音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

平成6年度障害者文化芸術振興に関する実証的研究事業報告

3 障害者文化・芸術の今後

これまでの流れを踏まえて

障害者の芸術文化活動は、全国で広まり、さらに深まりを見せている。彼らは障害とともに生き、障害を個性として活動を続けている。何より、純粋に「表現したい」という思いが作品に宿っている。障害をもつ人たちは、芸術活動を通して自己実現を図りながら幸せになっていく。彼らの芸術作品や活動に触れることによって、我々は失っていた人間性を回復していくという意味も持つ。
 すでに2に示されたように、障害者の文化・芸術に発表の場を提供し、一般の芸術家や市民との交流を図る取り組みが、各地で着実に進められている。しかしながら、1-2の中で提示されたように、障害者の芸術文化活動を取り巻く環境は豊かとは言えない。活動すること自体が困難な環境にあるとともに、生み出された作品の評価についての環境が整っていない。
 障害者の芸術文化活動は、どちらかというと福祉・チャリティーの対象であったり、あるいは授産の延長という見方をされ、そこから生まれるものの芸術性については無視されがちである。作品はそれ自体の価値によって評価されるべきだ。そのためには、障害をもたない芸術家と同じように、障害をもつ芸術家もごく普通の発表の場と流通ルートをもたなければならない。
 障害をもつ人たちの芸術文化活動が極めて貧しい環境にある原因の一つに、横断的なネットワークがないことがあげられる。芸術文化活動を豊かにしていくためにも、社会的に評価を高めていくためにも、社会の分野を超えたネットワークづくりが必要である。
 このような視点に立って、各地でのイベント開催にとどまらないさらに進んだ芸術文化活動振興のための動きが、すでに見られるようになっている。

1 障害者芸術文化協会(仮称)設立の提言

--松兼 功--
 私たちはどんな場面にいちばん幸せを感じるだろうか。それはきっと、自分の態度や言葉や作品でたくさんの人たちが心を動かし、称賛の声を上げてくれるときではないだろうか。いま、そんな人間本来の素直な幸せを生み出そうとする芸術文化活動が注目を集めている。その担い手はさまざまな障害をもった人たちだ。それは、ともすれば障害ゆえに自己実現や社会参加の機会に恵まれなかった彼らが、音楽、文学、絵画、陶芸、演劇といった表現活動を通して、日々の生活に生まれる喜怒哀楽を形にし、多くの人たちとのつながりを築こうとする新しいうねりでもある。そこには時にその障害をエネルギーにし、時にそれを度外視したイマジネーションをベースにした、躍動感あふれる生命力、みずみずしい感受性が脈打っている。そんな彼らの作品(活動)には、画一的な価値観に窒息しかけている現代人を生き生きさせる力が秘められている。
 しかし、大いなる可能性を持ちながら、実際に障害をもつ人たちが芸術文化活動に参加しようとすると、資金、情報、人材の不足からさまざまな壁に直面してしまう現実が多々ある。そこで私たちは、芸術文化活動に取り組んでいる、あるいはこれから取り組もうとしている各地の人たちを結び、共感の輪を広げるネットワークをつくり、その活動を総合的かつ組織的に奨励、支援していく「障害者芸術文化協会(仮称)」を必要とする。
 日本での障害者問題への取り組みは、これまで、生存・安全・教育といった生活のハードウェア、つまり「いかにして生きるか」に焦点が当てられ、飛躍的な進歩を果たしてきた。反面、それぞれの環境に応じて「どんな生活をつくり出すか」というソフトウェアの部分は十分とは言えなかった。本協会の設立の大きな目的は、芸術文化活動を通して彼らの個性が尊重される場を生み出していくことである。

