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発達障害児のサバイバルスキル訓練―買物スキルの課題分析とその形成技法の検討―

渡部匡隆・山本淳一・小林重雄

項目 内容
発行年月 1990年6月
転載元 特殊教育学研究 第28巻1号,21-31頁(発行:日本特殊教育学会)

2名の発達障害児を対象として、日常場面における買物スキルを形成するための技法の検討を行った。まず現実場面での買物スキルの課題分析を行い、それを基にして実験を行った。実験は、模擬場面において訓練を行う模擬訓練条件と、模擬訓練の効果をスーパーマーケットにおいて評定する般化条件で構成した。その結果、(1)模擬訓練場面での各行動レパートリーの形成、(2)現実場面での遅延プロンプト法、(3)正の練習試行、(4)連鎖の最終環からの行動形成法を用いることによって、社会的な行動が十分確立していない自閉症児に大型スーパーマーケットでの買物スキルを形成することが可能になった。本研究の結果、訓練場面において形成した行動を日常場面へ般化させるために、日常環境における刺激を機能的な弁別刺激とするための訓練方法の重要性が示唆された。

キー・ワード:発達障害児 買物スキル 課題分析 行動連鎖 般化

1.はじめに

近年、ノーマライゼーションの運動の広がりと共に、発達障害児・者のサバイバルスキルに関する研究が盛んに行われるようになってきた。サバイバルスキルとは、障害を持つ人々が社会に主体的に参加し、より自立的な生活が可能となるスキルであり、それらのスキルを獲得することによってほとんど制限されることのない社会参加が可能となるものとして定義されている(角張、1985)。サバイバルスキルには、身辺自立 (Nutter and Reid,1978)、家庭生活(Thompson,Braam,and Fuqua,1982)、地域社会(van den Pol,Iwata,Ivancic,Page,Neef,and Whitley,1981)、職業(Wacker and Berg,1983)、レジャー(Schleien,Wehman,and Kierman,1981)などの分野に関するスキルがある。その中で、買物 (Aeschleman and Schladenhanffen,1981)や交通機関の利用(高倉、1984)などの地域社会での生活に関するスキルは、地域の人々との直接的な接触が必要とされ、発達障害児・者が社会に対してより能動的に働きかけることが求められる。特に、買物スキルは、欲しいものを適切な方法で入手できることや、店という場面を通して社会的な相互作用が必要とされる点において、障害児・者の社会的自立を考えた場合の重要なスキルになると思われる。そこで、本研究ではサバイバルスキルの一環として買物スキルを取り上げることにした。

ところで、自閉症児や他の発達障害児などに対する訓練効果の般化と維持の困難性に関する問題が指摘されてきた(Harris,1975)。その要因の1つとして、これまでの訓練方法が構造化された単一の訓練場面内だけでの教育方法の開発を中心としていたことが挙げられ、訓練場面と日常場面との構造の違いが指摘されてきた(藤原、1988)。出口・山本(1985)は、重度の発達障害児・者の訓練効果の般化を目指した行動の形成を行う場合、般化を促進するための方法を構造化された訓練場面におけるプログラムに計画的に取り入れることを指摘している。その方法として、行動連鎖の基本的な枠組みを形成するための集中訓練と、日常場面を集約した形での訓練環境の構造化が考えられてきている。また、現在では、社会的に重要な行動について日常の強化随伴性を重視することにより訓練場面で獲得された行動の般化を実現しようとする動きがある(望月・野崎・渡辺、1988)。

これまで、自閉症児などの発達障害児・者の治療教育において日常場面で必要とされるスキルの形成を行うためには、標的とされた一連の行動についてより細かく教えやすい単位に分けることが行われてきている (Williams and Cuvo,1986)。新井(1986)は、自立した生活に必要なスキルを限られた人的時間的コストの中で効率よく教えるために、標的とされた複雑な行動について課題分析を実施することの重要性を指摘している。サバイバルスキルなどの日常場面で求められる行動は、一般に複雑な個々の行動要素から成立しており、課題分析を行うことによって対象児にとって学習の機会が最大限になり、そして訓練者側が援助しやすいように環境を整備することが求められてきている。

そこで、本研究では、現実場面での買物の課題分析を行い、それを基にして現実場面の模擬訓練を訓練場面にて行う。次に、模擬訓練の般化について現実場面での買物を通して評定を行う。以上により、訓練場面から日常場面への訓練効果の般化についての問題点を明らかにすると共に、サバイバルスキルの一環である大型スーパーマーケットにおける買物スキルを形成するための訓練技法の検討を行うことを目的とする。

