとして位置づけられた。

 そのように、K子自身がふるまうというような積極的な行為とのつながりはまだとらえにくいが、K子は人形を媒介に人とかかわるようになり、K子の描画活動は意味あるものとして場面のなかに位置づけられていった。

3.この段階の活動の特色と臨床者のかかわり方の視点:この時期は、人形や描画を媒介としたK子の自発的な行為が意味づけられ生かされた場面設定のなかで、K子においては、人とのつながりをもちながら、関係が発展する体験が積み重なっていったと考えられる。
そのため、Sからの働きかけとしては、K子の自発的な描画活動が生かされるように位置づけるため、場面設定を行い、K子の役割を明らかにしていった。さらに、Sは、K子が安定してその場に位置づき、状況に気づきやすくなるよう、K子に即し、K子と他の人や課題との間柄をつなぐかかわり(「行っちゃったね」などと、K子がまわりの人や状況に気づきやすくなるような言葉かけや、「やってみようかな」などと、K子の気持ちや自発的なかかわりを他の人へ伝えていく働きかけ)をこころがけた。

第3段階 「行為描画法」の発展期(1)
~人がふるまうのを見て、なぞるようにふるまうことをはじめる時期~
(この段階から、K子とSのふたりだけの活動となった)

1.K子の人とのかかわり方・自己のあり方の特徴:

 この時期、母からは、家でK子が母にまとわりつくようになって、なんとはなしに母と目が合ってにっこりするようになってきたこと、K子に聞き分けができてきたことが報告されていた。そのように、母子間においても親密なわかり合う関係が確かなものになってきたようである。
Sとの関係においては、K子が「夜」と言ってブラインドを下ろしたときに、Sが「ねんねんころりよ、Kちゃんはいい子だ、ねんねしな」と歌ったのがきっかけになったのか、K子はSに抱かれて子守歌を歌ってもらうのが好きになり、自分からも「ねんねんころり」と言って、Sに要求することがみられるようになった。また、「また明日も一緒に遊びたいなぁ」という気持ちなのか、K子が「また明日も来るの?」と言うことがあった。そのように、K子はSとの間で情緒的な気持ちのつながりが成立してきていたと考えられる。それは、Sにとっても、差し出したかかわりをK子に必要とされることであり、K子との間で心地よい構感的な体験を共有できるようになってきたように感じられた。

 この段階のK子の自己のあり方の特徴としては、自分の中の「動物イメージ」を役割として取り、ふるまってみる体験をしはじめたこと、そして、空間における行為の幅と内容が広がってきていることが挙げられる。

2.行為と描画の関係の仕方:

 この段階の行為の展開は、K子がSのふるまう姿を見る体験を重ねることから始まった。たとえぱ、K子がキリンなどの動物人形やままごと道具などの物でひとりで遊んでいるので、Sが「キリンの病気が治ったので、お祝いに行ってこよう」という場面を設定し、「私はうさぎになって行ってこよう」と動物の役割を取り、人形のキリンに「おめでとう」と言いに、ピョンピョン跳ねながら行って戻ってくる。K子は、Sが演じるのを楽しそうにじっと見ているが、Sが「今度はK子ちゃんの番。K子ちゃんは何になるの?」と言うと、K子は、ライオンになることを選んだのか「ガォー」と言って戻ってくる。そのように交代に何か動物になってふるまうことをK子は喜んで繰り返す。最後にSが提案して、ふたりで抱き合うダルマになると、K子も「ゴロゴロ」と言ってうれしそうに身体を寄せてくることがある。また、K子が雪の場面の絵本を見ているので、Sが「大きな雪だるまになろう」と言って、K子をおんぶしてゴロゴロと転がってみる。K子はうれしそうにしてひとりでも転がってみせる。その後、Sは「寒いねー」と言って、積み木を焼き芋にみたてて焚火をする場面設定をする。Sが「焼き芋焼けたかなぁ?はい、どうぞ」と焼き芋を渡し、「熱いから気をつけてね」とK子の手をフーフーと吹いて介抱する。その後、Sが「熱い」と言うと、今度はK子がSの手を取って介抱してくれることがある。

