快適生活・暮らしのヒント-自助具製作における3Dプリンタの活用

「新ノーマライゼーション」2019年10月号

田中匡(たなかただし)
国立障害者リハビリテーションセンター
企画・情報部 情報システム課 支援機器イノベーション情報・支援室 支援機器普及係長
自立支援局 第二自立訓練部 肢体機能訓練課 作業療法士

はじめに

思わぬ病気や事故、加齢などで生じた身体機能の低下により、それまで可能であった日常生活動作(以下、ADL)が困難になる事例があり、このような身体機能の低下を補いADLを再獲得する方法の一つに「自助具」の活用が挙げられる。最近ではADLに利用できるさまざまな市販の自助具が存在する。しかし、障害者によって身体機能が異なり、市販の自助具では対応が困難な事例も少なくない。そこで、我々作業療法士(以下、OT)が障害者の個別ニーズに対応した自助具を製作するのであるが、国立障害者リハビリテーションセンター(以下、当センター)では3Dプリンタを活用した自助具の製作に取り組んでおり、その新たな試みを紹介する。

自助具製作の現状と課題

当センター自立支援局第二自立訓練部では、頸髄損傷により重度の四肢麻痺となった方に対して障害者総合支援法による自立訓練(以下、機能訓練)にてADLの向上を目指し、支援を行っている。重度の四肢麻痺がある方の多くは、手首を返すことはできるが、曲げることができず、また手指を曲げたり伸ばしたりすることもほとんどできない。このような手の不自由な方が寝起き、食事、パソコン操作、排尿管理(カテーテルを使用した自己導尿やカテーテル留置)などを行うために自助具を使用しており、各人の目的や用途に合わせて素材や形状を決定し、ニーズに適合した自助具を選定することが大切である。

筆者が自助具を選定する時には、以下の3つの手順を踏んでいる。まず可能な限り既製品を利用する、次に既製品を改良・工夫して利用する、最後に新たな自助具を製作する。その中で最も悩ましいのは、「新たな自助具の製作」であり、それはいわゆる「1点もの」であるが故に2つの問題が生じている。

1つ目は、「同じ自助具を入手できるか」という問題である。機能訓練を経て地域生活を開始した者(以下、ユーザー)からの修理や再製作の相談がしばしばあるが、遠方のために当センターに来所相談ができない場合も多い。また、家族や地域の支援者に製作方法を伝えて共有するが、使用材料や加工機器、製作技量によって同等の効果が得られる自助具を製作できないことがある。

2つ目は、「製作費用」の問題である。補装具のように障害福祉サービスとして支給する枠組みがないため、購入・製作費用のほとんどは個人負担となり経済力に製作の可否が委ねられてしまう。

3Dプリンタを活用した自助具製作への取り組み

前述したように個別性の高い1点ものの自助具に求められるのは「再現性」である。そこで着目したのが、「3Dプリンタ」である。均質な造形を可能にする3Dプリンタは汎用性が高く、1点ものであった自助具の再現を可能にする製作方法と考えた。そこで、福祉機器開発に携わる当センターのエンジニアと連携し、3Dプリンタによる自助具製作の臨床導入を開始した。本稿では製作した自助具の中からいくつか紹介したい。

タイピング自助具

当センターの機能訓練ではパソコン技能習得に向けたプログラムが組み込まれている。利用者の多くは頸髄損傷によって手指機能は全廃しており、タイピング自助具の利用頻度が非常に高い。OTが製作していた自助具(図1-a)は加工した2枚のアルミ板をビスやカシメで留め、尖端に棒針キャップをつけている。一方、3Dプリンタで造形した自助具(図1-b.c)はパーツの組立は不要で造形物にキャップをつけて完成する。そもそも、3Dプリンタで物を造形するために立体モデルのデータが必要であり、そのデータの大半はエンジニアが作成している。しかし、タイピング自助具は手の甲の厚み、機能レベルによる関節の動かし方などに加えて、手関節を固定する筋力が弱い者は車椅子グローブを装着して機能を補うなど、細かな寸法および設定が必要となる。そこで、エンジニアがアプリケーション(図2)を開発し、OTによる3Dデータの作成が可能となった。図2に挙げられている項目に適切な数値を入力するとデータが完成する。寸法は0.5mm単位で調整ができ、手作業では難しい作業も可能になり、利用者への適合性を追求した自助具を提供することが可能となった。ユーザーより、就労や修学、余暇活動の場で役立っていることを耳にすると喜ばしい限りである。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で図1はウェブには掲載しておりません。

図2 アプリケーションによる3Dデータ作成画面
図2 アプリケーションによる3Dデータ作成画面拡大図・テキスト

シリンジ自助具

次に利用頻度が高いのはシリンジ自助具(図3-a)である。これは、膀胱機能障害のある頸髄損傷者が膀胱に間歇バルーンカテーテル(以下、カテーテル)を留置する時に利用する。通常はカテーテルを挿入後、カテーテルにシリンジを接続し、押子を押し込んで固定水を注入して膀胱内にバルーンを膨らませる。その後バルーンの反発力で押し戻される押子を押したままシリンジを引き抜いてカテーテルを留置する。一方、頸髄損傷者の場合、押子を押し込む動作とシリンジを引き抜く動作を同時に行うことが困難であるため、シリンジ自助具を利用する。使い方は前述と同様にカテーテル挿入後にシリンジを接続し、自助具を設置した押子を押し込んで膀胱内にバルーンを膨らませる。その時、自助具が外筒フランジに引っかかるように押子を捻るとバルーンの反発を抑えて押子が戻らなくなり、落ち着いて接続部からシリンジを外すことができる。頸髄損傷者にとって、膀胱機能障害が社会参加に与える影響は非常に大きい。手指機能を代替してカテーテルの挿入を可能にしたこの自助具は、ユーザーの生活の一部を支えているのである。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で図3はウェブには掲載しておりません。

その他の自助具

この他にもベッドリモコン(図3-b)や鍵(図3-c)、充電ケーブル(図3-d)の操作を容易にするために自助具を製作している。いずれもこれまでにOTが手作業で製作した自助具をベースに造形しているため、同等以上の効果を得られることができている。さらに3Dプリンタを利用することによって、手作業では難しかった複雑な機構も実現でき、適合性を高めるだけでなく、利用したくなるようなデザイン性もユーザーにとっては魅力である。

おわりに

OTがニーズに適合した自助具を製作することは必要不可欠であるが、自助具はユーザーの生活を支えるツールの1つであることを認識した上で製作しなければならない。筆者が3Dプリンタを活用する最大の利点は「再現性」である。3Dプリンタの活用によって、1.データがあればインターネットの造形サービスの利用によって容易に入手できる、2.居住地域による差が生じない、3.均質な完成度の自助具の供給が可能となるなど、ユーザーが必要な時に自助具を手に入れることができるだろう。一方、障害福祉サービスとしての枠組みは存在しないために自助具製作費用が個人負担になっている現状への早急な対応は難しいが、近年低価格化している3Dプリンタを自助具製作に応用することによって、個々の身体状況に適合した自助具、および個別ニーズに対応した自助具を安価に供給できる仕組みを目指していきたい。

menu