2.方法

1.対象児

本研究は、2名の男児を対象とした。対象児のプロフィールをTable1に示した。対象児は複数の教育相談機関において診断を受けていた。

Teble1 対象児のプロフィール
対象氏名 生活年齢 精神年齢* 診断名 所属
T.T. 10歳3ヵ月 5歳2ヵ月 自閉症 特殊学級4年生
T.T. 11歳7ヵ月 5歳4ヵ月 微細脳損傷 普通学級5年生

*精神年齢は田研・田中ビネー'87年度版にて測定

対象児T.T.は、物の命名は可能であり、要求場面では2語文レベルの表出が可能であった。簡単な指示に従うことも基本的な身辺処理も可能であった。しかし、ロッキングやハンドフラッピングなどの自己刺激行動がかなりみられ、そのため課題が中断されることがあった。音楽などの音に対して過敏であり、そのような場面では耳ふさぎや場面に関係のない発声が増加した。学校では、教科学習と簡単な作業学習を行っている。T大学研究室へは、これまで週1回継続的に来所しており、言語技能、認知技能に関する訓練を受けていた。買物に関しては、家族とともに今回対象とされたスーパーマーケットに出かけることはあったが、一人で買物をすることは経験していなかった。

対象児Y.N.は、物の命名をはじめとして、日常場面での会話はほとんど可能であった。身辺処理や指示に従うことも可能であった。しかし、会話をする場合にうつむいてしまうことや、独り言、突然大きな声を出すこと、乱暴な言葉を使用することがあった。小学校では、国語や算数などの教科に遅れがみられるため本児に与えられる個別的な課題を行っている。T大学研究室には、週1回継続的に来所しており、言語技能や認知技能についての訓練を受けていた。買物は母親と一緒に店にいく程度であり、一人で買物をすることはなかった。

2.訓練期間

本研究は、1988年7月から1989年3月まで行い、各対象児について週1回約1時間の訓練を行った。スーパーマーケットでの買物もその訓練時間内に行った。

3.実験内容

本研究は、1)訓練室での買物の模擬訓練(以下、シミュレーション訓練とする)と、2)実際の大型スーパーマーケット(以下、スーパーマーケットとする)における買物行動の般化の評定から構成した。

1)シミュレーション訓練条件

現実場面での買物と類似した形態を訓練室に作り、買物の基本的な行動レパートリーを形成するための訓練を行った。また、このシミュレーション訓練に先行して、買物を前提とした基礎的な行動要素を形成するための予備訓練を行った。予備訓練の手続きは、 Yamamoto and Mochizuki(1988)に準じ、訓練者の指示に対して、約3m離れたところにいる他の訓練者に“~ちょうだい”と述べ、渡された品物を持ち帰り、はじめの訓練者に渡すというものである。

(1)セッティング

T大学内にあるプレイルームにて訓練を行った。訓練室は縦横約5×3mであり、片方の壁に一方視鏡がある。訓練場面の見取図をFig.1に示した。訓練室から約5m離れた廊下の一角を買物のスタート地点とした。訓練室には長机を置き、10個の絵カードを並べた。支払いのカウンターとして小さな机を用い、その上に電卓、レシート用の用紙(縦横5×5cm)、品物を入れるためのビニール袋(縦横30×20cm)を置いた。品物が置いてある机はドアから一番遠い壁に、ドアの近くにレジ用の机を置いた。その他に、訓練を録画するためのビデオカメラを設置した。訓練は、指示者、レジ係、記録者の3名で行った。

Fig.1Fig.1の画像拡大表示
Fig.1 シミュレーション場面の見取図

(2)教材

訓練刺激として使用した絵カード(縦横約10×10cm)は、日常的によく見かけるものであり、買う機会も多いと思われる物とした。主な品物は、お菓子などの食べ物や文房具などの生活用品とした。絵カードの下に、品物の値段を記したカードを貼った。値段は、50円から500円までに設定した。お金は、財布に入れ対象児に持たせるようにした。実験を開始する前に、あらかじめ値段に応じて財布から正しいお金を出せるように訓練を行った。訓練では、品物を買うために必要十分なお金を財布に入れておき、その中から自分で適切なお金だけ選んで買わせるようにした。