 障害者芸術文化協会(仮称)の目的

赤ちゃんがこの世に生を受け、初めてあげるけたたましい産声は、自分がひとりの人間であることの宣言であろう。それを耳にするとき、周囲の人たちもその生命力に触れ、言いようのない幸せに包まれる。そこには、知識にけがされた感情も、お金で買われた感動も存在しない。あるのは、お互いの“SENSE OF WONDER(不思議さに目を見張る感性)”を刺激し、共鳴しあう人間本来の関係である。
 いま、そんな赤ちゃんの産声のごとく、“SENSE OF WONDER”をエネルギーにして、自らの人としての尊厳を獲得し、社会とのつながりを結び、互いの日々の豊かさを高めあっていこうとする芸術文化活動が、多くの注目を集めている。その活動の担い手は、さまざまな障害をもった人たちである。
 これまで生産効率を第一に考える社会のシステムに自己実現を妨げられていた障害をもつ人たちは、音楽、文学、絵画、演劇といった表現活動を通して、生身の喜怒哀楽を形にし、“魂の産声”を再生することで自他ともの意識や生活環境を変革しようとしている。個性豊かな生命力、感受性が脈打っている彼らの作品は、画一的な価値観に窒息しかけている既成の芸術文化活動を挑発する力をも秘めている。
 しかし、このように大いなる可能性を持ちながら、実際に障害をもつ人たちが芸術文化活動に参加しようとすると、資金、情報、人材の不足からさまざまな壁に直面してしまう現実が多くある。
 そこで私たちは、障害をもつ人たちの芸術文化活動を、総合的、かつ、組織的に奨励、支援していくための障害者芸術文化協会(仮称)を設立する。
○優れた才能を発掘、開花させる芸術祭、コンクール、各種ワークショップの開催
○資金援助のための研究助成、芸術文化活動振興基金の設立
○情報交流のためのニュースレター、ダイレクトリー、映像、書籍の企画・発行
○障害をもつ人たちの芸術的可能性を見出し、磨きあうアートサポーターの養成と派遣
 これらの具体的な事業を展開していく本協会は、会員を募り、多くの団体、人々と結びあって、障害をもつ人たちの芸術文化活動の未来を切り開いていきたい。

 障害者芸術文化協会の事業企面案

▲人材育成
○障害をもつ人たちが、芸術文化活動を通して才能の開発を行い、人間としての尊厳をもち、豊かな生活ができるようになることをめざす。
○障害をもつ人たちの芸術活動または余暇活動の現場に携わる人たちを対象に、秘められた可能性の引き出し方、外への打ち出し方などを学ぶワークショップを開催する。
○各地で、障害をもつ人たちの芸術活動または余暇活動の現場に携わる人たちが一同に集い、いかにして秘められた可能性を引き出し、芸術の域まで高め、世に送り出していくかについて、共に探求しあう全国研究集会を開催する。
▲情報交流
○障害をもつ人たちの芸術活動は、福祉施設や共同作業所などでの余暇活動として取り組まれているが、閉鎖的なものになりがちである。そこで、お互いの情報を交流させるためのニュースレターを発行する。
○各地で、障害をもつ人たちの芸術活動または余暇活動の現場に携わり、成果をあげているアーティスト、セラピスト、プロデューサーなどを講師に招き、フォーラムを開催する。
○障害をもつ人たちの芸術活動または余暇活動について調査・研究を行い、さまざまな情報をまとめたダイレクトリーを編集する。
▲資金づくり
○障害をもつ人たちの芸術活動または余暇活動の現場では、慢性的に資金が不足している。そこで、芸術文化振興基金をつくり、活動を支える資金をつくる。
○各地で、意欲的に取り組んでいる障害をもつ人たちの芸術活動または余暇活動に関する調査・研究、またはイベントや事業に対して、助成を行う。
▲その他
○障害をもつ人たちの芸術活動または余暇活動から生まれた作品をビジュアルに紹介するためのセンス・オブ・ワンダー・アーツ全国巡回展の開催。
○障害をもつ人たちの芸術活動または余暇活動を発表するための芸術祭やコンクールの開催。
○アジア太平洋地域において、障害をもつ人たちの芸術文化活動が育つ環境をつくるための海外文化交流事業の実施。
○障害をもつ人たちの芸術活動または余暇活動の経験が豊富で意欲的なアーティストやボランティアを、各地の現場に派遣し、活動の育つ環境づくりをめざした芸術活動派遣事業の実施。

2 ワンダーアート

芸術文化活動の基本は、喜び、感動、不安、怒りといった“SENSE OF WONDER(日々の驚きを察知する感性)”を形にし、表現することであろう。だとすれば、身体に障害をもつ人たちはその障害の分だけ驚きの対象になり、周りの環境や心を挑発する潜在的な可能性を持っているはずである。

 障害をもつ人たちにとって芸術文化活動は、障害を個性として生かせる自己表現活動であり、豊かに生きるための創造的な活動である。こうした活動を通して、社会の中でコミュニケーションを築き、さらには職業自立にもつなげることのできる意味のある活動でもある。