 この段階は、活動場面では絵を描くことが少なく、ふるまうことを中心として進められた。ただし、ふるまう際は、絵のテーマである動物の役割が中心であった。K子はSがふるまうのを見て楽しみ、次第にSの行為を同じようになぞりながらふるまいはじめた。

3.この段階の活動の特色と臨床者のかかわり方の視点:この時期は、一つひとつの活動の場面は一コマ程度の短いものであるが、K子は自己と一体となっているような「動物イメージ」の役割に’なってみる’体験を、Sの行為に誘われようにして行った。
Sからのかかわりとしては、K子が観客的役割を取ってSがふるまうのを見ることが意味があることとし、Sが率先してふるまった。その際、K子の心のなかの「動物イメージ」を対象化するように、その役割を取って演じた。そして、K子にふるまうことを強いるのではなく、自然に行為が誘われるように、ふたりでひとりのような役割を、‘抱かれる’ような身体接触や‘してもらってうれしい’‘安心できる’かかわりを用意しながら、無理なく役割の分化を誘っていった。

第4段階 「行為描画法」の発展期(2)
~ふるまうことと描くことそれぞれのなかで、K子のイメージに即した人とのやりとりが盛んになる時期~

1.K子の人とのかかわり方・自己のあり方の特徴:

 この頃、母からは、K子が家庭で母に言葉で要求したり抗議したりすることがはっきりしてきて、通じ合えなさから、すぐに‘パニック’を起こすようなことは減ってきたことが報告されるようになっていた。
また、K子はSと出会うとき、待っていたかのようなうれしそうな笑顔で迎えてくれるようになり、活動がK子の心の中に期待をもって受け入れられてきているようであった。

 この時期のK子の自己のあり方の特徴としては、「動物イメージ」を役割として取ることがズムーズになり、そこを媒介領域としてK子が人とかかわることができるようになってきたことが挙げられる。

2.行為と描画の関係の仕方:

 この段階の行為の展開において、K子は自発的に「動物イメージ」の役割を取ったり、与えられた役割を取ってふるまうことができてきた。たとえば、部屋にビーチボールが置いてあったので、Sがボールを布で覆い「たまご…」と言って、交代に何かに変身する場面設定をすると、K子は自分からにわとりになって登場するように、自発的に役割を取ることが積極的に見られるようになってきた。Sが「今度は何が出てくるかしら」と言うと、K子は「マダカ」と言う。Sが何かわからず確かめようとすると(後でマダカはメダカであることに気づいたのだが)、K子はわかってもらえないのがもどかしいのか、「マダカ」と言いながら泣き出しそうになってくる。Sが「そうか、マダカは飛べるのかな?」と言って立ったり、転んだりしながら飛ぶ練習をしはじめると、K子も一緒に同じようにふるまって、「飛べる」と言ってスクッと立った。Sも「いいな。あっ、私もできた」とK子の隣にスクッと立った。またあるとき、K子が折紙をたくさん出してきたので、Sが折紙を花にみたてて、「ここは花の国です」という場面設定をする。Sがひらひらと翔びながら花の蜜を吸う媒の役割を取ってふるまった後、「あめを作って森の動物にあげよう。Aちゃんは動物さんになって下さい」と言うと、K子は自分から次々と「ゾウさん」「うさぎさん」などの動物の役割を取り、蝶役のSからあめをもらい、Sの歌や拍手に合わせてお礼のダンスをする。
描画の展開としては、たとえばK子がゾウの絵を描くので、Sが「ゾウさん何食べるのかなぁ」と言うと、K子は「バナナ」と描き加える。Sは「食べてね」と絵のバナナの皮を剥いてゾウに与えるまねをする。そのように、SがK子の描く絵に即した働きかけをすると、K子も描くことで応じることが見られてきた。
さらにこの段階の特徴として、描画をふるまう際の道具やきっかけに使うようになってきた点が挙げられる。たとえば、K子がピョンピョン跳んでいたので、Sが「カエルさんになる」という役割を明確化して、ふたりで大きなカエルと小さいカエルになってふるまってみるように誘う。K子が椅子を出してきて座るので、Sがそれを「王様の椅子」と名づけ、K子に「カエルの王様ですね」と役割を与える。そして、ふたりで「葉っぱの冠」の絵を描き、カエルの王様の役割をとったK子にかぶらせる。またあるときは、K子が「気球描く」と言って丸を描くので、Sはかごを描き加え、切り抜く。Sが「じゃあ、気球に乗って行こう」と誘うと、K子は自分が空気を抜いたビーチボールに空気を入れ、気球の絵にもチューブを描き加える。その後、ふたりで気球の絵を持って部屋を出る。そのように、K子は、ふるまってみたことを描画の中にも対応させて描くことが見られてきた。