(3)手続き

訓練の手続きをFig.2に示した。廊下のスタート地点にいる指示者が、対象児に品物を買って来るように指示し財布を渡す。この時、対象児に品物の値段は教えていない。1回に要求する品物は一品だげとした。指示を与える際に品物名を書いておき、対象児が買物をしてきた後買ってきた物が正しいかどうかを確認させた。

対象児は廊下を歩いて、ドアを開け訓練室に入室する。品物の机まで行き、指示された物を選択する。品物を選んだ後、レジの所まで行き店員役の訓練者(以下、レジ係)に‘‘~を下さい’’と告げ、品物を渡す。レジ係は品物を受け取った後、予め決められていた品物の値段を口頭で伝え、同時に電卓を打ちレシートにその金額を書く。対象児が品物の金額を正しく払うと、レジ係は品物をビニール袋に入れて手渡す。品物を受け取った後、対象児はドアを開け廊下を歩き指示者の所に戻る。品物が正しかった場合、麦チョコや拍手、言語賞賛などの強化刺激を提示した。対象児が誤反応をした場合の訂正方法は、「遅延プロンプト手続き (delayed prompt procedure)」を用いた。これは、対象児が逸脱行動を示した時や、20秒以上経過しても正反応を示さない場合に、指示者が言語的、身体的プロンプトを行うものである。

Fig.2Fig.2の画像拡大表示
Fig.2 シミュレーション訓練での手続きのフローチャート

2)般化条件

本条件では、先のシミュレーション訓練における買物訓練の効果を実際の大型スーパーマーケットにおいて評定し、現実場面において実際に買物を行うために必要な訓練を行うものである。

(1)買物の課題分析

本研究において、買物に必要な行動項目をTable2のように同定した。個々の行動項目は、買物こ関する先行研究 (Aeschleman and Schladenhanffen,1984:新井、1986:Haring、Kennedy,Adams,and Conway,1987)と、本研究に参加した4名の訓練者が話し合って評定を行った。それに、対象児が実際に行った買物の結果を分析し、予め決めておいた課題分析の修正を行って決定した。

Table 2 買い物における反応の定義
スキル1 品物のところへ行く
スキル2 品物を取る
スキル3 レジカウンターまで行く
スキル4 レジカウンターに並ぶ
スキル5 品物を台の上に置く
スキル6 会計を待つ
スキル7 値段表示を見る
スキル8 お金を出し、店員に手渡す
スキル9 レシート・釣銭を受け取る
スキル10 品物を持ち帰る
(2)セッティング

実際の買物を行う場所として、全国的なチェーン店をもつ大型スーパーマーケットD店とJ店を選択した。選択の際には、訓練を行っている大学から近いこと、多くの品数が揃っていること、また、対象児らが実際に行く機会の多い場所であることを考慮した。訓練室からの移動には、実験者の車を使用した。買物は、それぞれのスーパーマーケットの食料品売り場にて行った。

(3)教材

対象児が買おうとする品物の値段を十分に満たす金額を用意した。金額は、それぞれ硬貨で100円を10枚、10円を10枚、1円を10枚とした。

(4)一般的手続き

買物のスタート地点を食料品売り場の入口とした。そこで、対象児に欲しいもの(主にお菓子やジュースなどの食べ物)を言わせ、それを指示者が買って来るように指示した。カゴを持たせ、売り場の中を通り、先の課題分析で定義した各行動項目を行い、再びスタート地点まで戻ってこさせるようにした。指示者はスタート地点で待機しており、戻ってきたところで拍手や言語賞賛を与え、買ってきた品物を対象児と共に食べるようにした。以上を1試行として、休憩したところで再びスタートさせた。

般化条件では、次の3つの下位手続きのもとに実験を行った。

  • 条件(1)はプローブ試行であり、スタート地点から課題分析の各行動項目を行うものである。各行動項目について誤反応が生じたときには、遅延プロンプトを行った。対象児が誤反応をしたときや3分以上経過しても正反応が生起しない場合には、スタート地点で待機している指示者が接近し言語的・身体的プロンプトを与えることにより反応を遂行させた。
  • 条件(2)は「直後プロンプト試行(immediate prompt procedure)」であり、正反応が出現しない場合に、すぐに言語的・身体的プロンプトを与える。
  • 条件(3)は、買物のスタート地点をレジの前とするプローブ試行である。対象児は、課題分析のスキル4以後の各行動項目について評定を受ける。誤反応が生じた場合の訂正方法は条件(1)と同様である。

