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自閉症生徒へのコミュニティスキル訓練

―自己記録法を含むバス乗車指導技法の検討―

項目 内容
備考 1993年11月 特殊教育学研究(発行 日本特殊教育学会)第31巻3号

渡部匡隆・上松 武・小林重雄

養護学校高等部と中学校特殊学級に在籍する2名の自閉症生徒に、バス乗車スキルの指導を行った。まず、現実場面のバス乗車スキルの課題分析を行った。そして、現実場面をシミュレートした場面を訓練室に構成し、バス乗車に必要な基本的な行動連鎖の形成を行った。現実場面では、訓練室場面での指導の効果を評価するとともに、バス乗車に必要な訓練を行った。2名の生徒はいずれも、(1)訓練室での基本的な行動連鎖の形成、(2)現実場面での直後プロンプト手続きによる訓練、(3)訓練室で目的の停留所をボタンを押して知らせるための自己記録手続きの訓練、並びに現実場面での自己記録の継続的使用によって、単独のバス乗車が可能になった。これらの結果から、訓練室場面と現実場面での指導を組み合わせて訓練することが効果的であるとともに、標的行動が適切な場面で生起するために自己記録法を用いることの有効性が示唆された。
キー・ワード:自閉症 コミュニティスキル バス乗車スキル セルフモニタリング 般化

1.はじめに

近年、発達に障害をもつ人々が地域社会で生活することに多くの関心が払われるようになってきた。それに対応して、日本でも発達障害児・者の地域社会での生活技能に関して研究が進められてきている(志賀、1990;渡部・山本・小林、1990)。

地域社会での生活技能の1つとして、公共の乗り物を利用して通学や職場までの移動を行う技能がある(上岡、1986)。これらは、買物やレストランの利用などの技能と同様に、地域のなかで多くの人々との関わりが得られ、学校や職場などへの移動、あるいは買物のための往復など、生活空間を拡大する上で大切なものであると思われる。

これまでに、公共交通機関の利用を中心とした移動技能の指導についていくつかの研究がなされている。これらの研究の多くは、精神遅滞者を対象にしており、最終的に交通機関の利用が可能になったことを報告している。しかし、個々の研究で異なった結果も示されている。 Neef,Iwata,and Page(1978)は、訓練室場面での訓練効果が現実場面に般化したこと、また、訓練室場面でも現実場面でも指導が実施可能であるが、生徒の誤反応への対応や経費の点で訓練室場面での訓練が有効であったとしている。一方、 Coon,Vogelsberg,and Williams(1981)は、Neefら(1978)と同様の手続きを用いて訓練を行ったところ、訓練室での訓練効果は現実場面での遂行にあまり大きな影響を与えなかったとしている。 Robinson,Griffith,McComish,and Swasbrook(1984)は、訓練室場面での訓練が実際の遂行に改善をもたらすが、バスに乗車経験の乏しい対象者には、現実場面での付加的な訓練が必要であったことを示している。また、 Welch,Nietupski,and Hamre-Nietupski(1985)は、訓練室場面での訓練の結果、6名の精神遅滞者のうち、3名は現実場面の遂行に改善がもたらされたが、残りの3名にはさらに現実場面での訓練が必要であったことを報告している。これらの研究から、発達障害児・者にバス乗車技能のような生活技能を指導していくためには、指導場面や指導方法を適切に配置または組合せていくことが重要であることが示唆される。

一方、高倉(1984)は、乗合バスを利用してひとりで学校から帰宅できるようにするための指導を12歳の精神遅滞生徒に行っている。指導経過の中で、目的地で降車を知らせるブザーを適切に押すことやバスの行き先標示を弁別することが困難であったことを示している。バスに乗車する時には、いくつもの行き先のバスが発着する停留所で自分の乗車するバスを弁別したり、自分の降車する停留所を知らせたりすることが必要とされる。自分の乗車するバスを正しく弁別したり、降車する停留所を正しく知らせたりすることは、発達障害児・者が、組織的な介入のなされにくい日常場面において機能的な生活を送るための大切な事柄であると考えられる (Albin and Horner,1988)。

