音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

スプリントタイプのパソコン用スイッチ~重度脳性麻痺者への適用~

愛知県心身障害者コロニー発達障害研究所   久野裕子 青木 久 塚原玲子

愛知県心身障害者コロニーこばと学園   石田弘子

項目 内容
備考 『医療体育』(医療体育研究会)15巻 pp.80-88

1 はじめに
 我々は重度心身障害児・者を対象にパソコン使用支援システムの開発を行っている。今回、重度脳性麻痺者に対して、熱可塑性樹脂(オルフィット)を用いてスプリントタイプのパソコン入力スイッチ(図-1)を制作したところ、従来使用していたスイッチと比較して、安定した操作性を獲得することができた。本研究ではこのスイッチの制作過程と、使用経過をスイッチ操作テストを用いて継続的に評価したので報告する。
図1 制作したスイッチ
  図1 制作したスイッチ

2 ケース紹介
 1961年10月16日生まれの女性、脳性麻痺の痙直型アテトーゼタイプの四肢麻痺である。1968年11月18日より重度心身障害児施設「K学園」に入所し現在に至る。

2-1 身体機能
 筋緊張の高まりが強く、右手指・右下肢・顔(眼瞼や口など)・頸は随意的に動かすことができるものの、その他に動かせる部分はほとんど観察できない。異常姿勢パターンの繰り返しによる、両上肢の屈曲拘縮・腰椎の側彎がある。普段は床上臥位で過ごしており、移動を含めてADLは全介助である。

2-2 認知・コミュニケーション
 発声・発語はほとんどなく、日常のコミュニケーションは、Sounds and Symbolsや五十音表、Yes-Noサインにより行っている。発達年齢は、田中ビネー、Flostig視知覚発達検査(部分的施行)では5~6歳程度であるとされている。しかしITPA言語学習能力検査、絵画語彙発達検査(部分的施行)では10歳以上であり、日常の会話や指示は十分に理解できている。

2-3 パソコン使用歴と経過
 1986年より、パソコンの使用を開始した。その後ノート型パソコンを購入し、現在はワンスイッチ入力によりグラフィックキーボードとコンピューター版Sounds and Symbols(トークでっせ)を使用している。スイッチは、Yes-Noサインとして使用している指の屈伸動作を利用し、指の屈曲によりMP関節手背部に付けたタクトスイッチが入るものを使用していた。

3 スイッチ入力動作の評価
 スイッチは手関節を過剰に屈曲した状態で操作しており、指を屈曲させるには不利な状態であると考えられた。またテスト中、筋緊張が高まってしまい、指を強く屈曲したまま戻せなくなってしまう場面が見られた。
 他動的な関節可動域では手関節の伸展(背屈)に制限があるが、手指においては大きな制限はなかった。しかし、通常手関節は過度に屈曲し、母指内転位、MP関節90°屈曲の状態を示し、その中で示指から小指の屈曲・伸展動作のみが可能であった。随意性が高いのは中指であり、その他の3指はそれに随伴して動いているという印象を受けた。スイッチの操作時には屈曲域を増やそうと指を過伸展させるため、MP関節の尺側偏移と指伸筋の尺側偏移、指にはボタン穴・スワンネック変形様の状態が認められた。
 以上の評価に基づき、スイッチの操作と手指機能の関係について仮説を立てた(図2)。
図2 仮説
  図2 仮説

 ①~③の問題を解決することにより、スイッチ操作時の手指機能は改善され、なおかつ過度の変形を抑制することができると考えた。そこで、熱可塑性樹脂(以下オルフィット)を用いたスプリントタイプのスイッチの制作を試みた。

4 スイッチの制作
 スプリント部分にはパシフィックサプライ社のオルフィットソフト(穴あき20mm)を使用した。仮説①~③の問題に対してそれぞれ、①’母指の外転 ②’手関節の伸展 ③’尺側偏移の防止 を考えて制作した。スプリントによる矯正は装着感を考慮し、スイッチ操作のために必要な、最低限のものにした。
 スイッチ部分は、指の過剰な伸展を防ぎ、緊張が高まった時に、スイッチを押してしまわないよう、スプリントの手掌・手根部にタクトスイッチを配置した。そこからアーチを出し、中指のDIP・PIP関節の屈曲動作でスイッチを押すこととした。(図1)