4.実験デザイン

実験は対象児間の多層べ一スライン法を用いた。また、Fig.3に、訓練経過を示している。本研究では、現実場面で生じた問題に対し訓練場面を再構成して訓練を行い、再び現実場面において評定と訓練を行うという方法を採った。そのため訓練の後半部分に再びシミュレーション訓練を行うことがあった。

Fig.3Fig.3の画像拡大表示
Fig.3 訓練条件と般化条件における介入過程

5.反応の記録と信頼性

反応の記録は、訓練条件においてはビデオ録画を行い後日再生して評価を行った。般化条件では、実験中2名の記録者が対象児に分からないように観察し記録を行った。般化条件での対象児の反応は、予め決められた課題分析に基づいて評価された。訓練条件では、先の課題分析に若干の修正を加えてチェックリストを作成し評価を行った。変更した点は、訓練場面内では移動距離が縮小されるため遅延プロンプトを提示するまでの時間を20秒としたこと、品物名を口頭で伝え店員に手渡すことを加えたこと、訓練場面ではレジが一ヶ所だけであるため「レジをさがす」項目を削除したことである。この他に、「カゴを台の上に載せる」項目も削除した。

般化条件での補助データとして、対象児にショルダーバックを掛けさせ、その中に携帯型録音機(ソニー製ウォークマン)を入れ店員との微妙な言語的相互作用を録音した。また、対象児の様子を観察するため大型スーパーマーケットの協力を得て、ビデオカメラにより最後の2回のセッションについて録画を行った。訓練条件の信頼性は、全訓練試行のうちランダムにその50%の試行を選択し一致率を求め算出した。全体で、Y.N.は90.0%であり、T.T.は97.5%であった。般化条件での信頼性は、全試行について算出した。一致率は、Y.N.について全体で99.2%であり、T.T.は88.7%であった。

3.結果

予備訓練は、Y.N.は60試行、T.T.は120試行行った。Y.N.は、移動や受渡しは予備訓練開始当初から可能であった。正しいお金を出すことについて最初の数試行誤反応を示していた。T.T.は、正しいお金を出すことは可能であったが、移動の途中にしゃがみ込む、鏡をのぞき込む、財布からお金を落としてしまうなどの問題行動が生じた。また、「~を下さい」ということばの表出ができにくかった。その他、自己刺激行動のため指示が妨害されることや、音楽などによって耳ふさぎが生じることがあった。そのため、学習基準達成のために多くの試行数を必要とした。

Fig.4に、課題分析により導かれた一連の買物行動を3つの下位項目群に分け、シミュレーション訓練条件と大型スーパーマーケットにおける般化条件での正反応率の推移について示した。図は、連続する2試行を1ブロックとして算出しプロットしている。3つの下位項目群は、(1)品物の所まで行き、当該の品物を取ること、(2)レジに並び順番を待つこと、(3)正しい金額を払い品物を持ち帰ることである。

Fig.4-1 Fig.4-1の画像拡大表示
Fig.4-2 Fig.4-2の画像拡大表示

Fig.4 3つの行動項目群ごとの正反応率の推移:3つの行動項目群は、

  • (1)当該の品物を取る(□…………□)
  • (2)レジに並ぶ(■―・―・―■)
  • (3)お金を支払って帰る(○――――○)である.

図は連続する2試行を1ブロックとして算出しプロットしている.

まず、対象児Y.N.の結果を示す。Y.N.のシミュレーション訓練は18試行行った。品物を取って来ることや、支払って帰ることについては成立していたが、レジ係が品物の合計をしている問に、机から離れて別の所に行ったり飛び跳ねたりすることがあった。般化条件のフェイズ1のプローブ試行において、品物を取ってくることと支払いの部分の正反応率が低下していた。また、要求されたものが見当たらなかった場合や、どの品物を選んでよいかわからなかった場合に、場面に関係のない発語が出現した。

そこでフェイズ2として、まず買物行動の連鎖の最終環である支払いの部分を安定させるために、店員とのお金のやりとりの際、訓練者が対象児のすぐ後ろに立ち、場面に応じたプロンプトを即座に与える訓練を行った(直後プロンプト訓練)。特に、支払う金額を明らかにするために、レジスターに表示される金額を訓練者が指し示して見させた。そして、買物を行う前に品物の名前や個数、正確に支払ってくることについて教示を与え確認させた。また、この訓練と並行して再びシミュレーション場面において、198円などより細かなお金について財布の中から出すことと、品物が分からなかった時やなかった場合に店員に聞く訓練を行った。フェイズ2は3試行行った。