3.この段階の活動の特色と臨床者のかかわり方の視点:この段階では、K子は「動物イメージ」になってふるまうことにより、人と直接的にかかわることが盛んに見られるようになってきた。言葉では不確かにしか伝えられない思いは(たとえばマダカの例のように)、ともにふるまうことによってかかわり合う方向や人との距離を探ることができ、K子は人とのかかわりをより確かなものとして体験していったと思われる。また、K子はそのようにふるまった人との体験を確かめるように、描画に表しているようであった。
Sからは、K子のイメージに添いながらK子に役割を与えたり、K子の描画に働きかけ、行為にもつながりをつくっていくよう心がけた。さらにS自身が、K子と少しずつ違う役割(あめをあげる役割ともらう役割)を取りながら、K子にとって、Sという人が分身的な存在から、少しずつ違う役割をもつ存在へ気づきやすいように働きかけていった。

第5段階 「行為描画法」の発展(3)
~ふるまうことと描くことが相互につながりはじめ。人とのかかわりを進めていく時期~

1.K子の人とのかかわり方、自己のあり方の特徴:

 この頃、幼稚園でK子は、他児の近くで「仲間に入れて」と言いたそうにしていたり、友だちに誘われると気持ちを立て直すことが見られるなど、徐々に同年齢の仲間集団の一員としての自分がはっきりしてきた。
また、K子はSとともにふるまいながら、Sに向けて「楽しいね」と話しかけるなど、自分の気持ちを言葉で表すことが見られるようになってきた。

 この時期のK子の自己のあり方の特徴としては、まだ、人との媒介領域としての「動物イメージ」の役割を取ることはあるが、自己が明確化してきているといえる。

2 行為と描画の関係の仕方:

 この時期、K子は描画空間をSと共有し、そこで働きかけ合うようになってきた。たとえぱ、K子がネズミの絵を描いているので、Sは「ネズミさん、どこにいるのかな? 部屋の中かな?」と描画に部屋と戸口を描き加え、紙の上をノックして「ネズミさんいますか?」と言うと、K子は描画上で戸口へ手を動かし「出た」と言う。そのように、K子は、Sが描画に描き加えていくのを受け入れて、描画上に場面を作り上げることを楽しむようになった。

 また、ふるまうことと描くことがつながりはじめた。たとえぱ、K子が3匹の蝶の絵を描いているのを見て、Sが「逃げちゃうかしら」と言うと、K子はかごの絵を描く。Sは「あぁ、よかった。私はいちごのあめをあげよう」と、あめをひとつ描き加えると、K子も他の2匹分のあめを描き加える。Sが「ちょうちょになって行ってこよう」と蝶の役割を取ってひらひらと翔ぶようにふるまうと、K子も蝶になって一緒に翔び、自分から「こんにちは」と大きな声でSの蝶に言う。途中でSがK子を捕まえて、「鍵かけておこう、ガチャ」と、かごに入れて鍵をかける真似をしてふるまうと、K子は絵を描いているところに戻ったときに、「鍵かけるガチャ」と言いながら、鍵の絵を描き加えた。