著者らは、週1回大学での通所訓練を受けている2名の自閉症生徒に、自宅から大学までの公共交通機関を利用して自主通所を目ざした訓練を行ってきた。本研究ではその一部として、バス乗車技能の指導経過を示すとともに、地域社会での指導の問題点を明かにしていくことを目的とする。

2.方法

1.対象生徒

本研究では、2名の男子生徒を対象とした。生徒のプロフィールをTable1に示した。2名とも、複数の相談機関において診断を受けていた。

Teble1 対象生徒のプロフィール
生徒名 性別 生活年齢* 診断 精神年齢** 所属
K.I. 15歳8ヵ月 自閉症 6歳2ヵ月 養護学校高等部1年
T.T. 13歳11ヵ月 自閉症 5歳2ヵ月 中学校特殊学級2年

*生活年齢は指導開始時点のものである
**精神年齢は、田研・田中ビネー'87年度版にて測定

対象生徒K.I.は、中学校2年まで精神遅滞特殊学級に在籍し、現在養護学校高等部1年に在籍している。指導開始時に生活年齢15歳8ヵ月であった。他者と簡単な会話が成立する。人と接近するときに急に手を出したり距離的に接近し過ぎることがある。時間へのこだわり、新聞をきちんとたたむことなどに対するこだわりがみられる。指示理解、身辺処理は可能である。幼児期にT大学K研究室で、認知・言語面の指導を受けていたが、その後は情緒障害児学級において主に教科学習面の指導を受けていた。養護学校中学部ではスクールバスを利用しており、本指導が開始されるまで一人で乗合バスに乗車した経験はない。

対象生徒T.T.は、中学校の精神遅滞特殊学級に在籍している。指導開始時に13歳11ヵ月であった。物の命名は可能であり、要求場面などには単語程度の表出が可能である。自由な時間は一人で過ごすことが多い。ロッキング、ハンドフラッピングなどの自己刺激行動やエコラリアがみられ、そのために課題が中断さ れることがある。音楽や混雑した状況において、自己刺激行動や身体的な緊張が高まり、場面に関係の無い発語が増加する。指示理解、身辺処理は可能である。学校では、教科学習と簡単な作業学習を行っている。これまで乗合バスに一人で乗車した経験はない。

現在、2名の生徒ともK研究室において継続指導を受けている。これまで主に言語・認知面での訓練を受けてきたが、買物や電話などの地域社会での生活技能の訓練も受けている。

2.訓練期間

対象生徒K.I.は、通常の通所訓練(週1回約1時間半)にバス乗車技能の指導を加えて1990年10月から1991年7月まで訓練を行った。また、対象生徒T.T.は、通常の訓練とは別に夏期休業の期間にバス乗車のための訓練を1991年7月26日から30日までの3日間(1日約3時間)で行った。訓練ペ一スの違いは、対象生徒の通所訓練の時間帯の違いによるものである。

3.訓練内容

本研究は、1)訓練室場面でのシミュレーション訓練 (Nietupspi,Hamre-Nietupski,C1ancy,and Veer-huses,1986)と、2)現実場面でのバス乗車技能の評価と訓練から構成されている。

1)訓練室場面

現実のバス乗車場面をシミュレートした場面を訓練室内に設け、バス乗車のための基本的な行動連鎖を形成するための訓練を行った。また、訓練に先行して、バス料金を財布から取り出す訓練と、行き先と目的地を弁別する訓練を行った。

(1)セッティングと教材:

訓練は、T大学内のプレイルームで行った。訓練室の見取り図をFig.1に示した。訓練室は縦横5×3mで、片側に一方視鏡がある。訓練室には、机と椅子の他に記録用の8mmビデオカメラ (SONY CCN-TR75)を設置した。訓練室内の机の上に、ビデオ提示用の14型テレビモニター (SHARP CZ-600DE)とVHSビデオデッキ(SONY SLV-P33)を置いた。提示用のビデオは、訓練を開始する前に予め訓練者が撮影した約3分間程度のものである。乗車区間の様子をすべて目の高さで録画している。課題分析された各行動項目の手がかりとなる整理券箱や料金表、料金箱などが現実の乗車の流れに沿って提示される。 2名の生徒とも、特に指示されなくてもビデオ画面を見ることができた。