5 スイッチの評価
5-1 評価方法
 評価にはスイッチ操作テストを使用した(図3)。時計回りに移動するNIKOマークを追視し、ターゲットポイント(No.1)にマークがきた時、スイッチを押すと正答となるものである。
図3 テスト画面
  図3 テスト画面

マークの移動時間(速度)は1400msから200msまで設定でき、10回スイッチを押すと次の速度へ進む。各ポイントには番号がつけてあり、スイッチを押した場所とその反応時間を調べることができる。
 正常成人のテスト結果を図4に示す。図4-Aは反応の分布を、図4-Bは正答時の反応時間の分布を表す。
図4 正常成人における(A:反応の分布)

図4 正常成人における(B:正答時の反応時間の分布)
図4 正常成人における
   A:反応の分布
   B:正答時の反応時間の分布

5-2 評価結果
 1996年12月にスイッチが完成し、以後1997年4月までにスイッチ操作テストを10回施行した。各施行における正答数とその平均を表1示す。また使用期間の前半の1施行(1996年12月13日)と後半の1施行(1997年3月28日)について、反応の分布を図-5に、反応時間の分布を図-6に示す。
表-1 各施行における移動時間別の正答数とその平均
表-1 各施行における移動時間別の正答数とその平均

図5 反応の分布 A:1996年12月13日
図5 反応の分布 A:1996年12月13日

図5 反応の分布 B:1997年3月28日
図5 反応の分布 B:1997年3月28日

図6 反応時間の分布 A:1996年12月13日
図6 反応時間の分布 A:1996年12月13日

図6 反応時間の分布 B:1997年3月28日
図6 反応時間の分布 B:1997年3月28日

正答率の変化
 前半の施行では正答率は低いが、後半になると高い正答率を示した。マークの移動時間ごとにみると、200msでの正答率には変化がないが、1400ms~400msでは、前半の施行ではばらつきがあるのに対し、後半は平均して高い正答率を示している。図-5をみると、後半の施行では正答率の増加に伴い、ターゲットポイント前後の反応が増え、前半と比べると全く離れたポイントでの反応が少なくなっている。

反応時間の変化
 図-6をみると、前半の施行では、反応時間の長いものがあったが、後半では反応時間は120ms以下と短くなり、その分布は正常成人と同様の傾向を示した。

6 考察
 重度脳性麻痺者に対し、スイッチ操作に不利な運動を抑制し、手指機能を向上させることを目的としたスプリントタイプのスイッチを制作した。評価としてスイッチ操作テストを継続的に施行したが、その結果、使用開始初期は低い正答率を示したものの、使用開始後4カ月程で高い正答率を示すようになった。また正答時の反応時間も短くなり、マークの移動を予測してスイッチを操作できるようになった。また後半の施行では、不随意運動や痙性の高まりが強い時にも、指の動きをコントロールして高い正答率を示すようになった。これは母指の内転や手関節の過剰屈曲が、スプリントにより抑制されたことで、指の自由度が増し、随意的なコントロールが可能になったためと考えられる。
 使用開始初期において正答率が低かったのは、スイッチに慣れていなかったことに加え、テスト自体に慣れていなかったためと思われる。同じ時期、病棟や訓練からは、日常慣れた課題であれば、誤操作が少なくなったとの報告があった。
 今回の結果からスプリントタイプのスイッチが、ある程度の期間を要するものの、重度脳性麻痺者に適用可能であることが示された。しかし、痙性や不随意運動による影響は残されており、今後はこのような問題や、加齢による機能低下や二次障害を考え、操作姿勢や環境も含めた総合的なアプローチをする必要性があると考えられた。


主題・副題:
スプリントタイプのパソコン用スイッチ
~重度脳性麻痺者への適用~

著者名:
久野裕子、青木 久、塚原玲子(愛知県心身障害者コロニー 発達障害研究所)
石田弘子(愛知県心身障害者コロニーこばと学園

掲載雑誌名:
第12回リハ工学カンファレンス講演論文集

発行者:
日本リハビリテーション工学協会

巻数・頁数:
421~424頁

発行月日:
西暦 1997年8月

登録する文献の種類:
(2)報告書(学会発表)

情報の分野:
(1)社会福祉、(5)工学、(10)医学(基礎医学を除く)

キーワード:
重度脳性麻痺、入力スイッチ

文献に関する問い合わせ:
〒480-03 愛知県春日井市神屋町713-8
          愛知県心身障害者コロニー 発達障害研究所
電話:0568-88-0811 FAX:0568-88-0829