 またあるときは、K子が巣に入った小鳥と部屋の中にいるピンクのうさぎを描いたので、Sが「うさぎになって行ってこよう」と部屋を一周すると、K子もSにつ
いてくる。Sが「次は誰かな?」と言うと、K子は「リス」「キュッキュッ」と言いながらリスの家を描く。K子が「出られないよ」と言うので、Sは「出ておいでよ。階段降りて、出ておいでよ」と言うと、K子は、家からリスの手足が出てきたところを描き、「出た」と言い、階段の下に出てきて地面に降り立ったリスを描く。Sにはそのとき、「出られないよ」と言ったリスがK子であるように感じられた。その後、ふたりでリスになって、出て行っては戻ってくる。そのように、K子が次々と描く動物になって、ふたりでふるまうことを繰り返す。K子は、その絵を「動物園」と名づけていた。

 また、Sが夜の場面設定して寝ているとき、K子は起きて「おはよう」とSに言うことがあった。Sが「おはよう。でも眠いグーグー」とK子を引き止め、一緒に寝るようにすると、K子も次第にそのやりとりを楽しみ繰り返していたが、立って机に行き太陽の絵を描き、Sに働きかける。Sは「あっ、お日さまが出たね」と言って、起き上がった。

 そのように、行為と描画は相互につながりをもちながら、K子は、自分のしたい遊びのテーマをメッセージのように絵に表現し、それをSが受けとめてともにふるまうことを期待しているようだった。

3.この段階の活動の特色と臨床者のかかわり方の視点:この頃、K子は絵を描き、絵に働きかけ、ふるまってみては絵を描くというように、行為と描画を行き来するなかで自発的にふるまい、人に働きかけるために絵を描く(太陽の絵の例)ことが見られてきた。それは、あたかもK子が人とのかかわり方を絵に描いてリハーサルし、Sに自分の気持ちやテーマを予告しては実際にふるまって確かめているかのようであった。そして、K子には「動物イメージ」を役割として取りながら、そのようにふるまっている自分がはっきりととらえられてきた。
Sは、K子の描画をSに向けてのメッセージとして受けとめ、一緒にふるまったり描くことで応えるようにした。また、描画から行為への発展を意図して、S自身が積極的にふるまうように心がけた。K子は描画と行為を行き来することが頻繁になってきた。

第6段階 「行為描画法」の発展(4)
~ふるまいながら、描きながら、人とかかわりながら…というような体験を積んでいく時期~

1.K子の人とのかかわり方・自己のあり方の特徴:

 あるとき、夕食の支度をしている母の手をK子が引っ張って連れていき、「ほら、夕焼け、きれいだよ」と教えてくれた、というエピソードを母が伝えてくれた。K子は、自分がきれいだと思うものを母と一緒に見たいというように、日常生活においても人に共感を求めて働きかけることが見られてきた。
K子はSに出会うと、駆けてきてSに抱きつく。そして部屋に入る前から、「ピンクピョン、耳が長い」「ピンクピョン、にんじんを取る」「動物さんでしょ」などと言っている。Sは「今日はピンクピョンというお話を考えてきたの? 後で一緒に遊ぼうね」と伝える。そして、部屋が空くまでの間、K子はSの膝に抱かれて待っている。そのように、時間や場所が限られた活動の中という枠がありながら、ともにふるまう人と、自身のイメージを自由に表現する場があることは、K子とSのふたりの間の約束事のように確かなものになり、K子にとって、そこでの人との気持ちのつながりやかかわりも、より豊かなものになっていったと思われる。

 この時期、K子にとって、Sは、K子の分身やイメージを表演してくれる人としての位置づけから、向き合う人として明確にとらえられてきているように思われる。

2.行為と描画の関係の仕方:

 この時期は、ふるまうことと描くことが相互に働きかけ合うように展開された。たとえば、K子が黒いワニを一匹描いたので、Sは「山に行こう」と場面設定をして、Sを大きいワニ、K子を小さいワニという役割付与をしてともにふるまう。K子は、ふるまった後に「子どものワニとお母さんのワニ」と言って、2匹のワニがのぞくように窓から目だけを出している絵を描く。
またあるとき、K子は「寒くなっているの」と水色のクレヨンで‘寒いウサギ’を描く。Sは「お風呂に入りにおいでよ」と並んで腰掛けられる椅子をお風呂にみたてて場面設定をし、ふたりでお風呂に入るようにふるまう。K子はSに誘われてお風呂に入りにくることと絵を描くことを何回か繰り返すうちに、K子の描くウサギは、水色の‘寒いウサギ’からピンク色の‘あたたかいウサギ’に変化する。その後、K子は黒く塗った紙の隅に幸せそうな顔をして布団に入っているウサギを描く。Sが「私も入れてよ」と言うと、K子は「いいよ」と言って、もう一匹のウサギを描き入れた。