Fig.1
Fig.1 訓練質に設置したビデオカメラからみたシミュレーション訓練場面の見取図

訓練室の出入口の近くに整理券箱と料金箱を置き、訓練室の奥に座席用の椅子と、ビデオカセットを置いた。座席の斜め上に実際のバスのものと同様の押しボタンを設置した。生徒には、お金を財布に入れて持たせた。2名の訓練者で指導を行った。

セルフモニタリング訓練(以下、自己記録訓練とする)では、先と同じ訓練室でビデオセットの前に訓練者と生徒が並んで座っている。そして、自分で記録を行うための記録用紙とそれを入れるケース(縦横18cm×12cm)を用意した。記録用紙をFig.2に示した。用紙には、目的の停留所までの各停留所名が経路順に書かれている。ケースには、ひもで記録用紙に記入するためのポールペンがつけられている。自己記録訓練で用いたビデオは、先に示したものと同じである。

バス停チェックリスト
「D3」棟前
「D1」棟前
「D会館前」
「T大学」西
「H宿舎」前
「O宿舎」前
「T病院」前

Fig.2 自己記録で用いた記録用紙(復路用)縦横18cm×12cmである。
訓練室での自己記録訓練後は.現実場面でもボールペンをつけたケースに入れて持たせている。自己訓練の最初は、各停留所にふりがなをつけた.また.目的の停留所にはラインマーカーで印を付けている。生徒は、各停留所の横にある空箱に印を入れるようになっている

(2)手続き:

本研究では、対象生徒が乗合バスで通所をする経路にそって訓練を進めた。現実場面で実際に乗り降りする区間と、シミュレーション訓練のビデオテープに録画されている区間は同一である。生徒にとって、往路では「T大学中央」行きのバスで、「T病院前」から「D棟前」までの区間、復路では「T駅」行きのバスで「D棟前」から「T病院前」までの区間であった。往路、復路とも乗車後5つの停留所を通過し、6番目の停留所で下車することになる。

一般的手続き:訓練室から約3m離れた廊下の一角をスタート地点とした。廊下にいると訓練者が、バスに乗ってくるように指示し財布を渡す。生徒は、ドアを開け整理券を取る。そして、ビデオの前の席にすわり、ビデオ画面を見る。下車する停留所に近づき停留所名がアナウンスされると降車のボタンを押す。バスが停車している画面を見て座席を立ち、出口まで行き所定の料金を払って訓練者のところに戻る。訓練者は、戻ってきたところで言語賞賛や握手を行う。対象者が、誤反応をした場合の訂正方法は「遅延プロンプト手続き」を用いた。これは、生徒が逸脱行動を示した時や、10秒以上経過しても正反応を示さない場合に、言語的・身体的援助を行うものである。一連の各行動項目の遂行を1試行として、2試行連続して正反応した場合を達成基準とした。

自己記録訓練の手続き:訓練者と生徒が、ビデオが置かれた机の前の座席に並んで座る。訓練者は、試行の開始を告げビデオを再生する。生徒はビデオ画像を見ながら停留所のアナウンスと対応する停留所のところに印を入れる。目的の停留所のところに印を入れると、斜め上に設置してある押しボタンを押す。生徒が記録用紙に印を入れボタンを押すことができると言語賞賛と拍手、それに少量の食べ物やジュースを呈示した。印を入れることができなかった場合、あるいはボタンを押すことができなかった場合は、誤りであったことを告げ、ビデオを1つ前の停留所までに戻し、言語的な援助を与えて遂行させる。停留所への記入とボタン押しが、4試行連続して正しく遂行できることを達成基準とした。

