ICTを利活用した、安全、安心、快適に観戦できる競技会場の環境整備 ~2018年 競技会場におけるICT利活用に関する実証事業より~

「新ノーマライゼーション」2019年10月号

総務省情報流通行政局情報通信政策課

音響通信技術の仕組み
図 音響通信技術の仕組み拡大図・テキスト

2020年の東京オリンピック・パラリンピック競技大会が開催される各競技会場をはじめ、国際競技大会等の会場においては、多数の障害者や外国人来訪者(以下「障害者等」という。)の来場が想定されます。

また、2018年3月に、消防庁が「外国人来訪者や障害者等が利用する施設における災害情報の伝達及び避難誘導に関するガイドライン」(以下「ガイドライン」という。)を策定しており、障害者等を含めたより多くの人が安全・安心・快適に観戦できる競技会場となるよう、効果的な自衛消防組織の整備の推進が求められています。

国内の各競技会場における避難誘導に関する情報提供は、一般的に、構内放送、大型ビジョン、避難誘導員による誘導の組み合わせにより行われていますが、こうした情報提供の課題として、日本語音声のみの構内放送では、障害者等への災害情報の伝達が円滑に行えない、避難誘導員の配置、設備の設置状況によって災害情報が届かない区域が発生する等の懸念があります。

総務省では、このような課題に対し、ICTの活用による情報伝達の効果を検証するため、東京オリンピック・パラリンピック競技大会が開催される会場等5施設において、1.音響通信技術1を用いた利用者端末(スマートフォン)等に避難情報等を多言語化した文字・音声情報で提供する仕組み、2.デジタルサイネージ2を用いた多言語とピクトグラム(案内図記号)による避難情報の提供等に関する実証を行いました。

本実証では、各競技会場において、100~200名程度の来場者役のモニター(日本人及び外国人の健常者、視覚障害者、聴覚障害者並びに車いす利用者)にご参加いただき、各施設における防災計画や災害発生時の避難手順に適合したシナリオ(平常時におけるスポーツ観戦から、災害発生、待機指示、避難誘導、帰宅等のタイムライン)に沿って、1.避難誘導の際の主な関係者(施設管理者、避難誘導員及び来場者)から見た音響通信技術、デジタルサイネージ等(以下「音響通信技術等」という。)の有効性、2.消防庁策定のガイドラインに示されたプロセスに対応した音響通信技術等の有効性、3.音響通信技術等による情報提供の正確性の検証を行いました。

検証の結果、音響通信技術は、既存の放送設備を活用できるため、導入及び運用が容易であるとともに、当該技術を活用することで、来場者に対して、多言語化された文字情報や音声情報が的確に伝わり、円滑な避難誘導に役立つことが確認できました。さらに、位置情報を用いることで、来場者の所在場所に応じて、一層きめ細かな情報伝達が実現できました。また、避難経路となるコンコースに設置したデジタルサイネージ上に情報を表示することで、来場者を円滑に避難用ゲートに誘導できました。施設管理者、避難誘導員に対してヒアリングを行ったところ、「音響通信技術は、属性ごとに情報の内容や言語の変更が可能であり、障害者や外国人に情報を提供できるため有効」「サイネージは大画面で視覚的に情報が見やすい。また、情報を多言語で表示できる点が有効」等といった肯定的なコメントが寄せられ、モニターのアンケート結果においても「情報を理解できた」「避難に役立つ」との好評価が大多数を占めました。

一方、「視覚障害者にとって、アプリによる音声案内は有効であったが、使い方や操作を理解するための工夫が必要」「サイネージは弱視に有効な場合もあるが、より見やすい仕様にする必要がある」「車いす利用者は、移動時に両手を使うため、車いすにスマートフォンを固定する器具が必要」など、音響通信技術等を避難誘導に活用する際の懸念や要望も寄せられました。

こうしたご意見等を踏まえ、本事業では、従来の一般的な情報伝達を前提に施設管理者が綿密な避難計画を策定し、同計画に基づく訓練を実施することが円滑な避難誘導を実現する上で重要であり、これに加えて、音響通信技術等を用いることにより、情報伝達に要する時間の短縮や情報伝達範囲の拡大を可能とし、一層、円滑な避難誘導を実現できると結論づけました。

さらに、避難誘導時の利用に限定したツールでは、全国の各競技会場への普及展開は十分に進まず、費用対効果の観点から、平時での活用が可能で、収益拡大等に貢献するICTとする必要がある旨まとめています。たとえば、音響通信技術を活用するためには、スマートフォンにアプリをインストールする必要がありますが、チーム公式アプリや競技観戦用アプリに組み込むなど、イベントそのものを楽しむための付加価値を付けることによって、平時から利用が可能となります。また、デジタルサイネージは、平時において広告宣伝用として活用することにより収入が得られると考えられます。

以上のとおり、本実証を通じて競技会場における避難誘導等においてICTの利活用が有効であるとともに、来場者へのサービス向上や収益増につながる可能性があることが明らかとなりました。総務省では、東京オリンピック・パラリンピック競技大会等をはじめ全国の競技会場等において、本実証事業で検証したようなICTの導入を促進し、誰もが安全・安心・快適に観戦できる環境が整備されていくよう取り組みを進めてまいります。


1 「音響通信技術」は、競技会場等に流れるアナウンスや音楽等の放送に、人が情報として認識できない信号(トリガー音)を埋め込み、信号を受信したスマートフォン等のアプリによって、当該信号を解析し、文字等の情報として画面に表示することや多言語化した音声情報を提供。音響通信技術は、インターネットを介さず、既存の放送設備からの放送に重畳して信号を発信するものであることから、災害等をきっかけとする通信障害が発生しているような状況下でも、避難情報を提供することが可能となる。

2 「デジタルサイネージ」は、競技会場等内の避難者に対して、文字情報やピクトグラムを駆使して、広く同一の情報を提供でき、特に、競技会場のコンコースにおいては、最適な避難先ゲートを表示させることで、混乱を招かずに効率的に避難誘導が可能となる。

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