コミュニケーション支援機器と社会参加

「新ノーマライゼーション」2019年10月号

社会福祉法人東京コロニー職能開発室 所長
(東京都障害者IT地域支援センター センター長)
堀込真理子(ほりごめまりこ)

夏の参院選で誕生した重度障害の議員が、クチの中のスイッチでパソコンを使って意思を伝える動画を目にした方も多いだろう。令和元年、我々は、障害のある人の支援機器が驚くべき発達を遂げていること、そして、人は環境次第でさまざまな社会参加ができることを容易に理解できる段階に来ている。

本稿では、筆者が担当しているIT支援のセンター事例から、身近なコミュニケーション技術がどんなふうに社会参加を後押ししているか、その一端を共有させていただければ幸いである。

1.東京都障害者IT地域支援センター(以下、ITセンター)の概要

ITセンターは、2004年の開設から15年目を迎える東京のIT支援拠点の1つであり、機器展示と相談が主な業務である(図1)。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で図1はウェブには掲載しておりません。

2019年現在、100円のシールから50万円の入力機器まで約200点の製品が展示されており、教育や就労場面で使われるものも数多い。手の可動域が狭い人向けの小さいキーボードや、動きにくい腕の動作の力を補助するアーム、視線で操作できるマウス等々、ケースによっては驚くほど操作性が高まるものもある。

2.社会参加と支援機器

ITセンターの利用相談をベースに、3つの身近な社会参加の例を紹介する。

1.ADHD(注意欠陥・多動性障害)のKさん 「忘れ物のない会社生活に!」

1つのことをするとその前のことが頭のメモリから消えてしまう。そんなKさんは、物を失くすのは日常茶飯事。お財布や鍵はもちろん、職場の大事なファイルや手帳、業務の携帯まで、どこにあるのか常に自信がなく不安であった。

まず導入したのは、忘れ物防止タグ「Tile(タイル)」(図2)。縦横3センチ角の小さいタグだが、無線で紐づけされているスマホから一定距離を離れると音で知らせ、離れたその場所と時間をスマホの地図上に表示して落とした場所を特定する。また、探し物が書類の下などで見えない場合も、Tileが音を鳴らして存在を示すことが可能である。「忘れても大丈夫さ」と言ってくれているようで、安心感この上ない。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で図2はウェブには掲載しておりません。

次にKさんが使ったのは、タスク管理アプリの「T-ToDo」(図3)。一般に、人はやるべきことを紙に書き、終わったものから消していくが、ワーキングメモリに困難さがある人は、書いた場所や紙自体がわからなくなることがある。このアプリはまさにその作業を電子化したもので、やるべきリストを大きく手書きでスマホに残し、終わると線引きしていくだけの単機能だ。しかし、このシンプルさこそが安心して使える要因だろう。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で図3はウェブには掲載しておりません。

2.聴覚障害のMさん 「同僚や先輩とたくさん話したい」

中途失聴のため、自身が話すことには問題のないMさん。音声文字変換アプリを使えば、健聴者が声で話したことが自動的に文字化されて筆談となり、リアルタイムにMさんも周囲の会話に参加できる。この種のアプリは数多くあるが、現在Mさんが使っているのは今夏に出たグーグルの「Live Transcribe」(図4)。決め手は、チャイムなど環境音もわかる認識力の高さと操作の簡便性らしい。話し終わるごとにマイクボタンを押す必要がなく、画面もシンプル。Mさんは、「使うのは相手だから、面倒な操作はお願いできない。直感で使えるものでないと」と言う。合理的配慮の時代ではあるが、お互いが気遣うことがコミュニケーションのベースであることがよくわかる。スマホから画面をテレビやプロジェクタにキャストすれば字幕のように使え、会議では皆が便利に活用できる。
※掲載者注:イラストの著作権等の関係で図4はウェブには掲載しておりません。

3.脳血管障害のYさん 「生活支援施設、ベッドの中でも社会参加」

70代のYさんと出会ったのは5年前。首から上以外はほぼ動かなかったため、入所の生活支援施設で1日中ただ天井を見て過ごされていた。Yさんの希望をもとに、計画相談支援事業所の担当者と「施設の外と結ぶ」という方針をたてスマホを購入。声は出ていたので、「ヘイ、Siri(シリ)」(図5)とスマホに呼びかけることで電話やメールができるようになり、そこからYさんの日常が一変した。何年かぶりに自身で電話がかけられるようになり、以前やっておられた教会の活動も始まった。活気が戻ったYさんは、昔大好きだった本を読むことにチャレンジ。ダウンロードした「ComicGlass」(図6)というアプリは声でページをめくれるので、青空文庫などから著作権切れした書籍をたくさんスマホに入れて、嬉しそうに読んでおられる。
※掲載者注:著作権等の関係で図5・6はウェブには掲載しておりません。

先日、老舗の週刊誌の特集にITセンターが掲載されたのだが、そのテーマは「終活、死ぬまで誰かとコミュニケーション」。視点にいささか驚きはしたが、まさにそれを可能とするのが支援技術であろう。

来年は5G(第5世代移動通信)の技術が待っている。流れが速くて溜息も出るが、情報を待っていてばかりでは何も始まらない。どんな技術が自分に利便性をもたらすのか、興味のある方はまずは自身で試してみられてはどうだろう。地域のITサポートセンターなどはもちろん、電化製品の量販店の多くは、比較的バリアフリー度が高く、製品を試してから購入できる。自分仕様のコミュニケーションを探そう。教育も労働も、その力は環境次第である。


※掲載した機関や製品の情報

.東京都障害者IT地域支援センター
www.tokyo-itcenter.com

.Tile(タイル)
発売元:ソフトバンク コマース&サービス株式会社
https://www.softbankselection.jp/special/tile/

.タスク管理アプリ「T-ToDo」urecy
https://applinote.com/ios/s/urecy-d1424

.音声文字変換アプリ「Live Transcribe」
https://play.google.com/store/apps/details?id=com.google.audio.hearing.visualization.accessibility.scribe&hl=ja

.Apple iOS機能 AIアシスタントSiri
https://www.apple.com/jp/siri/

.読書用アプリ「ComicGlass」
http://comicglass.net/

menu