2)現実場面

本場面では、バス乗車スキル訓練の効果を現実場面で評価し、実際にバス乗車に必要とされる訓練を行うものである。

(1)課題分析:

バス乗車に必要とされる行動項目をTable2のように同定した。各行動項目は、先行研究や訓練者問の話し合い、バスの運転手への聞き取り、それに子どもが実際のバスに乗車している状況を観察した結果を合わせて決定した。

(2)セッティングと教材:

茨城県県南を運行しているK鉄道の乗合バスを利用した。K鉄道のパスは、中乗りで整理券をとり、降りるとき料金を払って前から降りる仕組みである。

Table2 バス乗車スキルの問題分析
乗車
  1. バスに乗る
  2. 整理券を取る
  3. 席に座る
乗車中
  1. 静かに待つ
  2. 目的地で整理券を取る
  3. 財布を出す
  4. 料金表を見る
  5. お金を用意する
下車
  1. バスが止まると立ち上り移動する
  2. 料金箱にお金と整理券を入れる
  3. バスから降りる
  4. バスから離れる

バスの行き先と対象生徒の利用区間は、訓練室場面の手続きに示している。利用区間内の乗車時間は約5分間である。予備訓練で整理券の番号に合わせて財布から料金を取り出せることを確認した。利用区間の料金は150円であり、その料金を満たす金額で100円玉と10円玉がそれぞれ数枚入った財布を持たせた。自己記録訓練後は、停留所の名前が書かれた記録シートを持たせている。2名の訓練者が評価と訓練を行った。主訓練者が指示と筆記記録を行い、もう1名の訓練者がバス乗車の様子をビデオ録画した。バス乗車の様子を記録する訓練者はT大学の大学院生であり、バス乗車訓練が開始されるまで生徒の指導に関わっていなかった。

(3)手続き:

一般的手続き:T大学のプレイルームにおいて、「T駅行き」のバスに乗り目的の停留所まで行くように指示し財布を渡す。生徒は「D棟前」の停留所まで歩いて行き、そこから目的の停留所までバスに乗車する。主訓練者は、生徒から約3m離れてTable2の行動項目に従って記録を行う。生徒が一連の行動を遂行し目的の停留所で降車すると、言語賞賛と拍手を行った。そして、停留所まで迎えにきている母親とともに帰宅させた。自己記録訓練後は、停留所の名前が書かれている自己記録シートを持たせた。

現実場面では、次の条件で指導を行った。
条件1は、バスの乗車から下車までの一連の行動について評価を行うものである(事前テストおよびテスト)。各行動項目に対する誤反応や逸脱行動が生起したとき、10秒以上経過しても正反応が生起しないときは、「遅延プロンプト手続き」を用い、その次の行動項目の評価が可能になるための必要最小限の援助を与えた。この条件では主訓練者は同乗せず、「遅延プロンプト手続き」はカメラ撮影をしているもう1名の訓練者が行った。
また、訓練室での自己記録訓練後は現実場面での評価時にも記録用紙をもたせた。訓練室から出るときに、生徒に財布と記録用紙を手渡す。自己記録の方法は、訓練室での自己記録訓練の時と同様であり、アナウンスが提示されると記録用紙にボールペンで印をつけるようになっている。
条件2は、「即時プロンプト手続き」による現地訓練であり、誤反応させないように反応の生起する直前か、反応の生起と同時に言語的・身体的援助を与えた。この条件のときは主訓練者が乗車しており、指示や援助を行った。

4.実験デザイン

訓練効果の評価は、各生徒ごとに次のように行った。まず、事前テストとして、訓練手続きを導入する前のバス乗車スキルについて評価した。そして、各生徒毎に順次条件を導入し、その効果を事前テストと同じ手続きを用いて評価していった。