フェイズ3において、買物のスタート地点をレジのすぐ前とする支払い部分のプローブ試行を行った。買物の前には、先に示した教示を行うこと、レジ番号を予め指定してから並ばせるようにした。その結果、支払いについてはフェイズ3の当初から安定してできはじめ、並ぶことについても3ブロック目からできはじめた。そこで、スタート場所をレジから一番離れたコーナーに移動して行った。レジにスムーズに並ばせるため、ストップウォッチを利用して買ってくるまでにかかった時間をフィードバックするようにした。その結果、レジから離れた場所でスタートしてもお金のやりとりについて正反応が維持された。

最後にフェイズ4として買物のスタート地点を売り場の入口とするプローブ試行を行った。フェイズ4において、3つの行動項目群について正反応が十分維持されていたことが示された。

次に、対象児T.T.の結果を示す。T.T.のシミュレーション訓練は34試行行った。訓練開始当初から各行動項目を安定して遂行していた。しかし、6ブロック目から実際のスーパーマーケットの状況を考え、訓練室内と廊下でテープレコーダーにより音楽を流し始めた。テープレコーダーの近くに行くと耳ふさぎや自己刺激行動などが顕著に生じた。そして、その場面から回避しようとするため値段を聞きのがしたり、お金を払わないで訓練室から出ることがあった。

般化条件のフェイズ1において、特に品物を持ってくる行動とお金を払う行動が成立していないことが分かる。また、耳ふさぎや買物カゴを振るなどの間題行動が生じた。7エイズ2において、Y.N.と同様に連鎖の最終環からの行動形成を行うため、店員とのお金のやり取りの際、訓練者が対象児のすぐ後ろに立ち場面に応じたプロンプトを即座に与える直後プロンプト訓練を4試行行った。それと並行して、再びシミュレーション場面において訓練を行った。

次に、フェイズ3として買物のスタート地点がレジの前とするプローブ試行を行った。フェイズ3への移行直後、支払い行動は維持されたものの、1週問後のセッションの開始時点では正反応率が低下した。従って、再びフェイズ4において直後プロンプト訓練を2試行行った。

フェイズ5において、まずスタート位置をレジの前とする支払い行動のプローブを行った。そこで正反応率が上昇傾向を示したため、3ブロック以後スタート地点を店の奥のコーナーに移動した。レジヘの移動中にお金を落としたり、割り込んだりするなどの新たな問題が生じることになったものの、場所を離してもお金のやりとりについて正反応が維持されることになった。

そこで、フェイズ6においてプローブを実施した結果、品物を取って来ることを含めて正反応が維持されていた。

Fig.5に、それぞれの対象児について、般化条件の最初のフェイズと最後のフェイズにおける各行動項目の正誤を示した。Y.N.は、般化条件でのフェイズ1とフェイズ4を、T.T.はフェイズ1とフェイズ6について初めの2試行を示している。Y.N.は、シミュレーション訓練条件から般化条件への移行後、お金の支払い部分に誤反応を示していた。しかし、現実場面での訓練を行うことにより完全に各行動項目を遂行することが可能となった。T.T.は、般化条件へ移行後、ほとんどの行動項目について誤反応を示していた。般化場面での訓練を行うことにより、各行動項目に若干の誤反応は示すものの、ほぼ一連の行動連鎖を遂行することが可能になったことが分かる。

対象児 Y.N.
反応 シュミレーション訓練 Phase1 現実場面での訓練 Phase4
品物のところへ行く
品物を取る
レジカウンターまで行く
レジカウンターに並ぶ
品物を台の上に置く
会計を待つ
値段表示を見る
お金を出し、店員に渡す
レシート・釣銭を受け取る
10 品物を受け取る

□ 正反応 ■ 誤反応

対象児 T.T.
反応 シュミレーション訓練 Phase1 現実場面での訓練 Phase6
品物のところへ行く
品物を取る
レジカウンターまで行く
レジカウンターに並ぶ
品物を台の上に置く
会計を待つ
値段表示を見る
お金を出し、店員に渡す
レシート・釣銭を受け取る
10 品物を受け取る

□ 正反応 ■ 誤反応

Fig.5 般化条件の最初のフェイズと最後のフェイズにおける各行動項目の 生起状況:図は各フェイズの最初の2試行について示している.