 3.この段階の活動の特色と臨床者のかかわり方の視点:この段階に入ると、K子は描き出す世界とふるまう自己が連続したり、重なったりしながら、自分の気持ちを人に向けて表現していくようになった。さらに、それに対する人からの答えを受けとめていくようにしながら、K子は行為や描画を媒介として、自分と人が主体的に働きかけ合う体験を積んでいったと思われる。また、K子は、ウサギのお風呂の絵の例のように、ふるまいながら変化していく自分を描くことで見つめ直し、さらに確かなものにしていく体験を積んでいるように思われた。
そのために、Sも、K子のイメージに添いながらも、K子の仲間やK子が働きかける対象としての役割を取るよう心がけた。そして、K子が役割を取ってふるまいつつ、絵に表しながらあることで、人との関係や状況をとらえ、確認していくことができるように、Sがそれらの変化を誘うような働きかけをしながら、K子と一緒に場面の内容を豊かにしていった。

(3)まとめと考察

1)「行為描画法」の観点からみたK子の対人関係の発達的変化
事例の経過に詳しく述べたように、K子は、人や状況との関係をとらえにくく、人からの働きかけを受け入れにくい段階から、今ここでの場面や人との関係に応じて、人とともに描きながら、また役割を取ってふるまいながら働きかけ合い、関係の変化を新しく作り出していける段階へと人とのかかわり方を発達させてきた。そのように、K子は、「行為描画法」における‘ふるまう’ことと‘描く’ことの関係の仕方の変化と重なりながら、自己と他者の役割をとらえて、自分自身の役割を、他者や状況とのかかわりのなかで、自分らしく、ふさわしく取れるようになってきている。つまり、K子において、人との距離が適切に取られるように変化してきているといえる。さらに、K子は、人とともにふるまう空間や絵を描く空間に身を置いて、‘人との隔たり感’から‘人への近づきやすさ’へ、さらに‘人との一体感’へというように、人との心理的な距離感を変化させてきていることがとらえられる。

2)描画表現において自己を動物で表すことの発達的意味
先に述べたように、K子にとっての「動物イメージ」の描画上へのあらわれは、K子の絵の発達的特徴であるといえる。なぜ、K子は自分の身を隠すようにして、必ず動物を描き続けずにはいられなかったのであろうか。
マコーバー(Machover、1949)は、“一枚の絵画作品の中には、個人の全経験を背景とした行動と思考を結ぶ一つのパターンが生まれてくる”と述べているが、一般に描画の発達を見る視点からは、人は‘人’を描く、自分の生活空間の身近なものを描く、ということが当然のようにしてとらえられているように思われる。しかし、K子が描くものは一貫して動物である。K子の描画は、普通ならば描画の対象として描かれるべきモチーフの人間像や経験主体としての自己像が描かれていないことがその特徴であると考えられる。では、K子が動物の姿を通して表現しているものは何なのであろうか。
ひとつには、子どもは自己中心的思考のため、自分(主観)と外界(客観)との間が未分化で、客観を主観化して認識し、すべてのものが生きて心をもっているとみなすピアジェのアニミズムの概念からの検討ができ、K子の場合、それが人とのかかわりを含めた精神内界の多岐に渡っていると考えられるのではないか。
第二の視点として、描画上に現われる表現については、“子どもが絵を描くとき、彼は絵の中にそのパーソナリティーを全面的に投影する”“子どもにとって、動物との出会いは情感の関係によって成立する。動物は、子どもにとって共感がもてたり、もてなかったりする。それは真の存在へと変身し、そしてその種類に固有な性格をもっている”(Davido、1976)、“動物画は、人物画に比べて描きやすく、抑圧した衝動の置き換えとしては最適である”(石川元、渋沢田鶴子、1987)と述べられているように、精神分析的な観点から、K子の描く動物は無意識的な感情が投影されたものとして解釈していくことも可能であろう。
第三として、K子の「動物イメージ」を理解するためには、ウィニコット(Winnicott、1971)が乳幼児の発達における重要性を指摘している「移行対象」の概念が参考になる。「移行」とは、乳幼児の発達において、絶対的依存における対象とのかかわり方から、相互的依存における対象のかかわり方への移行のことを指し、「移行対象」とは子どもの純粋に内的な主観的世界と外的な客観的世界の中間領域としてあり、相互を取りもつ‘橋渡し’として機能するものであり、‘最初の自分でない所有物’である。K子にとって「動物イメージ」は、自己の内的な心的世界と、他者と分かち持つ現実の外的世界の中間にあるものであり、K子にとっては安心して思い通りにでき、非常に生き生きと感じられるものなのではないだろうか。そしてそのような「動物イメージ」で表される自己が、描画において変化していくことから、K子の対人関係の発達をとらえることができると考えられる。