5.反応の記録と信頼性

訓練室場面と現実場面での対象生徒の反応はすべてビデオ録画し、後日再生して評価を行った。各条件のすべての試行について信頼性の評定を行った。評定は、1名の訓練者と指導に関係していない1名の大学生の計2名で行い、両者の記録が一致しているかどうか調べた。そして、2名で一致していない項目は不一致として記録し、訓練者と大学生との評定者に第3者の評定者を加えて改めて評定を行った。評定は各条件毎に行われ、一致数をその条件で評定を行った項目数で割り、それに100をかけた値を信頼係数として算出した。

訓練室場面の対象生徒の行動記録の信頼性は、K.I.は97%であり、T.T.は95%であった。現実場面ではK.I.は98%であり、T.T.は95%であった。

3.結果

訓練経過を個々の対象生徒毎に示す。
Fig.3に、対象生徒K.I.のバス乗車スキルの正反応率の推移を示している。図は、課題分析された各行動項目を、バスに乗車するときに行われる3つの行動項目群(乗車)、バスに乗車している間に遂行される4つの行動項目群(乗車中)、バスから下車するときに行われる4つの行動項目群(下車)の3つに大きく分け(Tab1e2参照)、それぞれの項目群毎で連続する2試行を1ブロックとして正反応率を算出している。

Fig3
Fig3の拡大画像

Fig.3 対象生徒K.I.の正反応率の推移
自己記録訓練後は現実場面でも記録用紙を継続的に使用されている。図は3つの行動項目群毎に、連続する2試行を1ブロックとして算出している。また、〔現〕は現実場面のこと、〔訓〕は訓練室場面のことを表している

K.I.は、ベ一スラインではバスに乗ること、静かに待つこと、バスから降りて縁石まで離れることはできた。しかし、それ以外の項目は誤反応であった。最初、目的の停留所を通り過ぎたために次の停留所で降車させた。そのことがきっかけとなって次の停留所で降りることが続いた。降車の時は、ボタンを押して知らせるのではなく、停留所が近づくと降車ドアに近づくといったものであった。第1試行は整理券を自分で取ることができたが、その後は整理券を取ることはなかった。

訓練室場面で14試行シミュレーション訓練を行った。アナウンスに合わせてボタンを押すことが困難であったが、最後の4試行について全行動項目を遂行できた。そこで、現実場面で4試行テストを行った。バスに乗車し、整理券を取り、席に座ることができるようになった。3つの行動項目群の正反応率が増加したが、十分成立するまでには至らなかったため、現実場面において反応が生起する直前に言語的・身体的援助を行う直後プロンプト手続きを用いた訓練を10試行行った。目的の停留所を知らせるボタン押しも含めて一連の行動項目の遂行が可能となった。そして、テストを14試行を行った。バスに乗車して整理券を取ることは安定しているものの、目的の停留所を知らせるためのボタン押しが安定せず、ボタンを押さなくなったり、1つ前の停留所や次の停留所でボタンを押したりするようになってきた。このフェイズの最後には、整理券を取ることや降車ドアまでの移動、料金の支払いなどの行動項目についても誤反応が生起するようになり、それまで安定していた行動項目についても正反応率が低下してきた。

そこで、訓練室場面において、自己記録訓練を集中的に行った。アナウンスを手がかりとして目的の停留所のところに印をつけてボタンを押すことが可能となったため、再び現実場面でテストを行った。生徒は、現実場面で指示しないでも自己記録用紙にアナウンスを手がかりにして印を入れることが可能であり、目的の停留所のところで印を入れた後ボタンを押すことができた。そのため、バスに乗車させるときに自己記録用紙を利用させることによって、すべての行動項目について100%の正反応率を達成できた。

次に、対象生徒T.T.の結果を示す。Fig.4にT.T.の正反応率の推移を示している。ベ一スラインでは、席に座っていることと降車した後バスから離れることは遂行できた。しかし、各行動項目群を通して全体的に正反応率は低かった。バスに乗車するときも、耳ふさぎやハンドフラッピングが出現することがあった。