 障害者の芸術活動として個々の活動やイベントが共に活発になりつつありながら、その環境は貧しいと言わざるを得ない。
 障害者の芸術祭やコンサートなどさまざまな先駆的な活動が行われているが、それらは「福祉イベント」の枠を越えられないという声がある。福祉の現場で、芸術文化活動が授産という枠組みや訓練という枠組みでゆがみ、その枠がない個人は、十分に活動する資金がないという現状である。
 日本では、障害者の創作活動に対して、芸術としての評価はほとんど与えられず、「福祉」の面でのみ注目されるといわれることがある。また、美術教育を受けて賞をとったものでなければ社会的に認められないという傾向があり、こういった仕組みの外にいるため、障害者の作品は正当な評価が得られていない。
 正当な評価とは何か。アートには視覚的、感情的、思想的、社会学的に優れていることが必要だといわれるが、最終的には精神的な力を内包していることが問われるはずだ。

 障害者の芸術文化活動の意義は、「ハンディ」を「克服して」作品を創造することや、「ハンディ」を「克服して」創造したことで他者を感動させることにあるのではない。人は芸術文化活動をすることで自らの生活を豊かにし、他の人の生活を豊かにする。障害者も例外ではなく、芸術文化活動によって豊かな生を自己と他者にもたらすことができる。それは「障害をもつにもかかわらず」できるのではなく、誰もができる可能性を持っていることである。そして、誰もがその可能性を伸ばすための環境を得られるべきであろう。
 障害者の芸術から「障害者の」というレッテルを取り、芸術としての正当な評価を求めることが、「ワンダーアート」の行動には含まれている。
 「ワンダーアート」ということばを掲げてすでに活動が行われている。「ワンダー芸術ワークショップ」「ワンダーアートコレクション'94」などがそれである。

①「ワンダー芸術ワークショップ」
 (1994年8月20目~24目)

 障害をもつ人やお年寄りなどが、余暇や授産(仕事)、文化活動として、陶芸や絵画などさまざまな芸術に取り組んでいる。しかし、施設や学校で活動する際、担当者は熱意があってもその方法に戸惑いがちである。
 障害をもつ人やお年寄りは、周りが思いつかないエネルギーを秘めている。近年、彼らのダイナミックな芸術活動が注目を集めつつある。そのダイナミックさは周りにいる人の感性に共鳴して引き出される。芸術文化活動の担当スタッフなど周りにいる人は、能力と感性を高めることが必要である。本ワークショップは、障害者の芸術活動を支援するスタッフが、アートの才能を引き出し、高めていくためのものである。
○ワークショップの主な内容
 アートワークショップ……造形・人形劇・絵画・書・陶芸・語り・演劇
 マネージメントセミナー……ディスプレイ論・コーディネーター論
 ダンスワークショップ・カラーワークショップ

②「ワンダーアートコレクション'94」
 (1994年12月8日~12日、渋谷BEAM BIギャラリー)

 障害者芸術の作品が正当に評価され、芸術家たちが社会から認められるような土壌をつくるため、まずは作品を募って公表することから始める。「ワンダーアートコレクション」は、作品を募ることで日本のアウトサイダーアートを掘り起こし、集まった作品から、日本の各地に埋もれている才能を見いだすことができるという意義がある。
◎ワンダー芸術ワークショップ
「ワンダー芸術ワークショップ」の写真

3 とっておきの芸術村基本構想

--城 英二--

 コンセプト

--芸術性と人間性:芸術の本質と向き合う
--ノーマライゼーション:社会の意識改革
--ボーダーレスからスクランブルヘ:芸術のジャンル・障害の有無・国籍・職業などあらゆる境目をなくす
 時代の大きな転換期にさしかかった今、どの分野にもその揺らぎというものが生じている。こと障害者問題に関しては、特に顕著な変化を見せている。物質文明に汚染されなかった彼らは、その有利さゆえに、時代が逆転し回れ右をしたとき、先頭に立つことになる。
 やがてそのことが認められ、彼らの感性が上位であることを一般が認める日の来ることを目標に、その準備段階として、障害者の芸術村を設立することを提案する。

 わが国において、障害者の雇用率は、法で定められた率に満たない低さである。効率を優先する企業社会は、障害をもつ人に厳しい。ことに知的障害をもつ人にとって障碍は大きい。彼らは人権をあまり配慮されないまま作業に従事させられることが多い。彼らが、不得手な知性の分野より、感性を発揮できる芸術などの分野へ進出することを考えたい。
 地域の企業が雇用した障害者を出向させて、芸術村で働きながら学んでもらうというプログラムが考えられる。効率中心に組織された企業では馴染まない人でも、自由で伸び伸びとした環境の中で、制作やレッスンに取り組んでいくことで、文化的にも優れたものが生まれてくるはずである。企業にとっては、効率一辺倒の経営から人に優しい会社に脱皮するシステムを開発していけるだろう。
 障害者のアートは、経済的にも成り立つ可能性を持っている。すでにスウェーデンにはプロのロックバンド“エコー”や、知的障害をもつプロの画家などがいる。指導者など、才能を育てていくための条件が整えばどんどん生まれてくるはずだ。
 障害をもつ人々を雇用した企業が、メセナやフィランソロピーを実現することにもなり、社会の一員として評価されるだろう。
 そして、従来取り組まれてきた保護的雇用などの他に、自営業の支援という方向を加えて考える必要がある。作家や演奏家、教室経営などを行う障害をもつ人々を、地域社会との交流を図りながら支援するプログラムを開発していくべきであろう。