3)描画にみる自己の発達
K子の描画を順に見ていくと、K子にとっての「動物イメージ」で表される自己の変化が描画に現われ、K子の自己形成過程に特色ある変化がとらえられる。以下に、それらをすでに述べた経過の各段階に対応して述べる。
ここで紹介する絵は、「行為描画法」の展開の中で描かれた絵の他に、家庭でK子が描いていた絵を、K子のお母さんが提供してくださったものがある。そのように、お母さんがK子の絵を描く活動を意味があるものとして大切に見守ってきたかかわりがあってはじめて、K子の自己の発達が細やかにとらえることができたことを付記しておく。

第1段階「動物イメージ」と混在する「自己イメージ」
この頃のK子に対応してとらえられる描画には、動物が紙面一杯に散在しているような描画が多くある。そこには、たくさんの動物が描かれていたとしても、何かが何かに働きかけているような関係性はとらえにくく、自己をなぞらえてあるような「動物イメージ」と自己とが未分化であり、とらえられないように感じられる。また、K子は、動物がひとりぼっちでお布団の中にいる絵や、泣いている絵などを繰り返し描いており、そこからは、情緒的にも孤立しており、他者に向かって頼ったり甘えたりすることもなく、ひとりで困惑しているK子像が浮かび上がるようである。

第2段階 「動物イメージ」で表される「自己イメージ」
この頃の描画には、K子がはじめて幼稚園で給食を食べた日に「ゾウさんとカエルさん、黄色と赤のスイカ食べてる」という絵を描くというように、動物を用いて自分の体験を表している。また、‘自己を表すための「動物イメージ」’として、また「○○(K子の名字)コアラ」という自分像を描くように‘「動物イメージ」で表せる自己’が明確化してきているといえる。

第3・4段階 自己が「動物イメージ」に依存しつつ、それを媒介に人とかかわりはじめる
この頃の描画には、動物を描き加えてこそK子にとっての絵の完成があるというようなものが多くある。K子が母に「おばあちゃん描いて」と注文されて描いたものに、後日動物像が描き加わっていた絵がある。K子にとっては、人が人だけであるのでは、絵は物足りなく落ち着かない感じがして、何かを描き足さずにはいられなくなり、それは動物でなくてはならなかったのではないだろうか。
この時期、K子はセラピーのなかで自己の「動物イメージ」に実際になってふるまってみることを繰り返すことによって、次第に明確な自己像を獲得しつつある方向に向かっているのであるが、まだ描画に表されるように、自己の「動物イメージ」に頼らずにはいられないような自己のあり方でいると考えられる。