Fig4
Fig4の拡大画像

Fig.4 対象生徒T.T.の正反応率の推移
自己記録訓練後は現実場面でも記録用紙を継続的に使用されている。図は3つの行動項目群毎に、連続する2試行を1ブロックとして算出している。また、〔現〕は現実場面のこと、〔訓〕は訓練室場面のことを表している

訓練室でシミュレーション訓練を16試行実施した。整理券を取ることや料金箱に整理券と料金を入れることは数試行で形成できたが、ボタン押しについて多くの訓練が必要であった。最後の2試行について、すべての行動項目の遂行が可能となったため、現実場面でテストを2試行行った。

テストでは、第1試行目に整理券を取ることができたが、それ以外の行動項目については正反応を得られなかった。各項目群の正反応率は低下したままであり、事前テストの結果と変わらなかった。そのため、直後プロンプト手続きによる現実場面での訓練を6試行実施した。現実場面での訓練によって、各項目群の正反応率が上昇しはじめた。そして、訓練室場面で自己記録訓練を合わせて実施した。訓練基準に達したため、再び現実場面でテストを12試行実施した。 最初、自己記録用紙に記入することがなく、遅延プロンプト手続きにより若干の言語プロンプトを行った。それ以後は自己記録用紙への記入が見られはじめ、徐々にボタンを押す反応ができるようになってきた。各行動項目群について高い正反応が得られるようになり、最後の4試行について100%の正反応率が達成された。

バスに乗車しているときに、両生徒とも他の乗客の迷惑となるような不適切な行動は見られなかった。座席についている時に自己刺激行動を行うこともあったが、全体的には静かに着席していた。料金を支払うときに財布からお金を落としたり、支払に時間がかかり運転手や訓練者の介助を要することがあった。また、訓練の初期には、バスに乗車する際に緊張することがあり、K.I.は、乗車直前になってトイレに行こうとしたり、T.T.は、立ち止まったりハンドフラッピングなどの自己刺激行動が出現したりすることがあった。しかし、訓練が進行するとともに、これらの行動は減少しはじめ、帰宅する前に白分から「バスに乗る」という言語反応もみられるようになってきた。

4.考察

本研究では、バス乗車経験の乏しい2名の自閉症生徒に、(1)訓練室場面での基本的な行動連鎖の形成、(2)2 現実場面での直後プロンプト手続きを用いた訓練、(3)訓練室での目的の停留所をボタンを押して知らせるための自己記録訓練と、現実場面で自己記録用紙を継続的に利用させることによって単独でのバス乗車を形成することができた。

今回、事前テストの長さを変化させても、全体の訓練期間や開始時期が異なっても、2名の自閉症生徒に自己記録手続きを含めた訓練効果について検証することができた。

訓練では、現実場面をシミュレートした場面を訓練室に作り、生徒にバス乗車に必要と課題分析された行動連鎖を形成した。現実場面でのテストの結果、K.I.は、整理券を取ることや料金を払ってバスから降りるなどの行動について正反応が得られるようになった。しかし、すべての行動項目について十分達成されたわけではなかった。T.T.は、事前テストの成績と変わらなかった。そこで、現実場面において直後プロンプト手続きを用いて直接訓練を実施した。K.I.は6試行訓練を実施することで100%の正反応率が得られ、正反応率が低かったT.T.についても正反応率が大きく上昇した。しかし、テストを実施したところ、K.I.は目的の停留所を知らせるボタン押しができなくなり、料金を支払うことについても正反応率が低下するようになった。ボタン押しについては、1つ前の停留所で押したり、次の停留所で押したりするようになってきた。これがしばらく続き、最終的に押さなくなってきた。そこで、訓練室で自己記録訓練を行い、現実場面でも継続的に使用させてみた。K.I.は指示されなくても自分で印を入れることがみられ、直ちに目的の停留所をボタンを押して 知らせることができるようになった。

T.T.は、自己記録手続きが現実場面に導入されるまではボタンを押すことが生起しなかった。乗車中は、自己刺激行動を行っていたりずっと風景を見ていたりすることがあり、ボタン押しのきっかけをつかむことが困難なようであった。訓練室で自己記録訓練を行い、現実場面でそれを継続的に使用させる指導を行うことによって目的地を知らせるボタン押しが次第にできるようになってきた。そして、最終的にボタン押しを含めてすべての行動項目を完全に遂行できるようになった。