訓練条件と般化条件において、各対象児に次のような問題行動がみられた。Y.N.は、指示した物以外の物を持ってきたり、サイズの異なった品物を持って来ることがあった。また、品物が見あたらなかったときや混雑したときなどに、場面に関係のない発語が生じ、それを他人に話しかけることがあった。その他、お金を払う場合に正確な金額が出せないことや、支払いに時問がかかるため店員が財布からお金を取ってしまうことがあった。その際、店員の言語指示に対応することは困難であった。その結果、財布から大まかにお金を出し、店員にお金を取ってもらう行動が定着することになった。

T.T.は、品物を取る際に、場所がわからないことや目の前にある品物を取らないことがあった。そのため、1試行の遂行に長い時間が必要とされ、一連の行動項目を連続して遂行することが困難であった。また、割り込みや財布を落とすこと、レジで先に品物を渡されるとお金を払わないで帰ろうとすることがあった。この他、耳ふさぎやロッキングなどの自己刺激行動こより各行動項目が中断したり、カゴや品物を持ったままロッキングなどの自己刺激行動を行うため、側を通っている人に当たりそうになることや、持っていた品物を落としそうになることがあった。このように、現実場面での訓練・テストでは、シミュレーション訓練条件とは異なった新たな問題が生じることが分かった。

4.考察

本研究の結果、社会的なスキルをかなり持つと思われる対象児について確認された以下の諸技法、(1)シミュレーション場面での各行動レパートリーの形成、(2)現実場面での遅延プロンプト法、(3)正の練習試行、(4)連鎖の最終環からの行動形成法を用いることによって、社会的な行動が十分確立していない自閉症児においても大型スーパーマーケットでの買物スキルを形成することが可能となった。

本研究において、対象児はシミュレーション訓練で一連の行動を安定して遂行することが可能になった。Aeschlemanら(1984)は、買物スキルの形成技法の検討を行い、現実場面のシミュレーション場面による訓練が最も般化効果を得たことを報告しており、Matson(1981)も同様の結果を示している。これまでの研究では精神遅滞成人を対象とすることが多く、社会的なスキルはある程度形成されていたと考えられる。本研究のように比較的年齢が低く、しかも社会的なスキルが未熟であり御用学習の遂行にも困難を示すような自閉症児を対象とした場合、多くの試行数が得られる訓練場面において買物の基本的な行動レパートリーを形成しておくことは重要である。

また、現実場面において、まず買物の支払い部分の形成を行うことにより一連の買物行動が形成されたと考えた。課題分析された買物行動は多くの複雑な要素から成立しており、これをはじめから遂行した場合、強化を得るまでに多くの行動項目の遂行が必要とされる。しかし、連鎖の最終環である支払い行動から対象児に遂行させることは、品物を手に入れるという強化を即時に与えることになり、強化随伴性と直ちに接触させることになる。その結果、買物の最も重要な部分である支払い行動を安定させることになり、加えて、その行動に先行する行動項目の形成も容易になると考えられる。従って、買物行動の形成においては、課題分析された行動項目について連鎖の最終環からの行動形成法を用いることが有効であると思われる。次に、「正の練習試行」として、支払い行動の反復練習を行った。行動連鎖においては、強化を繰り返すことが強化刺激と関連したすべての刺激の弁別的能力を高める(Heron,1987)とされている。従って、正の練習試行を行い、対象児が多くの強化を与えられることにより、確実な遂行をもたらすと考えられる。 また、誤反応をした場合の訂正方法として「遅延プロンプト法」を用いた。ある行動項目について誤反応が生起した時点でその試行全体を中止することは、現実場面で強化を受ける機会を減少させることになる。加えて、その場面から対象児が引き離されることによって混乱を生じさせることが考えられる。従って、誤反応や特定の時間無反応であったり、不適切な行動が生じたときはその行動項目は誤反応とし、プロンプトをしてその次の行動項目を評定する方法は妥当なものであったと考えられる。これらの手続きを組み合わせて訓練を行うことにより、買物スキルを形成することが可能となった。

しかしながら、本研究で示されたように、訓練室内でのシミュレーション場面で各行動レパートリーを形成するだけでは現実場面での行動の機能化には十分でなかったことを考慮する必要があろう。その理由として、(1)現実場面には騒音や人混みなどの多くの刺激要素が存在し、それがロッキングなどの問題行動を引き起こしたこと、(2)各行動連鎖の自発のきっかけとなる弁別刺激が、訓練場面と現実場面で異なっていたことなどが指摘できる。前者については、行動連鎖が確立していくにつれて問題行動が減少していったため、検討の対象は後者にあると思われる。