第5段階 自己-他者間に境界領域が形成され、その領域に働きかけながら自己像を明確化していく
この頃、K子が友だちに気に入ったマスコットを取られて「泣いているの」という自分の姿を描いた絵は、その体験をして悲しかったり辛かったりした自分を絵に表すことで見つめ直し、描くことでともにいる人(このときは母)に伝えようとしているかのようである。その自己像は、生き生きと描き出される動物像と比較されると、いかにもつたなくあいまいな絵であるかもしれないが、K子に自分を見つめている‘もうひとりの自分’があることを示している。
また、活動のなかで描かれた「動物園」の絵には、K子が絵と行為の連なりの中で、人との距離をさまざまに試しては引っ込み、様子をうかがいながら、それでもかかわる人に支えられながら徐々に自分を見い出し、心が人に向かって開かれていく過程が表されているように感じられる。そのように、この時期の描画には自己の「動物イメージ」を媒介として人とかかわり、自己が明確化してきていることがとらえられる。

第6段階 自己-他者領域の分化がはかられ、二者関係における体験が豊かになる
それまで、K子は活動のなかでSと一緒にふるまっていても、K子の描画に描かれる動物は一匹のみであり、K子のなかでSが他者として明確に分化して位置づいていないことがうかがえた。しかし、この頃には、ワニの絵の例のように、最初に描かれているのが一匹だったものが、ともにふるまうことで二匹が描かれるようになるように、K子において、客観的に関係がとらえられ、他者が明確に分化してとらえられてきている。また、「かわいいトラの赤ちゃん、母さんに抱っこしてもらっている」という絵のように、K子のなかにたくさんの情緒的に豊かなものが育ってきて、人との間で安心していられ、人とともに働きかけ合いながらいることの喜びが伝わってくることがある。
このように描画において、対象との関係や、自己の連続性や同一性が表現されるように変化してきている。そのことからも、K子が自己像と対象像を明確にとらえ、ともにかかわり合う関係を発達させてきていることが理解される。

4)臨床技法としての「行為描画法」の意義
臨床技法としての「行為描画法」は、K子のその時々の発達の状態をとらえながら、治療者が’行為’と‘描画’という働きかけを通して、K子に対人関係の発達的体験を成立させることに有効であったと考えられる。その臨床的意義について以下にまとめる。
第一に、‘ふるまう’ことと‘絵を描く’ことはK子が好むものであり、そこを手がかりにして臨床場面で用いることで、それがK子の自己表現の媒体となり、人とのコミュニケーションの通路となったといえる。
第二に、行為と描画はともに空間性・非言語性を特徴とする表現方法である。そこでは、ふるまいながら描きながら、言葉では伝わらないような情感的な体験を人と共有することができる。また、人との距離の取りにくさをもつK子が、人との心理的・物理的な距離に関する空間における体験をさまざまに積み重ねていくことができたと考えられる。
第三に、“心理劇では、現実の制約(役割の概念および空間構成)を超えた自由な関係状況が設定され、自己の内的世界を、役割行為という行動圏によって描き出し、心理的空間を自発的、創造的に構成していくことで関係の担い手としての主体的な人間形成がめざされる”(武藤安子、1984)と述べられていることと重ねて考察すると、「行為描画法」においても、非日常的な状況においての人とのさまざまなやりとりが、日常生活状況におけるK子の体験に効果的に反映していったと考えられる。
第四に、K子の自己と混在してあるような「動物イメージ」は、K子の発達における大きな特徴といえるが、心理劇における‘役割の原理’の観点から、Sに全面的に受容され、対人関係における役割として発展させられ得たといえる。
第五に、絵を描くことは、K子のもつ内的なイメージを目に見えるものとして対象化することになり、さらに、ふるまうこととのつながりのなかで用いられることにより、かかわりながら変化していく自分自身や関係を視覚的に確認していくことができたと考えられる。

おわりに

 私は、K子と、臨床という人とのかかわりを専門的に進めていきたいと願うようになったはじめの頃に出会った。K子とのかかわりから、子どもの心の世界はどんどん豊かになっていくものであること、そしてその子どもなりの方法で精一杯自己を表現していること、さらに子どもが表現しているものを意味あるものとして受けとめ、それを手がかりにして、それを生かしていく方向で共有することの大切さを学んできたように思う。
K子ちゃんとK子ちゃんのお母さんをはじめとするご家族に感謝致します。


主題(副題):発達臨床-人間関係の領野から-
第3部 第7章 139頁~162頁