これらの経過から、バス乗車に必要とされる大部分の行動連鎖は、訓練室でのシミュレーション訓練や現実場面での訓練を組み合わせることによって形成できることが示された。このことは、Nietupskiら(1986)の示唆をはじめ、これまでの研究で指摘されてきている(渡部ら、1990)。しかしながら、目的の停留所をボタンを押して知らせる反応に関しては、これらの訓練だけでは成立しなかった。K.I.は、現地訓練を実施することによって、一旦は目的の停留所を押して知らせることができるようになった。しかし、テストでは1つ前の停留所で押したり、通り過ぎた後次の停留所で押したりするという具合に反応が崩れていった。また、T.T.は、ボタンを押す反応が生起すること自体が困難であった。そこで、自己記録法を導入することによって、いずれの対象生徒も正しく反応できるようになった。

これまでの自己記録の研究で、自己記録を行うときの手がかり(Cue)の問題について検討されてきた(Heward,1987)。バス乗車のような地域社会の場面では、教室場面で利用されてきたテープレコーダーからの音刺激のような手がかりは利用できにくい。そこで、本研究ではバスのアナウンスを手がかり刺激とすることを考えた。例えば、電車は各駅毎にドアが開閉するためそれを自己記録の手がかりとして利用できると考えられる。しかし、バスの場合は乗降する人がいなければドアは開閉せず、手がかりとすることは困難であると思われた。そこで、比較的規則的に提示されるアナウンスを手がかりとした。乗車中、時々アナウンスが提示されないことや、停留所名とアナウンスが異なっていることがあった。また、生徒が印を記入しないことやアナウンスを聞いていないこともあった。しかし、その次のアナウンスを手がかりとしたり、記入しなかった部分をまとめて記録することなどによって、両生徒とも十分対応することが可能であった。 Cuvo and Davis(1983)は、技能が遂行される日常環境に障害をもつ人々が利用可能な永続的な補助刺激を付置していくことの重要性を指摘している。例えば、バスが移動していることや、停留所名がアナウンスとして提示されるために、風景やアナウンスなどの刺激は一過的な刺激として提示される。そのため、常同行動などによって妨害されるなどの理由により手がかりとして利用できにくいと思われる。自己記録を導入することによって適切な場面でボタン押し反応を安定して出現させることが可能になったことから、自己記録は、ボタン押し反応を適切な場面で出現させるための永続的な補助刺激であったと考えられた。すなわち、自己記録を用いることによって、(1)生徒が永続的な補助刺激を利用できることを可能にし、(2)ハンドフラッピングなどの自己刺激行動を行っていたり風景をずっと見ていたりしても、記録することで次の行動への手がかりを与え、(3)記録用紙という刺激と記録をするという行為によって、アナウンスや風景という刺激が手がかり刺激として機能するようになったと考えられた。

これまで自己記録は、教室場面での行動管理手続き (Lloyd,Bateman,Landrum,and Halla han,1989)として、あるいは職場での作業の遂行の改善などに利用されてきているが (Cavaiuolo and Gradel,1990)、本研究の結果で示されたように、自己記録は適切な場面で反応を生起させたり、行動を生起させる手がかりとして利用できることが考えられ、地域生活を援助する手続きとして効果的であることが示唆される。