 経営の視点

 芸術文化という人間の情緒的な面を扱う組織として、自由で創造性のある環境を確保するとともに、公益的な組織として効率的な経営がなされなければならない。
 障害者の芸術文化の創造拠点として、障害者自らが経営や運営に携わるのはもちろん、世界的な芸術家のネットワークの中から指導者やプロデューサーなどの専門家の参画も不可欠である。
 芸術文化を通してノーマライゼーションを達成するためには、一般市民の参加が促進されなければならない。企業・市民協力委員会を設け、特に情報処理について協力を得たり、障害者雇用促進のプログラム、障害者芸術のプロデュース・マーケティングに関与してもらう。

 事業計画

(1) 事業体系
 ①製作・練習……アトリエ、レッスン場の提供
 ②展示・発表……美術ギャラリー、ホールの提供
 ③情報収集・発信……シンクタンク、図書館の整備
 ④連携・交流……ネットワーキングのシステムを持つ
 ⑤指導者養成……ワークショップの開催などによる指導者の養成
 ⑥就労の促進……経済的自立促進
(2) 活動プログラム
 ①カルチャーセンター(デイアクティビティセンター)
  ジャンル別に専門家(来訪芸術家)による指導のための特別ワークショップを開催
 ②美術展の開催
  公募展・グループ展・企画による各ジャンルの展覧会・個展
 ③コンサートの開催
  音楽、ドラマ、ダンスなどのステージ
 ④定期的な芸術祭の開催
 ⑤施設外への展開
  国内各地への興行の企画・実施、プロデュース
 ⑥国際交流事業
  来日芸術家によるワークショップ・コンサート・展示会などの開催、VSAなどの団体との交流
 ⑦研究事業
  シンポジウムの開催・情報収集・調査研究
 ⑧シンクタンク・コンサルティング事業
  アートバンク・芸術祭などの企画制作・情報の収集と公開・情報機器の研究、プログラムソフトの開発・障害者芸術文化活動の指導者の派遣
 ⑨指導者養成
  ジャンル別ワークショップの開催・障害者施設の指導者を対象とした芸術プログラムの指導ワークショップ
 ⑩マーケティング活動
  作品の販売および商品開発・地方公演などのプロデュース
 ⑩障害者の芸術活動の支援
  芸術活動の場の提供・創作の指導・創作活動を通じた一般市民との交流・就労および自立支援

 施設概要

(1) 発表の場
  ①ホール
   1200人程度収容の大ホール・300人程度収容の小ホール。障害をもつ人が出演者として利用することを前提とした機能を持つ
  ②美術館
   障害をもつ人のアート、ノーマライゼーションをテーマにしたアートを常設展示
  ③野外ステージ
  ④野外展示場
(2) アトリエ・レッスン場
  ①スタジオ、演劇・ダンス等パフォーマンスのレッスン場
  ②絵画・彫刻・陶芸・木工・竹工・紙漉・染織り等の工房
  ③登り窯
(3) 研修・集会の場
  ①指導者養成の場
  ②芸術家たちの交流の場
(4) 芸術文化情報センター/ライブラリー
  ①情報機器研修センター
   障害者向けの情報機器使用の研修・開発
  ②国際交流センター
  ③芸術文化ライブラリー
   障害者芸術文化に関する図書・VTR・CDなどのライブラリー
(5) 働く場
  ①ミュージアムショップ
   全国各地で製作された美術工芸品・書籍・CD等の販売、受注生産
  ②喫茶コーナー

 計画推進に当たっての課題

① 運営体制の整備とスタッフの確保
  キュレーター・ディレクターなど専門家の参加要請/指導者の確保
② 障害者芸術に関する情報収集および作品の収集方針の確立
  情報の収集/作品収集の方針・ルートの確立/資金計画
③ ノーマライゼーションの促進
④ 企業・市民・行政の参加


主題・副題:障害者文化芸術振興に関する実証的研究事業報告書 平成6年度