先に示したように、支払い場面において、シミュレーション訓練では対象児が持ってきた品物の絵カードに対し口頭で値段を伝えお金を払わせるようにしていた。しかし、実際のスーパーマーケットでは店員が買物客に対し合計金額を言語的に告げていない場合が多く、告げていたとしても言語的な指示は一過的であるため騒音や自己刺激行動のために聞き逃される場合があった。このように、訓練場面での一連の行動項目の自発のきっかけとされていた弁別刺激が、実際の場面とは異なっていたため機能的な関係を成立させることができなかったと考えられる。すなわち、訓練場面で形成された行動を自発させる上での弁別刺激が、現実環境の中に存在しているかどうかが日常環境での行動の成立を決定していると考えられる。逆にいうと、日常環境の刺激を機能的な弁別刺激とするための訓練方法が、訓練場面から日常場面への般化を成立させるために有効であると示唆される。そのためには、本研究のような「日常場面」の課題分析をさらに発展させていく必要がある。

買物スキルの形成を行う過程において、対象児Y.N.は買物リストを前日に作って持って来るようになった。対象児T.T.は、買物を行うときに欲しい品物の名前を直ちに答えるようになった。このように、買物スキルの形成は、物を適切な方法で入手できたり現実の店という場面を通して社会的な相互作用を持つことができることだけでなく、社会的に活動性の低いと思われる障害児が具体的な楽しみの実現ということを通して社会に働きかけることを可能にするかもしれない。また、対象児におつかいを頼もうと思うようになったとの母親の報告も受け、どちらかといえば家庭中心の生活を考えがちな家族が、障害児・者を含めて積極的に社会参加しようとする機会を与えることになるかもしれないのである。

本研究により、御用学習に困難性を示していた対象児が大型スーパーマーケットにおいて買物を行うことが可能になった。また、日常の買物場面の課題分析を行うことにより、再現可能なデータを得ることができた。しかし、品物が複数になったときや、千円を超えるときの買物などの問題が残されている。その他、自分から買物に行こうとするかどうかという問題も残されている。今後、これらの問題について研究を行うと共に、買物スキルなどのような個々のサバイバルスキルの獲得のために、個人を取り巻く環境全体の要素を考慮こいれた生態学的アプローチ(Willems,1974:小林、1980:小林、1988)の観点に立った指導が必要であると考えられる。

謝辞

本研究を行うにあたり、筑波大学人間学類小内亜也子さんと神原幸恵さんの協力を得ました。記して感謝致します。

文献

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-1989. 8. 18. 受稿, 1989. 12. 16. 受理-

Teaching Survival Skills (Shopping) to Children with Developmental
Disabilities : Task Analysis and Shaping Techniques

Masataka WATANABE, Junichi YAMAMOTo, and Shigeo KOBAYASHI

Institute of Special Education, University of Tsukuba
(Tsukuba-Shi, 305)

Institute of Humanities, University of Meisei
(Hino-Shi, 191)

Techniques for shaping the shopping skills of two children with developmental disabilities were analyzed. Before the training, a task analysis of skills for shopping at a big supermarket was attempted. The study consisted of two conditions. First, simulation training was conducted in training settings (training condition) ; second, shopping in the actual settings was assessed (generalization condition).

Results showed that the participants' shopping skills were shaped with the following strategy : (1) shaping the behavioral repertoire in the simulation settings, (2) using a delayed prompt procedure in the actual settings.(3) applying positive practice, and (4) using backward chaining. The results suggest that it is important to common discriminative stimuli between the training and the actual situation.

Key Words : children with developmental disabilities, shopping skills,task analysis, behavior chains, generalization


主題・副題
発達障害児のサバイバルスキル訓練
:買物スキルの課題分析とその形成技法の検討

著者名
渡部匡隆・山本淳一・小林重雄

掲載雑誌名
特殊教育学研究

発行者
日本特殊教育学会

巻数・頁数
第28巻1号,21-31頁

発行月日
西暦 1990年6月

登録する文献の種類
(1)研究論文

情報の分野
(13)特殊教育

キーワード
発達障害児 買物スキル 課題分析 行動連鎖 般化