本訓練を行った後、対象生徒T.T.は、校外で行われた作品展に先生と母親が協力することによってバスを利用することができた。また、K.I.は、バスを利用して養護学校高等部への自主通学を行っている。訓練中、何度もバスに乗車する機会があった。結果のところで示したように、料金の支払いに時間がかかることや、ドアが開いても降りるまでの時間がかかり、運転手がドアを閉めてしまうことがあった。また、料金を払わないで降りようとするときに呼び止められたり、支払に時間がかかる時、運転手が言語的や身体的な援助を行うことがあった。運転手に、「なにをしているのか?」と聞かれることもあった。しかしながら、概して、運転手から苦情や問題が提出されることはなかった。乗客からも否定的な態度はみられなかった。逆に、何回かバスに乗車している間に訓練に関心を示し、運転手から乗車するときに気をつけることなどのアドバイスを得ることもあった。今回、運転手や乗客などの印象などに関して特に情報を得ることは行わなかった。しかし、運転手をはじめ地域の人々の情報は、発達障害児・者の社会参加に影響を及ぼす重要な側面の1つである (Storey and Horner,1991)。また、いったん成立した技能が日常場面で直ちに長期的に維持されるようになるとは限らない。技能の使用者である生徒に、バス乗車技能を強化する結果事象が伴わなければやがてその技能は維持されなくなるであろう(Neefら、1978)。望月(1988)は、発達障害児・者が獲得した技能は、その当事者とそれを取り巻く環境との関係から成立しており、日常環境、すなわち対象生徒とそれを取り巻く環境を構成している人的および社会的環境の如何によって大きな影響を受けることになることを指摘している。

今後、発達障害児・者の生活に広範な効果をもたらす指導法についてさらに開発・検討していく必要があるとともに、指導した技能の長期的な経過を把握したり、指導した技能に関する本人、家族、そして地域社会の人々の評価を含め、十分な維持が達成されるための環境変数の分析を行っていく必要がある。

謝辞

本研究を進めるにあたって、兵庫教育大学井上雅彦先生の協力を得ました。ここに記して感謝いたします。

文献

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13)高倉芳文(1984)ひとり通学の指導過程.自閉児教育研究(埼玉大学教育心理学科),7,53-59.

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15)渡部匡隆・山本淳一・小林重雄(1990)発達障害児のサバイバルスキル訓練-買物スキルの課題分析とその形成技法の検討-,特殊教育学研究、28(1),21-31.

16)We1ch,j., Nietupski,J., and Hamre-Nietupski,S.(1985)Teaching public transportation problem solving skills to young adults with moderate handicaps. Education and Training of the Mentally Retarded,20(4)、287-292.

-1992.7.15.受稿、1993.9.4.受理-

Jap. J. Spec. Educ., 31 (3), 27-35, 1993.

Teaching Community Skills (Bus Riding) to Students With Autism

Masataka WATANABE, Takeshi UEMATSU, and Shigeo KOBAYASHI

Institute of Special Education, University of Tsukuba
(Tsukuba-Shi, 305)
Jouetsu Special School for Mentally Retarded
(Jouetsu-Shi, 943)

2 Students with autism attending a special school and a special class for students with mental retardation were taught to ride public buses. Based on a task analysis of bus-riding skills, training was conducted both in a training room and in the natural environment. During instruction in the training room, a simulated setting was utilized. During instruction in the natural environment, an actual public bus was used.

The results showed that with the following techniques : (1) shaping the students' behavioral repertories in a simulated setting, (2) using an immediate-prompt procedure to train them in the natural environment, and (3) applying a self-monitoring procedure to responses in the presence of the discriminative stimuli, the students' busriding skills were shaped. These findings show that the combination of training in a simulated setting and in the natural setting was effective for shaping bus-riding skills. The self-monitoring procedure may be useful for acquiring stimulus control so that the desired target behavior occurs precisely. Key Words : community skills, bus riding, self-monitoring, generalization, youth with autism

主題・副題
自閉症生徒へのコミュニティスキル訓練
:自己記録法を含むバス乗車指導技法の検討

著者名
渡部匡隆・上松 武・小林重雄

掲載雑誌名
特殊教育学研究

発行者
日本特殊教育学会

巻数・頁数
第31巻3号,27-36頁

発行月日
西暦 1993年11月

登録する文献の種類
(1)研究論文

情報の分野
(13)特殊教育

キーワード
自閉症 コミュニティスキル バス乗車スキル セルフモニタリング 般化